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BANされた俺、なぜか運営の仕事を手伝わされる 〜ゲーム世界の裏側は、思ったよりお役所でした〜  作者: アルティス


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1/9

BANされた俺、なぜか運営を手伝う

BANされたはずの主人公が、なぜか運営の仕事を手伝わされる話です。

ゲームの裏側は、チート権限で何でも解決……かと思いきや、通知、理由、記録、見直しルート。

思ったよりお役所でした。

法律っぽい考え方をゲーム運営に置き換えていますが、難しい用語はなるべく表に出さず、ゆるく読めるようにしています。

※挿絵はAI生成を利用しています


今回はありませんが、話や章の終わり位に、最後にちょっと真面目なおまけ解説をつけることがあります。

読まなくても本編には支障ありません。

「これ、何の話だったんだろう?」と思ったときに、気が向いたら読んでみてください。

 挿絵(By みてみん)

REGULATION ONLINE

We move forward, striving for what we believe is best.


START ◁


CONTINUE


SETTINGS


LOG OUT






 イベントボスの体力ゲージが、残り一割を切った。

 視界の左下では、戦闘ログが滝みたいに流れている。

 同じ場所を周回しているはずなのに、ほかのパーティより、明らかに俺の方が削りが速い。


 ――それが、楽しかった。


 配布された期間限定ブースト。

 その仕様の穴を突くために、俺は何時間もログを眺めていた。

 スキル発動のタイミング。

 バフの更新判定。

 敵の怯み硬直。

 そこに、ほんのわずかなズレがある。

「ここでスキルをずらせば、判定が二回乗るんじゃないか?」

 思いついたときは、正直、変な声が出た。

 いや、チートじゃない。

 外部ツールも使っていない。

 マクロも組んでいない。

 ただ、運営が配ったブーストと、ゲーム内スキルの仕様を、めちゃくちゃ嫌な目つきで読み込んだだけだ。

 まあ、自分で言っておいてなんだが、嫌なプレイヤーである。

『それ、ズルくない?』

 視界の端で流れるチャットで、フレンドの一人が半笑いで言った。

『運営が用意した範囲でやってるだけだし』

 俺はそう答えた。

 実際、そのつもりだった。

 少なくとも、その瞬間までは。

 ボスが最後の咆哮を上げた。

 周囲のエフェクトが爆発し、討伐報酬の光が浮かび上がる。

 はずだった。

 視界の中央に、赤い通知板が割り込んできた。



【重要なお知らせ】


【あなたのアカウントは、利用規約違反の疑いにより一時停止されました】

【停止理由の確認および見直し申請は、専用フォームから行ってください】



「……は?」

 思考が一瞬、止まった。

 次の瞬間、視界全体が暗く沈んだ。

 俺のイベントボス討伐は、ドロップ確認の前に終了した。

 控えめに言って、最悪である。

 もっと正確に言うなら。

 最悪なだけでは、済まなかった。

   *

 目を開けると、そこは真っ白な空間だった。

 いや、正確には白い空間というより、巨大な管理空間の中だった。

 上下左右に、無数のウィンドウが浮かんでいる。


【プレイヤー総数:152,348】

【同時接続:22,104】

【停止中アカウント:1】

【自動検知候補:27】

【新規通報:348】

【イベント関連苦情:112】

【異常周回ログ:抽出中】


 視界がうるさい。

 静かなのに、情報量で殴られている。

「……なんだここ」

 俺がつぶやくと、背後から声がした。

「ようこそ。通常のプレイヤーが来る場所ではありません」

「それ、来た側に言う言葉として合ってる?」

 振り向くと、見覚えのない女性が立っていた。

 「今日のあなたは東の門へ行くと幸運です」と笑顔で言って、実際に東の門で限定クエストを引かせてきた、あの妙に導線のうまい、チュートリアルでお世話になった占い師のお姉さんではない。

 街中でよく見る定番NPCとも違う。

 ウエーブの入った長い黒髪。

 白を基調とした、祭服にも法衣にも見える衣装。

 袖と襟元には、細い金の刺繍が走っている。

 綺麗なのに、なぜか役所の奥の窓口みたいな圧があった。

 瞳だけが妙に冷静で、こちらの焦りを全部ログとして保存していそうだった。

「……誰だっけ?」

「初対面ですね」

 女性は静かに頭を下げた。

「私は《アイ》。この世界のルールが、ちゃんと回るかどうかを見ている係です」

「チュートリアルの人じゃないんだな」

「あの方は表の窓口です。笑顔、説明、初心者対応、迷子の誘導、スクリーンショット映え。業務範囲が非常に健全です」

「言い方」

「私は裏の窓口です。ログ確認、仕様確認、苦情分類、判断補助、そして――たまに、こういう事故処理」

「事故って言ったな、今」

「言いました」

 アイは悪びれもせず、指先で空中をなぞった。

 俺の目の前に、一枚のウィンドウが開く。


【停止ログ:プレイヤー***】

【停止理由:行動パターン異常】

【判定種別:自動検知+手動承認】

【関連イベント:討伐ブースト期間】

【補足:短時間周回/入力間隔の規則性/高効率ダメージ推移】

【追加フラグ:類似挙動拡散のおそれ】


「……なんか、思ったよりちゃんと疑われてるな」

「はい。あなたの動きは、かなりボットっぽいです」

「ボットじゃないが?」

「現時点では、断定されていません」

「その言い方、めちゃくちゃ嫌なんだけど」

「性格ですので」

「正確に嫌なんだけど」

 アイが、さらに別のウィンドウを開いた。


【配布ブースト仕様】

【特定条件下で判定処理が重複する可能性あり】

【検知ロジック側の考慮:不足】

【類似挙動として抽出された候補:27件】

【実際の一時停止:1件】


「結論から言うと、今回の停止には、仕様側の見落としが含まれている可能性があります」

「だよね!」

 思わず声が出た。

「ほらな! 俺は悪くない! 多少、性格の悪いログ読みはしたけど!」

「そこは否定しません」

「否定してくれないの?」

「あなたも大変ですね」

「その間は慰めの間じゃないだろ」

 アイは表情を変えずに続ける。

「ただし、単純な誤停止とも言い切れません。あなたのプレイログは、通常の人間操作としてはかなり規則的です」

「集中してただけだ」

「その集中力が、人類の側にある証明が必要です」

「人類判定から始まる見直し申請、嫌すぎる」

「加えて、イベント中は同じ手法を真似するプレイヤーが増え始めていました」

 アイの声は淡々としていた。

 けれど、その言葉だけ妙に引っかかった。

「……だから俺を止めた?」

「あなたの異常スコアが、候補の中で最も高かったことは事実です」

「他の二十七件は?」

「停止ではありません。あくまで候補です。注意表示、経過観察、ログ精査の対象です」

「俺だけ止まってるの、逆に腹立つな」

「自然な反応です」

「慰める気ある?」

「必要であれば、定型文を出します」

「いらん」

 俺は、浮かんでいる停止ログを睨んだ。

 ボットではない。

 外部ツールも使っていない。

 ただ、仕様を読んだ。

 ログを見た。

 効率を詰めた。

 それで止められた。

 納得できるわけがない。

「俺、ちゃんと見直してもらえるんだよな?」

「はい。専用フォームがあります」

「フォームかよ」

「最初の入口は、たいていフォームです」

「夢がない」

「停止見直しルートに夢を求めないでください」

 アイが指先を動かすと、俺の前に新しいウィンドウが開いた。


【停止見直しフォーム】

【対象:アカウント一時停止】

【申請者:プレイヤー***】

【不服の内容を入力してください】

【停止理由に対する反論・補足資料がある場合は添付してください】


 白い入力欄の中で、光の点がゆっくり点滅している。

 怒りに任せて書くなら簡単だ。

 ふざけるな。

 俺はボットじゃない。

 仕様を読んだだけだ。

 早く解除しろ。

 それで五行は埋まる。

 だが、俺が指先を入力欄へ伸ばそうとした瞬間、フォームの下に小さな表示が出た。


【関連ログを確認しますか?】

【はい/いいえ】


「……関連ログ?」

「あなたの停止判断に使われたログです。見直しを求めるなら、まず何を根拠に止められたのかを見た方がいいでしょう」

「敵に証拠を見せてくれるのか」

「敵ではありません。プレイヤーです」

「今だけ言葉がきれいだな」

「記録に残りますので」

 俺は少し迷ってから、【はい】に触れた。

 目の前の表示が切り替わる。


【行動ログ】

【二十一時一三分:イベントボス戦参加】

【二十一時一四分:討伐ブースト発動】

【二十一時一四分:スキルA使用】

【二十一時一四分:スキルB使用】

【二十一時一四分:スキルA再使用】

【二十一時一五分:異常ダメージ判定】

【二十一時一五分:自動検知フラグ上昇】

【二十一時一六分:手動承認】

【二十一時一六分:一時停止】


 並んでいる文字は、冷たい。

 俺が何を考えていたかなんて、どこにも書いていない。

 ただ、入力間隔と、ダメージ量と、判定結果だけが残っている。

「……これだけ見たら、まあ、怪しいか」

 自分で言って、少し腹が立った。

 俺は外部ツールなんて使っていない。

 マクロも組んでいない。

 ただ、ブースト仕様とスキル判定の隙間を突いただけだ。

 だけどログだけを見れば、そこに俺の試行錯誤は映らない。

 映るのは、異常に整った入力間隔と、異常に高いダメージ効率だけだ。

「次に、利用規約も確認できます」

 アイがそう言って、別のウィンドウを出した。


【禁止事項】

【外部ツール、自動操作、その他通常のプレイを逸脱する行為】

【不具合を利用し、著しく公平性を害する行為】

【運営が不適切と判断する行為】


「最後のやつ、広すぎだろ」

「よく言われます」

「直せよ」

「未来の検討課題です」

「便利な墓場みたいに使うな」

 俺はフォームに戻った。

【不服の内容を入力してください】

 入力欄の中で、光の点がまだ点滅している。

 怒りはある。

 めちゃくちゃある。

 討伐報酬は消えたし、パーティメンバーには変な空気を残したし、何より俺のアカウントは今も止まっている。

 だが、ログを見たあとだと、ただ「理不尽だ」とだけ書くのも違う気がした。

 こっちから見れば、仕様の研究。

 運営から見れば、ボットに近い挙動。

 その間にあるものを、言葉にしないといけない。

「……面倒くさ」

「その感想は正しいです」

「正しいのかよ」

「見直しを求める側も、受ける側も、面倒です。ですが、面倒だからこそ、雑に処理するともっと面倒になります」

 アイの声が、少しだけ低くなった。


「送信する前に、少しだけ話を聞いてもらえますか」


「押す前?」

「はい。そのフォームを送信する前です」

 俺は入力欄から目を上げた。

「なに。今度は申請文の書き方講座?」

「それも必要ですが、今回は違います」

 アイは、俺の行動ログをもう一度表示した。

 その横に、似たようなログがいくつも並ぶ。


【類似挙動として抽出された候補:27件】

【実際の一時停止:1件】

【候補A:注意表示予定】

【候補B:経過観察】

【候補C:ログ精査中】

【候補D:問題なしの可能性】


「これ、さっきの二十七件か」

「はい。あなたと似たような挙動として抽出された候補です。ただし、一律に止めたわけではありません」

「俺だけ止まってるの、やっぱり腹立つな」

「そこも含めて、確認が必要です」

 アイは淡々と続けた。

「あなたの件は、ボットに見える要素が強かった。さらにイベント中で、同じ手法が広がり始めていた。運営側には、早めに強い対応を示したいという空気もありました」

「……見せしめ?」

「その言葉を使うには、まだ確認が足りません」

「でも、そう見える余地はある」

「あります」

 アイは、そこで初めて少しだけ目を細めた。

「問題は、そこです」

「そこ?」

「ログだけを見れば、あなたは怪しい。ですが、あなた自身の説明を聞けば、仕様を読んで手動で詰めたプレイだった可能性が出てくる。さらに、イベント中の運営判断が強めに振れた可能性もある」

「……つまり?」

「運営だけで見ていると、このようなケースは繰り返されます」

 アイは、浮かんでいるログ群を指さした。

「異常値を拾う。危険そうに見える。イベントの空気が荒れている。強めに止める。後から、実は仕様の隙間を突いた人間操作だったと分かる」

「それ、普通に困るだろ」

「はい。困ります。プレイヤーも困りますし、運営も困ります」

 アイは、俺を見た。

「だから、あなたに手伝ってほしいのです」

 俺は、入力欄に伸ばしかけていた指を止めた。

「……なにを?」

「運営側の判断補助です。最初は候補として。ログを読み、プレイヤー側の感覚で違和感を拾い、強い対応に行く前に一度立ち止まる役目です」

「BANされた本人に、BANする前の確認を手伝わせるのか」

「非常に教育的です」

「倫理的には?」

「慎重な運用が必要です」

「急に真顔で正論を返すな」

 アイは涼しい顔で続けた。

「あなたは、自分のログを見て“怪しい”と認めました。そのうえで、“でも違う”とも言える。そこが重要です」

「どういうことだよ」

「一方だけでは足りないのです。運営から見れば、怪しいログ。プレイヤーから見れば、仕様研究。その間を見られる人が必要です」

 アイは、俺の前に別のウィンドウを開いた。


【運営候補アカウントを発行しますか?】

【権限:研修中】

【初期担当:軽微な注意表示】

【備考:本人停止案件あり】


「備考が重い」

「消すと、後で説明が面倒です」

「そこは徹底してるのな」

「都合の悪い情報ほど、消すともっと面倒になります」

 その言葉だけは、妙に真面目に聞こえた。

   *

 アイが示した次のウィンドウには、この世界の裏側が映っていた。

 王都広場での小さないざこざ。

 ダンジョンボスのドロップ率調整。

 ギルド戦場でのラグ報告。

 課金ガチャの排出ログ。

 初心者エリアでの迷惑行為。

 そして、『理不尽BAN』と書かれた苦情の山。

「ここは、《レギュレイション・オンライン》の裏側です」

「レギュレイション・オンラインって、そういう名前だったのか」

「今さらですか」

「いや、略称で呼んでたし……」

「この世界には、大きな約束事があります。プレイヤーが同意した利用規約。世界全体を動かす世界律。運営が守るべき内部基準。それらを、日々の判断に落とし込む場所があります」

「場所っていうか、部署じゃん」

「その言い方は急に現実味が出るので避けています」

「もう出てるよ」

「ここでは、世界のルールを、実際の場面に当てはめます。プレイヤーに何かを許したり、止めたり、案内したり、お願いしたりします」

「思ったよりガチだな」

「ただの運営です。今は難しく考えず、“ゲーム世界を裏から回しているところ”くらいに思ってください」

「それでも十分重いんだが」

「業務範囲が広いので」

「便利な言葉みたいに使うな」

 俺は、さっきの二十七件の候補一覧をもう一度見た。

 自分だけなら、文句を言って、解除されて、終わりでいい。

 でも、似たようなログは他にもある。

 俺と同じように、仕様の穴を突いただけのやつがいるかもしれない。

 逆に、本当に外部ツールを使っているやつもいるかもしれない。

 そこを分けないまま強い対応を打てば、雑だ。

 何もしなければ、今度は真面目に遊んでいる側が怒る。

 なるほど。

 運営というのは、想像以上に嫌な仕事らしい。

「……俺のアカウントは?」

「一時停止状態のままです」

「そこは解除しろよ!」

「正式な見直しが終わっていませんので」

「本人を運営候補にする前に、本人の停止を見直せ」

「順番としては、どちらも進めます」

「いや、順番おかしいだろ」

「あなたの停止見直しルートは残っています。そこは別レーンで扱います」

「別レーン?」

「あなた自身の停止を、あなた自身が運営側として判断するわけにはいきませんので」

「それはまあ、そうだな」

「自分の件と、運営側の仕事を混ぜると、未来のあなたがかなり怒ります」

「未来の俺って、そうなの?」

「たぶん」

「たぶんなのかよ」

「記録に残しておきます」

 アイは空中に、新しいウィンドウを開いた。


【チュートリアル:運営の基本操作】

・ログの読み方

・注意表示

・一時制限

・停止処理

・見直しルートの流れ

・理由説明の最低限


「まずは、“注意表示”から始めましょう。いきなり停止を覚えるより、そのほうが安全です」

「そりゃそうだ。BANボタンから研修始める職場、嫌すぎる」

「実際、嫌なことになります」

「経験ある言い方やめろ」

「あります」

「あるのかよ」

 俺は、真っ白な空間に浮かぶ管理表示を見回した。

 プレイヤーだった頃には、ただの背景だと思っていた世界。

 イベント、広場、ダンジョン、ギルド戦。

 その裏には、誰かの判断があった。

 ログを見て、基準を見て、苦情を見て、たぶん胃を痛めながら決めているやつらがいる。

 まあ、俺は今まさに、その判断で止められた側なのだが。

 それはそれ。

 これはこれ。

 ……いや、これはこれで済ませていいのか?

 俺はもう一度、自分の停止ログを開いた。


【行動ログ】

【二十一時一三分:イベントボス戦参加】

【二十一時一四分:討伐ブースト発動】

【二十一時一四分:スキルA使用】

【二十一時一四分:スキルB使用】

【二十一時一四分:スキルA再使用】

【二十一時一五分:異常ダメージ判定】

【二十一時一五分:自動検知フラグ上昇】

【二十一時一六分:手動承認】

【二十一時一六分:一時停止】


 何度見ても、文字は冷たい。

 そこには、俺が何時間もログを見たことは書かれていない。

 チャットで「ズルくない?」と言われて、少しだけ笑ったことも書かれていない。

 外部ツールを使っていないことも。

 運営が配ったブーストの仕様を、ただ嫌な角度から読んだだけだということも。

 書かれていない。

 だから、書かなければならない。

 たぶん、それが見直しを求めるということなのだろう。

 俺は利用規約をもう一度開いた。


【外部ツール、自動操作、その他通常のプレイを逸脱する行為】

【不具合を利用し、著しく公平性を害する行為】

【運営が不適切と判断する行為】


「……通常のプレイ、ねえ」

 通常ってなんだ。

 仕様を読むのは通常か。

 バフの判定を詰めるのは通常か。

 結果として他のパーティより速すぎたら、それはもう通常じゃないのか。

 イベント中で場が荒れていたら、強めに止めていいのか。

 その理由は、プレイヤーにどこまで説明されるべきなのか。

 怒りはまだある。

 むしろ、消えていない。

 でも、それだけではなくなっていた。

 このログの読み方を、知りたいと思ってしまった。

 自分が本当にアウトだったのか。

 それとも、運営の線引きが雑だったのか。

 その違いを、ちゃんと確かめたかった。

「……これ、俺がやることなのか?」

 誰にともなく言うと、少し離れたところでアイが答えた。

「きっと、業務範囲が充実していきますよ」

「嫌な予言するな」

「予測です」

「なお悪いわ」

 俺は深く息を吐いた。

「分かったよ。とりあえず、その運営候補とやら、話だけは聞く。ただし」

「はい」

「俺の停止見直しは、ちゃんと別で扱え。俺が手伝うことと、俺の停止が正しいかどうかは別問題だ」

 アイは、ほんの少しだけ口元を緩めた。

「いい線引きです」

「そこは褒めるのか」

「はい。記録に残しておきます」

「急に頼もしいな」

「記録に残る発言は、未来の運営を縛りますから」

「先例は大事にしましょう、みたいな顔するな」

「大事です」

 白い空間に、運営用のログイン表示が浮かび上がる。


【《レギュレイション・オンライン》運営候補アカウントを発行します】

【権限:研修中】

【初期担当:軽微な注意表示】

【本人停止案件:別レーンで見直し予定】

【衣装データ:研修用管理補助衣装】


 次の瞬間、俺の装備欄が勝手に切り替わった。

 黒いキャソック風の外套。

 袖口には、申し訳程度の細い金刺繍。

 地味だ。

 だが、妙に重い。

「……なんだこの服」

「管理補助者用の研修衣装です」

「黒いな」

「はい」

「悪役っぽくない?」

「あなたらしくて似合っていますよ」

「それ、褒めてる?」

「記録上は褒めています」

「記録外では?」

「黙秘します」

「やめろ。不安になる」

 俺は袖口の金刺繍をつまんだ。

 たった一本の細い線なのに、プレイヤーだった頃の装備とは違う重さがある。

 ステータスが上がったわけでもない。

 攻撃力が増えたわけでもない。

 ただ、何かを見て、何かを記録する側に少しだけ寄った。

 それだけで、世界の見え方が変わりそうだった。


「では、ようこそ」


 アイは静かに言った。



「《レギュレイション・オンライン》運営候補としての、最初のお仕事へ」


挿絵(By みてみん)

 こうして俺は、イベントボスの討伐報酬を受け取る前にBANされ、

 そのまま、なぜか運営候補としてスカウトされた。

 ――自分の停止が、本当に仕様ミスだったのか。

 それとも、イベント中の空気に押された強めの判断だったのか。

 その答えは、まだ出ていない。

 ただ一つだけ分かったことがある。

 この世界では、ログだけでは人は分からない。

 けれど、ログを見なければ、決め方も説明も始まらない。



アイの業務メモ

停止処理:1件

見直し申請:受付

運営候補:仮登録

苦情件数:増加中


備考:

本人は不満そうだが、線引きについて考え始めている。

たぶん面倒なタイプ。

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