公式レスバ会場に、くまがいた(前編)
口頭での説明の場は、思っていたより早く設定された。
管理空間の奥に、細い光の通路が開いている。
【決定見直しレーン】
【審理担当:ユキ】
【口頭での説明の場:設定完了】
第二広場の明るさとは違う、白くて乾いた光。
その先に、静かな扉が浮かんでいた。
「……いよいよか」
「はい」
隣に立つアイが頷く。
「言い返す前に、一度飲み込んでください」
「それ、昨日も聞いた」
「今日こそ必要です」
「俺、そんなに信用ない?」
「記録上、即時反応の傾向があります」
「記録が俺に厳しい」
「記録は平等です」
「絶対ちょっと俺に厳しい」
俺は小さく息を吐いて、扉の中へ踏み込んだ。
部屋には、白い円卓が一つ。
席は三つ。
一つは俺。
一つは、《黒煙の牙》ギルドマスターのグレン。
最後の一つは、まだ空いている。
壁には資料が並んでいた。
【第二広場・季節イベント枠募集文】
【星灯りサロン申請書】
【黒煙の牙申請書】
【不採用通知】
【見直し申立書】
【弁明書】
【反論書】
「うわ、全部並んでる」
「公式レスバ資料セットじゃん」
向かいのグレンが笑った。
「お前もそう思うのかよ」
「思うだろ。こっちは文句出して、そっちは弁明書で返して、こっちが反論書で刺し返してるんだから」
「刺し返すな」
「じゃあ殴り返す?」
「もっと悪い」
グレンは、俺をじっと見た。
「……へえ。今回は運営さん、ちゃんとキャラで来たんだ」
「いつも通知文だけですみませんね」
「お、運営さんも煽るじゃん」
「煽ってない」
「その黒い服、煽り耐性低そう」
「服で判断するな」
「じゃあ、黒服さん」
「やめろ」
「黒服さん」
「定着させるな」
言い返してから、少し後悔した。
もう普通に乗っている。
アイに「一度飲み込んでください」と言われた直後なのに、開幕から飲み込めていない。
「まあいいや、黒服さん」
グレンは椅子にもたれた。
「今日は聞きたいことがある。運営の頭の中ルールで落とされたんじゃないかって話だ」
「頭の中ルール」
「違うの?」
軽い言い方だ。
でも、目は笑っていなかった。
「やあ。待たせたね」
背後から、ゆるい声がした。
振り向くと、細い目をしたメガネの男が立っていた。
キャソック風の衣装の上に灰色の外套。
襟元と袖の裏には、黒が残って見えている。
俺の黒とも、アイの白とも違う。
それは現場と運営のあいだに、一歩距離を置いたような色だった。
「運営の人って、みんな教会の人みたいな格好なのか?」
グレンが俺とその男を交互に見る。
「俺に聞くな。俺も気になってる」
「似てるじゃん」
「似てるけど、俺の方が黒い」
「そこ大事?」
「たぶん大事」
灰色の男は、糸目のまま笑った。
「初対面で服装チェックとは、なかなか観察力あるやん」
第一印象は、正直に言うと――。
「裏切りそう」
「初対面でなかなか失礼やね、君」
男は笑ったまま、空いた席に腰を下ろした。
「ウチはユキ。今日の審理担当です」
「審理担当」
グレンがすぐに反応する。
「つまり、ジャッジする人?」
「ちゃうね」
ユキはあっさり答えた。
「最終的な結論を出す人ではありません。僕がやるのは、資料を見て、話を聞いて、“この件はこういう事実があって、こういう言い分が出ている”と整理することです」
声の温度が少し変わった。
さっきまでのゆるい調子から、急に標準語に寄る。
それだけで、部屋の空気が少し締まった。
「ここで結論は出ないんですね」
グレンも言い方を変えた。
早い。
こいつ、荒いのに、場の線を読むのは早い。
「出しません」
ユキははっきり言った。
「今日の場は、意見を聞く場です。ここで落とし所を作る場ではありません。僕がこのあと聴取内容を整理し、必要な整理案を作ります。それを白卓会議へ回し、意見をもらいます」
「白卓会議が決めるのか?」
「決めません」
「レビュー役?」
「そんな感じやね。ただし、レビュー役を軽く見たらあかんよ。そこから戻されることもあるから」
そのとき、ユキの肩で何かが動いた。
小さなくまだった。
丸い耳。
黒いボタンみたいな目。
ふわふわの手。
どう見てもかわいい。
そのくまが、無機質な声で言った。
「白卓会議接続、確認。最終裁定権限はありません」
「かわいい見た目で言うことが硬いな」
「くまです。白卓会議は、意見を返します。決める場所ではありません」
「今のは分かりやすい」
「くまです」
「そこは繰り返さなくていい」
ユキはくすくす笑う。
「この子は記録補助です。発言録、資料、時系列、必要な確認を出してくれます」
「中立なの、それ」
グレンがくまを見る。
「現在、審理担当補助として設定されています。特定当事者への助言は制限されています」
「設定って言い方が怖いんだけど」
「くまです」
「答えになってない」
俺はくまをじっと見た。
「……なあ、そのくま、アイに似てないか?」
「くまはくまです」
「返し方がもう怪しいんだよ」
ユキが、糸目のまま俺を見る。
「便利な補助ほど、どこまで任せてるか見といた方がええで」
「それ、どういう意味だよ」
「今日の本題やないから、また今度」
「絶対、本題より怖いやつじゃん」
「さあ、どうやろね」
*
「さて」
ユキは円卓の中央に資料を浮かべた。
「今日は、公式レスバ会場やと思って来た人もいるかもしれません」
「俺のことかな」
「君やね」
「名指しされた」
「でも、ここは勝った負けたを決める場所やない」
ユキの声が少し低くなる。
「レスバになりそうなものを、争点に直す場所です」
「争点」
「どこで食い違っているのか。何を見ればええのか。どの理由が、あとから説明に耐えるのか。そこをほどく場所やね」
くまがぴこん、と光る。
「補足します。感情的応酬を審理記録へそのまま投入することは推奨しません」
「くまが急に硬い」
「くまです。嫌なことは言いません。必要なことを言います」
「やっぱ嫌なこと言ってるだろ」
「必要です」
グレンが少し笑った。
空気がゆるんだところで、ユキは資料を開いた。
アイの補足メモ
彼には、扉に入る前に
「一度飲み込んでください」と注意しました。
ですが、かなり早い段階で飲み込めていませんでした。
今回は相手もだいぶ強めです。
グレンさんは、口は悪いですが、場の線を読むのは早い方でした。
ユキさんは、ゆるく見えて急に場を締めます。
くまは、かわいい見た目で硬いことを言います。
なお、くまはくまです。
それ以上の説明は、現在のところ保留されています。




