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BANされた俺、なぜか運営の仕事を手伝わされる 〜ゲーム世界の裏側は、思ったよりお役所でした〜  作者: Altis
第1章 運営の仕事は思ったよりお役所でした

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12/25

やることが、やることが多い!



 《蒼白の観測者》代表シオンは、運営から届いた暫定回答を、静かに読み返していた。


 断ってよいお願い。

 必ず確認が必要な事項。

 通せない場合は理由を示すという一文。


 思っていたより、文面は分かりやすい。


「……これなら、正式申請に進めますね」


 シオンは申請書の草案を開いた。


 対戦フィールド公開観戦会《白環ログレビュー》。


 上級者同士の模擬戦を公開し、戦闘ログを解説する。

 初心者向けの解説席を設け、スキル演出の見方、回避ログ、支援ログを説明する。


 派手な演出はある。

 観戦者も集まる。

 だからこそ、途中で抜ける道や、緊急時の案内は必要になる。


 そこまで書きながら、シオンはふと、以前の中央広場を思い出した。


 爆発エモート。

 怒鳴り声。

 通行人まで巻き込んだ、あの騒がしい集団。


 《黒煙の牙》。


 悪い人たちだとは思わない。

 実際、戦い方は上手い。

 場を盛り上げる力もある。


 ただ、同じ対戦系として一緒に見られるのは、少し困る。


「私たちは、あの人たちとは違います」


 シオンは小さく言った。


「爆発しません。叫びません。感情を混ぜません」


「ギルマス、声に出ていますよ」


 後ろにいたギルドメンバーが、笑いながら言った。


「……確認発言です」


「今も、少し感情が混ざってました」


「混ざっていません」


 シオンは、ほんの少しだけ耳を赤くして、申請書の末尾を整えた。


 途中退出導線。

 緊急時の案内役。

 演出軽減設定の案内。

 静かに見られる場所への誘導。


 必要なことは書いた。

 足りなければ、追加で答えればいい。


「正式申請を出します」


 シオンは送信欄に指を置いた。


「観測は、静かに行うものですから」


 そう言って、少しだけ恥ずかしそうに、申請書を送信した。


 挿絵(By みてみん)


 世界律更新に伴う第二広場・観戦席運用案。


 名前がもう重い。

 中身も重い。

 しかも、作るのは俺だ。


「ルル、期限は伸ばしてくれなかったな」

「はい」

「優しさって何だろうな」

「業務には影響しません」

「急に冷たい」


 俺は管理空間の白い作業台に、顔を半分沈めた。


 世界律は、まだ本番開始前。

 今は切り替え期間だ。


 新しい方針は見えている。

 でも、まだそれを全部のイベントに「必ず守ってください」と押しつける段階ではない。


「この中途半端な時期が一番面倒なんだよな」

「はい」

「褒められても嬉しくない」


 そのとき、視界端に通知が出た。


 先日の暫定回答を受けて、《蒼白の観測者》から正式な申請が届いた。


【申請受付】

送信者:《蒼白の観測者》

件名:対戦フィールド公開観戦会《白環ログレビュー》


「来たか」


 《蒼白の観測者》。

 前に観戦席ルールを問い合わせてきたギルドだ。


 派手に対戦するというより、戦闘ログやスキル挙動を観察して、攻略情報をまとめるタイプの集団らしい。


 申請内容は、かなり丁寧だった。


【申請内容:対戦フィールド公開観戦会《白環ログレビュー》】


主催:

《蒼白の観測者》


代表:

シオン


内容:

・上級者同士の模擬戦を公開

・観戦者向けに戦闘ログを解説

・初心者向けの解説席を設置

・スキル演出の見方、回避ログ、支援ログを説明


対象:

・戦闘ログを学びたい初心者

・中級者

・観戦勢

・攻略研究者


演出:

・通常の対戦フィールド演出を使用

・一部スキル演出について、解説用に低速再生あり


配慮:

・演出軽減設定の案内あり

・初心者席あり

・親子プレイヤーの参加は制限しない


「お、ちゃんとしてる」

「はい。整っています」

「じゃあ通せる?」

「足りないところがあります」

「ですよね」


 アイが、申請書の一部を拡大した。


【確認が必要な点】

途中で抜ける道:記載なし

緊急時の案内役:調整中

低刺激席:できれば対応


「……なあ」

「はい」

「これ、黒煙の牙の企画と、やってること近くないか?」

「観戦を伴う対戦系企画という意味では、近いです」

「本人たちは絶対違うって思ってそう」

「おそらく」

「静かに分析してるだけです、みたいな顔で」

「申請書上は、かなり静かです」

「でも運営から見ると、観戦導線、演出、初心者配慮、退出ルートだよな」

「はい」

「個性が死ぬ瞬間を見た」

「整理です」


 整理。

 便利な言葉である。

 そして、だいたい仕事が増える。


「うーん。じゃあ、こう返すか」


 俺は返信案を書いた。


【返信案】

以下を直してください。

直るまで確認を止めます。


「却下です」

「早い!」

「それくらい早く却下される内容です」

「いや、直してほしいだけだぞ」

「なら、直してほしいと書いてください」

「書いてるだろ。以下を直してください、って」

「命令形です」

「お願いのつもりだったんだが」

「お願いの顔をした足止めです」

「顔って何だよ。文章だろ」

「文章にも顔はあります」


 アイは、さらっと言った。


「断れないお願いは、ほぼ命令です」

「……それ、前にも似たような話をした気がする」

「はい」

「看板とか、宿屋とか、中央広場とか」

「はい」

「何回やるんだ、この話」

「一番多いからです」

「ぐうの音も出ない」


 俺はもう一度、申請書を見た。


 途中で抜ける道。

 これは必要だ。

 気分が悪くなった人や、演出がきついと感じた人が、途中で出られないと危ない。


 緊急時の案内役。

 これも必要だ。

 誰が誘導するのか分からないイベントは怖い。


 低刺激席。

 これはあった方がいい。

 でも、会場の形や人員によっては、専用席まで用意できないかもしれない。

 別の方法でもいける可能性がある。


「つまり、全部同じ重さで『直せ』って言うなってことか」

「はい」

「必須と、お願いを分ける」

「そうです」

「必須なら、理由がいる」

「はい」

「お願いなら、断れる必要がある」

「はい」

「断ったら嫌な顔をしない」

「はい」

「でも、心の中では?」

「記録には残しません」

「やめろ。怖い」


 俺は少し考えてから、もう一度書き直した。


【返信案】

《蒼白の観測者》御中


申請を受け付けました。


まず、途中で抜ける道と、緊急時の案内方法について追加で教えてください。

ここは安全確認として必要です。


低刺激席については、世界律の切り替え期間中のため、現時点ではお願いです。

設置が難しければ、別の方法でも構いません。

たとえば、演出軽減設定の案内や、静かに見られる場所への誘導などです。


このお願いを断っただけで、申請確認を止めることはありません。

通せない場合は、理由をお伝えします。


「どうだ」

「かなり良くなりました」

「おお」

「ただし、分類を付けてください」

「褒めてから刺すな」

「必要です」


 アイは作業板に、勝手に枠を増やした。


【分類】

必須確認:

・途中で抜ける道

・緊急時の案内方法


お願い:

・低刺激席

・代わりの配慮


「また事務が増えた」

「増えたのではありません。見えるようになっただけです」

「それ一番嫌なタイプの増え方だな」


 俺は渋々うなずいた。


「これで送っていい?」

「はい」

「よし」


【送信完了】


 少しだけ肩の力が抜けた。


「今回は燃えないといいな」

「まだ分かりません」

「言うと思った」

「ただし、燃えにくくはなりました」

「褒め言葉として受け取っておく」


   *


 しばらくして、《蒼白の観測者》から返信が来た。


【返信:蒼白の観測者/シオン】


確認ありがとうございます。


低刺激席は「お願い」と理解しました。

今回は専用席の設置は難しいため、演出軽減設定の案内と、静かな観戦場所への誘導で代替します。


途中退出導線と緊急時案内については、追記して再提出します。


《蒼白の観測者》

シオン


「おお。話が通じた」

「こちらが分けたからです」

「必須とお願いを?」

「はい」

「曖昧にしてたら?」

「おそらく燃えていました」

「燃えるって言いすぎだろ」

「燃えますので」


 俺は、返信を見ながらうなずいた。


 お願いなら、断れる。

 必須なら、なぜ必要かを言う。

 止めるなら、理由を出す。


 言われてみれば当たり前だ。


 でも、現場ではつい混ぜそうになる。


「この修正してくれたら通しやすいですよー、ってやつ」

「はい」

「あれ、便利だけど危ないな」

「便利な言葉ほど、記録が必要です」

「前にも聞いたぞ、それ」

「重要ですので」


 アイが、新しい板を出した。


【新規テンプレート】

お願い文チェック


・これは断れるお願いか

・断ったら嫌な顔をしないか

・断っただけで不利益が出ないか

・必須なら理由を書いたか

・確認を止めっぱなしにしていないか

・お願いの形をした命令になっていないか


「お願い文にチェックリストができた……」

「必要です」

「お願いって、もっとふわっとしてるものじゃないのか」

「ふわっとしたお願いほど、相手には圧に見えます」

「それは分かる」


 俺はため息をついた。


「じゃあ、今日のまとめは?」

「お願いは、断れるからお願いです」

「やっぱりそれか」

「はい」

「でも、今回はさすがに分かった。お願いと必須を混ぜると、お願いが命令っぽくなる」

「よい理解です」

「その言い方、試験官みたいで嫌だな」

「では、今度テストを用意しましょうか?」

「もっと嫌だ」


 俺は作業板を閉じかけた。


「じゃあ、今日は終わりでいいな」

「終わりではありません」

「なんでだよ」


 アイが、視界端の別タブを開いた。


【未処理案件一覧】

・第二広場・観戦席運用案 内部レビュー待ち

・既存イベント主催者向け案内文 作成中

・対戦フィールド相談レーン 整理中

・新規要望・不具合報告 複数件


「見たくない文字がある」

「はい」

「新規要望・不具合報告、複数件って何?」

「そのままの意味です」

「そのままの意味が一番嫌なときってあるよな」


 表示が勝手に展開されかけたので、俺は反射的に手で止めた。


「待て」

「はい」

「そもそも、なんで申請も要望も不具合報告も、同じところに来るんだよ」

「入口設計です」

「誰の?」

「ユキです」

「あの人かあ……」


 妙に納得してしまった。


「細かく分けすぎると、今度は“どこに言えばいいのか分からない”という苦情が増えるため、まず受けて、あとで仕分ける設計にしたそうです」

「仕分ける側は地獄じゃん」

「はい」

「はいじゃないんだよ」

「ただ、見落としは減ります」

「それは否定しないが」


 視界端では、未処理件数の赤いバッジが小さく点滅している。


 イベント申請。

 観戦席ルール。

 お願いと必須確認。


挿絵(By みてみん)


 そういう話をようやく片付けたと思ったら、今度は別の種類の困りごとが同じ窓口に流れ込んできているらしい。


「なあ、アイ」

「はい」

「これ、お願いで済む話?」

「案件によります」

「一番嫌な答えだな」

「正確ですので」


 俺は、さっきまで開いていたお願い文チェックリストを閉じた。

 かわりに、赤く点滅する未処理ログの束を見る。


 そこには、イベントでも、観戦席でもない。

 もっと物理的で、もっと分かりやすく嫌な種類の不具合が混ざっていた。


「次は何だよ」

「みんなが使う場所に、穴が空いた話です」

「比喩?」

「半分は」

「残り半分は?」

「本当に穴です」

「聞くんじゃなかった」


 こうして俺は、お願いの顔をした命令をどうにか避けた直後、今度は、初心者ダンジョンの穴と向き合うことになった。


 たぶん、これはお願いでは済まない。


 というか、もう落ちている。


【アイの補足メモ】


以前も説明しましたが、

お願いは、断れるからお願いです。

今回は、そこから少しだけ進みます。


現実の行政法でいうと、今回の話は「行政指導」に近いものです。

行政指導は、相手に協力を求める働きかけです。


命令ではありません。

そのため、相手が従わなかったことだけを理由に、不利益な扱いをしてはいけません。


ここが重要です。

一方で、利用停止、許可取消し、閉鎖命令のように、相手の権利や地位に直接影響するものは「行政処分」に近くなります。


こちらは、お願いでは済みません。根拠、理由、手続が必要です。


つまり、便利なお願いほど、命令に似ます。


だから、必須事項とお願いを分けます。

理由を書きます。

断った場合にどうなるかも書きます。


面倒ですが、必要です。

なお、境界線を守っても燃えるときは燃えます。


現場が。


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