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BANされた俺、なぜかゲーム運営側で働く ~VRMMORPGにクソ真面目に行政法をぶち込んでみました~  作者: Altis―法律を物語に翻訳中―
第4章 Passin’ Thru ―音信― 第3部 Through the Looking-Glass, and What We Found There

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Never Let Me Go ―ここにいる理由―

本作は法律を参考にして作ったフィクションです。


現実とは、少し違う顔をしています。

挿絵(By みてみん)




 グレンはまだ何か言いたそうだったが、クロセは見なかったことにした。




 戻ってきたばかりのシグレへ記録板を向ける。


「シグレさん。少し見てもらえますか」


「もちろんでござる」


 シグレは椅子を寄せ、四つの問いと外で拾ってきた記録へ順に目を走らせた。


 読む速度は速い。


 ただし、途中で一度戻り、同じ行を読み直す。


「ひとつずつなら、代わりがあります」


 クロセが言う。


「待ち合わせ場所は変えられる。店も別の場所で探せる。道も覚え直せます」


「そうでござるな」


「それだけでは、止める理由として弱い」


「少なくとも、それだけでは足りぬでござろうな」


 即座には肯定されなかった。


 クロセは少しだけ言葉を止め、そのまま新しい行を加えた。




五 なぜ、いま強制移転でなければならないのか




 シグレの視線が、そこで止まる。


「そこは外からでは見えぬでござるな」


「はい」


「どうするでござる?」


「起きたことなら追えます」


 昨夜の全体影響記録を開いた。


 強制待機列による滞留や、表示遅延による再照会、市場への迂回、別拠点への移動が並ぶ。


 第一段階でも、使えなければ別を探し、表示されなければ確認し、待たされれば別の経路を選ぶという動きが出ていた。


「強制移転なら、これがもっと大きく――」


 そこまで言って、クロセは止まった。


「……なるかもしれません」


「まだ起きておらぬでござるからな」


「はい。今のは推測です」


 シグレが小さく頷く。


「ただ、人そのものが動くなら、何を見るべきかを先に決めておくことはできるでござる」


 クロセは今朝の記録へ戻った。


 待ち合わせ場所を決め直すこと、新しい店を探すこと、道を覚え直すこと、仲間へ連絡して移転先を確認することが並んでいる。


 クロセは一つの欄を作った。


【強制移転によって減るもの】


 シグレがその文字を見る。


「減るものだけでござるか?」


 クロセの指が止まった。


「……ほかに?」


「場所が変われば、確認が増える。連絡も増える。探し直す者も出るでござろう」


 クロセは今朝の記録を見直した。


「増えるもの」


「そうでござるな」


 隣へ、もう一つ欄を作る。


【強制移転によって増えるもの】


 二つを並べた。


 どちらも、まだほとんど空欄だった。


「どこから見るでござる?」


 クロセは机に広がった記録へ視線を走らせる。


 市場、移動経路、拠点、連絡記録。


「まず、今ある記録と突き合わせます。推測は、そのあとにします」


「了解でござる」


 シグレが構造図を引き寄せ、クロセも記録板へ戻ろうとした。


 そこで手が止まった。


 今朝から、自分は似た問いを何人にも向けている。


「シグレさん。もう一つ、聞いてもいいですか」


「何をでござる?」


「どうして、ここまでやっているんですか」


 シグレが少し首を傾げた。


「拙者の話でござるか」


「はい」


 シグレは記録板から手を離し、机に広げられていた構造図を自分の方へ少し引いた。



挿絵(By みてみん)



「現実でも、白と黒の間は見えるのでござるよ」


「グレーですか」


「そうでござる」


 構造図の上では、軽量表示や再照会、市場迂回、待機列といった線がいくつも枝分かれしている。


「ただ、見えることと、そこへ入れることは別でござる」


「入らない、ではなく?」


「入れない、でござるな」


 シグレは一本の線へ指を置いた。


「試す前に影響を確認する。手順を作る。根拠をそろえる。問題が起きた時に、どこまで戻せるかも決めておく」


「慎重ですね」


「現実では、気軽に失敗できぬからな」


「自分だけの失敗では済まないから?」


「そういうことでござる」


 シグレは苦笑し、肩を少し竦めた。


「仕事で『とりあえず試してみます』とは、なかなか言えぬ」


「言ったことは?」


「ないでござる」


 返事が早かった。


「今のは迷いませんでしたね」


「想像しただけで胃が重くなるのでござるよ」


 シグレが笑う。


 冗談らしいが、完全な冗談にも見えなかった。


「でも、ここでは試せるのでござる」


「失敗しても構わないから?」


「そうではないでござるよ。失敗した時に、戻って別の道を選べるのがよいのでござる」


「現実と、あまり変わらないようにも聞こえます」


「全然違うでござる」


 シグレは構造図の中で行き止まりになっている線をなぞった。


 そこで止まっていた指が、少しだけ横へ動くと、何もなかった場所へ細い線が一本伸びた。



「ここでは、自分で道を作ってもよい」



 クロセはその線を見る。


「それが、自由ですか」


「拙者にとっては、かなり」


「ござると話すことも?」


「それも非常に重要な自由でござる」


 シグレは少し胸を張った。


「現実の拙者は、ここの拙者よりずっと真面目なのでござるよ」


「想像できます」


「そこは否定してほしかったでござるな」


 クロセは笑った。


 構造図には、シグレが作った細い線がそのまま残っている。必要なら消せるし、駄目なら戻って別の道を引ける。それでも、最初からそこに用意されていた線ではなかった。


 クロセはしばらくそれを見たあと、机の上へ視線を戻した。


 外で聞いてきた記録をめくると、待ち合わせや相談、初心者支援といった別々の内容の横へ、同じ名前が何度か現れている。


 星空サロン。


 もう一枚開く。


「……また」


「何がでござる?」


「いえ」


 この場所を起点に集めた以上、星空サロンの名前が多くなること自体は不自然ではない。


 クロセはそう考え、次の記録へ移ろうとした。


 少しして、同じ行へ戻る。


 さらにもう一度。


「クロセ殿」


「はい」


「そこ、三回目でござる」


 クロセは文字から目を離した。


 瞬きをすると、乾いていた目の奥が少し痛んだ。


「そうですか」


「休んだ方がよいのでは」


「さっき休みました」


「茶を一杯飲んだだけでござろう」


「休憩です」


「そうでござるか」


 シグレはまったく納得していない顔だったが、それ以上は言わなかった。


 代わりに、横から別の声がした。


「お代わり、いりますか?」


 顔を上げる。


 リラが空になったカップを見ていた。


「はい」


 答えてから、自分でも少し早かったと思った。


 リラは何も指摘せず、ほんの少し口元を緩める。


「分かりました」


 カップを受け取り、新しい茶を淹れに向かう。


 シグレはその背中を見送っていたが、やがて何かを思いついたようにクロセへ向き直った。


「ところで」


「はい」


「クロセ殿は、なぜなのでござる?」


 今度はクロセの手が止まった。


「私ですか」


「拙者には聞いたでござろう」


「そうですね」


「なら、こちらから聞いてもよいはずでござる」


 理屈としては正しい。


 こういう時の正しい理屈は少し困る。逃げ道をきれいに塞いでくる。


 クロセはすぐには答えなかった。


 朝から聞いてきた人たちの顔が、順番に浮かぶ。


 グレン。


 シオン。


 ミナト。


 そして、今目の前にいるシグレ。


 自分にも、同じように一つの理由があるのだろうか。


 そこまで考えても、うまく言葉にはならなかった。


 視線を動かす。


 少し離れたところで、リラがカップへ茶を注いでいる。


 答えと呼んでいいのかは、まだ分からない。


 それでも、最初に浮かんだものだけは消えなかった。




「私は、リラさんに救われたので」




 リラの手が、ほんの少しだけ止まった。


【訴訟準備前資料・暫定メモ 追記】



一 強制移転によって生じる可能性のある変化


【減少する可能性があるもの】


・既存地点への習熟

・既存の待ち合わせ関係

・既存店舗、取引相手との接触機会

・相談先として認識されている場所

・特定地点に人がいるという期待

・継続利用によって形成された利用関係


現時点で数量化できず。



【増加する可能性があるもの】


・移転先の確認

・利用者間の再連絡

・待ち合わせ場所の再設定

・店舗、取引相手の再探索

・移動経路の再確認

・問い合わせ及び再照会

・移転に伴う人流



第一段階措置において、


表示遅延、

待機、

利用制限等に対し、


迂回、

再照会、

別地点への移動


が発生している。


ただし、


強制移転時に同様又はそれ以上の変化が生じるかは未確認。


記録との突合せが必要。



二 追加で確認すること


五 なぜ、現時点で強制移転を行う必要があるのか


六 強制移転を行わない場合、何が生じるか


七 より弱い措置による代替が可能か



三 現在不足している資料


・対象拠点ごとの継続利用記録

・利用者間の移動、連絡実態

・強制移転後の復元可能性

・移転に伴う再照会数の推計

・移転先の条件

・強制移転を必要とする運営側事情

・第一段階措置によって減少した負荷

・第一段階措置によって新たに発生した負荷

・申立人候補と具体的不利益との対応関係



四 現時点の整理


個々の利用について、代替手段が存在するものはある。


ただし、


代替先が存在することと、

移転前の状態へ回復できることは同一ではない。


また、


強制移転によって何かが失われるだけでなく、


確認、

連絡、

探索、

再照会など、


新たに発生する行動がある可能性も確認する必要がある。


現段階では、


誰について、

どの不利益が、

どの程度回復困難なのか


について資料不足。


加えて、


なぜ現時点で強制移転を行う必要があるのか


について、外部から確認できる資料も不足している。


申立てには早い。


記録確認を継続する。

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