第1話「震電始動、紬の15歳の誕生日」
第二部カゲ星人編・第1話「震電始動、紬の15歳の誕生日」
漆黒の巨大浮遊母艦が敷島京の空から散り散りの大爆炎となって消滅し、およそ一か月が経過した。
あの絶望の死闘の後、葉加瀬銀太に着せられていた「無許可出撃・脱走兵」の重い汚名は、母艦撃墜および絶体絶命の人類救済という圧倒的な功績の前に完全に撤回され、無罪放免の判決が下されていた。
時は、夏空がどこまでも高く蒼く晴れ渡る七月三十日。
焦土と化した首都・敷島京のあちこちで復興の槌音が響き、人々のたくましい活気が少しずつ戻りつつあった。
その日の夕方、葉加瀬家のリビング。
「……紬、十五歳の誕生日おめでとう」
銀太は不器用に照れくさそうな苦笑いを浮かべながら、ダイニングテーブルの上にズッシリと重い漆黒の木箱を置いた。
紬は目を丸くし、父の顔と木箱を交互に見つめる。
「お父さん……これ、なあに……?」
「開けてみろ」
紬が慎重に真鍮の留め金を外し、木箱の蓋をそっと持ち上げた。
香ばしい木と油の匂いとともに中から現れたのは、精巧な黒檀と磨き上げられた真鍮の歯車で緻密に組み上げられた、手のひらより一回り大きな戦車型のからくりロボットだった。
「わぁ……!」
紬の口から感嘆の声が漏れた。
車体は旧時代の重戦車を思わせる武骨で重厚な鋳造フォルムをしており、足回りのキャタピラ部分は幾重もの微細なゼンマイとギアで隙間なく構成されている。そして、砲塔の側面には八洲の誇り高き名を受け継ぐ『震電』の二文字が力強く刻まれていた。
「お前を命の危険に晒しちまったからな」
銀太は照れ隠しのようにボサボサの頭を乱暴に掻きむしった。
「これからは、お前自身を身近で守れる『相棒』が必要だと思って徹夜で作った。こいつはお前の『マブイ(特異点としての生体波形)』に直接同調して動く。いざって時はお前の盾にもなるし、敵の気配を知らせる斥候にもなる仕組みだ。もちろん、面倒な電子回路なんか一切使ってねぇから、異星人のEMP攻撃を食らおうが一発で動くぜ」
「震電……」
紬は愛おしそうに、小さな指先でからくり戦車の砲塔にそっと触れた。
カチ、カチカチ……と心地よい精密ギアの駆動音が静かに響き、震電の小さなヘッドライトが、まるで意志を持ったように蒼く温かな光を灯した。
それはまるで、紬の生命の温もりに優しく呼応しているかのようだった。
「ありがとう、お父さん……! 私、一生大切にするね!」
満面の笑みを咲かせる娘を見て、銀太もようやく胸のつかえが取れたように、深々と安堵の煙草の煙を吹き出した。
平穏で愛おしい日常が、八洲へ戻ってきた――誰もがそう信じて疑わなかった。
だが――その束の間の静寂は、長くは続かなかった。
その夜遅く。
復興を急ぐ敷島京の郊外、壊れた電波塔の影が伸びる薄暗い廃墟の路地裏。
月明かりすら届かない漆黒の闇そのものが、不気味にぐにゃりと歪みを起こした。
――影が、歩く。
実体のない液体金属のようでありながら、氷のような殺意を全身から撒き散らす異形の影――『カゲ星人』の先遣降下兵が、音もなく敷島京の地表へと滑り込んでいたのだ。
彼らの目的は、全滅した前陣の異星人が果たせなかった「地球の完全征圧」、そして再び芽吹き始めた「特異点《紬》」の存在そのものの抹殺であった。
静まり返った葉加瀬家の子供部屋。
紬の枕元に置かれていた小型からくり戦車『震電』のセンサーが、ピシリと異質な敵性波形を捉え、闇の中で青く不気味な警告光を点滅させ始めていたのだった――。




