11 悪夢
自分よりも少し大きい手が、手首を掴んでソファに押し付けてくる。
閉じ込められた腕の中から逃げ出したいのに、体重をかけて押さえられているから、思うように身動きが取れない。
これが自分と同等、あるいは下の身分の者が相手なら、レオンハルトはためらいなく暴力で事態を収拾しただろう。
腕っぷしでも魔術でも、レオンハルトは自分の身を守る自信があった。
しかし相手は、この国で最上位の身分を有する王族。
それも王位を継ぐことが決まっている第一王子。
下手に力に訴えれば、一族郎党皆殺しにされるかもしれない。
そこまでの深い恐怖心を植え付けるのに成功したのは、長年に及ぶウォルターの努力の成果だった。
レオンハルトとウォルターは、将来の主と側近として、幼少期より親交を深めていた。
しかし、何事においても優秀なレオンハルトと比べ、ウォルターは劣っていた。
そして周囲の大人たちは残酷なことに、ウォルターを奮起させるためにレオンハルトと比較することを選んだ。
そうして生まれた劣等感は年を追うごとに膨れ上がり、ウォルターの心を支配した。
しかしその反面、ウォルターは輝かしいレオンハルトに狂おしいほど惹かれてしまっていた。
その結果、ウォルターは下劣な方法でレオンハルトを自らの所有物にすることを決めたのだ。
ウォルターは、ことあるごとにレオンハルトをなじった。
その際、最後にいつでもこう付け加えた。
「俺がその気になれば、公爵家と言えどただではすまない」
繰り返される言葉は鎖のようにレオンハルトに絡みつき、やがて抵抗する意志さえ奪った。
そうなってしまえば、あとは既成事実を作るだけだ。
自室に呼び出し、人目のない状況で組み敷いてしまえばいい。
そうして彼の肉体を好きにしたあと、言い逃れのできない状況で人目に晒せば十分だ。
貴族社会では、噂は光の速さで広がっていく。
王子にお手付きにされた公爵令息。
そんな屈辱的な肩書が、一生レオンハルトについて回ると思うと、ウォルターは笑いが止まらなかった。
普段のレオンハルトなら、ウォルターが何をしてもほとんど抵抗はしない。
しかし今回ばかりは、必死になって逃げだそうとしている。
涙のにじんだ瞳が恐怖に染まる様に、ウォルターは大いにそそられた。
「いい加減、諦めるんだな」
そう言って唇を寄せる。
固く閉じられた唇をこじ開けるように舌をねじ込むと、レオンハルトの目から涙がこぼれた。
ウォルターは熱に浮かされたまま、レオンハルトの服の中に手を突っ込む。
しかし自分を押さえつける力が減ったその一瞬のすきに、レオンハルトはウォルターの腕の中から逃げ出してしまった。
転がり落ちるようにソファから逃げ出したレオンハルトは、足をもつれさせながらも扉まで一目散に駆け、そのままウォルターの自室を飛び出していった。
そんなレオンハルトの姿に、ウォルターが更なる劣情を募らせているとも知らずに。
気づくとレオンハルトは馬車に揺られていた。
小刻みに震える身体を自分で抱きしめ、恐怖と屈辱がごちゃまぜになったまま何も考えられなかった。
それでも、人前で惨めな姿を見せることはできない。
貼り付けた澄まし顔で部屋まで戻ったレオンハルトは、扉を閉めてようやく泣くことができたのだった。
そんな昨晩のことを夢にみながらうなされるレオンハルトの汗を、細い指がそっと拭う。
小さく漏れる嗚咽を聞きながら、ゼーは「大丈夫」と囁く。
「オレが守ってあげるから、もう怖くないよ」
そうして、ゼーは腕の中にレオンハルトを抱きよせ、瞼を閉じる。
夜の静寂が、ただただ二人を包んでいた。




