第16話「籠の中の雛、暗黒星の選択」
第16話「籠の中の雛、暗黒星の選択」
冷たい。
肌を打つ空気は、まるで氷の刃のように無機質で冷酷だった。
「……ん……あ……っ」
紬は重い瞼をゆっくりと持ち上げた。
視界を埋め尽くしていたのは、鈍く銀色に光る見知らぬ天井と壁面であった。
壁には無数の幾何学模様が刻まれ、その溝を呼吸するように青白い光線が脈打っている。
「……ここ……どこ……?」
身を起こそうとした。だが、指一本すら動かない。
両手首と両足首には、青く光る磁束帯の輪が深く嵌め込まれ、透明な台座の上へ硬直固定されていた。
カプセルを隔てた壁の向こうには、見上げるほど高い大天井と、幾重にも連結された巨大な機械構造物が聳え立っている。
青い光を流す無数の太い配管、怪しく明滅する円形モニター群。
ここは……もう、愛する八洲の首都・敷島京の街並みではなかった。地球の空の上、漆黒の母艦の胎内なのだ。
カシュン――。
乾いた気密音が響き、数人の兵士たちが姿を現した。
銀色のヘルメットを脱いだその顔立ちは、自分たち人間と何一つ変わらない。
だが、その瞳だけは硝子玉のように冷たく、一切の感情が欠落していた。
『対象個体『紬』の覚醒を確認。抽出シークエンスの準備を開始せよ』
合成音声のような低音の機械音声が室内に虚しく響く。
紬は拘束帯を狂おしく揺らし、泣き叫んだ。
「お父さんは!? お父さんはどこにいるの!?」
誰一人として答えない。一人の胸に二本ラインを刻んだ将校が、静かに一歩前へ出た。
「葉加瀬紬」
氷のように抑揚のない声だった。
「お前は我々にとって、この星の全資源を上回る極めて重大な個体だ」
男が指先を滑らせると、空中へ青い立体ホログラムが投影された。
そこには紬自身の肉体構造が映し出され、その胸の奥底――心臓の位置で、眩いばかりの蒼い光が太陽のごとく脈打っていた。
「これが……あたしの……マブイ……?」
紬は息を呑んだ。男は淡々と、冷酷な真実を口にする。
「我が母星イチボは今、完全なる死の淵にある。水は枯渇し、地表は焼き尽くされた。我らが文明と数億の種族を維持するためには、新たなる無尽蔵の生体エネルギーが必要だったのだ」
男の無感情な瞳が、カプセルの中の紬を射抜いた。
「お前の中に眠る『特異点のマブイ』こそが……我らの星を救う唯一の答えだ」
紬の背筋を、強烈な戦慄が駆け抜けた。
「……何を……何を言ってるの……?」
「お前のマブイをこの抽出炉で完全に解体・抽出し、我が母星の環境維持コアへ直接供給する。我が星の数億の命を永遠に存続させるために」
「嫌……嫌よそんなのっ!」
紬の目から、大粒の涙が溢れ出た。
「あたしは人間よ! あたしは……あたしはお父さんの娘よ! 電池なんかじゃないッ! 誰かの動力なんかじゃないッ!」
喉が破れんばかりの叫び。しかし、男の表情はミリ単位すら動かない。
「理解は不要。これは全宇宙における、最も合理的で正当な『選択』である」
男が無情にも手元の起動端末へ手のひらを重ねた。
ゴウン……ゴウン……ゴウン……!
カプセルの周囲を囲む巨大なリング状の抽出装置が、重低音を響かせてゆっくりと狂気の回転を開始する!
瞬間――紬の胸の奥が、焼けつくように熱くなった。
「あっ……あぁぁぁぁぁぁっ……!?」
身体の底から、大事な魂が強引に引っ張り出されていく!
手足の先から、生命の体温がどんどん失われ、冷たくなっていく。
「嫌……嫌ぁぁぁっ! お父さん……お父さん助けてぇぇぇッ!!」
誰も止めない。誰も聞き入れない。
冷酷な銀色の鉄の籠の中で、紬は絶望の涙を流しながら、心の底から父親の名を叫び続けた――。
◇
――そして、その頃。
遥か数千メートル下の地表では、なおも青き甲冑が血煙の中で叫び、戦い続けていた。
「紬ぃぃぃぃぃぃッ!!」
実体大刀を振り下ろし、敵の重装甲兵を叩き斬りながら叫ぶ銀太の血を吐く咆哮。
だが、その悲痛な叫びは、天を覆う絶対不可侵の結界に虚しく阻まれ、母艦の中で涙を流す愛する娘のもとへ届くことはなかったのだった。




