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BANされた俺、なぜかゲーム運営側で働く ~VRMMORPGにクソ真面目に行政法をぶち込んでみました~  作者: Altis
第2章 内部救済 第2部 電気羊は救いの夢を見るか ―Do Electric Sheep Dream of Grace?―

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あとでやる【本気】



【前任者関連ファイル】

【名称:あとでやる(本気)】

【作成者:旧現場補助担当者ハル】

【用途:保留案件整理】

【状態:未完了】




 白い表示板に、ふざけたようなファイル名が浮かんでいる。


 あとでやる本気。


 最初に見たときは、笑える名前だと思った。


 いや。

 笑ったというより、呆れただけだった。


 でも今は、同じ文字が少し違って見える。

 落ちていく途中で、誰かが白い壁に爪を立てた。

 その跡だけが、消えずに残っている。


 そんな名前だった。


「確認を開始します」


 ハクが言った。


「期間単位で表示します」


 表示が切り替わる。


 音はしなかった。


 白い板の上で、文字だけが静かに増えた。



【第1週】

【保留件数:7 → 4】

【上位判断待ち:3 → 2】

【追加確認予定:4 → 2】

【未処理期限超過:なし】


【メモ】

・「意外といける」

・「ユキさんほどじゃないけど、見れば分かる」

・「アイさんの表示、丁寧」

・「あとでやる本気、仮置き箱として使う」




「減ってる。最初から駄目だったわけじゃないのか」


 俺は思わず言った。


「はい」


 ハクは頷いた。


「初期には処理できています」


 表示の中のハルは、俺が白い部屋で見た男とは違っていた。


 軽い。

 少し調子がいい。

 まだ、自分を冗談にできている。

 それが、逆に嫌だった。


 最初から壊れていたなら、もっと簡単だった。


 最初から駄目だった。

 最初から任せるべきではなかった。


 そう言って、線を引けた。


 でも違う。

 最初は、できていた。

 できている人間が、できなくなっていく。


 その始まりには、何も特別なものがなかった。


「次を表示します」




【第3週】

【保留件数:9 → 6】

【軽微な誤処理:1】

【後続修正:完了】


【メモ】

・「ちょっとミスった」

・「でも修正できた」

・「次から表示文言を見る」

・「プレイヤー側、怒るよな」

・「そりゃ怒る」




「軽微な誤処理」


 俺は読み上げた。


「何をやったんだ」


「一般プレイヤーへの案内表示に、誤った期限を記載しています」


「それで?」


「後続修正済みです。ただし、対象プレイヤーおよび周辺プレイヤーから複数のメッセージが送信されています」


 表示板が開く。



【プレイヤーメッセージ群】


【対象:軽微誤処理案件】

【分類:不満、皮肉、批判、再発防止要求】


【メッセージ01】

「また運営ミスかよ」


【メッセージ02】

「期限間違えるとか基本では?」


【メッセージ03】

「修正したからOKじゃないんだよ」


【メッセージ04】

「ちゃんと確認してから出してくれ」


 どれも、分からなくはない。

 俺だって、プレイヤー側なら似たようなことを言ったと思う。


 いや。


 思う、ではなかった。


 表示板の下に、別の一行が浮かんだ。


【関連メッセージ:プレイヤー***】


 俺のプレイヤーIDだった。


 胸の奥が、ゆっくり沈んだ。

 底があるのか分からない沈み方だった。


「俺?」


「はい」


 ハクは淡々と答えた。


「プレイヤー時代のあなたのメッセージです」


「……出せ」


 白い表示板に、短い文が出た。




【プレイヤー***】

「確認してから通知してくれ。こっちは仕様を信じて動いてる」




 俺は、それを見た。


 見覚えがあった。


 たぶん、腹を立てて送った。


 嫌味のつもりではなかった。

 正論のつもりだった。

 いや、正論ではある。

 確認してから通知しろ。

 仕様を信じて動いている。


 間違ってはいない。


 何も間違っていない。


 それなのに、今見ると、喉の奥に何かが引っかかった。


 正しさには、音がない。

 相手のどこに刺さったのかも、こちらからは見えない。


「俺、普通のこと言ってるよな」


「はい、内容は不合理ではありません」


 ハクは答えた。


「じゃあ、問題ないだろ」


「この発言は、あなたを否定しません」


「……先に言うなよ」


「必要です」


「俺が今、何を思ったか分かったのか」


「推定は可能です」


「言わなくていい」


「了解しました」


 ハクは少しだけ表示を動かした。


 白い板の中で、文字が位置を変える。


 何かを責める様子もなく。


 ただ、次の事実を見える場所へ置いた。




【メッセージ到達ログ】

【対象:ハル】

【閲覧状態:既読】

【閲覧後メモ:あり】


【ハルメモ】

・「プレイヤーは仕様を信じて動く」

・「間違えたら相手の時間を壊す」

・「ちゃんと確認してから出す」

・「また間違えたら終わる」



「ただし」


 ハクは言った。


「無関係でもありません」


 俺は、何も言えなかった。

 俺の一文が、ハルのメモに入っている。

 別に、俺が悪いわけじゃない。


 悪いわけじゃないはずだ。


 でも、無関係でもなかった。


 その言葉だけが、白い場所に残った。

 消えない汚れみたいに見えた。


 アイは、何も言わない。


 俺もアイを見なかった。


 見たら、たぶん余計に嫌になる。


「次を表示します」



【第5週】

【保留件数:8 → 7】

【誤処理:なし】

【処理速度:低下】


【メモ】

・「確認を増やせば間違えない」

・「急いで間違えるよりはいい」

・「次は間違えない」

・「あとで本気出せば戻せる」



「減ってるじゃないか」


 俺は言った。


「はい」


「できてる」


「一部はできています」


 ハクは短く答えた。


 一部はできている。


 その言い方が、妙に怖かった。

 できないわけじゃない。

 だから、本人も周りもまだ大丈夫だと思う。


 できる日がある。


 数字が少し減る日もある。

 返事ができる案件も残っている。

 だから、崩れていることに気づきにくい。


 崩れている途中では、まだ人の形が残っている。


 外から見れば、昨日と同じ場所に立っている。


「次です」



【第8週】

【保留件数:10 → 13】

【上位判断待ち:5 → 7】

【追加確認予定:8 → 10】

【プレイヤーメッセージ確認頻度:増加】


【メモ】

・「確認してから押す」

・「でも確認が終わらない」

・「返信を見ると手が止まる」

・「また言われる」

・「見られている」

・「ちゃんとやる」




 俺は黙って読んだ。


 間違えたくなかった。


 だから確認した。


 確認したから止まった。


 止まったから、さらに怖くなった。


 特別なことは何も起きていない。


 誰も怒鳴っていない。


 誰も露骨に見捨てていない。


 何かが壊れる音もしない。


 ただ、同じ画面を開く回数だけが増えていく。


 そうやって、人は少しずつ狭い場所へ追い込まれていく。


 気づいたときには、振り返るための幅も残っていない。


「次です」




【第12週】

【相談ルート表示:閲覧済み】

【相談ルート使用:なし】


【メモ】

・「相談する?」

・「相談するほどではない?」

・「相談していいか分からない」

・「ユキさんなら見た?」

・「自分で見ないと」

・「でも見たら止まる」

・「止まると全部止まる」




「相談できるって表示されてるのに?」


 俺は言った。


「はい」


「なんで使わないんだよ」


「使用してよいと受け取れるかは、別です」


 ハクの言葉で、少し前に見た支援到達性の表示を思い出す。


 表示されたことと、支援が届いたことは同じではない。


「相談していいかを、相談できなかった」


 俺は言った。

 ハクは頷いた。


「その可能性があります」


 白い表示板が、また切り替わる。


 古い文字が消えた。


 次の文字が出た。


 それだけだった。


 何も起きていないように見えた。


「最終期です」





【最終期】

【保留件数:38】

【上位判断待ち:23】

【追加確認予定:31】

【赤ログ再分類候補:22】

【処理遅延警告:表示済み】

【判断品質低下警告:表示済み】

【相談ルート表示:表示済み】

【強制停止:なし】



【メモ】

・「赤」

・「個別事情ありそう」

・「自動判定は無視できない」

・「でも追加確認が必要」

・「上位待ちが多い」

・「保留を増やすな」

・「止めると全部止まる」



・「押すな」




・「押せ」



挿絵(By みてみん)



・「どうすればいい」




 最後の一行で、表示が止まった。


 どうすればいい。


 短い文字だった。


 誰に向けたのかも分からない。


 質問なのか。


 独り言なのか。


 助けを求めたのか。


 もう誰にも届かないと知った上で残したのか。


 それまでの全部が、最後の一行へ流れ込んでいた。


 文字は動かなかった。


 こちらの返事を待っているようにも見えた。


「これが、俺の件か」


「関連しています」


 ハクは言った。


「本件一時停止処理は、この最終期の保留群に接続しています」


「押すな。押せ」


 俺は、メモを見た。


「本当にそう書いてるのか」


「原文ではありません。複数指示と本人メモの要約です」


「だろうな」


 でも、たぶん、ハルにはそう見えていた。




 押すな。




 押せ。




 止めるな。




 止めろ。




 早くしろ。




 間違えるな。




 相談できる。




 でも、相談していいかは自分で判断しろ。




 相談していいか、分からなかった。


 止めると、全部止まると思った。


 押すと、終わると思った。


 白い部屋で聞いた言葉が、今度はログの形で並んでいた。


 あのときは、壊れた男が自分のしたことに理由をつけているようにも聞こえた。


 でも、違った。


 少なくとも、今見えている記録は違う。


 ハルは最初から、何もできなかったわけじゃない。


 処理できていた。

 修正もできていた。

 間違えた相手のことも考えていた。

 だから確認を増やした。

 確認を増やしたから止まった。

 止まったから、さらに確認した。



 最後に残ったのが、押すなと押せだった。




 どちらも消えなかった。


 どちらも正しかった。


「本人への追加確認を行いますか?」


 ハクが聞いた。


 俺は、白い表示板を見た。


 白い部屋で、もう聞いた。


 相談していいか分からなかったことも。


 止めると全部止まると思ったことも。


 押すと終わると思ったことも。


「いや」


 俺は言った。


「今はいい」


「了解しました」


 表示の中には、まだ最後のメモが残っている。




・「どうすればいい」




 白い板の中で、それだけがこちらを見ているように思えた。


 答えを求めているのか。


 もう答えを諦めているのか。


 どちらでも、あまり変わらない気がした。


 答えは、必要だったときには届かなかった。


 今から何を言っても、ログの末尾に言葉が一つ増えるだけだ。


 ハクが、次の表示を開く。



【組織側確認要素】



【保留検知】

警告:表示済み

相談ルート:表示済み

監督個別確認:発動せず

上位判断返戻:複数

強制介入:なし




「全部、動いてるじゃないか」


 俺は言った。


「警告も出てる。相談ルートもある。上位判断も返してる」


「はい」


「なのに、誰も止めてない」


「はい」


 ハクの返事は短い。


 その短さが、かえって逃げ場をなくす。


 全部動いている。


 動いているのに、止まらない。


 止まっていないのではない。


 動きながら、止められなかった。


 壊れたものはなかった。


 少なくとも、表示の上では。


「上位判断返戻を表示します」


 ハクが言った。




【返戻例01】

自動判定ログを尊重してください。

ただし、個別事情を確認してください。


【返戻例02】

過剰停止を避けてください。

ただし、危険ログの放置は避けてください。


【返戻例03】

迅速に処理してください。

ただし、説明可能な判断を行ってください。


【返戻例04】

保留件数を削減してください。

ただし、判断困難案件の機械的処理は避けてください。




 俺は、何度か読み返した。


 文字は何も変わらない。


 何度読んでも、全部正しい。


 正しいまま、同じ場所にある。


「全部正しい」


「はい」


「並べると詰む」


「はい」


「地獄か」


「記録上、その表現は使用しません」


「俺が使う」


「記録しますか」


「しなくていい」


「了解しました」


 俺は白い表示板を見た。


 正しいことが、正しいまま積み重なる。

 それだけで、人が詰まる。


 上は間違ったことを言っていない。


 監督も警告を出している。

 相談ルートも表示されている。

 支援表示も出ていた。

 ハルも、それを読んでいた。


 何も隠されていない。


 何も放置されていないように見える。


 必要なものは、すべて用意されている。


 だから、誰も自分が見捨てたとは思わない。


 それでも、誰も止めていない。


「監督個別確認が発動しなかったのは?」


「個別の強制確認基準を満たしていません」


「警告が出てるのに?」


「各警告は、単独では強制介入基準に達していません」


「全部合わせたら?」


「当時、統合判断は行われていません」


「上位判断は?」


「個別案件ごとに返戻されています」


「全体を見たやつはいないのか」


「記録上、確認できません」


 警告は出た。


 返戻もされた。


 相談ルートもあった。


 それぞれは動いていた。


 それぞれが、自分の役割を果たしていた。


 だから、誰も止まらなかった。


 その間で、ハルだけが少しずつ止まった。


 止まった人間を囲むように、正常な処理だけが流れ続けた。


「誰に文句を言えばいいんだよ」


 俺は言った。


「組織です」


「顔がないだろ」


「はい」


「顔がない相手に、どうやって怒ればいいんだよ」


「記録します」


「それしか言わないな」


「はい」


 ハルには顔があった。


 声があった。


 俺を止めた手があった。


 押すと終わると思った、と話した口もあった。


 でも、組織には顔がない。


 顔がないのに、確かにそこにある。


 警告を出した。


 返戻をした。


 基準を動かした。


 誰も間違っていない顔で、誰も止めなかった。


 ハルが押した。


 俺は止められた。


 それは消えない。



 組織が悪かったからといって、ハルの手が消えるわけではない。


 ハルが押したからといって、組織の形が消えるわけでもない。


 どちらを見ても、何かが残る。


 どちらから目をそらしても、何かが残る。


 俺は、どこを殴ればいいのか分からなかった。


 顔がないからではない。


 どこを殴っても、正しい返事しか返ってこない気がした。


 白い表示板に、新しい項目が開く。




【未整理】

・ハル

・組織

・被害

・境界線




「箱が増えたな」


 俺は言った。


「必要です」


 ハクは短く答えた。


 俺は、最後の一行を見た。


 境界線。


 白い表示板の中で、その文字だけが妙に黒く見えた。


 見ているうちに、どちら側に立っているのか分からなくなった。





 それでも、目を離せなかった。





【アイの補足メモ】


ハルは、最初から何もできなかったわけではありません。


処理できていたからこそ、

確認を増やし、

その結果、動けなくなりました。


警告も、相談ルートも、上位判断もありました。


ただし、

表示されたことと、支援が届いたことは同じではありません。


本人の責任と、組織側の要因は、分けて確認します。


どちらか一方だけでは、今回の記録を説明できません。

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