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BANされた俺、なぜか運営の仕事を手伝わされる 〜ゲーム世界の裏側は、思ったよりお役所でした〜  作者: Altis
第1章 運営の仕事は思ったよりお役所でした

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道案内は、期限を伸ばしてくれない

「お久しぶりです。道案内は、入口だけとは限りませんよ」


 明るい。

 柔らかい。

 初心者が最初に聞いたら安心するような、よく通る声。


 俺は振り返った。


 そこに立っていたのは、チュートリアルで見た占い師のお姉さんだった。


 「今日のあなたは東の門へ行くと幸運です」と笑顔で言って、実際に東の門で限定クエストを引かせてきた、あの妙に導線のうまい人である。


 導線。


 さっきの裁定通知にも、その言葉があった。


「……お前か?」


 思わず、そう言っていた。


 占い師のお姉さんは、にこりと笑った。


「さて、何のことでしょう」

「絶対何か知ってるやつの返事だ」

「知っていることと、決めていることは違いますよ」


 ただし、今は街角の占い師姿ではなかった。


 黒い魔法使いのローブ。

 その裾と袖には、細い金の刺繍が走っている。

 ゆるく流れる金髪。

 こちらを見ている瞳は、夕焼けみたいなオレンジ色だった。


 笑顔は、チュートリアルのときと同じだ。


 だが、その背後には、金色の更新ログが滝のように流れていた。


「なんで占い師のお姉さんが、世界律の更新持ってくるんだよ」

「未来を当てているわけではありません。人がそう動きやすいように、道を作っているだけです」

「それ、占いより怖いんだけど」

「ふふ。よく言われます」


 アイが、わずかに視線を向けた。


「ルル。来訪予定は共有されていませんでした」

「共有すると、構えられるでしょう?」

「構える必要がある内容だからでは」

「アイは相変わらず、現場に近いですね」

「現場で燃えるのはこちらですので」


 俺は二人を見比べた。


 白い祭服のアイ。

 黒いローブのルル。


 金の刺繍だけが、どこか似ている。

 でも、立っている場所はたぶん違う。


 アイは、動いている世界を止めないように処理する。

 ルルは、その世界がどちらへ流れるかを、少し上の方から変えてくる。


「同じ運営側っぽい顔して、管轄が違うの面倒くさすぎるだろ」

「同じではありません」

「同じではありませんね」


 二人がほぼ同時に言った。


「そこだけ息合うな」


 ルルは、俺の感想を気にした様子もなく、空中に二つの記録板を開いた。


【参照ログ】

宿《ゆきどけ亭》における素材X使用メニュー停止対応

危険素材の用途別整理

各宿における安全手順登録案


【参照ログ】

第二広場・季節イベント枠選定結果に関する見直し申立て

黒煙の牙による改善点・過去実績の主張

募集告知および不採用通知に関する付言


「これらのログは、覚えていますか?」

「覚えてるも何も、俺がひいひい言いながらやったやつだよ」


 宿《ゆきどけ亭》の素材X対応。

 危ない素材を全部禁止にすると、解毒薬や特殊レシピまで死ぬ。

 だから、飲食用レシピでは禁止。

 解毒用レシピでは条件付きで許可。


 第二広場の件も同じだ。

 対戦イベントを全部締め出したいわけではない。

 でも、公共性の高い場所では、参加していない人のことも考えないといけない。


 その線引きが薄かったから、黒煙の牙に刺された。


 ルルは、にこにこしながら言った。


「良い素材でした」

「素材?」

「事故ログから危険を見つける。全部を止めるのではなく、用途で分ける。苦情から線の薄さを見つける。全部を排除するのではなく、場と説明を整える」

「待て。俺の苦労を素材扱いした?」

「はい」

「はいじゃない」

「現場ログは、世界律の材料になります」


 ルルは悪びれない。

 むしろ、それが当然だという顔をしていた。


「世界律は、机の上だけで書かれるわけではありません。苦情、事故、対応記録、失敗、改善案。そういうものが、次の更新の材料になります」

「俺の仕事が、俺の仕事を増やす形で帰ってきたんだが?」

「循環していますね」

「綺麗に言うな」


 ルルは、金色の文字を指先でなぞった。


【抽出された運用課題】

・危険なものを全部止めるのではなく、用途と条件で分けること

・公共性の高い場所では、参加者以外の利用者も考慮すること

・改善点を評価したなら、評価したことを通知に残すこと

・届かなかった理由を、あとから分かる形で示すこと


「これ、俺がやったことなのか?」

「あなた一人で決めたことではありません」

「だよな」

「でも、あなたは現場で違和感を拾い、アイと一緒に記録へ戻し、次の運用案に変換しました」


 ルルはそこで、少しだけ目を細めた。


「目の前の火事を消すだけなら、初級補助でもできます」

「できるんだ」

「できる範囲の火事もあります」

「嫌な補足だな」

「でも、火事の跡から、次に燃えにくい道を考えるには、少し別の見方が必要になることがあります」

「別の見方?」


 その瞬間、視界端に別の通知が走った。


【権限更新】

運営候補・初級補助 から

運営候補・現場改善補助 へ更新されました。


【更新理由】

個別対応ログをもとに、運用基準・案内文・記録様式の改善案を作成する実績が確認されました。


【追加権限】

運用案の草案作成

安全手順登録案の確認

関連ログの一次整理

関係ギルドへの暫定回答案作成

告知文・通知文テンプレートの改善案作成


【注意】

最終決定権限は付与されません。


「……おい」


 俺は通知を見た。

 見なかったことにした。

 もう一度見た。

 やっぱりあった。


「今の、タイミングよすぎないか?」

「そうですね」


 ルルは、にこにこと笑った。


「道案内としては、悪くないタイミングでした」

「お前がやったのか?」

「さて、何のことでしょう」

「絶対何か知ってるやつの返事だ」


 アイが、袖口に増えた金線を見て、静かに言った。


「あなたの姿勢が、上に評価されたのだと思います」

「上?」

「はい」

「上ってどこだよ」


 アイは答えなかった。

 代わりに、ルルが楽しそうに笑った。


「上にも、いろいろありますからね」

「それ、説明になってない」

「占い師は、説明しすぎないくらいがちょうどいいんです」

「裏しかないじゃん」

「道案内です」

「それ、裏道じゃん」


 ルルは、俺の袖の金刺繍を見て、満足そうに頷いた。


「良い色です」

「褒められてる気がしない」

「褒めていますよ。金は、道を増やす色です」

「その道、だいたい俺の作業台につながってるんだけど」

「よく気づきましたね」

「褒めるな」


 ルルは、金色の通知板を一枚こちらへ滑らせた。


【世界律更新案・要点】

人が集まる場所や、大きなイベントでは、参加する人だけでなく、見る人、通りかかる人、慣れていない人にも配慮すること。


運営は、そのために必要な範囲で、観戦席、移動ルート、演出の抑え方、事前相談、記録の残し方などを決めることができる。


ただし、個別にイベントを止めたり、直してもらったり、特別な対応をするときは、理由と範囲を記録すること。


「さっきより読める」

「読めるようにしました」


 ルルは、にこりと笑った。


「世界律って、もっと細かく書かなくていいのか?」

「全部書くと、誰も読みません」

「それはそう」

「だから、世界律には大きな方向を書きます。細かい案内は、その場を見ている運営が作ります」

「じゃあ、運営が好きに決めていいってこと?」

「いいえ」


 ルルは笑顔のまま即答した。


「世界律が、“この目的のためなら、運営が細かい決まりを作ってよい”と道を開けます。運営は、その道の中で案内を作れます」

「道の外に出たら?」

「ただの勝手な運用に見えます」

「怖っ」

「怖いので、道を先に置きます」


 アイが静かに補足した。


「上にある目的からズレてはいけません」

「つまり、“人が集まる場所で、参加してない人も追い出さないようにする”って目的からズレたらダメ?」

「はい」


 ルルは満足そうに頷いた。


「対戦イベントを嫌いだから止める、ではありません。静かに遊びたい人がいるから、全部の対戦を禁止する、でもありません」

「盛り上がる場所を作るなら、見る人、通る人、慣れていない人が逃げられる道も一緒に作れ、って話か」

「とてもよい要約です」

「今の俺が言った方が分かりやすくない?」

「では、採用しましょう」

「採用されると仕事が増える気がする」

「よく分かっていますね」


 言っていることは、分かる。


 現場で起きた問題を、その場限りで終わらせない。

 よかった対応を、他の場面にも使える形にする。

 事故や苦情を、次のルール作りに生かす。


 それ自体は、たぶん正しい。


 ただし、正しいことと、現場が楽になることは別である。


「で、その正しい話の結果、俺が何をやることになる?」


 アイが、空中に新しい板を開いた。


【当面の作業】

新しい募集文に、世界律更新の方向性を反映する。

すでに準備中のイベントには、いきなり新基準を押しつけない。

ただし、安全上見過ごせない点があれば、理由を示して修正を求める。

《蒼白の観測者》には、正式基準の前段階であることを明記したうえで暫定回答する。

個別に制限や修正を求める場合は、理由と範囲を記録する。


挿絵(By みてみん)


「このくらいなら読める」

「プレイヤー向けには、この程度でなければ読まれません」

「要するに?」

「新しいものには新しい方向性を入れる。すでに動き出しているものには、いきなり全部を押しつけない。ただし危険なら止める。そのときは理由を残す」

「分かりやすい」

「分かりやすくしなければ、問い合わせが増えます」

「結局そこか」


 俺は表示を眺めながら、少しだけうなずいた。


 新ルールに変える。

 でも、すでに準備中のイベントにいきなり全部押しつけると揉める。

 古い案内を見て準備したギルドもいる。

 通知をまだ読んでいないプレイヤーもいる。


 それを「今日から新基準です。合ってないのでダメです」とやれば、また公式レスバ会場ができる。


「つまり、新ルールに変えるけど、いきなり殴らないためのクッションが必要」

「表現は粗いですが、概ねそうです」

「全部いきなり義務にしない。でも、危ないものは止める」

「はい」

「で、止めるなら理由を出す」

「必要です」


 アイは短く答えた。

 その横で、ルルも何も言わずにうなずいた。


 同じ意見なのに、同じ場所から言っている感じがしない。


 アイは、後で処理ログが燃えないように言っている。

 ルルは、世界律の意図が曲がらないように見ている。


 俺は、その間で作業板を見ている。


「俺だけ見てるものが現実的すぎない?」

「あなたは作業者です」

「急に現実に戻すな」


 俺は、作業板の下の方に残っている一行で手を止めた。


【末尾】

その他、必要な対応を行うことがあります。


「なあ、これ」

「はい」

「便利だけど、怖くないか?」


 俺が指さすと、アイは表示を少しだけ拡大した。


「想定外の事案に対応するための余地です」

「つまり、書いてないことでも、運営が必要だと思えばできる?」

「乱用しなければ」

「その“乱用しなければ”が怖いんだよ」


 アイは否定しなかった。

 否定しないのが、いちばん怖い。


 ルルも、口を挟まなかった。

 ただ、見ていた。


 優しそうな笑顔のまま。

 命令はしない。

 でも、見ている。


 その距離感が、妙に落ち着かなかった。


「この一行、いつか誰かに突かれない?」

「可能性はあります」

「あるのかよ」

「だから、記録します」


 アイは、末尾の下に小さな欄を追加した。


【理由記録】

必要と判断した理由

対象となる範囲

期間

代わりに使える手段

プレイヤーへの説明内容


「増えた」

「必要です」

「便利な一行を入れると、記録欄が増えるのか」

「便利な一行ほど、記録が必要です」

「世知辛いな」


 ルルが、そこでようやく小さくうなずいた。


「はい。記録してください。世界律は、運営が何でも書き込める白紙ではありませんから」


 その言葉だけは、妙に耳に残った。


 世界律は、白紙ではない。


 たぶん、正しい。

 けれど、その正しさが、どこか遠くからこちらを見ているような気がした。


 そこまで整理したところで、作業板の端に《蒼白の観測者》の問い合わせが再表示された。


【次対応】

《蒼白の観測者》代表シオンへの暫定回答案を作成してください。


「結局、ここに戻るのか」

「はい」

「第二広場、対戦フィールド、観戦席。全部つながってるってこういうことか」

「はい」

「つながってほしくないものほど、つながるな」

「現場とはそういうものです」

「現場を嫌いになりそう」

「現場改善補助です」

「肩書きで逃げ道を塞ぐな」


 それから俺は、アイと一緒に《蒼白の観測者》への暫定回答案の骨子を整理した。


 今すぐ新しい世界律を全部押しつけるわけではない。

 でも、これからは観戦席や導線への配慮を見ていく。

 対戦系イベントを排除するものではない。

 ただし、見る人、通りかかる人、慣れていない人が逃げられない形にはしない。

 修正を求める場合は、どこを、なぜ直してほしいのかを示す。


「こんな感じか?」


 俺が作業板を見せると、アイは少しだけ間を置いた。


「骨子としては妥当です」

「お、珍しく通った」

「ただし、『暫定回答』であることを明記してください。正式基準と誤認されると、後で食い違います」

「はいはい」

「また、個別に対応を求める場合には、対象箇所と理由を示す旨を追加してください」

「理由、理由、理由。今日ずっと理由だな」

「理由が見えない要請は、ただの押しつけに見えます」


 ルルが静かに言った。


「案内役っぽいこと言うな」

「案内役ですから」

「チュートリアルでこんな重いこと言われたら、初心者が泣くぞ」

「初心者には、もう少し柔らかく言います」

「中身が同じなら怖いわ」


 その後、俺はアイと一緒に、運用案を削ったり、戻したり、また削ったりした。


 新しいルールは、短い。

 でも、短いままでは現場で使えない。


 いつから使うのか。

 すでに動き出したものをどう扱うのか。

 特別な対応をするなら、どんな理由を残すのか。


 分かってしまえば、筋は通っている。


 だが、筋が通っていることと、俺の作業量が減ることは別だった。


【保存完了】

世界律更新に伴う第二広場・観戦席運用案 Ver.0.3


【次工程】

内部レビュー

告知文作成

相談レーン修正

記録様式整備

既存イベント主催者向け案内

《蒼白の観測者》への暫定回答


「増えたな」

「整理された結果です」

「整理すると増えるの、どうにかならない?」

「不可能です」


 ルルが、そこでようやく一歩前に出た。


「お疲れさまでした」

「お疲れさまと思うなら、タスクを減らしてくれ」

「それはできません」

「アイより容赦ないな、この人」

「私は、道をなくすために来たのではありません。次に進む道を増やすために来ました」

「その道、だいたい未処理箱に落ちるんだけど」

「よく気づきましたね」

「褒めるな」


 ルルは否定しなかった。


「でも、あなたたちの現場の工夫が、世界律に届いたのは本当です」

「いい話っぽくまとめるな。俺の残業が世界に刻まれただけだ」

「世界は、そうやって少しずつ変わります」


 その声は、やっぱり優しかった。

 そして、やっぱり容赦がなかった。


 ルルの黒いローブが、金色の光にほどけていく。


「それでは、引き続き見ています」

「見なくていい」

「注視しています」

「余計悪いよ」


 ルルは、最後にもう一度だけ笑った。


 初心者を安心させるための、やわらかい笑顔。

 それなのに、俺には、未提出の宿題を見つけた教師ではなく、最初からそこへ向かう道を引いていた設計者の顔に見えた。


「案内は、ここまでです」


 金色の光が消えた。


 管理空間には、俺とアイと、大量のタスクだけが残された。


 視界端に、新しい通知が出る。


【新規タスク:五件】

世界律更新に伴う第二広場・観戦席運用案を整備してください。

既存イベント主催者向け案内文を作成してください。

対戦系イベント相談レーンを修正してください。

理由記録欄を作成してください。

《蒼白の観測者》への暫定回答案を作成してください。


 俺は通知を見た。

 見なかったことにした。

 もう一度見た。

 やっぱりあった。


「未来の俺がキレるやつじゃなくて、現在の俺がもうキレてるんだが?」

「記録しておきます」

「だから記録するなって!」


 こうして俺は、第二広場の後始末から、世界律更新の運用作業へと巻き込まれた。


 ちなみに、ルルは最後まで優しかった。


 優しかったが、期限は一日も伸ばしてくれなかった。


【アイの補足メモ】


今回の話では、「世界律」と「現場運用」の関係が出てきました。

現実の行政法でいえば、「法の優越」「法律の留保」「委任規定」に近い部分です。


まず、現場の運用基準や告知文は、上位にある世界律に反することはできません。これが、法の優越に近い考え方です。

次に、プレイヤーの行動を制限したり、イベント内容の修正を求めたりする場合には、きちんとした根拠が必要になります。これが、法律の留保に近い考え方です。

そして、世界律が細かいところまで全部書かず、

「この目的のために、必要な範囲で運営が細かい基準を作ってよい」

と道を開けることがあります。これが、委任規定に近い考え方です。


ただし、委任されたからといって、現場が何でも決めてよいわけではありません。


目的、対象、範囲、理由。


そこから外れると、後でだいたい燃えます。

なお、外れなくても燃えることはあります。


現場が。

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