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『八洲防衛戦記 ムラサメ』  作者: 水前寺鯉太郎
第一部:異星侵略者編

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第4話「北への道、脱走兵」

第4話「北への道、脱走兵」


 軍需開発局・緊急対策本部。


「葉加瀬銀太は命令を無視し、私物機で単独出撃した」


 将校の声が会議室に響く。


 机の上には、監視衛星と地上カメラが辛うじて記録した映像が並んでいた。


 青い巨人――ムラサメ。


 EMP下で唯一稼働した機体。


「戦力としては貴重です」


 若い士官が口を開く。


「分かっている」


 将校は短く答えた。


「だからこそ統制下に置く。放置はできん」


 無線機を手に取る。


「葉加瀬銀太を発見次第、身柄を確保しろ」


 短い命令だった。


     ◇


 ビルの谷間。


 ムラサメは外装灯を落とし、瓦礫と黒煙の中で静かに身を潜めていた。


 銀太は脚部装甲へ手を添える。


「少し待っていてくれ」


 返事はない。


 それでも相棒へ声を掛けずにはいられなかった。


 靴跡は北へ続いている。


 住宅街へ入れば、この巨体では進めない。


 銀太は機体を待機状態へ移行させると、煙草を一本取り出した。


 火を点けようとした、その時。


 軍用車両のエンジン音。


「……早いな」


 舌打ちし、瓦礫の陰へ身を滑り込ませる。


 数台の車両がサイレンも鳴らさず通り過ぎていった。


 自分を捜している。


 そう確信すると、銀太は静かに歩き始めた。


 北へ。


     ◇


 紬が目を覚ました時、そこは見知らぬ路地だった。


 制服は煤で黒く汚れ、袖口は焼け焦げている。


 耳鳴りが止まらない。


 頭の中は白く霞んでいた。


「……ここ……どこ」


 ゆっくり起き上がる。


 その瞬間、閃光が脳裏をよぎった。


 広場。


 白い光。


 息もできない熱。


 そして。


 自分を包み込む、不思議な温もり。


「……」


 紬は両手を見つめる。


 何も変わらない。


 なのに、指先だけがまだ微かに熱を帯びていた。


 遠くから人々の声が聞こえる。


「北へ!」


「避難所は北だ!」


 その声に導かれるように、紬も人の流れへ加わった。


 携帯電話は沈黙したまま。


 お父さん。


 その一言だけが胸を巡る。


 きっと来てくれる。


 理由なんてない。


 それでも、そう思えた。


 歩いていると、道端に黒い金属片が転がっていた。


 ドローンの残骸だった。


 焦げ付き、ひしゃげ、それでも赤い光だけが弱々しく点滅している。


 紬は足を止めた。


 目が離せない。


 ゆっくりと手を伸ばす。


 触れた。


「――っ!」


 世界が白く弾けた。


 頭の奥で歯車が噛み合うような音が響く。


 熱い。


 冷たい。


 二つの感覚が同時に腕を駆け抜けた。


「ぁ……」


 膝が折れる。


 呼吸が乱れる。


 視界が揺れる。


 その手の中で、ドローンの残骸が音もなく軋んだ。


 ギ……。


 ギギギ……。


 ひしゃげた装甲が、まるで生き物のように歪み始める。


 誰も気づかない。


 避難民たちは、ただ北を目指して歩き続けていた。


     ◇


 銀太は人波を避けながら歩き続けていた。


 瓦礫。


 炎。


 泣き声。


 煙。


 生き延びた人々の表情には、もう祭りの日の面影はない。


「紬……」


 その名を呟いた時だった。


 北の方角。


 空気が、わずかに震えた。


 銀太は足を止める。


 煙草を咥えたまま、その先を見つめた。


 説明はできない。


 だが。


 父親の勘が告げていた。


 あそこにいる。


 銀太は煙草を地面へ落とし、踏み消す。


「待ってろ」


 次の瞬間には、もう走り出していた。

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