世界律が更新される前に
裁定が出たのは、それから少し後のことだった。
【上位裁定レーン通知】
対象:
第二広場・季節イベント枠選定結果に関する見直し申立て
申立人:
ギルド《黒煙の牙》代表 グレン
裁定:
本件申立てを棄却する。
主文:
本件選定結果を維持する。
理由要旨:
一 ギルド《黒煙の牙》の企画には、観戦席側のエフェクト軽減、爆発エモートの不使用、歓声ログの分離、初心者向け解説、過去注意を踏まえた改善方針が認められる。
二 また、同ギルドが過去に第二広場で小規模イベントを実施していたことも確認されている。
三 ただし、同企画は、対戦および観戦時の盛り上がりを中心とする性質をなお有しており、第二広場の通常利用者、初心者、親子連れ、通行者等を含む公共性の高い場における季節イベント枠としては、採用案と比較して適合性に劣る。
四 中央広場での過去注意履歴は、当然に排除する理由として扱われたものではない。ただし、公共性の高い場におけるイベント実施能力、安全管理、周辺利用者への配慮を判断するうえで、考慮資料の一つとなり得る。
五 したがって、本件選定結果を取り消し、または変更すべき理由は認められない。
付言:
一 今後の募集告知においては、第二広場で優先する企画方向性を、より分かりやすく示すことが望ましい。
二 不採用通知においては、改善点を評価したこと、なお採用に至らなかった理由、過去注意履歴の評価範囲を、より具体的に示すことが望ましい。
三 対戦系企画は、それ自体を排除すべきものではない。実施場所、観戦導線、演出範囲、周辺利用者への配慮等について、別途相談レーンを整備することが望ましい。
【整合確認】
公共エリア導線・低刺激利用・観戦導線に関する上位方針との不整合なし。
通知の右下には、小さな金色の印が付いていた。
白卓会議の意見書には、こんなものは付いていなかった。
裁定結果にだけ、金色の細い枠が走っている。
何の印かは分からない。
ただ、いつもの業務ログより少しだけ、遠いところから来た通知に見えた。
「……棄却」
俺は表示された二文字を見た。
「つまり、結果は維持?」
「はい」
アイが頷いた。
「星空サロン案を採用し、黒煙の牙案を不採用とした判断自体は、不合理とはいえない、という扱いです」
「でも、付言が付いてる」
「はい」
「募集文と通知文は改善しろってことか」
「その理解で構いません」
「勝ったけど、宿題が出た感じだな」
「正確には、申立ては棄却されましたが、運用改善の必要性が示された状態です」
「言い方が固い」
「裁定ですので」
俺はもう一度、裁定通知を見た。
結果は変わらない。
星空サロンの採用は維持。
黒煙の牙の不採用も維持。
でも、グレンの言い分が全部無視されたわけではない。
改善点は評価されていた。
過去の注意だけで落としたわけではない。
ただ、第二広場の季節枠としては、星空サロンの方が合っていた。
そして、こちらの募集文と不採用通知は、たしかに薄かった。
「完全敗北じゃないけど、完全勝利でもないな」
「運営処理では、そういう結果がよくあります」
「ゲームで聞きたくない言葉だな」
「この世界も、だいぶゲームだけではなくなってきましたので」
俺は、裁定通知の右下にある金色の印を指さした。
「あと、この整合確認って何?」
「今回の裁定が、公共エリアや観戦導線に関する上位方針と矛盾していないかを確認した表示です」
「裁定だけじゃなくて、上の方針との照合も入ってるのか」
「はい」
「どこまで上に見られてるんだよ」
「必要な範囲までです」
「その答えが一番怖い」
そこへ、グレンから短い返信が届いた。
【黒煙の牙・グレン】
結果が変わらないのは残念。
でも、どこが評価されて、どこで届かなかったのかは分かった。
次は、最初からその線を踏まえて出す。
対戦向きフィールドの相談枠も使う。
あと黒服さん、次はもっとギリギリ攻める。
「最後いらないだろ」
「意欲表明です」
「迷惑な意欲だな」
「ただ、今回の手続で、申立人側の理解は進んだようです」
「理解が進んだ結果、ギリギリ攻めてくるの最悪なんだが」
「成長には副作用があります」
「それ、俺にも刺さる言い方だな」
俺は通知を閉じた。
これで第二広場の件は、一応終わった。
一応、だ。
なぜなら、結果が出た瞬間、新しいタスクが増えたからである。
【新規タスク】
第二広場・季節イベント枠の募集文を改訂してください。
【新規タスク】
不採用通知テンプレートを修正してください。
【新規タスク】
対戦系イベント相談レーンの案内文を作成してください。
「裁定って、仕事を終わらせるものじゃなかったのか?」
「終わる仕事もあります」
「今回は?」
「増える仕事です」
「最悪だ」
俺は頭を抱えた。
そのとき、さらに別の通知が重なった。
【新規問い合わせ】
送信者:
ギルド《蒼白の観測者》代表 シオン
件名:
対戦フィールド公開観戦会《白環ログレビュー》に関する事前相談
内容:
現在、対戦フィールドにおいて、上級者同士の模擬戦を公開し、戦闘ログを解説する観戦会を企画しています。
初心者向けの解説席、演出軽減設定の案内、観戦者向けの導線について確認したい点があります。
また、公共エリアおよび観戦席に関する運用基準が今後変更される予定があれば、事前に把握したいです。
「……今度は観戦会?」
「はい」
「第二広場じゃなくて?」
「対戦フィールドです」
「でも、観戦席とか演出軽減とか、さっきの話と似てるな」
「似ています」
アイは、シオンからの問い合わせを第二広場の改善タスクの横に並べた。
第二広場。
対戦フィールド。
観戦席。
低刺激利用。
初心者向け解説席。
言葉は違う。
場所も違う。
けれど、どれも同じ方向を向いている気がした。
「これ、黒煙の牙の件だけじゃ済まないんだな」
「はい」
アイは、淡々と頷いた。
「第二広場、対戦フィールド、観戦席、低刺激利用。別々の案件に見えますが、根はつながっています」
「人が集まる場所を、どう使わせるかって話か」
「そうです」
「イベントを楽しむ人。静かに使いたい人。初心者。親子。観戦したい人。通りかかっただけの人」
「はい」
「全部、同じ場所にいることがある」
「そのため、個別対応だけでは足りなくなってきました」
「嫌な言い方だな」
「必要な言い方です」
その瞬間だった。
視界の端に、新しい通知が重なった。
今までのタスク通知とは、表示の質が違った。
さっきの上位裁定レーン通知の右下にあった印。
あれと同じ金色が、今度は通知全体に走っている。
【世界律更新予告】
公共エリアおよび大規模イベントにおける観戦・移動・低刺激利用に関する基本律を更新します。
【更新の目的】
多様なプレイヤーが、安全に、安定して、同じ世界を利用できるようにするため、公共性の高い場所や大規模イベントでの配慮ルールを整えます。
【適用開始】
次期小規模更新後
【運営側対応】
関連する運用基準、告知文、相談レーン、記録様式を整備してください。
俺は、通知板を三秒見た。
それから、さっき閉じた裁定通知を思い出した。
「この金色、さっきも見たな」
「はい」
「裁定と世界律更新って、つながってるのか?」
「裁定そのものと、世界律の更新は別です」
「またそういう分け方する」
「重要です」
「じゃあ、何が同じなんだよ」
「同じログや課題が、別の処理で参照されることがあります」
「つまり、裁定は裁定。世界律更新は世界律更新。でも、第二広場のログは両方に使われた?」
「はい」
「俺の仕事が、別処理で再利用されてる」
「有効活用です」
「やめろ。その言葉、仕事が増える音がする」
その瞬間、聞き覚えのある声がした。
「お久しぶりです。道案内は、入口だけとは限りませんよ」
明るい。
柔らかい。
初心者が最初に聞いたら安心するような、よく通る声。
俺は振り返った。
そこに立っていたのは、チュートリアルで見た占い師のお姉さんだった
【アイの補足メモ】
ルルについてのコメントは控えさせていただきます。
本人に伝わる可能性があるためです。




