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BANされた俺、なぜかゲーム運営側で働く ~VRMMORPGにクソ真面目に行政法をぶち込んでみました~  作者: Altis―法律を物語に翻訳中―
第4章 Passin’ Thru ―音信― 第3部 Through the Looking-Glass, and What We Found There

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Time Passes ―朝は待ってくれない―

本作は法律を参考にして作ったフィクションです。


現実とは、少し違う顔をしています。

挿絵(By みてみん)




 星空サロンへ戻る前から、声が聞こえていた。


 扉を隔てても内容まで分かる声量だったので、誰が中心にいるのか考える必要はなかった。




「だから、開き直すなって言ってんだろ!」




 グレンだ。


 クロセが扉を開けると、朝の冷えた空気が背中から押し込まれ、その代わりに、人の熱と飲みかけの茶の匂いが混じった空気が顔へ触れた。


 出る前より、明らかに人が増えている。




「だから、昨日の夜から何があったんですか?」


「強制移転って、もう決まったんです?」


「うちの拠点も対象?」


「待って、第一段階って延長されたんだよね?」


「それと強制移転は別!」


「誰か最初から説明して!」


「今してる!」




 朝になってから接続してきた人が多いらしい。見覚えのない顔がいくつも混じり、その中心でグレンが三枚の連絡窓を同時に相手にしていた。


 昨夜から声を張り続けていたせいか、少し掠れている。


「更新されたか分からなかったら、もう一回開くんじゃなくて、分からないって送れ!」


 一枚を閉じるより先に次の窓へ顔を向ける。


「支援しに行くのも待て! 人数集めたら、それだけで重くなるって昨日から――」


 そこで声が止まった。


 グレンの視線の先には、サロンの手伝いをしているセナが立っていた。


 いつもの赤いポニーテールはほとんど揺れず、入口の近くで両手を胸元へ寄せながら、少し困ったようにグレンを見ている。


「お前も今朝入ってきた口か?」


「えっ」


 セナの肩が跳ねた。


「だったら勝手に動くなよ。昨日から――」


「あ、あの……」


 慌てて口を挟む。


「私、セナっていいます。ここ、時々だけど夕方から少し手伝ってて……」


「……ん?」


「昨日は夕方から家族と過ごしてて、こっちには来られなくて」


 説明を重ねるほど声が小さくなり、最後には視線まで床へ落ちた。


「このあと現実で予定があるんですけど……昨日から大変だったみたいだから、ちょっと気になって。少しだけ覗こうかなって……」


 グレンの動きが止まった。


 さっきまで忙しく切り替えられていた三枚の連絡窓も、持ち主だけが止まったせいで、宙に取り残されたように光っている。


 しばらくセナを見たあと、グレンは壁際の時刻表示へ目を向けた。




「……もう、そんな時間か……」




 眉間へ寄っていた皺が少し緩み、代わりに疲れが出た。


挿絵(By みてみん)


「セナさん」


 リラが静かに間へ入った。


「大丈夫ですよ」


「でも……」


「昨日来られなかったことも、気にしなくていいですから」


 セナが小さく頷く。


 グレンも一度頭を掻き、少し乱れた髪をそのままにした。


「悪い。知らなかった」


「い、いえ」


「いいか、嬢ちゃん。まず動かなくていい。昨日からの説明を送るから、それ読んで。このあと予定あるんだろ。そっちはちゃんと行ってこい」


 そこで終わるかと思ったが、グレンはセナの顔をもう一度見てから続けた。


「まだ気になるなら、用事が終わってから来ればいい。ここは任せてろ」


「……はい」


 今度の返事は、先ほどよりよく聞こえた。


 グレンは昨夜からの案内をセナへ送り、そのままクロセを見る。


「昨日のやつ、今朝入った連中にも流していいか?」


「お願いします。各拠点にも回してください」


「了解」


 クロセは空いている席へ腰を下ろした。


 外を歩いたあとだからか、座った瞬間に脚の重さが少し分かった。背もたれへ身体を預ける前に対応記録を開き、二行を書き加える。




【新規接続者への情報再周知】


【接続時刻の差により、措置に関する認識に差あり】




 その間にも、グレンの連絡窓には新しい表示が増えていた。


 クロセは対応記録を閉じ、今度は外で集めてきた内容を開く。




【利用実態】

・待ち合わせ場所としての反復利用

・特定の店舗、取引相手への習熟

・既存の移動経路への習熟

・特定地点に他者がいることへの期待

・目的を定めない継続利用

・習慣的な特定地点の利用

・特定地点への好み




 一番下で指が止まった。


 朝の広場で見た、白い石段を思い出す。


 記録していなかった言葉を、その下へ加えた。




【本人発言】

夕方になると、階段から湖が光って見える。

その場所が好き。




 入力を終えても、それをどの項目へ置けばいいのかは分からなかった。


 クロセは新しい記録板を開き、しばらく空白を見たあと、四つの欄を作った。




【確認すること】


一 いま、その場所に何があるか


二 強制移転すると、何が変わるか


三 変わったものを、後から戻せるか


四 それを、誰が受けるか




 外で拾った記録を横へ並べる。


 待ち合わせ場所を一番目へ移した。


 続けて、場所が変われば決め直す必要があるという記録を二番目へ置く。


 いつもの店。


 決まったベンチ。


 誰かがいるかもしれないから立ち寄る場所。


 いくつかは同じように動かせた。


 三番目まで来たところで、指が止まる。


 待ち合わせ場所を決め直せば、元に戻ったことになるのか。


 別の店を覚えれば、それで同じなのか。


 夕方に湖が光る階段なら、何をもって「戻った」と言えばいい。


 クロセは入力欄を一度開き、何も書かずに閉じた。


 少し離れたところから、リラの声が聞こえる。


「強制移転は、二十二時予定です」


 顔を上げると、一人の利用者がリラの前に座っていた。


「もう決まったんですか?」


「実施が確定した、という意味ではありません」


「でも、やるかもしれないんですよね」


「はい」


「じゃあ、私たち何すればいいですか」


 リラはすぐには答えなかった。


「まず、分かっていることから聞かせてください」


 相手はしばらく黙り、膝の上で組んでいた手を一度ほどいた。


「何が嫌なのか、自分でもよく分からなくて」


「大丈夫です」


「こんなのでも?」


「はい。そのままで」


 リラはそこで待った。


 相手が言葉を探して視線を落としても急かさず、途中で言い直しても口を挟まない。


 クロセは少しの間、その様子を見ていた。


 自分なら、たぶんもう質問している。



 何が嫌なのか。


 何が変わるのか。


 どこまで戻せるのか。



 少なくとも、そのうち一つくらいは聞いていたと思う。


 一人が席を立つと、次の人が座った。


 クロセは記録板へ視線を戻し、一番目の欄へ一語だけ加えた。



【相談】



 入力したあと、指が少し残った。


 これで十分なのかは分からない。


 ただ、今はそのまま残した。


 次に四番目を見る。



【それを、誰が受けるか】



 六時四十分の布告を開いた。


 対象は王都ミトラノープル内の既存登録拠点で、実行予定時刻は二十二時。発動には条件がある。


 続けて世界律を開く。



【追加措置に対する外部確認】

追加措置により、回復しにくい不利益を受けるおそれがある者は、当該措置の発動前又は発動後に、黒環書庫へ一時停止を求めることができる。



 実施後でも、手続そのものは残る。


 クロセの指が三番目へ戻った。



【変わったものを、後から戻せるか】



 こちらは、まだ何も置けない。


「仮の差止め」


 横から声がした。


 いつの間にか、グレンが記録板を覗き込んでいる。


「出すんだろ」


「出したいです。ただ、その前に」


 クロセは四番目を指した。


「誰の不利益として出すのかを決める必要があります」


 グレンが眉を寄せる。


「……つまり、申立人は誰だって話か?」


「だいたい合っています」


 困っている。




 嫌だ。


 止めてほしい。





 声は集まっている。


 ただ、その声を誰のものとして黒環書庫へ置くのかは、まだ決まっていなかった。


 対象領域の登録情報を順に追っていく。


 指が、一つの名前で止まった。




【ギルド《星空サロン》】


登録領域:

王都ミトラノープル


代表:

リラ




 関連記録を開く。


 第二広場の季節イベントをはじめ、初心者支援や相談、継続的な交流の記録が並んでいる。そのうえ、星空サロンの拠点そのものが今回の強制移転の対象だった。


 最後の利用者が席を立った。


 クロセも顔を上げる。


 ちょうどリラと目が合った。





「嫌です!」




「何も言ってません」


「申立人にはなりません」


「まだ頼んでいませんが」


「さっき、申立人って聞こえました。グレンさんの声が大きいので」


「俺のせいかよ」


「大きかったです」


「……悪かったよ」


 リラはもう一度クロセを見る。


「それで?」


「何がですか」


「頼まないんですか?」


「嫌だと言われましたので」


「分かりました」


 リラが頷いた。


 クロセは一度口を開きかけた。


 断られた理由を聞くべきか。


 別の候補を探すべきか。


 そのどちらを先に考えたのか、自分でも分からないまま、結局何も言わず記録板へ視線を戻した。


 四番目は、まだ空欄だった。


「ただいまでござる」


 聞き覚えのある声に顔を上げる。


 入口にはシグレが立っていた。


「おかえり」


 グレンが言った。


「何してたんだ?」


「少々、現実側の段取りを。急ぎのものだけ片づけて、今日はもうこちらへ戻れるようにしてきたでござる」


「片づいたんですか」


「片づくようにはしたでござる」


 クロセは少し待った。


 続きはなかった。


 完全に片づいたのかどうかは分からなかったが、本人が平然としているので、それ以上は追わなかった。


挿絵(By みてみん)


 シグレが空席へ腰を下ろしたところで、今度はシオンの手が止まった。


 観測板の上に置かれていた指が動かなくなり、そのまま数秒が過ぎる。


「シオンさん?」


 リラが呼ぶ。


「……今日」


「はい」


「今日って」


 シオンは、何か重大な観測結果を今になって見つけたような顔で、ゆっくりと壁際の時刻表示を見上げた。





「平日でしたね」





「……はい」


 リラが答えた瞬間、シオンの顔からみるみる色が消えた。


「すみません。抜けます」


「今から?」


「今すぐです」


「何か忘れていましたか」


「仕事です」


 立ち上がる勢いで椅子がわずかに後ろへ滑った。


 観測板が閉じるのと、シオンの姿が消えるのはほとんど同時だった。


 誰もすぐには口を開かなかった。


「俺は昨日のうちに仕事の段取りつけたからな」


 やがてグレンが胸を張った。


「意外です」


「なんでだよ! こういう時に先に仕事の段取りつけとくのは社会人の基本だろ!」


「そこは、ちゃんとしているんですね」


「そこ『は』って何だ!」


 グレンが言い返したところで、急にクロセを見る。


「そういうお前は?」


「私?」


「今日」


 クロセは黙った。


 今日の日付。


 曜日。


 予定。


 順番に確認しようとしている自分に気づいたところで、胸の奥に嫌な感覚が落ちた。


「……仕事がありました」


「あるんじゃねえか!」


「今、思い出しました」


 急いで現実側の連絡画面を開く。


 始業時刻を確認したクロセの背筋が、わずかに伸びた。


「腹痛で通します」


「お前、それでいいのか?」


「体調不良です」


「今、腹痛って言ったよな」


「細部です」


「お前、そういうとこだけ雑だな!」


 否定材料が見つからなかった。





 クロセは少しだけ視線を逸らし、そのまま送信した。


【訴訟準備前資料・暫定メモ】


件名

既存登録拠点に対する強制移転措置発動前の一時停止申立ての可否



一 現在確認できている事項


予定措置

王都ミトラノープル内の既存登録拠点に対する強制移転


予定時刻

二十二時


対象

王都ミトラノープル内の既存登録拠点


外部確認手続

追加措置により回復しにくい不利益を受けるおそれがある者は、発動前又は発動後に、黒環書庫へ一時停止を求めることができる。



二 現在確認できている利用実態


・待ち合わせ場所としての反復利用

・特定店舗、取引相手への習熟

・既存移動経路への習熟

・特定地点に他者がいることへの期待

・目的を定めない継続利用

・習慣的な特定地点の利用

・特定地点そのものへの好み

・相談場所としての利用

・初心者支援、交流拠点としての利用



三 確認すること


一 現在、その場所に何が存在しているか


二 強制移転によって何が変化するか


三 変化したものを、実施後に回復できるか


四 その不利益を、誰が自己のものとして受けるか



四 申立人


未確定。


候補:


ギルド《星空サロン》

代表 リラ


確認できている事情:


・拠点自体が強制移転対象

・初心者支援実績あり

・相談、交流の継続利用あり

・第二広場における活動記録あり


本人意思:


現時点で申立人となることを拒否。


再確認はしない。


他候補を確認する。



五 現時点の整理


発動後も一時停止を求める手続自体は失われない。


ただし、


実施後に元の状態へ戻せるかは、まだ確認できていない。


また、


誰について、

何が変わり、

その変化をどこまで回復できるのか


についても不足。


申立人も未確定。


現時点では申立てに進まない。


確認を継続する。

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