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BANされた俺、なぜかゲーム運営側で働く ~VRMMORPGにクソ真面目に行政法をぶち込んでみました~  作者: Altis
第2章 内部救済 第2部 電気羊は救いの夢を見るか ―Do Electric Sheep Dream of Grace?―

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白と黒の間で


【未整理】

・ハル

・組織

・被害

・境界線


 白い表示板には、前回の文字が残っていた。


 四つ。


 最初は、ひとつでよかった。


 前任者が押した。

 俺が止められた。

 だから、処分する。


 それだけで全部を説明できると思っていた。


 けれど、今は違う。


 名前のなかった前任者には、ハルという名前があった。


 押した理由があった。

 止まれなかった過程があった。

 その外側では、警告が表示され、相談ルートが置かれ、正しい返戻が繰り返されていた。

 そして、その下で、俺の被害が沈んでいた。


 ハクが表示板の前に立つ。


 淡い水色の目は、俺ではなく、並んだ文字へ向いていた。


「整理を開始します」


 四つの文字が動く。

 ひとつだった枠が、音もなく分かれていった。




【整理対象】

・ハル本人の責任

・ハル本人の状態

・組織側要因

・被害ログ

・境界線




「箱が増えたな」


「必要です」


「少なかったら?」


 ハクは短く答えた。


「誰かが潰れます」


 その一言だけが、白い空間に落ちた。


 ハルは、潰れた。

 分けられないものを、ひとつの場所に詰め込んだまま。



 処理。

 保留。

 相談。

 上位判断。

 プレイヤーの怒り。

 組織の警告。

 間違える怖さ。



 全部を、ひとつのファイルへ押し込んだ。


 あとでやる。


 明日ちゃんとやる。


 本当にあとでやる。


 そうして最後には、あとで本気を出せる時間そのものがなくなった。


 ハクが、最初の箱を開く。



【ハル本人の責任】

・一時停止処理を実行

・追加確認未実施

・相談ルート未使用

・個別事情精査不足

・被害発生



「ここだけ見れば、ハルが悪い」


「はい」


 ハクは頷いた。


「ハル本人の責任はあります」


 その言葉で、少しだけ息ができた。


 ハルは壊れていました。

 かわいそうでした。

 だから、押したことも、俺が止められたことも、全部なかったことにしましょう。


 そんな話ではない。


 ハクは次の箱を開いた。



【ハル本人の状態】

・保留増加による判断負荷

・小規模誤処理後の過剰慎重化

・相談可能性判断の困難

・相互に緊張する指示

・判断能力低下疑い

・現場復帰可否未確認



「これは、ハルを白にする箱ではありません」


 ハクは言った。


「ハルを、黒だけにしない箱です」


 白い部屋にいた男を思い出す。


 窓のない壁を、外を見るように見ていた。


 相談していいか分からなかった。


 押すと終わると思った。


 それでも最後に、ボタンを押した。


 責任はある。


 それだけでは、足りない。


 ひとつの色で塗れば、見えなくなるものがある。


 白でも。


 黒でも。


 次の箱が開いた。



【組織側要因】

・前任者基準の残存

・支援表示に期限なし

・リマインドなし

・相談ルート使用を本人判断に依存

・保留増加後の個別確認不足

・上位判断返戻の緊張

・支援到達性の未評価



「こっちは、ハルの責任じゃない。でも、ハルの処理に影響している」


「はい」


「じゃあ、誰の責任だよ」


「組織です」


「顔がないやつな」


「はい」


 相変わらず、短い返事だった。


 ハルには顔がある。


 アイにも、ユキにも、ハクにもある。


 けれど、組織にはない。


 警告を出した顔はない。


 返戻した口もない。


 相談ルートを置いた手もない。


 ただ、正しい処理だけが並んでいる。


 正しいことが、正しいまま積み重なる。


 それだけで、人が詰まる。


 前に見た言葉が、まだ表示板の奥に沈んでいた。


 ハクが、もうひとつの箱を開く。



【被害ログ】

・一時停止処理の対象

・外部ツール使用者扱い

・ランキングおよび報酬の完全回復なし

・精神的負担

・前回裁定での回復限界あり



「俺の救済は既にやっているんだよな。かなり無理をして」


「はい」


「でも、戻らなかったものがある。ただ、今回はそれを戻す話じゃない」


「はい」


 だったら、俺に残るものは何なのか。


 言葉は喉まで来た。


 けれど、口にはしなかった。


 ここで聞く相手は、たぶんハクではない。


 ハクは、線を引く。

 混ざったものを分ける。

 失わせてはいけない記録を、それぞれの箱へ戻す。

 その線の内側で、自分の怒りをどう持つのか。


 それは、俺の側に残されたものだった。


 最後の箱が開く。



【未来のあなたを守る線】



「未来の俺?」


「はい」


 ハクが、初めて表示板から目を離した。


 淡い水色の目が、まっすぐ俺を見る。


「あなたは今後、処理する側に座ります」


「……そうだな」


「あなたが疲弊したとき、組織の責任を一人で背負わされないようにします」


「ひどい可能性だな」


「可能性です」


「俺が間違えたら?」


「怒りだけで切断されないようにします」


「もっとひどい」


「必要です」


 今の俺は、被害者だ。



 止められた側。

 取り戻せなかった側。

 怒る理由を持っている側。


 けれど、未来の俺は違うかもしれない。


 処理する側。

 迷う側。

 誰かを待たせる側。

 間違える側。

 誰かの怒りを受ける側。



 今、ハルのために引かれる線は、ハルだけのものではない。


 いつか俺が、その内側に立つかもしれない。


 見たくない未来だった。

 それでも、見ないまま運営側に立つことは、もうできなかった。


「これで、誰が守られる」


 俺は聞いた。

 ハクは短く答えた。


「ハル」


 次に、俺を見る。


「あなた」


 少し間を置いた。


「未来のあなた」


 表示板へ視線を戻す。


「記録」


 最後に、閉じた白い通路の方を見た。


「次の誰か」


 それだけだった。


 救う、とは言わなかった。


 元に戻す、とも言わなかった。


 ただ、守るものの名前だけを置いた。


 目の前にいる人。

 傷ついた人。

 これから間違えるかもしれない人。

 残される記録。

 まだ顔も名前もない、次の誰か。


 白い表示板に、仮整理が開く。



【仮整理】

・ハル本人には責任がある

・ただし懲戒方向のみでは整理しない

・現場復帰は直ちに認めない

・療養、担当能力の再確認および段階的復帰可否確認へ移す

・組織側には支援設計と保留検知の改善を求める

・被害ログは維持する

・被害関係者は処遇判断を行わない

・ただし被害と影響は記録から消さない



 俺は、長い表示を読んだ。


 すっきりはしない。


 ハルを許したわけではない。


 組織への怒りが消えたわけでもない。


 俺の被害が戻ったわけでもない。


 それでも、最初に見たボタンとは違う場所に来ている。


 顔のない前任者を処分するためのボタン。


 あのときは、押したかった。


 今は、そのボタンが何を切り落とすのか、少しだけ見える。


「全部に納得は、できない」


 俺は言った。


「記録します」


「するな」


「重要です」


「……いや」


 俺は表示板を見る。


「しろ」


「記録します」


 白い表示板に、一行が追加された。




【被害関係者意見】

納得はしていない。

ただし、仮整理を上位確認へ進めることを妨げない。



 文字になると、俺の中にあるものが、ずいぶん整って見えた。


 整って見えるだけだ。

 怒りはある。

 失ったものも戻っていない。

 それでも、記録は必要なのだろう。


 俺が納得したことにされないために。


 怒っているだけの人間にされないために。


 ハルが壊れていたという一言で、俺の被害まで薄められないために。




【人事公平ルート:仮整理送付】

【送付先:上位確認】

【状態:確認待ち】




 表示板には、最後までひとつの箱が残った。




【未来のあなたを守る線】




 その文字が消えると、ハクの輪郭も白い壁へほどけていった。


 ユキはいない。


 ハルの白い部屋も閉じている。




 管理空間には、俺とアイだけが残った。




 いつもの組み合わせのはずだった。


 アイは、俺の少し横に立っている。


 たぶん、座標で測れば、いつもとほとんど変わらない。


 ただ、遠かった。


「何か言わないのか」


 何をと思いながら、俺は聞いた。


「本件での私の評価は調査結果ではありません」


「それ、何回目だよ」


「必要な回数です」


「腹立つな」


「記録しますか」


「しなくていい」


 いつものやり取りに近かった。


 言葉の形だけは。


 アイは、いつものようにこちらへ半歩寄ってこない。


 俺も、その距離が埋められなかった。


「アイ」


「はい」


「今回の俺の救済って、何だよ」


 口にしてから、自分でも変なことを聞いたと思った。




 救済。




 プレイヤーだった頃なら、そんな言葉は使わなかった。


 止められた。

 腹が立った。

 戻せ。

 謝れ。

 処分しろ。


 それだけでよかった。


 でも今は、ログを見る側にいる。


 押せないボタンの前に立つ側にいる。


 誰かの責任と、誰かの状態を分ける側にいる。


 知ってしまったせいで、怒りをひとつの場所に置けなくなっている。


「今回のあなたに対する整理は」


 アイは言った。


「被害回復ではなく、怒りの置き場所の整理です」


「ハクと同じようなことを言うな」


「同じ記録を見ていますから」


「嫌な一致だな」


「はい」


 アイが表示板を開く。



【被害ログ整理】

・前回裁定で一部回復済み

・完全回復不能部分あり

・ランキングおよび報酬の完全回復なし

・被害ログは維持

・組織改善接続あり

・処遇判断への直接反映なし



「前回の見直しで、だいぶ無理をしたんだよな。地位とか、外部ツール扱いとか、停止処理とか」


「はい」


「でも、完全には戻らなかった。今回も、それは戻らない」


「はい」


「しょぼいな」


「完全な回復ではありません」


 アイは、表示板を見たまま言った。


「完全な回復ではないものを、完全な回復のように表示してはいけません」


 その言葉は、アイらしかった。



 慰めない。


 希望を足さない。


 傷が消えたような顔もしない。


 ただ、記録を歪めない。




「それ、お前の良いところだな」




 俺が言った。


 アイは、すぐには返事をしなかった。


 ぱちり、と一度だけ瞬きをする。


 そして、ほんのわずかに目を見開いた。


 そんな顔もするのか、と少しだけ驚いた。


 すぐに、アイの視線が表示板へ流れた。


 いつものように、記録へ戻ろうとしたのだろう。


 けれど、そこにはもう確認する項目がない。


 表示板は静かなまま、何も答えを返さない。


 短い沈黙が、二人の間に落ちる。


 アイは、今度はゆっくりと目を閉じた。


 何かを考えるというより、一度だけ言葉を胸の内へしまうような動き。

 呼吸ひとつ分の時間を置いて、もう一度目を開く。


挿絵(By みてみん)


 そこには、もういつものアイがいた。




「……評価として記録しますか」


「しなくていい」


「了解しました」


 ただ、その返事だけが、いつもより少し柔らかく聞こえた。


 たぶん、俺の気のせいだ。


 ほんの少しだけ、いつもの空気が戻る。


 けれど、表示板が明るくなると、それもすぐに途切れた。




【人事公平ルート:上位確認応答】

【状態:受信】



「来たか」


 白い空間の奥で、わずかに境目が揺れた。

 

 さっきまで壁だった白が、ひとつだけ濃くなる。

 

 影ではない。


 色でもない。


 そこにいなかったはずのハクが、結果を受け取るための形だけを取り戻していく。


 淡い水色の目は、俺にもアイにも向かなかった。


 最初から、届いた記録だけを見ている。


「上位確認結果を表示します」



【人事公平ルート:上位確認結果】

【仮整理:承認】

【補足:一部修正あり】

【処遇方向:分限中心】

【懲戒方向:限定的責任確認】

【組織改善:必須】

【被害ログ:維持】

【被害回復:別ルート継続】

【被害関係者関与制限:維持】




 文字が並んだ。


 俺は、最初にそこを見た。




【処遇方向:分限中心】




「懲戒じゃない」


「はい」


 ハクは答えた。


「懲戒方向の責任確認は行います。ただし、処遇の中心は分限方向です」


 責任はなくならない。


 状態も切り捨てない。


 組織側の要因も、俺の被害も、それぞれの場所に残される。


 ひとつだけを真実にして、ほかを消すことはしない。


 だから、答えはひとつの色にならなかった。


 表示板が、次の処理へ進む。




【最終実行前確認:待機】




 俺は、その文字を見た。


 最初に見たときのような、押したいボタンではなかった。



 怒りをぶつけるためのボタンでもない。



 ハルを許すためのボタンでもない。



 分けた箱を、分けたまま次へ送るためのボタンだった。



 責任を消さず。




 被害を薄めず。




 顔のない組織だけに押しつけず。




 壊れた人間だけに背負わせず。




 誰かに都合のいい形へ、記録を書き換えないための実行。




 押したいとは思わなかった。




 けれど、たぶん押すことになる。


 その予感は、もう白い空間に浮かぶ文字ではなかった。


 少しずつ重さを持ち始めていた。


 指を伸ばせば触れられるほど近くで。





 俺が押すのを、静かに待っていた。

【アイの補足メモ】


今回は、分限処分について、もう少し詳しく整理します。


国家公務員法第七十八条は、職員を本人の意に反して降任または免職できる場合として、次の事由を定めています。


一 人事評価または勤務の状況を示す事実に照らして、勤務実績がよくない場合

二 心身の故障のため、職務の遂行に支障があり、またはこれに堪えない場合

三 その官職に必要な適格性を欠く場合

四 官制・定員の改廃や予算の減少により、廃職または過員が生じた場合


また、同法第七十九条は、心身の故障のため長期の休養を要する場合などについて、休職できると定めています。


つまり、分限処分は、


「悪いことをしたから罰する」


ための制度ではありません。


現在の状態や勤務実績に照らして、


「このまま同じ職務を続けさせることができるか」


「いったん職務から離して状態を確認すべきか」


を整理する制度です。


一方、国家公務員法第八十二条の懲戒処分は、


法令違反、

職務上の義務違反または職務懈怠、

国民全体の奉仕者にふさわしくない非行


について、本人の責任を問う制度です。


本編でハルには、


一時停止処理を実行した責任、

追加確認を行わなかったこと、

相談ルートを使用しなかったこと


が残っています。


そのため、懲戒方向の確認がなくなったわけではありません。


ただし、同時に、


保留案件の増加、

判断能力の低下、

相互に緊張する指示、

支援が本人まで届かなかった可能性、

組織側の個別確認不足


も確認されました。


この状態を、


「処理を誤ったから懲戒」


だけで整理すると、


現在の職務遂行能力や組織側の要因が記録から落ちます。


反対に、


「疲弊していたから責任はない」


と整理すると、


実際に行われた処理と被害が記録から落ちます。


そこで上位確認は、


懲戒方向の責任確認を残しながら、処遇の中心を分限方向としました。


これは、ハルを白にする結論ではありません。


黒だけで説明しないための整理です。


なお、地方公務員については、


地方公務員法第二十八条が分限、同法第二十九条が懲戒に対応します。


分限と懲戒は、どちらが軽いか重いかではありません。


確認する目的が違います。


責任を問うことと、職務を続けられる状態かを確認すること。


今回、箱を分けたのは、


その二つを同じ結論で塗り潰さないためです。


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