残置 —Still on the Table—
アルティスです。
相変わらず法律色が強いので、先にガイドラインを置いておきます。
今回、レクスが行うのは、
「じゃあ本番は、この札同士で殴り合いましょうね」の最終確認です。
勝った負けたはまだ先の話。
今日決まったのは、「どこで殴り合うか」だけです。
(後書きは現実の裁判手続との答え合わせです。かなり長いので、気になる方だけどうぞ。読み飛ばし推奨です。)
※一部表現が微妙なところがあったので投稿後修正しています。
「あなたが、何を確認して決めたのか」
レクスの声が落ちた。
黒い卓の上で、最初の札が光る。
【第漆転送門・運営処理】
判断者:管理空間職務代理
逃げ道を塞ぐように、文字が固定された。
「最初は?」
「代替導線を表示した。一般参加者は西門と港湾門。商人搬入は西門側搬入口へ案内した」
「記録は?」
俺はアイを見る。
ほんの一瞬、視線が重なった。
どの記録を求められているのか。
言葉にする前に、アイの指が動く。
【代替導線】
北門
西門
港湾門
【案内】
一般参加者:西門・港湾門
商人搬入:西門側搬入口
白いログが、黒い卓へ形を変えて落ちた。
「効果は?」
「一部は動いた。でも、商人搬入列の大半は残った」
「搬入に使えることは確認した?」
「経路があることは確認した」
「受入可能量は?」
「……確認していない」
「搬入の規模や種類ごとの利用可否は?」
「そこまでは分けていなかった」
答えるたび、卓の上が狭くなる。
レクスは何も言わない。
ただ、次の答えを待っている。
俺はもう一度、アイを見た。
今回は、何を出せばいいか分かっていた。
けれど、アイはすぐには動かなかった。
出していいのか。
そう確かめるような間だった。
俺が小さくうなずく。
黒い札が落ちる。
【確認記録なし】
代替導線ごとの受入可能量
搬入形態ごとの利用可否
迂回後の待機時間
分かっていた。
それでも、自分の記憶ではなく、記録として置かれると重さが違う。
シオンの視線が、その札で止まった。
「蒼白の観測者が確認を求めているのは、ここ?」
「はい」
シオンが答えた。
「代替導線が表示されていたことは争いません」
青白い札が、黒い卓へ滑り出す。
【蒼白の観測者側・確認事項】
代替導線が、搬入者にとって
実際に利用可能であったか
「道があることと、荷を運べる状態だったことは同じではありません」
「港湾門の利用率が低いことは、予測していた?」
「はい。ただし、利用率が低いことと、特定の輸送隊が通れないことは別です」
「何が分からなかった?」
「各経路の処理能力。船便の確保状況。到着後の待機列です」
シオンの声に迷いはなかった。
「私たちが確認できるのは、公開された流量と、観測地点を通過した利用者の動きまでです」
「運営が持っていた情報?」
「少なくとも、私たちには公開されていない情報です」
レクスの赤い瞳が、こちらへ向く。
「公開した?」
「経路は出した。受入可能量までは出していない」
「確認していた?」
「全部は、していない」
短い沈黙が落ちた。
誰も責めない。
その方がきつかった。
「私たちの予測が外れたことは認めます」
シオンが言った。
青白い札が一枚、卓へ落ちる。
【予測時点の前提】
公開混雑情報
当時の導線
過去流量
定点観測ログ
「ただし、私たちが予測したのは、その時点で公開されていた条件の下での流れです」
シオンの指が、中央の札へ向く。
「その後、入口流入率、優先対象、転送先が変更されています」
「予測した流れと、実際の流れが違う?」
「はい」
返事は速かった。
「混雑が予測を超えただけなら、私たちの精度の問題です」
視線が動く。
代替導線。
入口流入制限。
優先導線設定。
行先制限。
「ですが、通常搬入が優先対象から外され、転送先が変わり、その先で新たな混雑が生じたのであれば、遅延のすべてを変更前の予測だけで説明することはできません」
「運営の責任だと?」
「違います」
一拍も置かなかった。
「どこまでが予測の誤りで、どこからが処理による変化なのかを分けてください」
シオンはレクスを正面から見た。
「その確認なしに、今後、私たちの情報だけを原因として置くことには同意できません」
黒い卓の上に、言葉が残った。
誰も崩せない形で。
「運営処理を取り消してほしいわけではない」
「はい」
「本件で確認したいのは、処理の内容と、その処理が予測後の人流へ与えた影響」
「そのとおりです」
蒼白の観測者が、俺たちを訴えているわけではない。
シオンたちは、青車輪との争いで、自分たちの予測だけを遅延の原因にするなと言っている。
今は、その主張を口頭弁論へ残せるかを見ていた。
レクスの指が動く。
【段階的措置】
入口流入率:五〇パーセント
救護・警備等:優先
通常搬入・臨時便・露店補充:対象外
イベント中心区画への行先制限
「入口を絞った理由は?」
「一般参加者と搬入列が、救護導線へ入り始めた。門の中で詰まらせるより、入口で止めた方がいいと判断した」
「救護導線は?」
俺がアイを見る。
今度は、アイがすぐに応じた。
【救護導線】
通過時間:通常比一・八倍
その後、通常比二・一倍
数字が出た瞬間、当時の赤い画面が戻ってくる。
「だから優先対象を絞った?」
「全員を優先したら、優先にならない」
「対象外となった搬入は?」
「西門へ案内した」
「その先は?」
「西門側も警戒域へ近づいた。港湾門は水上区間の処理能力が足りず、北門は距離が長かった」
札が落ちる。
【優先対象外の流入先】
西門:警戒域へ接近
港湾門:処理能力不足
北門:利用率低位
「使える道は残っていた?」
「道は残っていた」
「搬入に使える状態だった?」
答えようとして、それが喉に引っかかった。
横を見る。
アイは何も言わない。
表情も変わらない。
ただ、札を見ていた。
記録は、俺の代わりに答えてくれない。
「……十分だったとは言えない」
「書いてあったから使えた、じゃ困るんだよ」
グレンが言った。
「発言は求めていない」
「大事なところだろ」
「順番も大事」
「厳しいな」
「退場」
「すみませんでした」
早い。
シグレが眼鏡の位置を直した。
「始まる前に黙らされたな」
「お前は急に真面目になるな」
「もうそういう場面だろ」
声も顔も、もう笑っていなかった。
レクスは二人を無視する。
「行先制限の効果は?」
「中心区画への流入と、座標競合は下がった」
「その代わり?」
「西側と北側の周辺区画が混雑した。港湾側では、搬入列と一般参加者が接触した」
俺が視線を送る。
アイが別のログを開いた。
今度は、成功した記録と、その裏側が同時に落ちる。
【行先制限・結果】
中心区画流入:低下
座標競合:低下
【行先制限・波及】
西側周辺区画:混雑
北側周辺区画:待機列発生
地上代替導線:通行速度低下
港湾側到着区画:搬入列と一般参加者が接触
「問題は解消した?」
「別の場所へ移った」
「そこが確認したい点です」
シオンが言った。
「予測できなかった?」
「処理の内容が決まる前にはできません」
青白い札が落ちる。
【予測後に変更された条件】
入口流入率
優先対象
転送先
代替導線上の混雑
「変更後の流れまで、変更前の予測の誤差として扱うことはできません」
シオンは、それ以上言わなかった。
もう十分だった。
レクスの指が、赤い記録へ触れる。
【第漆転送門負荷】
九五%
九六%
九七%
九八%
九九%
数字が一つ増えるたび、卓の上が赤くなる。
【危険ログ】
救護導線遅延:継続
退避導線:一部閉塞
転送事故発生率:上昇
内部処理滞留:解消見込みなし
「一時封鎖の前に、取れる措置は?」
「代替導線、入口流入制限、優先導線、行先制限。全部実施した」
「ほかは?」
「北門への案内。西門の搬入枠。港湾門。警備の増員。救護の別経路」
「実施できた?」
「効果が足りないか、別の危険があった」
レクスはアイを見る。
今度は、俺を通さなかった。
アイも、すぐには資料を出さない。
視線だけが俺へ向く。
最後に確認するように。
俺はうなずいた。
【一時封鎖前確認】
段階的措置:実施済み
追加措置:実効性なし又は実施困難
黒い札が、俺の正面へ落ちた。
「それで封鎖した?」
「そうだ」
【第漆転送門一時封鎖】
判断者:管理空間職務代理
発動時負荷:九九%
「何を見た?」
「負荷。救護導線と退避導線。止めた場合の影響と、止めなかった場合の危険」
「誰が決めた?」
「俺だ」
自分の声だけが、黒い書庫に残った。
「蒼白の観測者は、封鎖の必要性を争う?」
「いいえ」
シオンは首を横に振った。
「この記録で、封鎖すべきではなかったとは主張しません」
「何を残す?」
「通常搬入が停止した時間と、再開後の回復状況です」
「遅延への影響を見るため?」
「はい」
レクスが、一時封鎖の必要性を示す札を卓の奥へ動かした。
「封鎖の根拠はある」
中央には、別の札が残る。
「必要性そのものは、本審の中心に置かない」
適法だと確定したわけではない。
ただ、シオン側が正面から争う範囲から外れた。
「封鎖後は?」
「負荷と救護導線を監視した。退避導線と待機列を分け、一般参加者を北側、搬入を西側へ移した」
俺はアイを見る。
封鎖した瞬間ではない。
そのあとを見せろ。
アイが理解したとうなずくのが分かった。
【封鎖後】
負荷:九九%から低下
救護導線:通常比一・六倍から回復
退避導線:回復
一般待機列と搬入列:分離
「解除は?」
「条件をすべて確認してから、入口二五パーセントで段階的に再開した」
【段階的再開】
入口流入率:二五%
出口処理:維持
救護転送:最優先
一般参加者・搬入転送:分離継続
行先制限:継続
【第漆転送門負荷】
七九%
安定
「解除が遅かったと主張する?」
「いいえ」
シオンが答える。
「確認したいのは、通常搬入がいつ、どの程度動ける状態に戻ったかです」
【蒼白の観測者側・確認事項】
封鎖による停止時間
段階的再開後の通常搬入の回復状況
黒い卓の端で、一枚の札が淡く光った。
【ミナト】
「この札について確認する。」
俺とアイの視線が重なった。
今度は、俺が迷った。
出せば、ミナトが誰かの争いの材料になる。
出さなければ、実際に起きたことが卓から消える。
アイは待っていた。
決めるのは俺だった。
小さくうなずく。
「《ひよこ商会》ミナト。通常搬入。優先導線対象外です」
アイが記録を開いた。
【《ひよこ商会》ミナト】
通知確認済み
代替導線利用を試行
搬入予定時刻超過
外部確認入口:不通過
「ここで申出を審理する?」
「違う」
「なら?」
「通常搬入が、案内後にどう動いたかを見る資料」
ミナトの札は、中央へ来なかった。
端に残ったままだった。
「本件の当事者ではない」
「でも、消さない?」
「実際の運用を見るなら、消せない」
資料。
やっぱり、少し痛い言葉だった。
「困っている人を資料にするのは、きついな」
シグレが札を見た。
「でも、資料にしなければ、なかったことになる」
静かな声だった。
「申出が入口を通らなかったことと、実際に代替導線を使おうとしたことは別だ」
主役ではない。
でも、消していい人でもない。
レクスが、卓上の札を見渡した。
「整理する」
札が動く。
一枚ずつ。
必要なものだけが、中央へ残されていく。
【争点整理結果】
一 第漆転送門一時封鎖は、負荷九九%及び危険ログを前提として、管理空間職務代理が発動した。
二 封鎖前には、代替導線表示、入口流入制限、優先導線設定及び行先制限が実施されていた。
三 封鎖の必要性そのものは、蒼白の観測者側が主張する主要な争点としない。
四 蒼白の観測者の予測後、入口流入率、優先対象、転送先及び実際の人流に変更が生じている。
五 代替導線の実効性、優先対象外となった搬入の流れ、行先制限後の周辺混雑及び段階的再開後の回復状況は、引き続き確認を要する。
六 以上は、蒼白の観測者側の責任範囲を判断する前提として、口頭弁論における確認対象とする。
「決まったのか」
「残すものが決まった」
「俺たちの処理が間違っていたかは?」
「決めていない」
「シオンたちに責任がないかは?」
「それも決めていない」
「今日は何を決めた?」
「口頭弁論で確認する争点」
黒い卓の中央に、四枚の札が残った。
【代替導線の実効性】
【優先対象外となった搬入の流れ】
【行先制限後の周辺混雑】
【封鎖及び段階的再開の影響】
右側には、蒼白の観測者。
左側は空いている。
誰も座っていない。
なのに、そこだけが重かった。
「今日はここまで」
「次は?」
「口頭弁論」
「誰が来る」
「聞かなくても分かる」
空いた席。
車輪の紋章。
まだ落ちていない札の形だけが、見える気がした。
「……今日は帰っていいか」
「今日はいい」
「今日は?」
「次は駄目」
「先に言うなよ」
「不意打ちは禁止」
黒い卓の上に、札は揃った。
答えではない。
勝敗でもない。
次に何をぶつけるのか。
その位置を決めた札だった。
盤面は、もう整っていた。
あとは、互いに札を切り、その主張が正面からぶつかるだけだった。
アイの補足メモ
――札が揃っても、まだ勝敗は決まりません
今回、レクスは主人公に対して、短い質問を繰り返しています。
何を確認したのか。
どの時点で確認したのか。
確認しなかった事項は何か。
ほかの手段は実施できたのか。
誰が最終的に決定したのか。
これは、主人公を責めるための質問ではありません。
訴訟で判断するために必要な事実を、主張や記録の中から切り分けるための質問です。
前回は、提出された札をどの争点と結び付けるのかを整理しました。
今回は、その札を使って、
どの事実には争いがないのか。
どの事実について、さらに証明が必要なのか。
何を本審の中心から外すのか。
を確認しています。
レクスが質問を続けた理由
民事訴訟法第149条は、裁判長が訴訟関係を明瞭にするため、当事者に事実上及び法律上の事項について質問し、立証を促すことができると定めています。
民事訴訟法第149条第1項
裁判長は、口頭弁論の期日又は期日外において、訴訟関係を明瞭にするため、事実上及び法律上の事項に関し、当事者に対して問いを発し、又は立証を促すことができる。
これを一般に、裁判所の釈明権と呼びます。
当事者の主張が曖昧なままでは、裁判所は何を判断すべきか確定できません。
例えば、
「代替導線は用意していた」
という説明だけでは、まだ十分ではありません。
どこへ案内したのか。
誰が利用することを想定していたのか。
どの程度の人数や荷物を受け入れられたのか。
実際に利用できることを確認していたのか。
これらによって、同じ「代替導線」という言葉の意味が変わります。
そのため、レクスは、
「搬入に使えることは確認した?」
「受入可能量は?」
「搬入の規模や種類ごとの利用可否は?」
と、説明を少しずつ具体化しています。
本文では短い問答にしていますが、現実の裁判でも、裁判所が当事者の主張の意味を確認し、不足する説明や立証を促すことがあります。
ただし、裁判所が一方当事者に代わって、新しい主張を作るわけではありません。
何を主張し、どの証拠で支えるのかは、基本的には当事者が示す必要があります。
レクスが答えを教えず、次の質問だけを置いているのは、そのためです。
「確認記録なし」が直ちに敗北を意味しない理由
本文では、主人公が確認していなかった事項について、次の札が置かれています。
【確認記録なし】
代替導線ごとの受入可能量
搬入形態ごとの利用可否
迂回後の待機時間
記録がないことは、運営側にとって不利に働く可能性があります。
しかし、記録がないだけで、直ちに処理が違法になるわけではありません。
裁判所が最終的に判断するのは、
記録が存在するかどうかだけではなく、
実際に確認が行われていたか。
ほかの記録や証言から確認できるか。
その事項を確認する必要があったか。
確認しなかったことが、処理の適法性や結果にどのように関係するか。
という点です。
民事訴訟法第247条は、裁判所が、口頭弁論の全趣旨と証拠調べの結果を踏まえ、自由な心証によって事実を判断すると定めています。
民事訴訟法第247条
裁判所は、判決をするに当たり、口頭弁論の全趣旨及び証拠調べの結果をしん酌して、自由な心証により、事実についての主張を真実と認めるべきか否かを判断する。
これを自由心証主義といいます。
自由という言葉が使われていますが、裁判官が好きに決めてよいという意味ではありません。
提出された証拠、当事者の説明、説明の一貫性、記録が作成された時期、ほかの証拠との整合性などを総合して判断するという意味です。
したがって、
記録があるから必ず正しい。
記録がないから必ず誤り。
という単純な関係ではありません。
ただし、本来残されているはずの記録が存在しない場合には、
本当に確認したのか。
後から説明を付け加えていないか。
という疑問が生じます。
本文で主人公が、
自分の記憶ではなく、記録として置かれると重さが違う
と感じたのは、その違いです。
争わない事実は、どのように扱われるのか
シオンは、次の点を明確に認めています。
代替導線が表示されていたこと。
第漆転送門を封鎖する必要があったこと。
封鎖の解除が遅すぎたとは主張しないこと。
一方で、
代替導線が実際に利用できたか。
通常搬入がいつ回復したか。
運営処理によって予測の前提がどこまで変化したか。
については、確認を求めています。
民事訴訟法第179条は、当事者が裁判所において自白した事実は、証明する必要がないと定めています。
民事訴訟法第179条
裁判所において当事者が自白した事実及び顕著な事実は、証明することを要しない。
ここでいう自白は、一般的な意味での犯罪の告白ではありません。
民事訴訟において、一方当事者が、相手方の主張する自己に不利益な事実を認めることを指します。
ただし、本文の発言がすべて、そのまま厳密な意味での裁判上の自白になるわけではありません。
例えば、
「封鎖すべきではなかったとは主張しません」
という発言は、
封鎖が法律上完全に適法だったと認めた
という意味ではありません。
シオン側が、
少なくとも、この訴訟では封鎖の必要性を主要な争点として争わない
と範囲を限定したものです。
事実を認めることと、法律上の評価を認めることは別です。
封鎖時の負荷が九九パーセントだった。
危険ログが発生していた。
段階的措置が実施されていた。
これらは事実に関する問題です。
それらを前提として、封鎖が適法だったかどうかは、法律上の評価を含む問題です。
本文では、この二つを完全には同一視していません。
そのため、主人公も、
適法だと確定したわけではない。
ただ、シオン側が正面から争う範囲から外れた。
と理解しています。
「封鎖の必要性」が卓の奥へ動いた意味
レクスは、一時封鎖の必要性を示す札を、卓の奥へ動かしています。
これは、その札を消したという意味ではありません。
また、封鎖が適法だったと最終判断したわけでもありません。
今回の争いで重点的に証拠調べを行う対象から、いったん外したという意味です。
訴訟では、事件に関係するすべての事実を、同じ深さで調べるわけではありません。
当事者間で争いがなく、結論に影響しない部分まで詳細に証拠調べを行えば、裁判は必要以上に長くなります。
そこで、
争いのない事実。
結論に影響しない事実。
すでに証拠が十分な事実。
さらに確認が必要な事実。
を分けます。
今回、中央に残されたのは、
【代替導線の実効性】
【優先対象外となった搬入の流れ】
【行先制限後の周辺混雑】
【封鎖及び段階的再開の影響】
の四点です。
これは、
封鎖したこと自体
よりも、
封鎖前後の運用が、蒼白の観測者の予測や通常搬入の遅延へどのような影響を与えたか
が、本件の責任範囲を判断する上で重要だと整理されたためです。
原因を一つに決めず、分けて確認する理由
青車輪側の損害や遅延については、複数の原因が重なっている可能性があります。
蒼白の観測者の予測が外れた。
当初から混雑が予想以上だった。
入口流入率が変更された。
通常搬入が優先対象から外された。
転送先が変更された。
代替導線上で新たな混雑が発生した。
封鎖によって搬入が停止した。
再開後も通常搬入の処理能力がすぐには戻らなかった。
現実の裁判では、損害が発生したという結果だけでなく、
どの行為が、どの範囲の損害と結び付いているのか
が問題になります。
本文でシオンが求めているのも、
運営にすべての責任があると認めること
ではありません。
どこまでが予測の誤りで、どこからが処理による変化なのかを分けてください。
という原因の切り分けです。
予測が外れたことを認めても、その後に運営側が条件を変更したのであれば、変更後に生じた結果のすべてを、変更前の予測だけで説明できるとは限りません。
反対に、運営処理の後に混雑が起きたという時間的な前後関係だけで、すべての混雑が運営処理によって生じたとも限りません。
そのため、本審では、
変更前の状況。
各処理を行った時刻。
処理直後の流量。
各経路の処理能力。
封鎖中の停止時間。
再開後の回復状況。
などを比較する必要があります。
今回、札が時系列に沿って置かれたのは、単に記録を読み上げるためではありません。
どの処理の前後で、何が変わったのかを確認するためです。
段階的措置を確認した理由
主人公は、封鎖前に次の措置を実施しています。
代替導線の表示。
入口流入制限。
優先導線の設定。
行先制限。
北門への案内。
西門の搬入枠。
港湾門の利用。
警備の増員。
救護の別経路。
これは、より制限の弱い手段を先に試したことを示す記録です。
行政が私人の権利や利益を制限する場合、
目的を達成するために必要だったか。
より制限の小さい方法では対応できなかったか。
制限の範囲が必要以上に広くなかったか。
という点が問題になることがあります。
前回説明した行政事件訴訟法第30条の裁量審査でも、判断の前提となる事実を誤っていないか、考慮すべき事情を考慮したか、判断が著しく不合理ではないかといった点が問題になります。行政事件訴訟法第30条は、裁量権の範囲を超え、またはその濫用があった場合に限り、裁判所が裁量処分を取り消せると定めています。
ただし、
段階的措置を実施した
という事実だけで、直ちに適法になるわけではありません。
実施した措置に実効性があったか。
実施困難と判断した理由は合理的だったか。
判断時に必要な情報を確認していたか。
という点も確認されます。
本文では、
段階的措置:実施済み
追加措置:実効性なし又は実施困難
という札が置かれています。
これは運営側に有利な記録ですが、まだ結論ではありません。
本審では、
何をもって実効性がないと判断したのか。
なぜ実施困難だったのか。
その判断を支える記録があるのか。
が検討されます。
行政事件訴訟では、裁判所も証拠を調べられます
行政事件訴訟には、民事訴訟とは異なる規定もあります。
行政事件訴訟法第24条は、裁判所が必要と認めるときに、職権で証拠調べをすることができると定めています。
ただし、その証拠調べの結果については、当事者の意見を聴かなければなりません。
行政事件訴訟法第24条
裁判所は、必要があると認めるときは、職権で、証拠調べをすることができる。ただし、その証拠調べの結果について、当事者の意見をきかなければならない。
行政事件では、処分の判断資料や行政内部の記録を、一方当事者である行政側が多く保有していることがあります。
そのため、行政事件訴訟法には、前回説明した第23条の2の釈明処分の特則に加え、第24条の職権証拠調べが置かれています。
ただし、職権証拠調べが認められているからといって、当事者が主張や立証をしなくてもよいわけではありません。
また、裁判所が秘密に証拠を集め、そのまま判決することもできません。
証拠調べの結果について、当事者が意見を述べる機会を確保する必要があります。
本文で、札がすべて卓上に置かれ、グレン、シグレ、シオン、主人公、アイが同じ札を確認できるようになっているのは、この対審的な構造を物語向けに表したものです。
ミナトの記録は、何を証明するための札なのか
今回のミナトの札は、ミナト自身の申出を審理するために置かれたものではありません。
確認されているのは、
通常搬入者に案内が届いていたか。
実際に代替導線を利用しようとしたか。
案内後も搬入予定時刻を超過したか。
外部確認入口へ到達できたか。
という運用上の事実です。
ミナトの記録だけで、
代替導線がすべての搬入者にとって利用不能だった
と証明できるわけではありません。
ミナトは一つの具体例だからです。
一方で、運営側が、
代替導線を表示したので、通常搬入は問題なく移動できた
と主張する場合には、その説明と一致しない事例として意味を持つ可能性があります。
つまり、ミナトの記録は、
本件の直接の当事者の札
ではなく、
運営処理が現場でどのように作用したかを確認するための札
です。
本文で中央に置かれず、端にも消されずに残ったのは、その位置付けを示しています。
「予備審確認結果」は判決ではありません
レクスは、最後に六項目の確認結果を示しています。
しかし、これは判決ではありません。
運営処理が適法だった。
蒼白の観測者に責任がない。
青車輪の請求が認められる。
損害額が確定した。
そのいずれも決めていません。
今回決めたのは、
本審で、どの事実について主張と証拠をぶつけるのか
という範囲です。
そのため、主人公が、
「決まったのか」
と尋ねたのに対し、レクスは、
「残すものが決まった」
と答えています。
整理の結果、中央に残った札は、これから証拠調べや当事者の説明を通じて検討されます。
その後、裁判所は、口頭弁論の全趣旨と証拠調べの結果を踏まえて、どの事実を認定するか判断します。
札が中央に残ったことは、その主張が正しいという意味ではありません。
反対に、中央から動かされた札も、存在しなかったことになるわけではありません。
今回の結論に必要な争点として、どこまで詳しく審理するかが異なるだけです。
今回の流れ
今回の手続を整理すると、次のようになります。
まず、運営側が行った処理と、その判断記録を確認します。
次に、蒼白の観測者側が、
認める事実。
争わない事項。
なお確認を求める事項。
を明らかにします。
その上で、
封鎖の必要性そのものは、主要な争点から外す。
代替導線の実効性は残す。
優先対象外となった搬入の流れを残す。
行先制限によって生じた周辺混雑を残す。
封鎖と段階的再開が遅延へ与えた影響を残す。
と整理しました。
まだ、誰が正しいかは決まっていません。
ただし、次に争う場所は決まりました。
運営は、
必要な措置を段階的に実施した。
危険を回避するため、封鎖は避けられなかった。
封鎖後も状況を監視し、条件を確認して再開した。
と説明することになります。
蒼白の観測者側は、
公開された情報だけでは、運営処理後の流れを予測できなかった。
代替導線は、形式上存在していても、実際の搬入能力が不足していた。
運営処理によって変化した部分まで、予測の誤りとして扱うことはできない。
と主張することになります。
そして青車輪側の札も、すでに置かれています。
盤面は整いました。
次に行われるのは、札の位置を決める作業ではありません。
それぞれの札が、どの事実を証明するのか。
その事実から、誰の責任をどこまで認められるのか。
互いの主張を、正面からぶつける本審です。




