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BANされた俺、なぜかゲーム運営側で働く ~VRMMORPGにクソ真面目に行政法をぶち込んでみました~  作者: Altis―法律を物語に翻訳中―
第4章 Passin’ Thru ―音信― 第4部 The Remains of the Day

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The Things They Carried ――残したまま、先へ進む――

本作は法律を参考にして作ったフィクションです。


現実とは、少し違う顔をしています。

挿絵(By みてみん)




【世界標準時】

十一時三十七分





「お待たせしました」



 戻ってきたシオンは、椅子へ腰を下ろす前に記録板を開いた。


 星空サロンには昼の光が差し込み、天井に広がる星々は朝より淡くなっている。夜から机を照らし続けてきた青白い記録板だけが、明るくなった室内でも輪郭を失っていなかった。


「現時点の結果です」





【強制移転に関する利用者確認】


回答総数 五百十二件

有効回答 四百六十七件


移転後も同じように活動できると思う 百七十三件

難しい、又は現時点では分からない 二百九十四件

利用頻度を減らす可能性がある 百八件

別のゲームへの移動を考える 三十四件


※後二項目は複数回答


『移転先が分かれば、たぶん同じように行く』

『場所だけ移るなら、それほど困らない』

『場所より、そこへ同じ人が来るか分からない方が困る』

『一度途切れたら、そのまま戻らない人もいると思う』





「回答者には、星空サロンの利用者と、現在の状況を知っている人が多く含まれています。そのため、全利用者の傾向として扱うことはできません」


 シオンはそこで言葉を切り、両手で記録板を机の中央へ滑らせた。


「ただ、代わりの場所があれば同じ状態へ戻る、とも言い切れない結果です」


 クロセの視線が、最後の二つの回答で止まった。


 前の作業で確認できたのは、誰がここを利用していたかまでだ。今回の回答も空白そのものを埋めるわけではないが、代替場所の存在と、従前と同じ活動が続くことは別かもしれない。その程度の材料にはなる。





【代替場所の存在のみでは、従前の利用状態が直ちに回復しない可能性あり】


【実施後の利用状況及び回復の程度は未確認】




 二行を残し、クロセは指先を隣の記録板へ移した。




【なぜ、現時点で強制移転を行う必要があるのか】





「ここから先は、運営の中にある数字が要るな」


 グレンの声が落ちた。


「はい。外から確認できる記録だけでは、強制移転の効果までは確定できません」


「なら、数字を待つだけじゃなく、向こうが何を出してくるかも読んどいた方がいいな」


 クロセが顔を上げる。


「向こう?」


「この件を受ける奴だよ」


 グレンは身体を少し前へ傾け、机の端に置かれていた強制移転の布告を人差し指で軽く叩いた。


「その相手を知っているんですか?」


「その時にいろいろ見たが、あいつは運営がよく使う守り方を、そこからさらに洗練させてる。先にチャフを撒くんだよ」


 シオンもリラも続きを促さなかった。


 グレンは二人の様子を一度だけ横目で確かめ、布告へ視線を戻す。


「その時にいろいろ見たが、あいつは運営がよく使う守り方を、さらに厄介にしてる。先にチャフを撒くんだよ」


「チャフ?」


「正しい話を増やす。全体同期、登録処理、待機列、再照会、検索、連絡、移動。どれも無関係じゃない。だから、一個ずつ確かめたくなるだろ?」


 グレンの指が、布告の項目を順に滑っていく。


「で、一個追った先にまた資料がある。その先にも、ちゃんと確認する理由がある。気づいた時には、こっちは向こうの資料を一から読んで、向こうは一番戦いやすい場所で待ってる」


「全部、嘘ではないのでござろう?」


 シグレが組んでいた腕を少し緩めた。


「ああ。そこが一番えぐい」


 グレンは口の端だけを上げた。


「嘘なら切れる。関係ないなら捨てられる。でも、あいつが出すのは、どれも一応見る理由がある。だから追えば追うほど、こっちから向こうの得意な場所へ入っていくことになる」


 クロセは布告へ視線を戻した。


 どの項目も強制移転と無関係ではない。だからこそ、一つずつ確かめたくなる。その先にあるのが運営しか持っていない記録なら、全部を追おうとするほど、相手が資料を揃えている場所へ深く入っていく。確かにそれは厄介だ。


「誰がでてくるなんてわからんが」


 グレンは椅子へ深く座り、背もたれへ肩を預けた。


「でも、あいつが出てくるなら、そのくらいはやると思っといた方がいい」


「そうであれば戦い方については、グレン殿の方が詳しかろうな」


 シグレは片腕を組み直した。


「ただ、あの御仁には昔から一つ、厄介なところがあるでござるよ」


「どんな?」


 リラが身体を少しシグレの方へ向ける。


「自分が払える対価なら、相手にも払わせてよいと思ってしまう」


「他人に厳しい人なんですか?」


「むしろ、自分にも同じだけ要求するのでござる」


 シグレは伏せていた目を上げた。


「間違えたなら責任を負う。選んだなら、その結果も引き受ける。自分ならそうするから、相手にも同じだけできると思ってしまうのでござろうな」


 リラはしばらくシグレを見たあと、布告へ目を移した。


「できない人を責めたいわけじゃなくて、自分が持てるから、相手も持てると思ってしまう?」


「おそらくは」


 シグレが頷く。


「自分が持てる重さだからといって、相手まで同じとは限らぬのでござるよ」


 クロセは二人から机へ視線を戻した。


 相手の癖は見えた。だが、人格を裁いても仕方がない。


「人物の話は、いったんここまでにします」


 布告を手前へ引き寄せ、その上へ第一段階追加措置後の記録を重ねる。一部処理は抑えられている一方で、再照会、検索、連絡、新しい場所への移動は増えていた。


「減った処理はあります」


「増えた処理もある」


「はい。ただ、全部を合わせた時に、全体としてどれだけ負荷が減ったのかまでは外から確認できません」


 布告とこちらの記録は矛盾していない。


 クロセの指が、二枚の境目で止まった。


 だからこそ厄介だった。


 知りたいのは、その全部を踏まえてなお、なぜ次の段階として強制移転を選ぶ必要があるのかだ。


「……ほらな」


 グレンが身を起こし、布告の中央を指した。


「ここに書いてあることは、たぶん全部追える。追う理由もある。でも、俺たちが知りたいのは、その先だ。強制移転をやらなきゃならない具体的な状況だ」


 クロセは新しい欄を開きかけ、指を止めた。


「強制移転の必要性は、まだ示されていない……」


「外からは、でござろう?」


 シグレの声がすぐに返ってきた。


 クロセは一瞬だけ入力欄を見つめ、それから書きかけた文字を消した。眼鏡の位置を押し上げる。


「……はい。言い過ぎました」


「運営側には数字があるかもしれぬ」


「それを、こちらから無いことにはできませんね」


 クロセは書き直した。




【強制移転の必要性】


強制移転以外の措置では全体同期を維持できないか 要説明


強制移転によって見込まれる追加的改善効果 要説明




挿絵(By みてみん)




「これだけか?」


「今は、この二つで十分だと思います」


「向こうが十個出してきても?」


 グレンの目が細くなる。


「必要なら確認します。ただ、その十個を向こうが並べた順番で追うつもりはありません」


 口にしてから、クロセはわずかに唇を結んだ。


 できるなら全部確認したい。その方が落ち着く。だが、机の端にある時刻表示は、もう正午へ近づいている。


「どうやって切る?」


 グレンの問いに、クロセは今朝の執行停止裁定を開いた。


「相手だけではなく、裁定する側も見ます」


 グレンの姿勢が変わった。


 シグレも組んでいた腕をほどき、リラは手元の記録板から顔を上げる。


「レクス殿か」


「はい」


 クロセは裁定記録を布告の隣へ置いた。


「ミナトさんの件で、私は一店舗だけを止めるなら、その一店舗に生じる不利益を中心に見ればよいと思っていました。でも、レクスさんはそうしなかった」


 一店舗だけを止める理由と、同じ条件にある者まで並べた場合の影響。


 申立てが狭くても、その内側だけを見て終わりにはしなかった。


「ただし、何でも広げたわけでもありません。ミナトさんについて判断するために必要な範囲までは見る。その外側に問題が残っていても、今回決める必要がなければ、そこまで一度に決めようとはしていませんでした」


「必要なところまで見て、そこで切る?」


 グレンが裁定記録を覗き込む。


「今朝の裁定だけなら、そう見えます」


 断定を避けた答えに、シオンが静かに口を開いた。


「以前の転送門の訴訟でも、似ていました」


「シオンさんたちの件ですか」


「はい」


 シオンは記録板へ添えていた指を離した。


「私たちの観測情報、運輸ギルド側の判断、その間に入った運営処理が同じ遅延の中にありました。でも、レクスさんは全部を一度には決めませんでした」


「何を先に?」


「運営処理について、先に判断できる部分だけです。残った問題は、今も継続中です」


 シオンはそこまで言うと、わずかに身を引いた。


 今朝の裁定と同じだとまでは言わない。


 クロセは二枚の記録を寄せた。


 相手側は、理由を追わせながら事情を横へ増やす。レクスは拾った事情を捨てず、今判断できる部分だけを切り出す。


 布告の項目を指先で横へ追う。


 次に裁定記録を上から下へ辿り、その途中で手が止まった。


「……横と、縦ですね」


「何がだ?」


 グレンが肘を机へつき、身体を前へ寄せる。


「相手側の担当者と、レクスさんです」


 クロセは布告を横へなぞった。


「あの人は、関係するものを残そうとすると横へ広がる。理由を見て、その処理を見て、そこに別の問題があれば、それも残す」


 指先を裁定記録へ移し、今度は上から下へ落とす。


「レクスさんは、関係するものを残したまま、今判断できる争点を縦に切る」


「根っこは似てるのに、進む向きが逆か」


「そう見えます」


「なら、相性は悪いな」


 グレンの口元に薄い笑みが浮かぶ。


「考え方は近いのでござろう?」


 シグレが首を傾けた。


「だからだよ」


 グレンは布告と裁定記録を交互に見た。


「向こうは、残したいものが増えるほど広げる。レクスは、増えたら先に切れる一本を探す。向こうがどれだけ撒いても、レクスが全部追うとは限らねえ」


 クロセはすぐには頷かなかった。


 相手が想定どおり動く保証もない。レクスが今回も同じ切り方をする保証もない。


 二枚の記録の間を視線が一度往復する。


「それなら尚更、こちらから相手が用意した順番に乗る必要はありませんね」


 グレンが小さく笑った。


「それでいい」


「でも」


 リラの声に、三人の視線が集まった。


 リラは少し困ったように眉を下げ、二枚の記録を見比べている。


「二人とも、なかったことにしたくないんですね」


「何をですか?」


「見つけたものをです」


 リラは布告から裁定記録へ視線を移した。


「やり方は全然違うみたいですけど、一度そこにあったことまで、都合が悪いから消してしまうのは嫌なんじゃないですか」


 クロセは返さなかった。


 見方は正反対なのに、残そうとしているものは似ている。


「クロセさん?」


 呼ばれて、ようやくリラを見る。


「少し怖いですね、リラさん」


「何がですか?」


「いえ」


 リラはしばらくクロセの顔を見ていたが、納得しないまま記録へ戻った。


 グレンが指先で机を二度叩く。


「で。相手の手はある程度読めた。レクスがどう切るかも、完全じゃねえが想像はつく」


「はい」


「じゃあ、こっちは何を出す?」


 クロセは机の端に残っていた欄を中央へ引き寄せた。




【求める範囲】


【未定】




 そこだけは、まだ埋まっていない。


 強制移転全体を止めるのか。それとも、もっと狭く切るのか。


 候補には、星空サロンだけを移転対象から外す案もある。


 クロセは【未定】から、今朝の裁定記録へ目を移した。


「星空サロンだけを外すことは求めません」


 リラの背筋がわずかに伸びる。


「私が申立人でも?」


「はい。リラさんに直接の不利益があることは、申立人になる理由になります。でも、それと星空サロンだけを特別に扱えることは別です」


 次の候補へ伸ばしかけた指を、クロセは途中で止めた。


 ここから先まで今決めれば、また先回りしすぎる。


「じゃあ、どうする?」


「まだ決めません」


 リラが目を瞬いた。


「決めないんですか?」


「はい。その先を今ここで無理に埋めると、また先回りしすぎる気がします」


 クロセは【未定】を見たまま、小さく肩を落とした。


「……全部揃ってから書きたいんですけどね」


「お前らしいな」


「褒めていますか?」


「半分くらい」


 グレンが笑うと、張りつめていた空気が少しだけほどけた。


 クロセは【未定】を消さず、そのまま残した。


「クロセさん」


 リラが自分の前に置かれた記録へ手を伸ばす。


「私は、何をすればいいですか?」


 クロセはシオンの回答記録を一度見てから、リラへ顔を向けた。


「一つ、考えておいてください」


「何をですか?」


「強制移転が行われたとしても、何が残ればここでの活動を続けられるのか。逆に、何を失えば、移転先では同じように続けられないのかを」


 リラの手が記録板の手前で止まる。


「私自身の話ですか?」


「はい。今度は、ほかの人の回答ではなく、リラさん自身の話を聞きたいです」


 しばらく黙っていたリラは、やがて小さく頷いた。


「分かりました。考えます」


      ◇


【世界標準時】

十一時五十八分


 窓から差し込む光は、もうほとんど真昼の色だった。


 朝から机を埋めていた記録板の多くは左右へ寄せられ、中央にはシオンの利用者確認、強制移転の布告、今朝の裁定記録、そして最後まで埋まらなかった欄だけが残っている。




【申立人】

リラ


【対象】


王都ミトラノープルにおける既存登録拠点の強制移転


【強制移転の必要性】


要説明


【求める範囲】


未定





 グレンが時計を見た。


「もう十二時だぞ」


「はい」


「まだ未定だぞ」


「分かっています」


 クロセは【未定】から目を離さなかった。


 相手が想定どおりの資料を出すかも、レクスが今回も同じように切るかも分からない。それでも、相手の順番で全部を追わず、確認できないものを推測で埋めず、裁定者へ渡す争点まで相手側に決めさせないことだけは決まった。


「書くのか?」


 グレンがもう一度聞く。


 クロセはようやく記録板から目を離し、右肩をゆっくり回した。朝から残っていた重さは、もう無視できるほど軽くない。


 それでも机の中央を空け、新しい記録板を二枚開く。




【差止めの訴え】


【仮の差止め申立て】




「二枚?」


「仮の差止めだけを単独で申し立てることはできません。本案となる差止めの訴えが必要です」


「求める範囲、まだ空いてるぞ」


「はい」


 クロセは空白の入力欄へ手を伸ばし、触れる寸前で一度だけ止めた。


「だから、書きながら決めます」


 口にした自分がいちばん落ち着かなかった。


 全部を確定させてから進みたい気持ちは、まだある。それでも、完成も、相手の手が出揃うのも待ってはいられない。


 クロセは布告と裁定記録を一度だけ見比べ、二枚とも閉じずに脇へ残した。


 まだ使う。ただし、相手に追わされるためではなく、こちらがどこを切るのかを決めるために。




 最初の入力欄へ指先を触れさせ、クロセは差止めの訴えから書き始めた。





【申立準備整理】

申立人 リラ


対象

王都ミトラノープルにおける既存登録拠点の強制移転


争点

・強制移転以外の措置では全体同期を維持できないか

・強制移転によって見込まれる追加的改善効果


申立人に生じる不利益


整理中


求める範囲


未定


備考


運営内部の負荷数値について説明を要する。

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