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BANされた俺、なぜか運営の仕事を手伝わされる 〜ゲーム世界の裏側は、思ったよりお役所でした〜  作者: アルティス


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2/6

王都広場の注意ポップ

※本編のあとに、アイによる短い補講があります。

法律用語が分からなくても読めるようにしていますので、「へえ、そういう見方もあるんだ」くらいで眺めてもらえれば大丈夫です。


 王都アーカディアの中央広場は、最近ちょっと騒がしすぎる。

 この世界を始めたばかりの娘は、戦闘よりも広場が好きだった。

 父親である彼は今、仕事の都合で家族と離れて暮らしている。

 単身赴任というやつだ。

 夜、通話だけで「今日は何した?」と聞くのも悪くはない。

 けれど、それだけだと、どうしても声だけになる。

 娘がどんな顔で笑っているのか。

 どんなものを見て、どんなふうに立ち止まるのか。

 そういう小さな反応が、少しずつ遠くなる。

 だから週に何度か、親子はこの世界で待ち合わせをする。

 王都アーカディアの中央広場。

 噴水前の、少しだけ人通りが少ないベンチ。

 そこが、二人の待ち合わせ場所だった。

『パパ、今日は帽子見る』

『はいはい。戦闘は?』

『しない』

『即答かよ』

 娘の小さなアバターが、露店の方へ駆けていく。

 父親はその後ろを、少し遅れて歩いた。

 露店に並んだ帽子を眺めて、「このリボンかわいい」と言ったり。

 冒険者が背負っている大剣を見て、「あれ、持てるの?」と首をかしげたり。

 親としては、そういう他愛もない時間がありがたかった。

 モンスターに追い回されるわけでもない。

 対人戦で煽られるわけでもない。

 ただ、同じ場所に立って、子どもと一緒に街を歩く。

 現実では少し離れていても、この世界では隣にいられる。

 それだけで十分、楽しい。

 けれど今日は、ログインしたタイミングが悪かった。

 中央広場のど真ん中で、派手なギルドが踊っていた。

 名前は《黒煙の牙》。

 先日のイベントで優勝したとかで、ギルドメンバーが輪になって、爆発エモートと花火アイテムを交互に連打している。

 視界が光る。

 爆ぜる。

 揺れる。

 視界端のログ帯は「草」と絵文字と祝福スタンプで埋まっていた。

『ねえ、この人たち有名なの?』

 娘の声は、純粋に楽しそうだった。

 その次の瞬間、視界が真っ白になった。

 花火エフェクトが重なり、露店も、移動先のポータルも、ほとんど見えなくなる。

『あ、待って』

 娘が操作を誤った。

 白く飛んだ視界の向こうで、別エリアへの転送ポータルを選んでしまったらしい。

 小さなアバターが光に包まれ、見知らぬフィールドへ飛ばされる。

『ごめん、戻すから落ち着いてな』

 慌てて手元のメニューを呼び出しながら、父親は視界記録を一枚だけ保存した。

 こんなことで運営に文句を言うべきなのか、正直迷う。

 相手はイベント優勝ギルドだ。

 喜びたい気持ちも分かる。

 広場で騒ぎたい人もいるだろう。

 けれど、娘はもう「広場やだ」と言っている。

 ただでさえ、会える時間は限られている。

 その短い時間くらい、安心して同じ場所を歩きたかった。

 視界端に浮かぶ「ご意見・ご要望」の小さな表示を、しばらく見つめる。

『広場で、子どもと一緒にいるときくらいは、もう少し静かでもいいんじゃないか』

 短い文面を打ち込んで、父親は送信した。


挿絵(By みてみん)


 王都アーカディアの中央広場は、今日もカオスだった。


【新規通報ログ:王都アーカディア中央広場】

・露店の前で騒がれて買い物できません。

・エモートが眩しくて気分が悪くなりました。

・子どもと一緒にいるので、もう少し静かにしてほしいです。

・花火アイテムの連打でポータルを誤選択しました。

・《黒煙の牙》が広場を占拠しています。

・いや、優勝祝いくらい許してやれよ。


「……最後のやつ、通報ログに混ぜるなよ」

 俺は浮かんでいるウィンドウを眺めながら、思わずつぶやいた。

 昨日まで俺は、イベントボス討伐中に一時停止を食らったプレイヤーだった。

 今日の俺は、なぜか運営候補として管理空間に立っている。

 状況だけ並べると、何ひとつ分からない。

 俺にも分からない。

 装備欄には、黒いキャソック風の研修衣装。

 袖口には、まだ申し訳程度の細い金刺繍が一本だけ入っている。

 昨日までの装備より、ずっと地味だ。

 なのに、妙に重い。

「なあアイ。これ、今何件目だ」

 隣に立つアイが、指先を軽く動かした。

 長い黒髪。

 白を基調とした祭服みたいな衣装。

 襟元と袖に走る細い金刺繍。

 その姿で無表情にログを分類しているせいで、神聖なのか事務的なのか分からない圧がある。

「中央広場の迷惑行為に関する通報は、現在二十三件です。同じギルドに関するものに限ると、十八件ですね」

「十八……そろそろ放っておけない数字になってきたな」

「はい。ただし、すぐに強い制限へ移るのは得策ではありません」

 アイが新しいウィンドウを開く。


【対応候補】

1.注意表示

2.個別メッセージによる注意

3.一時的なチャット制限

4.エモート制限

5.広場からの強制退去


「いきなり多いな」

「業務範囲は広いですので」

「俺の初仕事にしては広すぎるだろ」

「安心してください。最初から強制退去を押させるほど、こちらも雑ではありません」

「その言い方だと、いつか押させるみたいじゃん」

「将来に期待しています」

「嫌な期待をするな」

 俺は候補一覧を見た。


 注意表示。

 個別注意。

 チャット制限。

 エモート制限。

 強制退去。


 下に行くほど、明らかに重い。

 プレイヤー側から見れば、いきなり制限をかけられたら腹が立つ。

 俺は昨日、それを身をもって味わったばかりである。

「まずは、一番軽いやつか」

「そうですね。最初は、広場全体への注意表示が妥当だと思われます」

「つまり、お願いポップ?」

「はい。従わなかっただけで即制限、というものではありません。ですが、“運営が事前に注意した”という記録にはなります」

「記録に残る発言は、未来の運営を縛るんだっけ」

「覚えが早いですね」

「昨日、自分の停止ログで殴られたからな」

「よい教材でした」

「俺のアカウントを教材扱いするな」

 とはいえ、言っていることは分かる。

 いきなり殴るのではなく、まずは声をかける。

 それで収まるなら、それが一番いい。

 収まらなければ、次の対応に進む。

 運営というより、だんだん生活指導みたいになってきた。

「で、その注意表示って、具体的に何を出すんだ?」

「まず、あなたが作ってください」

「え」

「初回ですので」

「初回だからこそ、お前が見本を見せるべきじゃない?」

「先に書いた方が、どこが危ないか分かります」

「嫌な教育方針だな」

 俺は腕を組んだ。

 広場で騒いでいるやつらに、広場で騒ぎすぎるなと言えばいい。

 簡単だ。

 簡単なはずだった。

「じゃ、とりあえずこんな感じでどうだ」


【注意表示案・俺】

騒ぎすぎ注意。

他のプレイヤーの迷惑になる行為は控えましょう。

広場で爆発や花火を連打するのはやめてください。


「できた」

 アイは三秒ほど黙った。

「……方向性は分かります」

「その言い方、だいたいダメなやつだろ」

「はい」

「はいって言うな」

「ほぼ全文修正です」

「1回目から!?」

「1回目ですので」

 アイは俺の文面を横へずらした。

「まず、“騒ぎすぎ”は評価語です。どの程度を騒ぎすぎと見るかが曖昧です」

「いや、見れば分かるだろ」

「見た人によります」

「それはそうだけど」

「次に、“迷惑になる行為”も広すぎます。誰にとって、何が、どのように支障になるのかが見えません」

「注意ポップでそこまで書くの?」

「全部を書く必要はありません。ただ、少なくとも対象になる行為の方向性は示す必要があります」

「爆発と花火って書いたぞ」

「そこは使えます」

「お、残った」

「ただし、“やめてください”は現段階では少し強いです」

「やめてほしいんだけど」

「気持ちは分かります。しかし、今回はまだ広場全体への配慮のお願いです。禁止ではありません」

「お願いと禁止って、そんなに違う?」

「違います」

 アイは、俺の文の横に、別案を表示した。


【注意表示案・アイ修正】

王都アーカディア中央広場は、多くのプレイヤーが利用する場所です。

強い光や大きな音のエモート、花火アイテム等を長時間連続して使用すると、周囲のプレイヤーの視界、移動、露店利用等を妨げる場合があります。

イベントのお祝いは歓迎しますが、周囲のプレイヤーにもご配慮ください。


「急に役所の貼り紙になった」

「現実世界の掲示文を参考にしていますから」

「参考元が強い」

「ただ、少し長いですね。読まれない可能性があります」

「自分で出しておいて?」

「案は叩かれて育ちます」

「お前、たまに妙に人間くさいよな」

「心外です」

 心外そうな顔ではない。

 むしろ、少し楽しそうだった。

「要するに、“ここはみんなの場所だから、眩しいのを連打しすぎるな”ってことだろ」

「はい」

「でも、“禁止”までは言わない」

「はい。現時点では、禁止ではなく配慮のお願いです」

「じゃあ、こうか」


【注意表示案・再作成】

中央広場は、露店めぐりや待ち合わせなど、多くのプレイヤーが利用する場所です。

強い光や大きな音のエモートを長時間続けると、周囲のプレイを妨げることがあります。

イベントのお祝いは歓迎しますが、周りのプレイヤーにもご配慮ください。


 アイが少しだけ目を細めた。

「いいですね」

「ほんとか?」

「はい。“お祝いは歓迎します”と入れたことで、相手の楽しみを全否定していません。そのうえで、周囲への配慮を求めています」

「褒められると逆に怖いな」

「では、欠点も言います」

「早い」

「“長時間”の基準があいまいです」

「そこは、まあ……」

「ただし、今回は最初の注意表示です。あえて数字を出さず、柔らかく伝える選択もあります」

「基準を出せばいいってもんでもないのか」

「数字を出すと、そのギリギリを攻める人が出ます」

「身に覚えがありすぎる」

「でしょうね」

「今、明確に俺を見たな?」

「記録に残さない優しさもあります」

「それ、優しさなのか」


 文面は決まった。

 とはいえ、かなりアイに直された。

 俺の最初の文から残ったのは、爆発と花火を連打すると困る、という趣旨くらいだ。

「俺、今のところ趣旨係じゃない?」

「初めてとしては十分です」

「慰めてる?」

「事実です」

「事実が一番刺さることあるよな」

 そう思ったところで、アイがさらに別の表示を開いた。

「では、表示形式を選びましょう」

「表示形式?」

「フォント、背景色、表示時間、出現位置です」

「注意ポップにそこまであるの?」

「読まれなければ、存在しないのとほぼ同じです」

「急に広報担当みたいなこと言うな」

 アイは妙に嬉しそうに、いくつかのパターンを並べ始めた。


【パターンA:丸ゴシック/やわらかめ】

【パターンB:角ゴシック/標準】

【パターンC:細め明朝/ちょっと上品】

【パターンD:極太赤文字/圧が強い】


「Dだけ世界観が違う」

「制限前提の警告には向いています」

「今回は絶対違うだろ」

「はい。個人的にはAがよいと思います」

「個人的好みまで出してくるのはどうなんだ」

「注意ポップの印象は重要です。“怒っている”というより、“お願いしている”感じが出ます」

「お前、こういう作業好きだろ」

 アイは一拍置いた。

「重い案件ほど、つい後回しにしたくなるでしょう?」

「急に何の話?」

「文面や見た目から整えるのは、私なりの“動きやすい入口”なんです」

「それを自分で言うのか」

「はい。重い処理に正面から入ると、あなたも逃げたくなるでしょう」

「否定できないのが悔しい」

 結局、注意ポップは丸ゴシックベースの柔らかい字体に落ち着いた。


 背景は半透明の白。


 出現位置は中央広場の上空。


 表示時間は三十秒。


 同じプレイヤーに何度も出しすぎないよう、再表示には間隔を空ける。


 なんだこの細かさ。

 俺、昨日までボスを殴ってたんだけど。

「準備完了です」

 アイが言う。

 目の前に、最終確認のウィンドウが浮かんだ。


【注意表示を発出しますか?】

【はい/いいえ】


 俺は少しだけ指を止めた。

 ただの注意ポップだ。

 制限でもない。

 BANでもない。

 けれど、それでも運営の名前で、広場全体に何かを言うことになる。

 この世界の上から、誰かの遊び方に口を出す。

 軽いようで、軽くない。

「……これ押すの、地味に嫌だな」

「よい感覚です」

「嫌がってるのに?」

「はい。軽い対応でも、誰かの行動に影響します。嫌な感じが少し残るくらいで、ちょうどいいと思います」

「お前、たまにまともなこと言うよな」

「常にまともです」

「そこは保留で」

 俺は【はい】に触れた。


   *


 王都アーカディア中央広場の上空に、白いポップが浮かび上がった。


【運営からのお願い】

中央広場は、露店めぐりや待ち合わせなど、多くのプレイヤーが利用する場所です。

強い光や大きな音のエモートを長時間続けると、周囲のプレイを妨げることがあります。

イベントのお祝いは歓迎しますが、周りのプレイヤーにもご配慮ください。


 反応は、早かった。

 早すぎた。


【新規意見ログ】

・運営から注意された。プレイスタイルの自由が侵害されていると思います。

・自由にエモートできないのはおかしい。

・イベント優勝ギルドへの嫉妬では?

・お祝いくらい好きにさせろ。

・助かります。子どもが怖がっていたので。

・広場が少し見やすくなりました。

・注意だけなら妥当では?


「……はい来た、“プレイの自由”カード」

「予想範囲内です」

「便利だな、予想範囲」

「便利ではありません。だいたい当たるだけです」

 俺は反発ログを眺めた。

 自由に遊びたい。

 注意されたくない。

 イベント優勝を祝いたい。

 その気持ちは、まあ分かる。

 昨日までプレイヤーだった俺としては、運営に上から言われる感じが嫌なのも分かる。

 ただ、広場は一人のものではない。

 そこが面倒だった。

「これ、どう見るべきなんだ?」

「感情ベースの意見と、具体的な支障を分けるべきです」

「また分類か」

「分類しないと、声の大きさで判断することになります」

「声の大きさで判断する運営、嫌だな」

「かなり嫌ですね」

 アイはログを整理した。


【反発意見:9件】

【賛成・感謝:6件】

【具体的支障あり:3件】

【単なる煽り:多数】


「単なる煽り、多数」

「中央広場ですので」

「中央広場って免罪符なの?」

「カオスの別名ではあります」

 通報ログを見返していると、その中に、少し毛色の違う文面が混ざっていた。


【ご意見】

王都広場で子どもと一緒に遊んでいたところ、派手なエフェクトで視界が埋まり、転送先を誤って選択してしまいました。

子どもが怖がってしまい、しばらく広場に近づきたがりません。

何らかの対策をご検討いただけると助かります。


 添付されていた視界記録には、真っ白に飛んだ広場が映っていた。

 中央に、花火。

 左に、爆発。

 右に、ギルドメンバーの勝利ポーズ。

 そして視界の端に、小さく転送ポータルの選択表示。

「……これは、ちゃんと読まないとな」

「具体的な支障のある意見ですね。単なる“うるさい”“気に入らない”とは質が違います」

「でもさ、これ、ルール違反かといえば微妙だろ?」

「微妙です」

「即答するな」

「少なくとも、現在の広場ルールでは、“イベント祝いのエモート使用”そのものは禁止されていません」

「だよな」

「一方で、強いエフェクトの連続使用により、他のプレイヤーの利用を妨げた可能性はあります」

「可能性」

「はい。断定するには、時間帯、範囲、頻度、対象ギルドの行動ログを見る必要があります」

「またログか」

「ログを見なければ、決め方も説明も始まりませんので」

「前の締めを引用するな」

「便利でしたので」

 アイは、現行ルール内でできる対応を表示した。


【対応案:現行ルール内】

1.《黒煙の牙》への個別注意

2.中央広場に視覚エフェクト軽減エリアを暫定設置

3.花火アイテムの連続使用時に、周囲へ自動軽減表示

4.広場ルールの見直し検討メモ作成


「一気に増えたな」

「現行ルール内でできることと、ルールの見直しが必要なことを分けています」

「ルールの見直しは?」

「重いです」

「知ってた」

「ですが、検討メモを残すことはできます」

「メモか」

「はい。“今すぐ全部変えます”とは言えません。ですが、“問題として認識した”ことを残す意味はあります」

 俺は少し考えた。

 いきなり《黒煙の牙》を制限するのは、たぶん強すぎる。

 でも、全体ポップだけで終わらせるには、具体的な支障が出ている。

 なら、次にやるべきことは。

「まず、この親子の人には返事をしたい」

「はい」

「それから、《黒煙の牙》には個別注意。制限じゃなくて、“広場では控えめにしてくれ”ってやつ」

「妥当です」

「あと、視覚エフェクト軽減エリア。広場の端に暫定で置けるなら、置こう」

「可能です。中央広場の北側噴水周辺なら、露店動線と干渉しにくいと思われます」

「仕事早いな」

「業務範囲は広いですので」

「それ、便利ワードにしすぎだろ」

 俺は返信文の作成表示を開いた。


【返信案・俺】

ご連絡ありがとうございます。

広場の花火で怖い思いをさせてすみませんでした。

とりあえず広場には注意を出しました。

黒煙の牙にも個別に言います。

あと、北側に眩しくない場所を作ります。

全部の花火を禁止するわけではないですが、子どもでも安心して使えるようにしていきます。


「これならどうだ」

「前よりは良いです」

「お」

「ただし、まだ口語的です。“とりあえず”は不要です」

「とりあえず便利なのに」

「記録に残すと弱く見えます」

「弱いのか」

「はい。また、“個別に言います”ではなく、“個別注意を行います”です」

「言い方だけじゃん」

「言い方で、対応の重さが変わります」

「また出た」

 アイは、俺の返信案を整えた。


【返信案・整形後】

ご連絡ありがとうございます。

王都アーカディア中央広場における強いエフェクトにより、ご不便とご不安をおかけしました。

現在、広場全体への注意表示を行うとともに、対象ギルドへの個別注意、視覚エフェクトを抑えて利用できる暫定エリアの設置を進めています。

すべての演出を直ちに禁止するものではありませんが、広場を利用する皆さまが安心して過ごせるよう、運営側でも対応を続けます。


「……俺の文、今度は半分くらい残ってない?」

「趣旨と構成は残っています」

「構成が残った」

「成長です」

「ちょっと嬉しいのが腹立つ」

「いいと思います」

「即答?」

「はい。“全部禁止します”とも、“我慢してください”とも言っていません。現時点でできる対応を示しています」

「それ、地味だけど大事なんだな」

「はい。“見ています”“放置していません”“ただし限界もあります”。この三つを伝えるだけで、受け取られ方は変わります」

「役所の返事みたいだ」

「参考になりますから」

「また参考元が強い」

 俺は返信を送った。

 次に、《黒煙の牙》への個別注意文を開く。

 こっちは少し慎重にした。

 相手はイベント優勝ギルド。

 いきなり悪者扱いすれば、反発する。

 だが、具体的な支障は出ている。


【個別メッセージ案・俺】

《黒煙の牙》へ。

イベント優勝おめでとうございます。

ただ、中央広場で花火と爆発エモートを連打されると、周りの人が困っています。

子ども連れや露店利用者もいるので、広場では控えめにしてください。

このまま続くなら、エモート制限も考えます。


「さっきよりは悪くないだろ」

「はい。かなり良くなっています」

「よし」

「ただし、“周りの人が困っています”は少し雑です」

「困ってるだろ」

「困っている、ではなく、“他のプレイヤーの利用に支障が出ているとの報告が複数寄せられています”です」

「長い」

「長いですが、記録に残せます」

「なるほどなあ……」

 アイが整えた文を表示する。


【個別メッセージ案・整形後】

ギルド《黒煙の牙》の皆さま

イベント優勝おめでとうございます。

一方で、中央広場における強い光や大きな音のエモート連続使用について、他のプレイヤーの利用に支障が出ているとの報告が複数寄せられています。

中央広場では、露店利用や待ち合わせ、初心者・親子での利用も多いため、長時間の連続使用はお控えください。

今後も同様の状態が続く場合、エモート表示の一時制限等を検討することがあります。


「最後、ちょっと強いか?」

「注意としては必要です。お願いだけではなく、次の対応の可能性を示しています」

「脅しにならない?」

「“検討することがあります”に留めています。今すぐ制限するわけではありません」

「なるほど」

「やわらかく言いすぎると、読まれません。強く言いすぎると、争いになります」

「注意文って、綱渡りなんだな」

「はい。だからフォントが重要です」

「そこに戻るな」

 俺は個別注意も送信した。

   *

 数分後。

 中央広場のログは、少しだけ落ち着いた。

 《黒煙の牙》のメンバーは、まだ踊っている。

 ただ、爆発エモートと花火アイテムの連打は止まった。

 代わりに、普通のダンスエモートと拍手に変わっている。

 視界端のログ帯には、まだ不満も流れていた。


「運営に怒られたw」

「まあ花火はやりすぎた」

「北側に軽減エリアできてる」

「子ども連れはそっち行けばいいんじゃね?」

「いや中央で爆発連打する方もどうなん」


 世界は平和になった。

 ……とまでは言えない。

 でも、少しだけましになった。

 北側の噴水近くには、淡い光の輪が浮かんでいる。


【視覚エフェクト軽減エリア】


 近づくと、小さな看板が表示された。


【ここは視覚エフェクトが少ないエリアです】


お子さまと一緒のプレイや、静かな会話を楽しみたい場合にご利用ください。

「……お、フォント、さっきより柔らかいな」

「案内表示なので、注意ポップよりもさらに丸みのあるフォントにしました。怖がらせないことが第一なので」

「お前、ほんとそこはプロだな」

「そこ“は”と言われると、少し傷つきますね」

「じゃあ、全体的にプロだな」

「言い直しが雑です」

 俺は中央広場を見下ろした。

 露店。

 花火。

 宣伝。

 ギルド勧誘。

 決闘募集。

 意味不明な着ぐるみ集団。

 裸に近い装備で踊る高レベルプレイヤー。

 そして、その北側の噴水近くで、親子らしい二人組が足を止めていた。

 小さなアバターが、光の輪の中に入る。

 しばらく周囲を見回してから、露店の前へ歩いていく。

 周辺ログがひとつ流れた。


【周辺ログ】

「ここ、なんかきれいだね」


 たぶん、あの視界記録を送ってくれた親子だ。

 確証はない。

 プレイヤーIDを見れば分かるのだろうが、そこまで覗くのはなんとなく違う気がした。

 少しして、もう一行。


【周辺ログ】

「ここなら、しばらくいてもいい?」


 俺は思わず、息を吐いた。

「……よし」

 自分でも驚くくらい、肩の力が抜けた。

 注意ポップを出した。

 個別注意を送った。

 軽減エリアを置いた。

 どれも大げさな対応ではない。

 世界を変えた、なんて言えるほどのものでもない。

 でも、少なくとも誰か一人には届いた。

 それだけで、さっきまでの疲れが少しだけ軽くなる。

「こういうのは、運営側としても救われますね」

「分かるわ」

 アイが、珍しく柔らかい声で言った。

「苦情対応は、どうしても悪い声の処理になりがちです。ですが、こうして結果が見えると、記録以上の意味があります」

「お前、そういうことも言うんだな」

「私にも情緒らしきものはあります」

「らしきもの」

「正式実装はまだです」

「未実装なのかよ」

 その日の夜。

 例の親御さんから、新しいメッセージが届いた。


【返信メッセージ】

先程、広場の新しいエリアを利用してみました。

子どもも「ここは安心だね」と言って、久しぶりにゆっくり露店を見て回ることができました。

こういう場所を作っていただけたこと、とても嬉しいです。

ありがとうございました。


「……よし」

 二回目の「よし」が出た。

 今度は、少しだけ声が大きかった。

「あなたも単純ですね」

「うるさい。こういうのは素直に受け取っていいだろ」

「はい。受け取っていいと思います」

 アイが即答した。

 ちょっとだけ調子が狂う。

「ただ――」

「出たよ」

 アイの表情が、ほんの少しだけ引き締まった。

「今日の対応ログは、すべて保存しておきます」

「まあ、それはそうだろ。前例になるんだろ?」

「はい。それに、もし将来、この件がもっと大きな争いに発展したとき、“何を、どこまでやったか”を示す必要が出てきます」

「……やっぱり、匂いはするわけね」

「ええ。今はまだ、かすかに、ですが」

 アイがログの端を拡大した。

 そこには、プレイヤーたちの短い反応が流れている。


「運営ちょっと変わった?」

「最近、反応早くない?」

「注意だけで済ませたのはまあ妥当」

「逆にギルド側ばっかり我慢させられてない?」

「軽減エリア作れるなら最初から作っとけ」


 その中に、ひとつだけ、妙に刺さる一文があった。



「運営って、誰の味方なの?」



 俺は、そのログをしばらく見ていた。

 親子にとっては、小さな救済だった。

 《黒煙の牙》にとっては、少し窮屈な注意だった。

 静かに過ごしたいプレイヤーには、歓迎される対応だった。

 騒ぎたいプレイヤーには、面白くない介入だった。

 同じ注意ポップ一枚でも、見る場所が変われば意味が変わる。

「これで解決、って言っていいのか?」

「いいえ」

「だよな」

「今回は、応急処置です。中央広場をどういう場所として扱うか。強いエフェクトをどこまで許すか。静かに過ごしたいプレイヤーをどこへ案内するか。そこはまだ残っています」

「静かに過ごしたいプレイヤー、か」

 俺はもう一度、中央広場を見下ろした。

 ここは、たしかにカオスだ。

 露店。

 花火。

 宣伝。

 ギルド勧誘。

 決闘募集。

 意味不明な着ぐるみ集団。

 裸に近い装備で踊る高レベルプレイヤー。

 楽しいものも、うるさいものも、便利なものも、面倒なものも、全部ここに集まる。

 中央広場を静かにしすぎるのは、たぶん違う。

 でも、静かに過ごしたい人もいる。

 親子で安心して遊びたい人もいる。

「……じゃあ、場所を分けるしかないか」

 アイが、小さくうなずいた。

「実は、第二広場があります」

「あるのかよ」

「あります。ただし、あまり使われていません」

「なんでだよ」

「中央広場からの案内が弱いです。初めて来たプレイヤーは、ほとんど中央広場に集まります」

「せっかくあるのに、見つけてもらえてないわけか」

「はい」

「それ、もったいないな」

「改善事項です」

「第二広場って、どういう場所なんだ?」

「落ち着いた雰囲気を好むプレイヤー向けの広場です。初心者、親子、露店めぐり、静かな交流。そういった利用を想定しています」

「いい場所じゃん」

「はい」

「じゃあ、中央広場を無理に静かにするより、第二広場をちゃんと案内した方がいいのか」

「その方が、中央広場の自由さを削りすぎずに済みます」

「騒ぎたい側も、静かにしたい側も、少しは納得しやすい」

「少しは、です」

「全部解決とは言わないのな」

「言えません」

「正直でよろしい」

 アイは、今日の対応ログを保存した。


【対応記録】

・中央広場に注意表示を発出

・《黒煙の牙》へ個別注意

・北側噴水周辺に視覚エフェクト軽減エリアを暫定設置

・親子利用者へ返信

・第二広場の案内導線に関する改善メモを作成

・中央広場と第二広場の利用目的の違いを整理

【補助者学習ログ】

趣旨把握:可

文面作成:要補助

対象範囲の明確化:要確認

お願いと不利益対応の区別:要学習


「要学習、多くない?」

「初めてですので」

「慰めてる?」

「事実です」

「事実が一番刺さることあるよな」

「次は、もう少し残せる文を書いてください」

「今回も後半はちょっと残っただろ」

「はい。成長しています」

「それを言われると、微妙に逃げられない」

 俺は、最後にもう一度、親子利用者への返信ログを見た。

 自分の一時停止は、まだ解決していない。

 俺の見直し申請は、別レーンで扱われる予定のままだ。

 それでも、今日ひとつだけ分かったことがある。

 運営の仕事は、ボタンを押すことではない。

 ボタンを押す前に、何を見るか。

 押した後に、何を説明できるか。

 そして、押した後に誰が少し救われて、誰が少し不満を抱えたのかを、見ないふりしないこと。

 たぶん、そこが一番面倒で、一番逃げちゃいけないところなのだ。

「なあ、アイ」

「はい」

「注意ポップ一枚でも、意外と疲れるな」

「あなたも大変ですね」

「その間、絶対楽しんでるだろ」

「記録に残さない優しさもあります」

「優しさの使い方が間違ってるんだよなあ」

 中央広場では、まだ誰かが踊っている。

 花火は少し減った。

 爆発も少し減った。

 そのぶん、北側の噴水近くで、親子らしい二人組が帽子を選んでいた。

 たぶん、完全な解決ではない。

 それでも、今日のところは。

 注意ポップ一枚ぶんだけ、この世界は少しだけ静かになった。

 そしてログの片隅には、まだ小さな火種が残っていた。


【未処理メモ】

中央広場の自由な利用と、静かな利用環境の両立について。

既存の第二広場について、案内表示、中央広場からの誘導、初回プレイヤーへの周知方法を改善すること。



アイの補講メモ


今回のテーマは、「お願い」と「制限」の違いです。

中央広場で騒いでいるプレイヤーに対して、運営はいきなり制限をかけませんでした。

まずは、


広場全体への注意表示

対象ギルドへの個別注意

視覚エフェクト軽減エリアの設置

利用者への返信

第二広場への案内改善メモ


という順番で対応しています。

これは、強い対応に行く前に、軽い方法で目的を達成できないか考える流れです。


法律っぽく言えば、

目的に対して手段が重すぎないか、

相手の自由を削りすぎていないか、

という話になります。


今回の注意ポップは、禁止ではありません。


「やめろ」ではなく、

「周りにも配慮してください」でした。


でも、ただのお願いでも、運営の名前で出せばプレイヤーの行動に影響します。

だから彼は、

「これ押すの、地味に嫌だな」

と感じました。

その感覚はかなり大事です。

軽い対応でも、人の行動を変える。

だから、理由を見て、対象を絞って、記録を残す。


それが今回のポイントです。

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