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BANされた俺、なぜかゲーム運営側で働く ~VRMMORPGにクソ真面目に行政法をぶち込んでみました~  作者: Altis
第3章 閾の境界― The Boundary of the Gate ― 第2部 水滴穿石

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微睡む世界—While the World Still Dreams—


挿絵(By みてみん)





 白い管理空間へ戻ると、アイがこちらを向いた。




「おかえりなさい」


 いつもと同じ声だった。

 けれど、こちらを見る目だけが、ほんの少し違って見えた。


 遅い、と言っているようにも見える。

 戻ってきたことを確認しているようにも見えた。


 アイに聞けば、どちらでもないと答えるのだろう。


「休めって言ったり、早く帰ってこいって言ったり、忙しいな」


 アイは何も答えない。

 代わりに、白い作業板が開いた。


 いつもより、少しだけ早かった。

 たぶん、待っていたのだ。




 本人は認めないだろうけれど。




「ユキからメッセージが届いています」


「仕事の話に逃げたな」


「逃げていません」


 見慣れた白い文字が並んだ。




【審理員連絡】

ユキ:

お疲れさんです。

ミナトさんの件、内部見直しで受理しました。

弁明書、早めにお願いしますわ。





「黒環書庫で入口落ちしたのに?」


「内部見直しルートは別です」


「同じ門の話だろ」


「同じ事実でも、見る入口が違います」


「あっちで見られて、こっちでも見られるのか」


 アイは静かに頷く。


 ミナトに話を聞いてもらえる場所が残った。


 それ自体は、よかった。

 その場所へ出す書類を作るのが俺たちだという一点を除けば。


「……よかったんだろうな」


「そのために、手続があります」


「慰めみたいに言うな」


「慰めではありません」


「知ってるよ」


 慰めではない。

 けれど、話を聞く手続が残っているという事実を、アイなりに差し出したのかもしれない。


 アイが作業板を切り替える。




 第漆転送門。

 封鎖時刻。

 代替導線の表示。

 西門側搬入口への案内。

 通常搬入で実際に利用できたか。



 中間判決で持ち帰った項目が、白い文字となって並んだ。


「これ、再研修というより仕事じゃないか?」


「第二広場で遊んでいるよりは有益です」


「はいはい」




 今のは、少しだけ刺しにきていた。




「代替導線が表示されていたかではなく、実際に利用可能だったかを確認します」


「弁明書にも必要か」


 アイの指が、ユキのメッセージと確認項目を一本の線でつないだ。


「それで早く戻れ、と」


「早期提出を求められています」


「便利な言い訳が来たな」


「事実です」


 アイは最初の記録を開いた。




【第漆転送門・代替導線確認】

西門側搬入口表示:実施済み

通常搬入利用可否:確認継続中

案内後平均応答時間:基準値超過

再照会発生率:上昇




「確認継続中?」


「当時の利用状況と、現在の運用状態を比較しています」


「現在も?」


「同じ導線が、今も使えるとは限りません」


 表示が切り替わる。



 西門。

 港湾門。

 倉庫搬入口。



 道は閉じていない。

 案内も出ている。




 けれど、画面が切り替わるまでに、わずかな間があった。




「……処理が、遅い気がする」


 アイの指が止まる。


 前回提出した記録と、現在の値が並んだ。




【代替導線応答時間】

黒環書庫資料提出時:基準値比一〇九%

現在値:基準値比一二七%




「伸びてるな」


 アイの指が、現在値をなぞる。


「第漆の後処理か?」


 答える代わりに、別の窓が開いた。




 第伍転送門。

 第玖転送門。

 港湾門。

 北側搬入口。




 どれも動いている。


 止まってはいない。


 ただ、一拍で返るはずの表示が、わずかに遅い。


「第漆だけじゃない」


 アイと視線が重なる。


 さらに三つのログが並んだ。



 倉庫。

 取引。

 掲示板。

 参照遅延。

 反映待ち。

 再照会。




 違う場所で、似た数字が、同じ向きに動いていた。


「……全部か」


「すべてではありません」


「でも、同じ遅れが出てる」


 散らばっていた数値が、一つの枠で囲まれた。


「共通してるのは?」


「抽出します」


 白い文字が流れ始めた。

 いつものアイなら、一瞬で終わる。




 けれど、その一瞬が来なかった。




 速い。

 それでも、遅い。

 白い管理空間で、処理が遅く見える。




 それだけで、さっきまでの空気が消えた。




「重いのか?」


「確認中です」


「それを重いって言うんじゃないのか」


「確定前です」


「嫌な返事だな」


 文字が止まる。


 作業板の中央に、三つの項目が残った。




【負荷増加要因】

登録人口の偏り

確認・記録工程の累積

未確定処理の増加




「これで全部か?」


「概ねです。ただし、表示を簡略化しています」


「俺向けか」


「はい」


「そこは即答なんだな」


 アイは答えず、最初の項目を開いた。




 王都周辺。

 主要ギルドの拠点。

 大規模市場。

 利便性の高い転送門。




 人が集まる場所に、倉庫と取引と移動が集まる。


 便利だから、人が集まる。


 人が集まるから、さらに便利になる。


 作業板の上で、一部の線だけが太く重なっていた。


「人がいる場所に、仕事も集まった」


 アイが、太くなった線を拡大する。


「空いてる場所へ回せないのか?」


「同じ情報と役割を持っているわけではありません」


 空いている場所が、そのまま代わりになるわけではない。


 人はいる。

 設備もある。

 それでも、その場所でしかできない仕事がある。


「人はいる。でも、その仕事ができるやつだけ忙しい」


 アイと目が合った。


 訂正は来なかった。


「嫌な現場だな」


 アイは先に視線を作業板へ戻した。

 否定しないところが、余計に嫌だった。


 次の項目が開く。



 財産の二重移動を防ぐ確認。


 所属情報の食い違いを防ぐ照合。


 誤った権限付与を防ぐ確認。


 判断理由を残す記録。


 後から見直すための接続。


 失敗するたび、確認が一つ増えた。


 確認が増えるたび、記録も一つ増えた。


 そのどれにも、増えた理由がある。


 誰かが困った。


 何かが失われた。


 後から間違いが見つかった。


 だから、次は同じことが起きないように、確認を足した。


 簡単には外せない。


「必要な仕事が積み上がってる」


 アイの指が、一つずつ増えた確認工程をたどる。


「それで遅くなった?」


「それだけではありません」


 最後の項目が開いた。





 完了待ち。


 取消確認待ち。


 重複判定待ち。


 記録保存待ち。





 どの数字も増えている。


「終わってない仕事か」


 増加を示す線が、そのまま上へ伸びた。


 結果が返らない。

 もう一度押す。


 表示が遅い。

 更新する。


 反映されない。

 確認する。


 利用者も、システムも、同じ処理を送り直す。


 すると、それが同じ要求なのか、別の要求なのかを確かめる仕事が増える。


 遅れたせいで、仕事が増える。

 増えた仕事のせいで、また遅れる。


「片づけが遅れたから、片づける物が増えてるのか」


 アイが、増え続ける保留記録を示す。


「しかも、勝手に捨てられない物だけが残る」


「その理解で問題ありません」


「消せないのか?」


「財産、所属、権限の変更に接続している可能性があります」


「後から、不服申立てや補償に使うかもしれない」


 アイの指が止まった。


 その先には、削除保留の表示がある。


「何に接続するか確定するまでは、削除できません」


 逆に言えば、他の処理との接続がなく、正式な記録へ統合済みだと確認できた一時記録だけは整理できる。


 ただし、それを選び分けるにも処理がいる。


 一つの未確定処理から、細い線が伸びていた。



 元の操作。

 再送。

 権限確認。

 財産照合。

 保留記録。

 後続処理。




 一つでは終わらない。


 終わらないから、増えていく。


 細い線の先に、削除保留の表示が残っていた。


 俺はその文字を見たまま、アイへ視線を向けた。

 アイも、こちらを見ていた。


 言葉にする前に、同じ場所へたどり着いている目だった。


「だから、レムナントラボがイベント後も、あのまま残ってたのか」


 アイが視線を作業板へ戻す。


「関連記録との接続が解除されず、削除を確定できませんでした」


 イベント後の研究区画。


 人だけが消え、使われなくなった設備だけが残った。




 俺はずっと、片づけられなかった跡だと思っていた。




 そうではない。



 片づけてはいけない理由が、まだ残っていた。



「終わった場所じゃなくて、終わったことにできなかった場所だった」


 アイは答えなかった。


 ただ、削除保留の文字を閉じなかった。


 世界は、記録を残すことで間違いを見つけてきた。




 誰が決めたのか。

 何を見たのか。

 なぜ、そうしたのか。

 後から確かめられるように、残してきた。




 誰かの財産を戻すために。


 間違った処分を見直すために。


 置き去りにされた声を拾うために。


 その記録が今、終わらない仕事へ結びつき、次の仕事を増やしている。


「必要だから残した」


 アイを見る。


「間違えないために」


 視線が重なる。


 否定されるとは思っていなかった。


 それでも、残したものが世界を遅くしている。


「正しいことでも、世界は重くなるのか」


「はい」


 その一言だけは、すぐに返ってきた。


「ただし、重くなることと、不要であることは同じではありません」


 消せば軽くなる。


 でも、消した記録が必要になる人がいるかもしれない。


 残せば、その記録が次の処理を重くする。


 作業板の上で、偏った線がまた少し太くなった。


「止められるか?」


「根本的な解消には、基盤側の対応が必要です」


「内側では?」


 アイを見る。


 また、視線が重なった。


 問い直す必要はなかった。


 原因を示していた画面が閉じる。


 代わりに、六つの項目が並んだ。




【内部負荷軽減候補】

整理可能性を確認済みの一時記録

重複処理の統合

低優先処理の延期

閲覧表示の軽量化

更新処理の待機列化

登録分散への協力要請




 上から順に目を通す。


 全部やれば、負荷は下がる。


 ただし、どれも影響が違う。


 一度に動かせば、その影響を確認するために、新しい仕事が増える。


 残りの措置は、システムの中だけでは終わらない。


 待たされる人が出る。


 古い情報しか見られない人が出る。


 倉庫をすぐ更新できない人が出る。


 今いる場所から動いてくれと頼まれる人が出る。


 軽くするということは、どこかを細くすることだった。


「整理できると確認済みの記録だけ消す。確認のために、新しく重い処理は走らせない」


 アイの指が動き、最初の項目に印がつく。


「同じ要求はまとめる。再送の間隔も延ばす」


 二つ目にも印がついた。


「軽量表示は準備だけ。古い情報を出せば、確認が増えるかもしれない」


 アイが、わずかに頷く。


「待機列と登録分散は、影響範囲を先に出してくれ」


 作業板が切り替わる。




 倉庫。

 取引。

 所属変更。

 拠点登録。




 項目の横に、対象となる人数と処理件数が並び始めた。


 数字は、すぐには揃わなかった。


 一行。


 また一行。


 表示されるたびに、待たせる相手が増えていく。


「直すんじゃないな」


 アイを見る。


 返事の代わりに、内部負荷軽減候補と外部基盤対策が左右へ分けられた。


「外で直るまで、内側で持たせる」


「その認識で問題ありません」


「基盤側は?」


 アイの指が止まった。


 ほんの一瞬だった。


 けれど、それだけで分かった。


「現在、問い合わせ中です」


 最後の表示が開く。




【外部基盤対策】

登録情報の再配分

読み取り系統の分離

基盤増強

障害分離設定





【照会状況】

回答待ち




「どれくらいで返る?」


「不明です」


「不明?」


「通常の照会時間を超過しています」


 作業板を見た。


 回答待ち。


 警告は出ていない。


 赤くもなっていない。


 世界はまだ動いている。


 第二広場では、露店の灯りが増えている頃だ。


 星空サロンにも、誰かが座っているかもしれない。


 倉庫も開く。


 取引もできる。


 転送門も動いている。


 ただ、すべてがほんの少しずつ遅い。


 遅れた仕事が、次の仕事を生む。


 終わらない仕事の記録が、さらに次の遅れを作る。


「アイ」


「はい」


「内部でできることは、先に始めてくれ」


「整理可能性を確認済みの一時記録と、重複処理の統合を開始します」


「軽量表示と待機列は、影響を確認してから。登録分散も、まだ出さない」


 アイの指が止まる。


「行き先も条件も決まってないのに、動いてくれとは言えない」


 作業板には、協力要請と書かれている。


 けれど、選べる行き先を示さずに頼めば、それはただの追い出しだ。


「頼むなら、動いた先で困らないところまで用意する」


 アイと視線が重なる。


 次の瞬間、登録分散への協力要請だけが保留欄へ移った。


「了解しました」


 アイが処理を開始する。


 作業板の上で、細い線の一部がほどけた。


 別の線へまとめられていく。


 それでも、太く重なった場所はほとんど変わらない。


 回答待ちの文字が、一度だけ明滅した。


 返事が来たのかと思った。


 けれど、表示されたのは同じ文字だった。




【照会状況】

回答待ち




挿絵(By みてみん)




 アイは俺を呼び戻した。


 俺は戻ってきた。





 けれど、俺たちが呼びかけた先からは、まだ返事がない。







アイの補足メモ


今回は法律的な話があまりありませんので、

知っているようで、意外と知らないシステム用語を補足します。


普段、何気なく使っているサービスの裏側でも、同じような処理が行われています。


応答時間

操作を受け付けてから、結果を返すまでの時間です。

少し遅いだけでも、「押せていないのではないか」と感じることがあります。


再照会

結果が確認できず、同じ情報をもう一度確認する処理です。

確認のための操作ですが、増えすぎると、その確認自体が新しい負荷になります。


待機列

処理を順番に並べ、一度に実行しないための仕組みです。

全体が止まることは防げますが、順番を待つ方は増えます。


軽量表示

表示する情報を減らし、応答を早くする方法です。

ただし、情報が古い、または不足していると感じられた場合、再確認が増えることがあります。


基盤

登録、照会、保存、同期などを支える土台です。

内部だけでは解消できない問題は、基盤側の対応が必要になります。


少し遅いだけなら、もう一度押せばよい。

そう考える方もいるかもしれません。


ですが、その一回が、次の一回を遅らせる場合があります。


操作後は、結果が返るまでお待ちください。

なお、連打は推奨しません。

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