公式レスバ会場に、くまがいた(後編)
【本日の確認事項】
一、募集時に示された基準と、実際の評価との関係
二、黒煙の牙の改善点・実績がどの程度考慮されたか
三、中央広場での過去注意が今回の不採用にどの程度影響したか
四、申立人が求める対応の内容
「まず、申立人側から聞きます」
また、声が標準語に寄った。
「今回、一番引っかかっているのはどこですか」
「運営の頭の中ルール」
グレンは即答した。
「うちが落ちたのは、まあ腹立つけど、次がある。でもさ、募集には“初心者や親子が多い”“強い演出は控えめに”って書いてあっただけだろ」
「はい」
「だから、こっちは観戦席を静かにした。爆発は禁止した。歓声ログも分けた。初心者向け解説も入れた。前に中央広場で怒られたから、今回は削れるところを削った」
グレンは円卓を軽く指で叩く。
「それでも落ちるなら、どこまで削ればよかったんだよ。最初から“対戦はかなり不利です”って書いてくれたら、こっちも別の案を出した」
「後出しに見える、と」
ユキが言う。
「そう。それ。後出しじゃん、って見える」
その言葉は、普通に刺さった。
第二広場を落ち着いた場所にしたい。
その設計意図はあった。
募集文にも少しは書いた。
でも、実際の評価では、それをかなり重く見た。
その重さを、事前にどこまで見せていたか。
そこが弱い。
「次に、原決定側に聞きます」
ユキはこちらを見た。
「第二広場を落ち着いた場所にしたいという方針は、募集前からありましたか」
「あった」
「ただし、“対戦イベントをどう扱うか”まで決まっていましたか」
「そこまでは決まっていなかった」
「募集文には?」
「初心者や親子が多い、落ち着いた雰囲気を好む人も多い、強い光や爆音は控えめの企画を優先、くらいだな」
「対戦イベントをどう扱うかは?」
「書いてない」
「実際の評価では?」
「かなり重く見た」
自分で言って、胃が重くなる。
「第二広場の通常利用と両立しやすいか。イベント本体が広場全体の空気を変えすぎないか。そこを重く見た」
ユキは、空中に三行でまとめた。
【聴取メモ】
・第二広場を落ち着いた場にしたい設計意図は、募集前からあった。
・募集告知には、その一部が記載されていた。
・実際の選定では、その設計意図をかなり重く見た。
「三行にされると、余計グサッと来るな……」
「整理です」
「優しさは?」
「今は要りません」
「ですよね」
グレンはその三行を見つめて、少し黙った。
さっきまでの荒さが、そこで一段落ちた。
「……なるほど」
小さく、そうつぶやく。
「俺が言いたかったの、それだわ」
「それ?」
「“うちが落ちたのムカつく”じゃなくて、そこ。募集で見えてた線と、実際に評価された線がズレてる感じ。今の三行だと、だいぶ分かる」
ユキは静かに頷いた。
「そのために整理しています」
「俺の文、だいぶ煙出てたな」
「煙は出ていました」
「黒煙の牙だからな」
「そこは誇るところではないです」
くまがぴこん、と光る。
「申立人の主張を整理します」
【聴取メモ】
申立人は、単に不採用結果のみを問題にしているのではない。
募集時に示された基準と、実際に重く見られた評価基準とのずれを問題としている。
「……うん。それ」
グレンは、さっきより低い声で言った。
「この言い方なら、俺の文より伝わる」
「伝わります」
ユキは淡々と答えた。
「次に進みます」
*
「黒煙の牙の改善点と実績について」
ユキが別の資料を開く。
【黒煙の牙:申請時の配慮】
・観戦席側のエフェクト軽減
・爆発エモート禁止
・歓声ログ分離
・チャットモデレーター配置
・過去注意を踏まえた改善方針
【過去実績】
・第二広場での小規模イベント三件
・参加者数、一定数あり
・重大なトラブル報告なし
「原決定側に聞きます。ここは見ましたか」
「見た」
「評価しましたか」
「評価した」
「それでも不採用にした理由は?」
「企画の中心がPvPトーナメントだったから」
俺は黒煙の牙の申請書を見た。
「観戦席を静かにしても、イベント本体は対戦だ。試合中のスキル演出は出る。勝敗で盛り上がる。人も集まる。第二広場全体の空気は、かなり変わると思った」
「中央広場で注意されたことは?」
「見た」
「影響しましたか」
「まったく影響してない、と言うと嘘になると思う」
言い切ってから、少しだけ空気が止まった。
「ただ、それだけで落としたわけじゃない。むしろ、今回の申請で改善点が書かれていたことは評価した。過去注意を理由に即アウトにしたわけじゃない」
「でも、心配材料としては見た?」
「見た」
グレンは黙った。
怒るかと思ったが、そうではなかった。
「そこは、まあ……嘘つかれるよりはいいか」
グレンは苦笑した。
「俺ら、前にやらかしてるからな。そこを見ない方が嘘くさい」
「ただ、通知ではそこが薄かった」
ユキが言う。
「そう。そこなんだよ」
グレンは身を乗り出した。
「“改善点は見た。でもイベント本体の性質として今回は合わなかった”。それならまだ分かる。でも通知だと、“第二広場と相性が違います”でバサッと来たから、は? ってなった」
「そこは、そうだと思う」
俺は認めるしかなかった。
今日、認めることが多い。
胃が痛い。
ユキは、俺とグレンのやり取りをそのままにはしなかった。
円卓に、新しい整理を浮かべる。
【聴取メモ】
・黒煙の牙の改善点および過去実績は、原決定側で確認されていた。
・中央広場での過去注意は、心配材料として考慮された。
・ただし、過去注意のみを理由として不採用にしたものではない。
・不採用通知では、改善点の評価と、なお不採用とした理由の関係が十分に示されていなかった可能性がある。
グレンは、それを見てもう一度黙った。
「……なるほど」
二回目の「なるほど」は、一回目より静かだった。
「俺、たぶんそこが一番ムカついてた。見たなら見たって言ってくれ。見た上でダメなら、どこで届かなかったか言ってくれ、って話だ」
ユキは小さく頷く。
「今の発言も整理します」
【聴取メモ】
申立人の主な関心は、選定結果の変更だけではなく、改善点・実績がどの程度評価され、なお不採用とされた理由の具体化にある。
「この言い方、強いな」
グレンがぽつりと言った。
「俺の文章よりだいぶ強い」
「荒さは削れていますが、主張は弱くなっていません」
ユキの声は標準語だった。
グレンが少しだけ口を閉じる。
荒い。
でも、修正が早い。
言葉の置き場所を見つけるのは、俺より早いかもしれない。
*
一通り確認を終えると、ユキは資料を閉じた。
「今日の聴取は、ここまでにしましょう」
「え、ここで何か言われるんじゃないのか?」
俺が思わず聞く。
「言いません」
ユキはさらっと答えた。
「ここで僕が“今回はこうです”と結論っぽいことを言うと、調整の場みたいになりますからね」
「調整じゃない」
「はい。今日は審理のための聴取です。僕は、このあと記録と資料を整理して、整理案を作ります。それを白卓会議へ回します」
「白卓会議は、決める場所じゃない」
グレンが先に言った。
「はい」
ユキが頷く。
くまがぴこん、と光った。
「白卓会議は、審理担当の整理案について、偏り、理由不足、見落としの有無を確認し、意見を返す機関です」
「段階多いな」
「段階は多いです。混ぜると危険です」
「くまが急に大事なこと言った」
「くまです」
ユキは軽く笑った。
「ウチも中の人間です。白卓会議も、塔の中の仕組みです。ただ、ウチ一人の整理だけで終わらせないために、別の視点を挟む。そう思ってください」
「内部の人が内部の決定を見るって、やっぱり怖さは残るな」
グレンが言う。
「その感覚は大事です」
ユキはあっさり認めた。
「身内で握りつぶしていないか。最初から運営側の都合で決まっていないか。そう見られる怖さはあります。だから、誰が何を見て、どう整理して、どこから意見をもらったのかを残します」
「記録ばっかりだな」
「記録がないと、あとで“なかったこと”にできますから」
その言い方だけ、妙に冷たかった。
「では、本日はここまで」
ユキはそう言って、立ち上がった。
「申立人には、後日、見直し結果または追加確認の通知が届きます。原決定側にも、必要があれば追加で確認します」
「つまり、今日は解散?」
「はい。解散です」
「公式レスバ、意外とあっさり終わるんだな」
「レスバを長引かせないための手続です」
「いいこと言った風に聞こえる」
「いいことです」
グレンが席を立った。
それから、俺の方を見る。
「黒服さんと直接話すの、変な感じだったわ」
「だから黒服さんって呼ぶな」
「じゃあ、運営補助さん?」
「それも嫌だな」
「じゃあ黒服さんで」
「選択肢が機能してない」
「でも、まあ。通知文だけよりは、だいぶ分かった」
グレンは、少しだけ肩をすくめた。
「次の募集で、その線ギリギリ攻めてくるからな、黒服さん」
「人の仕事を増やす宣言をするな」
「そっちが“ちゃんとした文句の出し方”教えてくれたんだから、使わないと損でしょ?」
「教えたのは俺じゃない」
「でも、窓口にいたのは黒服さんでしょ」
そう言って、グレンは軽やかにログアウトしていった。
最後まで、面倒なやつだった。
でも、嫌いではない。
*
審理室に残ったのは、俺とユキと、肩のくまだけだった。
「……俺も帰っていいんだよな?」
「もちろん」
ユキは、資料を整理しながら答えた。
「ただ、少しだけ一般論として言うなら」
「一般論?」
「今日の話を聞く限り、争点はだいぶ絞れました」
ユキは、円卓に三つの見出しだけ残した。
【整理候補】
・募集文に示された基準の明確性
・黒煙の牙の改善点と実績の評価
・不採用通知における理由の具体性
「この三つが中心になりそうです」
「結果がひっくり返るかどうかは?」
「それは、ここでは言いません」
「言わないのか」
「言いません。僕が今ここで言うと、変な期待や誤解を生みますから」
ユキは糸目のまま笑った。
「ただ、“納得できないこと”と“取り消せること”は別です」
その言葉だけは、静かに残った。
「グレンさんが納得できていないことは、よく分かりました。後出しに見える、という感覚も分かる。通知が薄かったのも、今日のやり取りでかなり見えた」
「うん」
「でも、それが直ちに、今回の選定結果を取り消す理由になるかは、別の検討です」
「……なるほど」
「逆に、結果を維持できるとしても、募集文や通知文に宿題が残ることはあります」
「結果は維持。でも宿題あり、みたいな?」
「たとえば、そういう整理もあり得ます。もちろん、正式には白卓会議の意見も見てからです」
くまがぴこん、と光る。
「発言内容、審理記録に残しますか?」
「今のは一般論や。残さんでええ」
「記録保留」
「保留もやめろや」
そのやりとりで、少しだけ空気がゆるんだ。
ユキは俺を見た。
「君、現場に近いな」
「え?」
「さっき、グレンさんの言い分に何回か本気で刺さってたやろ」
「……まあ、刺さった」
「それは悪いことやないです」
ユキの声は、少しだけ人間臭かった。
「君が今感じている違和感は、僕も昔感じた」
「昔?」
「昔」
それ以上は言わない。
ユキは、肩のくまをちらりと見た。
「便利な補助は、便利です。けど、便利さに慣れると、自分がどこで決めたのか分からなくなることがある」
「アイのことか?」
「さあ」
「さあって」
「初対面でそこまで踏み込むほど、ウチは親切やないです」
ユキは笑った。
「ただ、君はまだ現場に怒れる。それは悪いことやない。今はそれだけ覚えといたらええです」
「……分かったような、分からないような」
「それで十分」
ユキは、資料を閉じた。
「ほな、今日はここまで。また必要があれば呼びます」
「また?」
「業務範囲が充実してるんやろ?」
「その言い方、アイだけで十分なんだけど」
「便利な言葉やね」
俺はため息をつきながら、審理室を出た。
【聴取記録:保存】
【整理案:作成中】
【白卓会議:回付予定】
まだ、結論は出ていない。
ただ、レスバになりそうだったものは、少しだけ形を変えていた。
不満。
説明。
記録。
争点。
そして、まだ出ていない答え。
公式レスバ会場は、思ったより静かだった。
けれど、その静かさの先に、ちゃんと裁定が待っているらしい。
俺はそのことを、少しだけ怖いと思った。
*
運営フロアに戻ると、アイがいつも通り立っていた。
「お帰りなさい」
「ただいま。今日は、意見を聞いて解散、って感じだった」
「そうですか」
「ユキ、変な人だった」
「そうですか」
「知ってるだろ」
「記録上、初対面です」
「便利だな記録上」
「大事ですので」
俺は椅子に倒れ込んだ。
「白卓会議って、本当にあるんだな」
「あります」
「ユキが整理して、そこに回す。そこで意見が返ってくる」
「はい」
「思ったより段階が多い」
「決めた側が自分で“問題ありませんでした”と言うだけでは、信用されませんので」
「それはまあ、そうだな」
第二広場の噴水は、今日も静かに水を噴き上げている。
表では、プレイヤーたちが露店をのぞき、ミニゲームの名残を話している。
裏では、募集文、不採用通知、申立て、弁明書、反論書、聴取メモが積み上がっていく。
派手な剣でも、伝説の魔法でもない。
文句を受け取り、形を整え、理由を書き、痛いところを突かれ、それでも次の線を引く。
「公式レスバって、思ったより淡々としてるな」
俺がぼそっと言うと、アイは静かに答えた。
「レスバではありません」
「はいはい。決定見直し手続な」
「はい」
少しだけ間を置いて、アイは続けた。
「ただ、少しだけ似ています」
「今さら認めるなよ」
俺は椅子に沈み込みながら、ユキの言葉を思い出していた。
納得できないことと、取り消せることは別だ。
便利な補助に慣れると、自分がどこで決めたのか分からなくなることがある。
そして――。
君はまだ現場に怒れる。
それは悪いことやない。
俺は、目の前に積まれた未処理ログを見た。
業務範囲は、今日も順調に充実している。
最悪である。
でも少しだけ、何を見ればいいのかは分かってきた気がした。
アイの補足メモ
今回は、行政不服審査の流れでいうと、
申立て → 弁明書 → 反論書 → 口頭意見陳述 → 審理員による争点整理
あたりです。
グレンは「見直してほしい」と申立てをしました。
それに対して運営側は「こういう理由で不採用にしました」と弁明します。
さらにグレンは「いや、その説明では足りない」と反論しました。
そして今回の口頭の場では、勝ち負けを決めていません。
ユキがしていたのは、何が争われているのかを整理することです。
たとえば、「落とされたのが嫌だ」ではなく、
募集時に見えていた基準と、実際に重く見られた基準がズレていないか
という形に直す。
ここまで来ると、ただの文句ではなく、審査できる争点になります。
行政不服審査は、レスバ会場ではありません。
……ただし、資料の並び方だけ見ると、やっぱり少し似ています。




