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BANされた俺、なぜか運営の仕事を手伝わされる 〜ゲーム世界の裏側は、思ったよりお役所でした〜  作者: アルティス


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3/17

露店の看板を直してもらうだけのはずだったのに


 その露店を開くまでに、ミナトは三週間かかった。

 狩りで拾った回復薬。

 自分で合成した初心者向けの防具。

 採掘場で少しずつ集めた、ありふれた鉱石。

 どれも一つ一つは高くない。

 けれど、倉庫に眠らせておくよりは、誰かの役に立つ形で並べたかった。

 王都アーカディアの露店通りは、いつ見ても人が多い。

 大手ギルドの委託販売。

 イベント景品を並べる派手な店。

 やたら口上のうまい転売屋。

 その隅で、自分の小さな露店は、あまりにも地味に見えた。

 だから、少しだけ“見栄え”を足した。

 看板を大きくする。

 文字色を金色にする。

 それから、客が足を止めやすいように、商品説明文を少しだけ盛る。


【初心者おすすめ!】

【安心の品質保証!】

【運営確認済み素材使用!】


 最後の一文は、深く考えて入れたわけじゃない。

 素材そのものは普通にゲーム内で拾ったものだし、バグ品でもなければ、チートで出したわけでもない。

 “変なものじゃありませんよ”と伝えたかっただけだ。

 それに、周りの露店だって、多少は誇張している。


 「最強」

 「絶対お得」

 「伝説級」


 そんな看板は、そこら中にある。

 だから、たぶん大丈夫だと思っていた。

 露店を開いて一時間。

 初心者らしい装備のプレイヤーが二、三人立ち止まり、小さな回復薬のセットが一つ売れた。

 ――その直後、画面の右上に、見慣れない通知が出た。


【運営よりご案内】

現在の露店表示について、確認したい事項があります。

お手数ですが、ショップ登録情報をご確認ください。


「……え?」

 心臓が、嫌な跳ね方をした。

 BANほど大きな警告ではない。

 でも、ただの売上通知とも違う。

 露店の前に立ったまま、もう一度、自分の看板を見る。


【運営確認済み素材使用!】


 もしかして。

 いや、でも、これくらいで?

 そう思いながらも、メニューの「ショップ登録情報」を開く指先は、少しだけ震えていた。


   *

挿絵(By みてみん)


 朝一番で開いたログの中に、その露店は混ざっていた。


【ショップ表示に関する報告】

・「初心者向け露店の表記が紛らわしい」

・「運営公認ショップみたいに見える店があります」

・「“運営確認済み”って本当に公式なんですか?」


「……来たか」

 俺がそう呟くと、隣でログを整理していたアイが、小さく頷いた。

「はい。個人露店の表示問題ですね。規模としては小さいですが、放置すると厄介な類型です」

「類型って言い方、急に役所くさくなるな」

「役所くさい案件ですので」

 平然と返されて、ちょっと悔しい。

 アイが表示を拡大する。

 そこに映っていたのは、王都露店通りの端にある、小さな個人ショップだった。


【ショップ情報】

店名:はじめての冒険支援店、ひよこ商会

店主:ミナト


看板表示:

【初心者おすすめ!】

【安心の品質保証!】

【運営確認済み素材使用!】



「うわ、最後がダメそう」

「はい。かなり危ういです」

 アイは即答した。

「“運営確認済み”という文言は、見る側に“公式のお墨付きがある”と受け取られるおそれがあります」

「でも、売ってる品そのものは普通なんだろ?」

「現時点では、その可能性が高いですね。バグ品や不正生成品の痕跡は見当たりません。問題は商品そのものより、“見せ方”です」

 また見せ方か、と言いかけてやめた。

 ここまで来ると、たしかに重要だ。

 中央広場の注意ポップもそうだった。

 何をするかだけじゃない。

 どう見えるか。

 どう受け取られるか。

 そこを間違えると、たいしたことのない処理でも燃える。

「これ、即露店停止とかじゃないよな?」

「いいえ。この段階でいきなり強い対応へ進むのは、過剰です」

 アイは別のパネルを開く。


【対応候補】

1.表示修正のお願い

2.一時的な看板非表示

3.露店機能の一時停止


「まずは一番軽いものから、ですね」

「表示修正のお願いか」

「はい。現段階では“紛らわしい表示を直してもらうこと”が目的です。露店そのものを止める必要はありません」

 なるほど。

 前の広場案件では、騒がしい行動そのものをどう抑えるかが問題だった。

 今回は少し違う。

 商売するな、ではない。

 その言い方はやめろ、という話だ。

「つまり、“店を閉めろ”じゃなくて、“その看板は直してくれ”ってことな」

「その理解で概ね正しいです」

 アイは淡々としながらも、どこか少しだけ満足そうだった。

 こういう切り分けがきれいに通るとき、この人はたぶん楽しい。


   *


「ところでさ」

 俺は露店の詳細情報をスクロールしながら、気になった箇所で指を止めた。

「この店主、けっこうまじめにやってるっぽいぞ」


【出品履歴】

・少量

・低レア回復薬

・初心者用防具

・一般鉱石


【取引状況】

・取引件数:数件

・価格設定:相場範囲内


【不正検知】

・不正生成フラグ:なし

・外部取引疑い:なし

・異常増殖ログ:なし


「悪質な転売屋じゃないんだな」

「そうですね。ログを見る限り、むしろ丁寧なほうです。相場より極端に高い価格設定でもありません」

「じゃあ余計に、いきなり露店停止はやりすぎ感あるな」

「ええ。ですから、今回は表示内容の修正から入るべき案件と言えます」

 アイが、ほんの少しだけ視線を和らげた。

「事情があるのは理解します。ただ、“まじめにやっているから”という理由で、誤解されやすい表示をそのままにしてよいことにはなりません」

「先に釘を刺すわけか」

「はい。放置したあとで、“運営は公式ショップとそうでない店を区別していなかった”と言われる方が、もっと困ります」

 それは、プレイヤー時代の俺にも分かる話だった。

 公式っぽく見える店が並んでいて、あとから「実は何も確認してません」と言われたら腹が立つ。

 だったら最初から、そこは分けておいてほしい。

「じゃあ、まずは注意文を送るとして」

「はい。まず、あなたが作ってください」

「またか」

「前回よりは書けるはずです」

「圧があるな」

 俺は、メッセージ作成欄を開いた。

 今回は、前回よりは分かっている。

 いきなり怒るな。

 対象を絞れ。

 何を直してほしいのか書け。

 お願いなのか、次の対応に進む可能性があるのか分けろ。

 たぶん、こんな感じだ。


【メッセージ案・俺】

ミナトさんへ。

露店の商品自体に問題があるわけではありません。

ただ、「運営確認済み素材使用!」という看板は、運営が公式に確認した商品みたいに見えるので、直してください。

普通の素材を使っていることを伝えたいなら、「品質重視」とか「変な素材は使ってません」くらいにしてください。

このまま同じ表示が続く場合は、看板を一時的に非表示にすることがあります。


「どうだ」

 アイは、少しだけ沈黙した。

「前よりかなり良いです」

「よし」

「ただし、そのままは送れません」

「知ってた」

「“直してください”が少し強いです。今回は修正のお願いです」

「でも直してほしいんだろ」

「はい。ですが、お願いとして始めるなら、お願いとしての文面にします」

「言葉の置き場所ってやつか」

「はい」

 アイは俺の文を見ながら、ひとつずつ線を引いた。

「“商品自体に問題があるわけではありません”という趣旨は良いです。ただし、断定しすぎると、後で未確認部分が見つかった場合に困ります」

「じゃあどう言う?」

「“現時点で確認した範囲では、不正生成品等の痕跡は確認されていません”です」

「長い」

「長いですが、残せます」

「前にも聞いたな、それ」

「便利なので」

「便利な言葉、だいたい長いな」

 アイは、俺の文を整えた。


【メッセージ案・整形後】

ひよこ商会 ミナト様

このたびは、露店の運営ありがとうございます。

初心者向けのアイテムをご用意いただいている点、運営側でも確認しております。

現時点で確認した範囲では、出品物について不正生成品等の痕跡は確認されておりません。

そのうえで、看板表示に一点、修正のお願いがございます。

現在表示されている「運営確認済み素材使用」という文言は、実際には行われていない公式確認があるかのような誤解を招くおそれがあります。

大変お手数ですが、当該文言を削除または修正していただけますでしょうか。

なお、今後も同様の表示が継続する場合、一時的に看板表示や露店機能の制限等を検討することがあります。

何卒ご理解とご協力のほど、よろしくお願いいたします。


「……俺の文、骨組みは残ったな」

「はい。今回は骨組みが残っています」

「成長では?」

「成長です」

「素直に言われると逆に怖い」

「ただし、“変な素材は使ってません”をこちらから提案するのは避けました」

「なんで? 俺、悪くない代替案だと思ったけど」

「運営が宣伝文句を指定したように見えるためです。今回は、“誤認を招く文言を削除または修正してほしい”という範囲に留めます」

「なるほど。代わりの看板まで運営が考えると、踏み込みすぎるのか」

「はい。商売の表現は店主側に残します」

「そこは自由なんだな」

「自由を残すために、線を引きます」

 俺は、整形後の文面を読み返した。

 柔らかい。

 でも、逃げてはいない。

 商品を否定していない。

 店主を悪者にしていない。

 けれど、「運営確認済み」はダメだと、はっきり言っている。

「なあ、アイ」

「はい」

「これ、“お願い”なんだよな?」

「はい。表示修正のお願いです」

「じゃあ、断れるのか?」

 俺がそう聞くと、アイの指が止まった。

「よい確認です」

「褒められると不安になるな」

「今回のお願いに応じないことだけを理由に、直ちに露店機能を止めることはできません」

「だけ、って言ったな」

「はい。問題は、お願いを断ったことではありません。紛らわしい表示が残り続けることです」

「つまり、“運営のお願いを聞かなかったから制限する”じゃなくて、“紛らわしい表示が続いているから次の対応に進む”ってことか」

「その線引きは重要です」

「面倒くさいな」

「面倒だからこそ、混ぜると危険です」

 俺は文末をもう一度見た。

 お願い。

 ご協力。

 よろしくお願いします。

 言葉だけ見れば柔らかい。

 けれど、運営から届いた時点で、相手にとっては十分重い。

 俺が同じ通知をプレイヤーとして受け取ったら、たぶん心臓に悪い。

「……送るか」

「はい」

 俺は、最終確認を押した。


【表示修正のお願いを送信しますか?】

【はい/いいえ】


 昨日までの俺なら、「看板くらい好きにさせろよ」と思ったかもしれない。

 今も、少しは思う。

 でも、運営確認済みという言葉は、ただの飾りではない。

 軽く使われると、本当に確認したときの言葉まで軽くなる。

 俺は【はい】に触れた。


   *


 注意文を送信してから、しばらく時間が経った。

 露店通りの監視画面を眺めていると、例の店の看板が一瞬だけ消えた。

 次の瞬間、文言が修正される。


【初心者おすすめ!】

【安心の品質重視!】

【変な素材は使ってません!】


「……ギリギリのところを攻めてきたな」

「ですが、悪くありません」

 アイは少しだけ口元を緩める。

「“安心の品質重視”や“変な素材は使ってません”は、抽象的ではありますが、現時点のログから見て、虚偽とまでは言えません。“運営が確認した”という意味も薄れています」

「つまり、“うそではないけどちょっと盛ってる”範囲には収まったと」

「はい。その程度の宣伝文句は、露店通りでは許容されている範囲です」

「じゃあ、これで一件落着か」

「そうですね。少なくとも、今回のお願いの目的は達成できました」

 そう思った矢先、新しいログが飛び込んできた。


【ミナトからの返信】

注意ありがとうございました。

表示は修正しました。

ただ、周りのもっとひどい看板はそのままなのに、どうしてうちだけ指摘されるのか、正直少しモヤモヤしています。


「……まあ、そう思うよな」

 俺は小さく息を吐いた。

「これ、“なんで自分だけ”問題だ」

「はい」

「正論だけなら、“他にもあるからといって、この表示の問題が消えるわけではありません”なんだろうけど」

「その通りです」

「でも、それだけ返されたら腹立つな」

「腹が立つと思います」

「思うんだ」

「はい。ですので、返信してください」

「俺が?」

「はい。まだ2回目ですので」

「そうだけどさ」

 俺は返信欄を開いた。


【返信案・俺】

ミナトさんへ。

修正ありがとうございます。

「なんで自分だけ」と思うのは分かります。

他にも怪しい看板はあるので、順番に見ます。

ただ、今回は通報があったので先にお願いしました。

今回すぐ直してくれたことは記録に残しておきます。

商売をやめろという話ではないので、今後も露店は続けてください。


「どうだ」

 アイは少し考えた。

「かなり良いです」

「お」

「ただし、“他にも怪しい看板”は送れません」

「そこか」

「運営側が確認前の他店を“怪しい”と表現するのは避けるべきです」

「あー、たしかに」

「また、“順番に見ます”も、“すべて確認する”と受け取られるおそれがあります」

「じゃあ、“順次確認を進めます”?」

「よい修正です」

「今、俺が先に直したぞ」

「はい。成長しています」

「ちょっと楽しくなってきた」

「危険ですね」

「危険なのかよ」

 アイは、俺の文を少しだけ整えた。


【返信案・整形後】

ひよこ商会 ミナト様

このたびは表示をご修正いただき、ありがとうございます。

ご指摘のとおり、露店通りには他にも様々な看板表示が存在します。

運営としても、順次確認と必要な修正のお願いを進めておりますが、すべてを一度に確認することは難しく、通報いただいたものや、影響の大きいものから対応しているのが現状です。

「うちだけ」と感じられるお気持ちは、もっともだと思います。

ただ、今回のお願いは、今後同様の表示が広がらないようにするための、最初の一歩としての側面もございます。

今回、速やかに表示をご修正いただいたことは、対応記録として残しております。

本件は、露店の運営そのものを止めていただく趣旨ではありません。

今後とも、どうぞよろしくお願いいたします。


「……だいぶ俺の言いたいことが残った」

「はい。表現の危ないところを整えただけです」

「やっと“ほぼ全文修正”から抜けたか」

「まだ油断はできません」

「油断したら?」

「“怪しい看板”と送ります」

「危ない」

「危ないです」

 俺は、整形後の返信を送信した。

「こういうの、言っていいんだな」

「何をですか」

「“全部は一度に見られません”って」

「言い方には注意が必要です。ですが、できないことを“全部見ています”と言うほうが、後で信頼を失います」

「それはそう」

 俺は、さっき見たミナトのログを思い出した。

 まだ取引件数も少ない、小さな店。

 多分、ゲーム内でちょっとした居場所を作ろうとしているだけの人だ。

「これ、“商売やめろ”って話じゃないって、ちゃんと伝わるかな」

「努力はしました」

 アイは淡々としていた。

「今回はこちらからのお願いに応じてくださいました。そのログは、きちんと残ります。もし将来、この方が公式ショップ登録を希望されたとき、今回の対応は、むしろプラスに働くかもしれません」

「公式ショップ、ねえ」

「はい。一定以上の取引規模や実績がある露店には、表示ルールを守っていることを条件に、“運営認証マーク”を付与する計画が、上側で検討されています」

「そんな話まであるのか」

「まだ案レベルですが」

 アイは、少しだけ肩をすくめた。

「だからこそ、今のうちから“運営の確認”という言葉の重さを、勝手に軽くされないようにしておく必要があります」

「ああ、“お墨付き”の価値を安売りしないために、か」

「そうです。いざ本当に認証が必要になったとき、“どうせ前から勝手に名乗ってたでしょ”と思われないように」

 妙に現実的な話だった。


   *


「……なあ、アイ」

「はい」

「こういう案件ってさ。“悪いことしてる人”を捕まえる話っていうより、“言葉の置き場所を直してもらう”話なんだな」

「良い表現です」

 アイが珍しく、素直に褒めた。

「実際、商品そのものには重大な問題がないことも多いです。それでも、“公認”“公式”“認証済み”といった言葉が乱用されれば、いざ本当に危険な商品が紛れ込んだときに、誰も表示を信じなくなってしまいます」

「言葉のインフレか」

「はい」

「“安全です”“確認済みです”“問題ありません”。こういう言葉は、運営側でも軽く使わない方がいいってことか」

「はい。一度軽く使うと、本当に確認したときの言葉まで軽くなります」

「お前の“問題ありません”は、あんまり軽く聞こえないから安心だな」

「それは……褒め言葉として受け取っておきます」

 アイが少しだけ視線をそらす。

 そういうところだけ、やっぱり人間くさい。

 露店通りの監視画面で、例の店をもう一度アップにする。

 派手なギルド露店に挟まれた、小さな店。

 看板から「運営確認済み」の一文は消えた。

 代わりに「変な素材は使ってません!」の文字が、やけに頑張って主張している。

「正直、嫌いじゃないな、こういう店」

「はい。私も嫌いではありません」

 アイの声は、静かで、それなりに優しかった。

「ただ――」

「また“ただ”か」

「今回の対応ログも、ちゃんと保存しておきます。もし将来、“運営が特定の露店だけを狙った”とか、“特定の店だけを優遇した”といった疑いが出たとき、“最初に何を確認して、どうお願いしたか”を示せるように」

「ああ、“うちだけ狙われた”って言われないようにか」

「ええ。今日のこれは、小さな露店一つの話に見えて、運営全体の信頼の話にもつながります」

 アイは、今回の処理をまとめる。


【対応記録】

・ミナトの個人露店表示について報告を受理

・商品ログ、不正生成ログ、取引履歴を確認

・「運営確認済み素材使用」の表示について修正をお願い

・ミナトが表示を修正

・ミナトからの「なぜ自分だけか」という意見に返信

・他露店の表示について順次確認メモを作成

・「公式」「公認」「確認済み」「認証済み」等の文言使用ルールを整理予定


【補助者学習ログ】

趣旨把握:可

対象処理の切り分け:可

文面作成:要補助

代替表現の提示範囲:要確認

お願いと次段階対応の区別:一部理解


「お、前回より少しマシじゃないか」

「はい。対象処理の切り分けはできていました」

「文面作成はまだ要補助か」

「はい」

「そこ、なかなか外れないな」

「記録に残る文章ですので」

「厳しい」

「ですが、前回より残せる文は増えています」

「それは、ちょっと嬉しい」

「よい傾向です」

 看板から「運営確認済み」の一文は消えた。

 露店はそのまま残った。

 店主も、商品も、露店通りも、何も劇的には変わっていない。

 ただ、ひとつの言葉だけが、少し軽くならずに済んだ。

「注意するだけって、もっと簡単な仕事だと思ってた」

「簡単なら、記録は不要です」

「それもそうか」

「お願いは軽く見えます。ですが、運営から届いた時点で、相手には重く見えます」

 俺は、修正された看板をもう一度見た。


【初心者おすすめ!】

【安心の品質重視!】

【変な素材は使ってません!】


「……やっぱり、嫌いじゃないな」

「はい」

 アイはそう言って、対応記録を保存した。

 小さな露店の、小さな看板。

 でも、その一文を放っておくと、いつか本当に確認した言葉まで軽くなる。

 今日やったことは、露店を止めることではなかった。

 商売をやめさせることでもなかった。

 ただ、言葉の置き場所を少し直してもらっただけだ。

 それでも、相手から見れば、運営が来た。

 お願いの形をしていても、軽いとは限らない。

 ログの片隅に、また小さなメモが残った。


【未処理メモ】

露店表示における「運営確認済み」「公式」「公認」「認証済み」等の文言使用基準について。

小規模露店への過度な萎縮を避けつつ、誤認を招く表示を防ぐ運用を検討すること。


「よし、次の案件行くか」

「お疲れさまです」

 アイの声は、いつも通り淡々としていたけれど、その口元は、ほんの少しだけ満足そうに見えた。



アイの補講メモ:言葉にも、重さがあります


今回のテーマは、表示と誤認です。

ミナトの露店で問題になったのは、商品そのものではなく、


「運営確認済み素材使用」


という看板でした。

本人は「変な素材ではない」と言いたかっただけかもしれません。

でも見る側には、運営公認の店のように見えるおそれがあります。

だから今回は、露店を止めるのではなく、まず表示の修正をお願いしました。

大事なのは、商売をやめさせるのではなく、誤解されやすい言葉だけを直してもらう

ということです。


また、「どうしてうちだけ?」という疑問に答えるためにも、

何を確認し、なぜお願いしたのかを記録しておく必要があります。


“確認済み”という言葉は、本当に確認したときのために取っておく。


今回のポイントは、そこです。

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