二人影 ―A World for Two―
【全体同期限界予測】
残り 二十九時間三十一分
「五を詰める。第一段階追加措置だ」
「はい。四十分後に布告します」
「これからは、世界標準時も併せて表示してくれ」
話し終わるより先に、画面の端に、新しい時刻が開いた。
【世界標準時】
二十一時〇〇分
聞き返す声はなかった。
なぜ四十分なのか。
その間に、何を確認するのか。
説明する必要もなかった。
俺の前には、すでに同じ画面が開いている。
【実施中】
登録領域移動・任意協力要請
登録領域表示軽量化
ギルド倉庫参照一時保存
工房関連照会待機列分離
全部、やっていた。
まだ使える手段を探し。
後ろへ送れる処理を送り。
落とせる表示を落とした。
止めずに済むものは、止めなかった。
すべて、効いていた。
【登録領域移動・任意協力】
協力受付 七千百二十二
【登録領域表示軽量化】
負荷軽減効果 継続中
【ギルド倉庫参照】
一時保存表示 稼働中
【工房関連照会】
待機列分離 反映済み
それでも。
【全体同期限界予測】
残り 二十九時間三十分
一分。
経過したのは、十二秒だった。
画面の向こうでは、声が増え続けている。
任意協力に応じた者からも、照会が届いていた。
いつ戻れるのか。
元の領域が満員になった場合はどうなるのか。
一時移動中の取引履歴は維持されるのか。
倉庫と工房の接続は残るのか。
移動先で障害が起きた場合、どちらの記録が優先されるのか。
【関連照会件数】
一万二千四百八十八
【理由確認要求】
三千百二十
【復帰条件照会】
二千七百四十一
【外部確認導線参照】
九百八十二
任意であることを説明する。
応じないことを理由に、不利益を与えないと説明する。
戻すための条件を説明する。
説明を読むために、世界へ接続する。
自分が対象か確かめるために、記録を開く。
安心するために。
もう一度、見る。
必要な確認だった。
止めることはできなかった。
「照会の分散」
「準備済みです」
言葉と同時に、画面が開く。
【照会時間分散・追加協力要請】
送信準備完了
「出す」
「はい」
【照会時間分散・追加協力要請】
送信済み
数字が動く。
一度だけ。
浮かぶ。
【登録領域参照】
通常時比 一四七%
↓
通常時比 一三九%
【全体同期限界予測】
残り 二十九時間三十六分
六分。
世界が、六分だけ浮かんだ。
その横で。
新しい照会が増える。
【追加協力要請・関連照会】
この時間帯に確認できない場合は?
急ぎの処理はどうなる?
工房の予約確認も待つべき?
市場同期の確認は対象?
六分が。
三分で消えた。
【全体同期限界予測】
残り 二十九時間三十三分
次の画面を開く。
アイは、もう見ていた。
「工房」
「はい」
どちらが先だったのか。
分からなかった。
【工房関連照会】
待機列収容率 八十一パーセント
分離条件は、すでに並んでいる。
予約確認を先へ。
履歴参照を後ろへ。
製造停止に関わる照会を優先。
装飾表示を落とす。
重複取得を止める。
「製造記録は残す」
「履歴表示のみ遅延」
「素材確認」
「実行中のみ優先」
「予約変更」
「新規受付と分離」
短い言葉が、条件になる。
俺が一つ開けば。
アイが、次を開く。
アイが条件を置けば。
俺が、例外を拾う。
同じ場所を見ていた。
同じものを残そうとしていた。
「実行」
「はい」
同時に触れた。
【工房関連照会】
待機列分離・第二段階 実行
【処理中】
一秒。
二秒。
三秒。
【反映済み】
【待機列収容率】
六十一パーセント
【全体同期限界予測】
残り 二十九時間四十一分
八分。
もう、喜ばなかった。
任意協力は増えている。
照会も増えている。
【協力受付】
七千九百八十六
【全体同期限界予測】
残り 二十九時間三十二分
数字が動く。
【全体同期限界予測】
残り 二十九時間二十五分
七分。
経過したのは、二分だった。
「足りない」
「はい」
どちらの声だったのか。
もう、考えなかった。
第一段階追加措置を開く。
前の画面が閉じるより早く、条件が重なった。
【第一段階追加措置・候補】
一 混雑登録領域への新規登録制限
二 高負荷操作の強制待機列投入
三 低優先同期処理の強制延期
四 対象登録領域における一部機能制限
強制移転はない。
工房停止も。
倉庫封鎖も。
取引停止も。
まだ。
「対象」
「超過領域のみ」
「操作」
「処理量と代替可能性で選別」
「期間」
「八時間」
わずかに。
アイの声が沈んだ。
短くすれば、傷は浅い。
効果を確かめる前に終われば。
同じ刃を、もう一度抜くことになる。
長くすれば。
止めるものが増える。
「三十分ごと」
「解除条件を満たせば、前倒しで終了」
「延長」
「理由を更新。再確認」
「外部確認」
「残します」
対象を絞る。
期間を切る。
解除条件を置く。
見直す時刻を定める。
理由を残す。
外から止める道を開く。
白い指が動く。
俺の指も動く。
どちらが先に選んだのか。
どちらが条件を加えたのか。
もう、分からなかった。
分からなくても。
同じ場所へ着いた。
【第一段階追加措置】
【判断理由】
任意協力、表示軽量化、処理分離その他の負荷軽減措置を実施したものの、登録処理系統の負荷低下が所定の基準値に達しなかったため。
【対象】
負荷基準を超過した指定登録領域
指定された高負荷操作
指定された低優先同期処理
対象登録領域における一部機能
【措置】
一 混雑登録領域への新規登録を制限する
二 指定された高負荷操作を強制待機列へ投入する
三 指定された低優先同期処理を強制延期する
四 対象登録領域における一部機能を制限する
【期間】
発動から八時間
【見直し】
三十分ごとに実施
【解除条件】
登録処理系統の負荷が指定基準を下回り、かつ全体同期予測が安定した場合
【延長】
新たな判断理由の提示及び確認を要する
【記録】
対象、理由、期間、影響及び代替手段を保存する
【外部確認】
黒環書庫への確認申立てを妨げない
留め金は、すべて掛かっていた。
任意協力を先にした。
軽い手段も使った。
対象を絞った。
期間を切った。
戻すための条件を置いた。
外から止める道も残した。
だから。
出せる。
正しく。
傷つけることができる。
「布告」
「二十一時四十分」
「発動」
「一時間後」
一時間。
読むために。
対象を確かめるために。
影響を減らすために。
外から止めるために。
残した時間だった。
それでも。
世界が先に沈むなら。
次へ行く。
【世界標準時】
二十一時三十七分
【全体同期限界予測】
残り 二十九時間十七分
布告まで、三分。
画面の向こうで。
人が動く。
星空サロンへ。
拠点へ。
倉庫へ。
工房へ。
記録を持ち寄る者。
接続を調べる者。
自分の場所を守ろうとする者。
誰も、間違っていない。
知ろうとしている。
守ろうとしている。
そのたび。
世界へ触れる。
【全体同期限界予測】
残り 二十九時間十三分
四分。
四十一秒で失われた。
俺は、数字を見る。
アイも見ていた。
何も言わない。
同じものが、見えていた。
【世界標準時】
二十一時三十九分五十八秒
確認画面が開く。
【第一段階追加措置】
【布告確認】
白い指が、確認窓のそばにあった。
その隣に。
俺の指があった。
触れてはいない。
見る必要もなかった。
「出す」
「はい」
同時に触れた。
金色の光が。
白を裂いた。
【世界標準時】
二十一時四十分
【第一段階追加措置】
布告済み
【発動予定時刻】
二十二時四十分
【発動まで】
五十九分五十八秒
画面の向こうで。
声が上がる。
通知が開く。
照会が生まれる。
誰かが読み。
誰かが止まり。
誰かが走る。
遠くで。
【全体同期限界予測】
残り 二十九時間〇八分
世界が止まるまでの時間。
措置が始まるまでの時間。
二つの数字が。
同じ画面に並んでいた。
どちらも。
減っていく。
ここには。
アイがいた。
俺がいた。
外では。
声が集まる。
記録が集まる。
人が集まる。
ここには。
もう、何も届かなかった。
「次」
「開いています」
言い終わる前に。
もう、開いていた。
世界が沈むほど。
言葉は、少なくなった。
言葉がなくなるほど。
アイの考えていることが、分かった。
俺が見れば。
アイがいた。
アイが見れば。
俺がいた。
沈んでいく世界で。
俺たちは、また少し。
二人だけになった。
もはや不要です。




