Howards End ――帰る場所には、誰かがいる――
本作は法律を参考にして作ったフィクションです。
現実とは、少し違う顔をしています。
また、入る前に簡単なガイドを添えておきます。
今回は、これまで集めてきた話を、少しずつ記録へ落としていきます。
「そう感じた」「そう使っていた」という話と、
実際のログから確認できることは、同じではありません。
どこまで記録で言えて、どこから先は人の言葉が必要なのか。
そのあたりを、クロセたちと一緒に見ていただければと思います。
【世界標準時】
十時〇六分
星空サロンの窓から差し込む光は、すでに朝の淡さを失っていた。
天井には相変わらず星空が広がっているが、夜通し灯っていた卓上灯は外から入る明るさに押され、机の上だけを薄く照らしている。人の出入りは途切れておらず、離れた席から聞こえる話し声と、記録板を操作する小さな音が絶えず重なっていた。
クロセは椅子へ座り直し、長く前へ傾けていた肩を一度回した。右肩の奥に鈍い重さが残っていたが、そのまま机の中央に置いた記録板へ指を置く。
【いま、そこに何があるか】
「次へ進む前に、昨夜から出た話を記録へ落とします」
最初に開いたのは、星空サロンの今日の利用記録だった。
時間帯ごとの入退室数を追ったあと、クロセはその板を横へ避ける。
「今日の数字は使わないのか?」
向かいに座っていたグレンが聞いた。
「平常時との比較には使いにくいです。今は措置について聞きに来た人や、強制移転の相談に来た人が集まっています。朝になって状況を知り、確認のために来た人もいます」
「騒ぎが起きたあとの増加まで一緒になるか」
「はい。措置前へ戻します」
期間を一週間、さらに一か月へ広げると、利用者名の一覧が伸びた。
毎日のように現れる名前ばかりではない。数日置きの者もいれば、週末にだけ来ている者もいる。それでも、一度きりではない名前はクロセが想像していたより多かった。
「……思っていたより多いですね」
「失礼ですね」
すぐ横から声が落ちてきた。
クロセが顔を上げると、リラが肩越しに記録板を覗き込んでいた。前へ流れた髪の先が、クロセの腕の近くでわずかに揺れている。
「いつからそこに?」
「少し前からです。邪魔ですか?」
「いいえ」
「では、ここにいます」
そう答えると、リラは本当に一歩も下がらなかった。
クロセは少しだけ身体を机側へ寄せ、利用者名へ所属情報を重ねた。
星空サロンの構成員だけではない。別のギルドに所属する者と無所属の者が混じり、初心者として登録された利用者のほか、長い未接続期間を挟んで戻ってきた者もいた。
「身内だけじゃねえな」
グレンも上体を寄せ、所属欄へ視線を走らせた。
「はい」
クロセは空いている欄に二つの見出しを置いた。
【利用の継続】
措置以前から、同一利用者による反復利用あり
【利用者の範囲】
星空サロン所属者以外を含む
初心者及び復帰者を含む
続いて、一人の利用者について入退室履歴を開いた。
【接続】
【星空サロン入室】
【星空サロン退室】
【切断】
別の日も似た並びだった。接続後に星空サロンへ入り、ほかの場所を利用しないまま切断している。
「サロンへ来るためだけにログインしてるように見えるな」
グレンが言った。
「はい。この日はサロンへ来るために――」
口にしたところで、クロセの指が止まった。
グレンが片眉を上げる。
「そこまでログに書いてあるのか?」
クロセは表示を見直した。
「……書いてありません」
「だろ」
「記録から言えるのは、接続後に星空サロンだけを利用して切断したことまでです」
クロセは利用者名へ目を移し、今度は別の理由で動きを止めた。
「どうした?」
グレンも画面を覗き込み、少しして口元を歪めた。
「お前じゃねえか」
「はい」
リラも表示へ顔を寄せる。
利用者名を確かめると、そのままクロセを見た。記録板の端へ添えていた指が、ほんの少しだけ動く。
「本当に、私に会いに来ていたんですね」
「はい」
今度は迷わず答えた。
「そこは即答するんだな」
「私の目的については説明できますので」
クロセは新しい枠を開き、先ほどの履歴を二つに分けた。
【行動記録】
接続後、星空サロンのみを利用して切断した日が複数存在
【本人説明】
リラとの面会を主な目的として来訪
リラの口元がわずかに緩んだ。
「必要なら、私からも話しますよ」
「お願いします」
「クロセさんは私に会いに来ていた、と」
「そこまでで大丈夫です」
「それ以上もありますけど」
クロセが顔を上げると、リラは何事もなかったように自分のカップへ手を伸ばした。
持ち上げて中を覗き、ほとんど残っていないことに気づいたらしい。少し考えてから、静かに元の場所へ戻した。
その向こうで、シグレの肩がわずかに揺れる。
「本人が、自分の記録に止められるとは思わなかったでござるな」
「止めたのはグレンさんです」
「そういう意味ではないでござるよ」
「そうでしたか」
クロセは検索条件を切り替えた。
期間を第一段階追加措置より前へ戻し、「初心者」と「星空サロン」を含むやり取りを抽出する。
いくつかの会話が並んだ。
『始めたばっかなんだけど、どこ行けばいい?』
『とりあえず星空サロン行ってみ』
『ギルド入ってないけどいい?』
『いいよ。誰かいる』
クロセの指が最後の一文で止まる。
すぐには記録せず、日時と参加者を確認してから別のやり取りを開いた。
『復帰したら知らんもの増えすぎ』
『サロンで聞いてこい』
『まだある?』
『ある』
クロセは先ほど作った枠の横へ、新しい項目を置いた。
【来訪の契機】
他の利用者がいることを理由として、星空サロンを案内した例あり
初心者及び復帰者に対する案内例あり
「以前からですよ」
リラが言った。
「知っていたんですか」
「もちろんです」
「教えてくれてもよかったのでは」
リラの眉がほんの少し動いた。
「聞かれませんでしたので」
「そうでしたか」
「はい」
クロセはそれ以上追及せず、検索結果を次へ送った。
「クロセ殿。これはどうでござる?」
シグレが、自分の前に浮かべていた記録板を二本の指で滑らせてきた。
『何したらいいか分からない』
『案内に聞けば?』
『聞いた』
『なんて?』
『困ったら星空サロン行ってみるのもありって』
元の案内を辿ると、一件の記録が見つかった。
【初心者支援案内】
『困ったら、星空サロンに行ってみるのもありです』
【案内担当】
NPC/ルル
「ルルさん」
「知っているのでござるか、あの占い師のNPCを」
「一度、声をかけられました。ただ、怪しかったので通り過ぎました」
「失礼でござるな」
「当時の認識です」
クロセは枠を一つ追加した。
【運営による案内】
初心者支援において――
「待つでござる」
シグレの声で、入力が止まった。
「何ですか?」
「NPCが案内したことと、運営がそこを公式の場所として扱っていたことは同じでござるか?」
クロセは途中まで入力した文字を見たあと、ルルの案内権限と当時の設定を開いた。
初心者に対して、状況に応じた場所を候補として示す機能はある。ただし、星空サロンを正式な相談拠点として指定した記録は見つからなかった。
「……同じではありませんね」
「危なかったでござる」
「まだ確定していませんでした」
「書き始めていたでござるよ」
クロセは枠ごと消した。
「消しました」
シグレが満足そうに顎を引く。
その隣で、リラはルルの案内文をもう一度読んでいた。
「これは知りませんでした」
「嬉しいんですか」
「少しだけ」
リラは記録から目を離さないまま答えた。
「私たち以外にも、ここを案内した人がいたんですね」
クロセは改めて二つの枠を作った。
【第三者による案内】
初心者支援案内において、星空サロンを利用先の一つとして紹介した例あり
【制度上の位置づけ】
公式な相談拠点としての指定は確認できず
そこで一度、机の上に散っていた記録を縮小した。
利用履歴、所属情報、利用者同士の会話、本人の説明、初心者支援案内が、別々の板のまま机の中央へ並ぶ。青白い光が重なったため、リラは空になったカップを邪魔にならない位置へ退けた。
「で、どうまとめる?」
グレンが腕を組み直した。
クロセは並んだ記録を見渡し、先ほど作った項目を移動させる。
【利用の継続】
措置以前から、同一利用者による反復利用あり
【利用者の範囲】
星空サロン所属者以外を含む
初心者及び復帰者を含む
【来訪の契機】
他の利用者がいることを理由とした案内例あり
初心者及び復帰者に対する案内例あり
【第三者による案内】
初心者支援案内における紹介例あり
そこまで並べたところで、クロセの手が止まった。
「終わりか?」
グレンに聞かれ、もう一度記録を見る。
「……いいえ」
一番下へ枠を足した。
【この記録だけでは確認できない事項】
各利用者の来訪目的
本人にとって当該利用が持つ意味
星空サロンが公式な相談拠点であったとの事実
「最初から最後の枠まで考えていたのでござるか?」
「いいえ」
「正直でござるな」
シグレが笑う。
クロセは返さず、各項目から元の記録へ参照線を伸ばした。
同じ事実を複数の枠へ入れないよう一つずつ位置を確かめ、本人の説明と行動記録には別の識別表示を付ける。NPCの案内も、制度上の指定と混ざらないよう別枠のまま残した。
作業を続けていると、机の端に置いた通信窓が淡く点滅した。
リラが先に気づき、視線を向ける。
「シオンさんからですよ」
クロセは通信窓を引き寄せた。
【調査可能です】
【情報ギルドの外部協力者及び複数ギルドの連絡網へ配布します】
【回答者の自己申告により、過去一か月の対象拠点利用の有無を確認します】
【無作為抽出ではありません】
【結果は補強資料として整理します】
クロセは内容を読み、送信済みの調査依頼の横へ移した。
【利用者確認】
担当 シオン
状態 進行中
その下へ、今まとめた分類を添付する。
【利用実態】
記録整理済み
利用者確認の結果待ち
「これでいいか?」
グレンが聞いた。
クロセは参照線をもう一度辿り、途中で一か所止まった。
初心者の案内記録に、所属外利用者という分類まで付けていた。
「……ここは外します」
「何だ?」
「この会話だけでは、案内された本人が無所属だったとは確認できません」
分類を一つ解除すると、参照線が消えた。
表示が固定されると、長く記録板の上に置いていた右手を離す。指の付け根に残っていた力が抜け、身体を起こしたところで、固まっていた肩が小さく鳴った。
リラが横目で見る。
「痛いんですか?」
「少し重いだけです」
「休みます?」
「まだ大丈夫です」
「それ、昨日も聞きました」
クロセは返答を探したが、言い返せる内容が見つからず、眼鏡の位置だけを直した。
グレンが机を指で二度叩く。
「終わったなら、残りをやるぞ」
「はい」
クロセは保存した記録板を左へ寄せた。
中央が空くと、まだ整理の終わっていない利用履歴の束を引き寄せる。星空サロン以外の対象拠点についても、同じ分類で拾えるものと拾えないものを分ける必要があった。
最初の記録を開き、クロセは再び指を置いた。
【追記メモ】
《星空サロン》に関する利用実態について、措置以前の記録との照合を実施。
現時点で確認できた事項は以下のとおり。
・同一利用者による反復利用あり
・星空サロン所属者以外の利用あり
・初心者及び復帰者の利用あり
・他の利用者がいることを理由とした案内例あり
・初心者支援案内における紹介例あり
なお、以下の事項については、上記記録のみからは確認できない。
・各利用者の具体的な来訪目的
・当該利用が本人にとって持つ意味
・星空サロンが公式な相談拠点として指定されていたとの事実
申立人本人の利用については、行動記録と本人説明を区別して整理する。
現在、外部連絡網を用いた利用者確認を継続中。
結果は補強資料として追加予定。




