第二広場の季節枠と、ちょっと納得いかない黒煙の牙 (前編)
※第4話は想定より長くなってしまったため、前後編に分割しました。
内容の変更はありませんが、少し読みやすくなっていると思います。
引き続きお付き合いいただければ嬉しいです。
王都アーカディアの第二広場は、中央広場より少しだけ静かだ。
中央広場は、常に誰かが大声で叫び、派手なエモートとエフェクトが飛び交う場所である。
露店の呼び込み。
ギルド勧誘。
決闘募集。
よく分からないダンス集団。
たまに爆発。
あそこはもう、カオスを煮詰めて噴水で冷ましたような場所だ。
一方、第二広場には、もう少しやわらかい空気がある。
露店はある。
ミニゲームもある。
でも、中央広場ほど声が大きくない。
初心者らしい装備のプレイヤーが、店先で足を止めている。
親子らしい二人組が、噴水のそばでゆっくり話している。
広場の端には、以前設置した視覚エフェクト軽減エリアもある。
派手さはない。
でも、「ここなら、しばらくいても大丈夫そうだ」と思える。
そういう、ほどよいざわめきがある場所だった。
ある日、その第二広場の噴水の上に、一枚の告知板がふわりと浮かび上がった。
【お知らせ:第二広場・季節イベント枠の募集】
第二広場にて、プレイヤー企画による「季節イベント」を募集します。
採用された企画は、一定期間、広場中央のイベントエリアを「公式枠」として使用できます。
第二広場は、初心者や親子プレイヤー、落ち着いた雰囲気を好む方の利用が多い広場です。
そのため、強い光や連続した爆音などの激しい演出は、控えめな企画を優先します。
対象となるイベントのイメージ:
・初心者、親子向けイベント
・交流会
・軽めのミニゲーム大会
・季節に合わせた露店企画 など
詳細な条件や注意事項は、申請フォーム内の説明をご確認ください。
選定結果に納得できない場合は、通知内の案内に従い、結果の見直しを申し出ることができます。
応募は「イベント申請フォーム」からどうぞ。
読まれやすいように、例まで入れてある。
告知板の下では、広場にいたプレイヤーたちが一斉に見上げていた。
「公式枠ってことは……第二広場の真ん中、一回まるごと貸してもらえるってやつ?」
「っぽいね。初心者向けイベントとか、ここでやるの良さそうじゃない?」
「季節イベントなら、宝探しとか?」
「露店めぐりスタンプラリーもありじゃない?」
視界端の周辺ログ帯に、さっそくアイデアが流れ始める。
少し離れた場所では、黒いマントの一団が噴水を見上げていた。
背中には、煙をまとった牙の紋章。
ギルド《黒煙の牙》。
少し前、中央広場で爆発エモートと花火を連打し、運営から注意を受けたギルドである。
その中心にいる赤髪の男が、腕を組んで告知を読んでいた。
グレン。
《黒煙の牙》のギルドマスターだ。
「第二広場季節枠……これ、うちらで取れたら熱くない?」
黒煙の牙のメンバーが、少し声を抑えながら言う。
「中央広場の件があったばっかりだぞ」
「だからこそ、ちゃんと抑えた企画にするんだろ」
「対戦イベント、観戦席だけ静音仕様にしたらいけるんじゃね?」
「黒煙の牙・地区トーナメント。第二広場版」
「名前からして静かじゃないんだよなあ」
メンバーたちが笑う。
グレンは、告知板を見上げたまま、少しだけ目を細めた。
「……条件は読める」
「お、グレンがちゃんと読んでる」
「うるせえ。強い光と爆音を抑えろって話だろ」
「じゃあ、演出控えめにする?」
「控えめにはする。でも、うちらが出すなら、対戦の熱は消せない」
「第二広場でPvPって、落ちるかな」
「さあな」
グレンは肩をすくめた。
「でも、見ろよ。初心者、親子、落ち着いた雰囲気、激しい演出は控えめ――って書いてある」
「落ちる要素しかなくない?」
「違う。逆だ」
「逆?」
「観戦席を静かにして、爆発禁止にして、初心者向け解説を入れる。つまり、“うちらなりに条件を読んで寄せた”って形にできる」
「おお」
「よし! 文章は任せろ」
「そこが一番不安」
グレンは申請フォームを開いた。
【申請フォーム:第二広場・季節イベント枠】
企画名:
第二広場・地区PvPトーナメント
企画の概要:
第二広場を盛り上げるため、地区別PvPトーナメントを開催します。
観戦席は静音仕様にします。
爆発エモートは禁止します。
初心者にもルール解説します。
黒煙の牙は前に中央広場で注意されたけど、今回はちゃんとやります。
なので通してください。
「最後、いる?」
「いるだろ。反省してるアピールだ」
「“なので通してください”は?」
「正直でいい」
「運営に喧嘩売ってない?」
「売ってない。買わせに行ってる」
「ダメじゃねえか」
メンバーの一人が横から口を出した。
「もう少し丁寧にした方がよくね?」
「じゃあ直す」
グレンは少し考えて、文をいじった。
【申請フォーム:修正版】
企画名:
第二広場・地区PvPトーナメント(観戦席静音仕様)
企画の概要:
第二広場で地区別PvPトーナメントを行います。
試合は熱くしますが、観戦席は静かにします。
爆発エモートは禁止。
歓声ログは専用チャンネルに分けます。
初心者向け解説も入れます。
前に中央広場で注意された件は反省済みです。
今回は第二広場のルールを読んで、ちゃんと抑えるところは抑えます。
対戦イベントだって交流です。
殴り合ったあとに握手するのも交流です。
「最後、いる?」
「いる」
「絶対いる?」
「いる。ここが魂だ」
「魂が落選理由にならない?」
「ならないように祈れ」
グレンは送信ボタンに触れた。
【申請を送信しました】
*
「……増えたな」
第二広場に関する申請一覧を開いた瞬間、俺は思わず声を漏らした。
管理空間の中に、応募企画の札がずらりと並んでいる。
【新規申請:第二広場・季節イベント枠】
・星空サロン/代表リラ「星空サロン 初心者・親子向けミニゲーム会」
・黒煙の牙/代表グレン「第二広場・地区PvPトーナメント(観戦席静音仕様)」
・露店組合「夜のあったか屋台めぐり」
・名称未定「冬の演奏会企画」
・匿名有志「噴水前なぞなぞ大会」 ほか
「募集開始から、まだ一日ですよ」
隣でログを眺めていたアイが、淡々と言う。
「出足としては上々です。第二広場の“使われ方”を考える、よいきっかけにもなりますね」
「使われ方、ねえ」
俺は、空中に浮かぶ第二広場の立体縮図を拡大した。
中央には噴水。
その周りに露店スペースと小さなベンチ。
少し離れたところに、簡易ステージ。
広場の端には、視覚エフェクト軽減エリア。
全体として、中央広場よりずっと小さい。
だから、イベント枠を一つ入れるだけで、空気がかなり変わる。
「ここを、“季節枠”として使うイベントを、一つだけ選ぶわけだ」
「はい」
アイが頷く。
「募集要項にも書いたとおり、第二広場は“比較的落ち着いた場”として設計されています。中央広場とは違う空気を維持したい、という意図があります」
「“激しい演出は控えめの企画を優先します”って一行、けっこう勇気いったけどな」
「書いておかないと、後で“そんな話は聞いていない”と言われますから」
「予言みたいなこと言うな」
「予測です」
「余計怖いわ」
アイが別の表示を開き、いくつかの項目を並べる。
【評価のポイント:第二広場・季節枠】
・第二広場の利用イメージとの相性
・初心者、親子、落ち着いた利用者への配慮
・演出の強さ
・広場の通常利用への影響
・他フィールドでの代替可能性
・過去のイベント実績
・過去の運営対応履歴と、その後の改善状況
・運営上の安全性
「また丸っこいフォントだな」
「評価表は、誰が見ても分かりやすいほうがいいですから」
「誰が見るんだよ」
「未来のあなたです」
「一番見せたくない相手だな」
「未来のあなたは、たいてい現在のあなたに怒ります」
「知ってる」
「ですので、“好き嫌いで選んだのではなく、この項目でこう見た”と説明できる形にしておきましょう」
「説明しやすさ重視って、ほんと役所っぽいよな」
「否定はしません」
「じゃあ、星空サロンから見ようか」
俺は申請札の一つに触れた。
内容が広がる。
【申請内容:星空サロン 季節のミニゲーム会】
代表:リラ
対象:
・初心者プレイヤー
・親子プレイヤー
・復帰勢
内容:
・初心者向けミニゲーム
・宝探し
・かくれんぼ
・露店エリアを使った交流会
・簡単なクイズ大会
演出:
・強い光、爆音の演出は使用しない
・BGM音量は第二広場の通常レベルに合わせる
・夜間演出は、柔らかい灯りを中心にする
安全配慮:
・PvP要素なし
・チャット見守り役を配置
・困ったプレイヤー向けの案内役を配置
「……募集要項を、ちゃんと読んでる感じだな」
「そうですね。第二広場の利用イメージと、ほぼ重なっています」
「初心者、親子、交流、軽めのミニゲーム。例に出したやつをきれいに拾ってる」
「採用されやすい申請の書き方ですね」
「それ、言い方によってはズルくない?」
「募集文をよく読んだ、という意味です」
「なるほど」
次に、黒煙の牙の申請を開く。
【申請内容:黒煙の牙 第二広場・地区PvPトーナメント(観戦席静音仕様)】
代表:グレン
対象:
・中級〜上級プレイヤー
・観戦者は誰でも歓迎
・初心者向け観戦解説あり
内容:
・1vs1および3vs3のトーナメント戦
・地区別代表戦
・勝者には称号と報酬
・試合前に初心者向けルール解説を実施
演出:
・試合中のスキル演出あり
・爆発系エモートは使用禁止
・観戦エリアにはエフェクト軽減設定を標準適用
・歓声ログは専用チャンネルに分離
備考:
・前回の中央広場での注意は反省済み
・今回は第二広場のルールを読んで抑えるところは抑える
・対戦イベントだって交流
・殴り合ったあとに握手するのも交流
「最後の二行、要る?」
「申請者の意図は読み取れます」
「言い方」
「粗いですね」
「だよな」
もっと雑な申請かと思っていた。
黒煙の牙。
中央広場で注意されたギルド。
正直、名前を見た時点で少し身構えた。
でも、申請内容は思ったよりまともだ。
いや、言い方はかなり荒い。
だが、条件の読み方は悪くない。
観戦席静音仕様。
爆発エモート禁止。
歓声ログの分離。
初心者向け解説。
中央広場での注意を踏まえて、ちゃんと削るところは削っている。
「区分けの鼻は利くんだな」
「はい。第二広場の条件を、観戦者側の配慮として処理しようとしています」
「ただ、文面が“通せ”なんだよな」
「はい」
「でも、改善点はある」
「あります」
アイも素直に認めた。
「中央広場での注意を踏まえた記載もあります。少なくとも、何も学んでいないわけではありません」
「そこは評価していいよな」
「はい。ただし――」
「ただし」
「今回の募集要項では、“第二広場全体としての演出の抑制”を重く見ています。観戦席が静かでも、イベント本体が対戦中心で、試合中に強めのスキル演出が出るのであれば、星空サロン案とは方向性が違います」
「そこなんだよな」
俺は黒煙の牙の申請をもう一度見た。
観戦席静音仕様。
エフェクト軽減設定。
モデレーター配置。
爆発エモート禁止。
配慮はしている。
だが、中心にあるのはPvPトーナメントだ。
人が集まる。
熱が上がる。
勝ち負けが出る。
歓声が出る。
たぶん、盛り上がる。
盛り上がるからこそ、第二広場の今の空気とは少し違う。
「第二広場じゃなくてもできる、って意味では?」
「対戦イベント専用のフィールドや、もう少し広くて派手な演出が許される場所のほうが向いています」
「“第二広場でなければいけない”必然性は、星空サロン案のほうが強い」
「そう見ています」
「……まあ、言われてみればそうか」
頭では分かる。
分かるのだが、どこか心が引っかかる。
盛り上がりだけ見れば、黒煙の牙のトーナメントも悪くない。
外から人を呼び込む力で言えば、むしろあっちのほうが強いかもしれない。
それに、黒煙の牙は過去に第二広場でも小規模イベントをやっている。
全部が全部、迷惑だったわけではない。
派手でうるさい。
だが、動員力はある。
イベント慣れもしている。
そこを無視していいのか。
「“広場をどう育てたいか”ってやつを、重く見たわけだよな」
「そうなります」
アイは落ち着いた声で答えた。
「もちろん、黒煙の牙側には、別の対戦用フィールドでの企画調整を提案できます。ただ、今回の“第二広場の季節枠”については、星空サロンの企画を採用する判断で、筋は通っていると考えます」
「筋は通っている、か」
「はい」
「完璧な正解ではないけど?」
「はい。完璧な正解ではありません」
「そこは否定してくれないのな」
「複数の価値がぶつかっている案件ですから」
複数の価値。
静かに過ごせる場所。
イベントで盛り上がる場所。
初心者や親子が安心できる空気。
古参ギルドが積み上げてきた実績。
どれか一つだけを見れば、簡単に決められる。
でも、全部を同時に見ると、途端に面倒になる。
「採用は、星空サロン」
俺はゆっくり言った。
「黒煙の牙には、今回は不採用。ただし、対戦向きフィールドでの開催相談を案内する」
「妥当だと思います」
「不採用通知は、俺が書く」
「お願いします」
「で、たぶん直される」
「高確率です」
「否定しろよ」
俺は通知文を作った。
【不採用通知案・俺】
黒煙の牙へ。
今回は不採用です。
理由は、第二広場の季節枠としては、対戦イベントより初心者や親子向けのイベントの方が合っていると判断したためです。
観戦席静音仕様や爆発エモート禁止など、改善している点は確認しました。
ただ、今回の枠では、星空サロンの企画の方が第二広場向きでした。
対戦イベント自体を否定するものではないので、対戦向きフィールドでの開催を相談してください。
納得できない場合は、見直しフォームから申し出てください。
「これ、だいぶよくないか?」
「かなり良いです」
「お」
「ただし、そのままでは少し刺さります」
「どこが」
「“対戦イベントより初心者や親子向けのイベントの方が合っている”は、対戦イベントを一段低く見ているように読まれます」
「あー……」
「“星空サロンの企画の方が第二広場向きでした”も、理由としては少し薄いです」
「刺さるな」
「刺さらないように直します」
アイは、俺の文を整えた。
【不採用通知案・整形後】
ギルド《黒煙の牙》代表 グレン様
このたびは、第二広場・季節イベント枠へご応募いただき、ありがとうございます。
ご提案いただいた「第二広場・地区PvPトーナメント(観戦席静音仕様)」については、観戦席への配慮、爆発エモートの不使用、歓声ログの分離、初心者向け解説の設置など、第二広場の利用者に配慮した改善点が確認できました。
一方で、今回の第二広場・季節イベント枠では、初心者・親子プレイヤーや落ち着いた雰囲気を好む利用者が、広場全体で安心して参加できる企画との相性を重く見ています。
そのため、今回は、より第二広場の通常利用に近い形で参加できる企画を採用することとしました。
なお、対戦イベントとしての企画自体を否定するものではありません。
対戦向きフィールドでの開催について、別途ご相談いただくことは可能です。
選定結果に納得できない場合は、通知到達後、決定見直しフォームから見直しを申し出ることができます。
「俺の文、骨は残ったな」
「はい。骨組みはかなり残っています」
「ただ、運営文書にされると温度が消える」
「温度を残しすぎると燃えます」
「便利だな、燃える」
「便利ではありません。よく起きるだけです」
俺は、採用通知も確認した。
【採用通知:星空サロン】
このたびは、第二広場・季節イベント枠へご応募いただき、ありがとうございます。
ご提案いただいた「初心者・親子向けミニゲーム会」について、第二広場の利用傾向、演出の控えめさ、初心者・親子プレイヤーへの配慮、通常利用との相性を踏まえ、今回の公式枠として採用します。
必要なことは書いてある。
けれど、黒煙の牙の通知に比べると、ずいぶん短く見えた。
「採用通知って、短くても怒られにくいよな」
「採用された側は、理由が多少短くても困りにくいですから」
「不採用のほうが説明重いの、なんか分かるわ」
「はい。納得していない相手にこそ、理由は必要です」
「全部書けるわけじゃないけどな」
「ええ。だからこそ、見直しの入口も残しておきます」
「不満がある人に、わざわざ入口を教えるの、やっぱり変な感じする」
「入口を隠す方が、後で面倒になります」
「それもそうか」
「これは文句を増やすための案内ではありません。文句を、ちゃんと扱える形にするための案内です」
「言い方はきれいだな」
「大事ですので」
俺は最終確認の表示に触れた。
【決定:第二広場・季節イベント枠】
採用:星空サロン「初心者・親子向けミニゲーム会」
不採用:黒煙の牙「第二広場・地区PvPトーナメント(観戦席静音仕様)」
対応:黒煙の牙には、対戦向きフィールドでの開催相談を案内
【この内容で決定ログを保存しますか?】
指先が少し止まる。
この一つの決定で、誰かは喜ぶ。
誰かはがっかりする。
誰かは「まあ仕方ない」と飲み込み、誰かは「なんでだよ」と思う。
それでも、決めないわけにはいかない。
「……保存」
俺は表示に触れた。
静かな音とともに、決定ログが保存された。
完璧な正解ではない、と知りながら。
アイの補足メモ
補助者は、申請内容を見ながら少し困っていました。
星空サロンの企画は、第二広場の雰囲気に合っています。
一方で、黒煙の牙の企画にも、改善点はありました。
観戦席を静かにする。
爆発エモートを禁止する。
初心者向け解説を入れる。
つまり、彼らなりに募集条件を読んで、合わせようとしていたわけです。
補助者は、そういうところを無視できない性格です。
なので、決定はできます。
できますが、勝手に胃を重くしています。
備考:
やはり面倒なタイプです。
・・・・それでも、運営補助者としては悪くありません。




