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BANされた俺、なぜかゲーム運営側で働く ~VRMMORPGにクソ真面目に行政法をぶち込んでみました~  作者: Altis
第2章 内部救済 第1部 線上の申立人 ―Standing on the Line―

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救済の境界線上で




【裁定確定】



 作業板の金色の線が、ふっと薄くなった。


 消えたわけではない。

 ほどけたように見えた。

 ほどけた金の糸は、光の細い粒になって、俺の袖口へ落ちる。


「え」


 袖の金線が動いた。


 二本の細い線が、広がっていく。ゆっくりと。ゆっくりと。

 線だったものが、線のままではなくなり、袖口の周りをなぞり、手首の方へ伸びて、肘へ向かって枝分かれする。


挿絵(By みてみん)


 波のようでもあり。


 回路のようでもあり。


 模様のようでもあった。


「これ、何だ」


「権限更新です」


「いや、だから……」


 そこで一度、言葉が止まる。


 きれいだと思ってしまったのが、少し嫌だった。


「服が勝手に刺繍されてるんだけど」


「権限更新です」


「説明になってない」


「可視化されています」


「何が」


「あなたに再整理された管理空間職務代理官権限です」


「待て」


「はい」


「職務代理官って何だ」


「管理空間における執行側職務の一部を、権限範囲内で代行する職です」


「重い」


「正式整理済みです」


「誇らしげに言うな」


 作業板が、次々と表示を開いた。


【管理空間職務代理官権限:再整理】

区分:執行職務代理

状態:正式整理済み

Rule Consent:Confirmed

Approval Source:Rule


【自己案件制限】

自己案件編集:不可

自己案件判断:不可

自己案件裁定:不可

自己案件通知文修正:不可

自己案件執行:不可


【担当可能業務】

一 通知・表示・協力依頼に係る一次決裁及び執行

二 各種申請における争点整理

三 異常検知候補ログの一次確認

四 再確認予定案件及び未実施案件の整理

五 引継ぎ状況、処理履歴、派生処理の参照

六 上位確認済み処理の執行

七 緊急保全措置及び不利益処理の執行補助

八 現場運用改善案、説明責任整理及び制度改善資料の作成

九 上位確認不能時における緊急職務代理

十 外部デバッグルートにおける指定代理人


【制限】

一 単独での停止処理実行不可

二 単独での凍結解除不可

三 単独での報酬再計算確定不可

四 単独での分限系処理決定不可

五 単独での強制停止措置決定不可

六 自己案件に関する編集・判断・裁定・通知文修正・執行不可

七 上位裁定レーンへの直接干渉不可

八 制度変更及び世界律更新の単独提案不可

九 緊急職務代理の発動は、上位確認不能時かつ必要最小限に限る

十 本権限は説明責任を免除するものではない



「増えすぎじゃない?」


「整理結果です」


「言い方」


 澄ましたままのアイを見て、俺はため息をつきながら袖を見る。

 金の模様は、まだ淡く光っている。

 

 きれいだった。

 

 でも、飾りではない。


 見られる範囲。

 触れる範囲。

 直せる範囲。

 触ってはいけない範囲。


 それらが、袖に縫い込まれている。


「自己案件は……編集不可、判断不可、裁定不可、通知文修正不可、執行不可」


「はい」


「全部ダメじゃん」


「当然です」


「当然って言われた」


「自己案件ですので」


「まあ、そこが抜けてたら、未来の俺が怒るか」


「たぶん」


「そこ引用するな」


「便利でしたので」


 俺は、権限一覧の下の方へ目を移した。


 通知。

 争点整理。

 ログ確認。

 再確認未実施案件。

 引継ぎ状況。

 処理履歴。

 上位確認済み処理の執行。

 緊急保全措置。

 説明責任。

 緊急職務代理。

 外部デバッグルート。


「やっぱり、ただの更新じゃないよな」


「整理結果です」


「これ、俺の件だけじゃないよな」


「はい」


「他の処理にも関わるってことか」


「必要な範囲で」


「必要な範囲か」


「はい」


 作業板の端に、一行だけ表示が出た。



【未整理案件候補】

旧担当処理に係る未完了処理ログ



 俺は、それを見た。


 旧担当。


 表示はそうなっていた。


 でも、俺の頭には、前任者、という言葉で残っている。

 その言葉だけで、あの白い部屋の文字が頭の奥に浮かびかけた。

 浮かびかけて、俺は少しだけ目をそらす。

 でも、表示はそれ以上開かなかった。

 


 アイは、何も言わない。




「これ、次に見るやつか」


「必要であれば」


「またそれか」


「はい」


 黒煙の紋章が光った。


「あそこまで大騒ぎした癖に、残るのか」


「残る」


「一応聞くが、戻れたんだぞ?」


「戻れるって分かったから、残る」


「お前の決めたことだ。好きにしろ」


「……悪い」


 少し間があってから、グレンの文面が続く。


「ただ、最後まで、もやっとするところは残るな」


「……そう思うのか」


「思う」


 グレンは続けた。


「だがな。中身だけ見れば、相当ちゃんとやってる」


「え?」


「止めた側のログは出た。都合の悪い記録も出た。人手確認が抜けてたことも隠さなかった」


 俺は作業板を見た。


 審理整理担当調査ログ。

 再確認未実施。

 引継ぎ未了。

 処理上明確ではない中断理由。


 全部、出ていた。


「ユキは、どっちかの味方じゃなく、ちゃんと調べて並べた。嬢ちゃんも、自分たちに不利になりそうな資料まで出した」


 アイは何も言わなかった。

 ただ静かに黒煙の紋章を見つめている。


「白卓も、全部をなあなあにはしなかった。上も、外部ツール使用者扱いは取り消した」


 グレンは、少しだけ苦い顔をしているような文面を送ってきた。


「内部の見直しとしては、かなり頑張った方だ」


「お前が褒めるの、珍しいな」


「俺だって、褒めるところは褒める」


「らしくない」


「うるせぇ」


 黒煙の紋章が、少しだけ強く光った。


「まぁ、なんだ。お前は救われた。少なくとも、外部ツール使用者扱いは消えた。記録も直る。補償もある。地位も整理される」


「うん」


「そこは軽く見るな」


 俺は少し黙った。


 何も変わらなかったわけでもない。

 ちゃんと変わったものがある。


「……分かってる」


「ならいい」


 グレンは、そこで一度言葉を切った。


 次の文面は、少しだけ低く見えた。


「ただし」


「ただし?」


「止めたのも、調べたのも、聞いたのも、意見を返したのも、決めたのも、全部この塔の中だ」


 白い空間が、少しだけ静かになった気がした。


「しかも、最後の上が誰かも見えねえ」


「……それ、今言うことか?」


「今だから言うんだよ」


 グレンは短く続けた。


「内部でどれだけ丁寧にやっても、内部であることは消えねえ」


 その言葉だけが、作業板の白い余白に残った。


「中で頑張ったことと、外から見て十分かどうかは、別の話だ」


「外から見たら、信用されないって話か?」


「信用されない、とは言ってねえ」


「じゃあ、何だよ」


「外から見ないと分からないものがあるって話だ」


 その言葉が、妙に残った。


 内部で直せるものはある。

 内部で見直せるものもある。

 内部で、ちゃんと変わるものもある。

 でも、内部であることは消えない。

 たぶん、それがこの白い空間の限界だった。


「じゃあ、外から見直した方がいいのか?」


「そうは言ってねえ」


「でも、今の話だと、本当にこれでよかったかわからないんだろ?」


「そうだ」


「じゃあ、やっぱりまずいんじゃないか」


「違う」


 グレンの返事は早かった。


「外が正しいとか、中が間違いとか、そういう話じゃねえ」


「じゃあ、何だよ」


「中にいるなら、中の限界を知ってろって話だ」


 俺は黙った。

 反論は、たぶんあった。

 でも、それを言葉にすると、全部言い訳みたいになる気がした。


「お前は、戻れるって分かったうえで残るんだろ」


「……うん」


「なら、それはお前が選んだ道だ」


 グレンの文面は、いつもより少しだけ静かだった。


「ただ、自分で選んだ道だからって、その場所が万能になるわけじゃねえ」


「万能」


「この塔の中でできることはある。だが、この塔の中でしか見えないものもある。逆に、この塔の外からしか見えないものもある」


「……うん」


「そこをしっかり持ってろ」


 俺は、自分の袖を見た。

 二本の金線から広がった模様。

 管理空間に残ると決めた証。

 それは、俺が選んだものだ。

 でも、それはこの白い管理空間に入るということでもある。


 中にいるから見えるものがある。

 中にいるから、見えなくなるものもある。


「じゃあ、どうすればいい」


「それは自分で考えろ。終わりじゃないんだ」


「続きがありそうな言い方するな」


「あるんだろうよ。たぶんな」


 グレンはそこで、いつもの雑な調子に戻った。


「とりあえず、お前は今日は叫ばなかった。それだけでも進歩だ」


「評価基準が低い」


「そっちは少しは自覚しろ」


「代理人が厳しい」


「知ってんだろ」


 少し間があった。


「それから、条件は書かせろ」


「条件?」


「期間、終了条件、報酬、自己案件除外。全部だ」


 俺は、作業板を見る。


 そこには、さっきの権限一覧がまだ残っている。


「たしかに」


 俺はアイを見た。


「残る。ただし、条件は書かせる」


「はい」


「期間、終了条件、報酬、自己案件除外。全部だ」


「地位再整理条件として記録します」


「よし」


「よい線引きです」


「そこは褒めるのか」


「評価です」


「最近、評価って言うようになったな」


「必要に応じて使い分けています」


「便利だな」


「便利ですので」


「認めた」


 グレンの紋章は、それきり消えた。


 俺は、袖の金の模様を見た。


 戻れないわけじゃない。

 戻れる。


 外部ツール使用者扱いも消えた。

 キャラの凍結も解除される。

 報酬とランキングは再計算に回る。

 でも、全部が元通りになるわけではない。


 そして、俺は戻るだけを選ばなかった。


 選ばされただけでもない。


 戻れると分かったうえで、残ることを選んだ。


「なあ、アイ」


「はい」


「これで、俺は何になったんだ?」


「管理空間職務代理官です」


「さっき聞いた」


「私も聞かれましたので」


「前よりは?」


「業務範囲が非常に充実しました」


「結局仕事じゃん」


「はい」


「でも、まあ」


「はい」


「条件付きで、文句言いながらやるよ」


 アイは、ほんの少しだけ目を伏せた。


「……はい」


「そこは評価じゃないのか」


「もう、評価済みです」


「いつ」


「あなたが、ここでの仕事を嫌いではないと認めたときです」


「記録するな、そういうの」


「必要でしたので」


「必要か?」


「はい」


 俺は笑った。


 作業板の端に、次の表示が出る。



【次案件接続準備】

キャラクター処理履歴

再確認未実施案件

担当処理引継ぎステータス

旧担当処理に係る未完了処理ログ



【接続待機】



 裁定は終わった。


 俺のキャラは凍結解除された。


 外部ツール使用者扱いは消えた。


 報酬とランキングは再計算に回る。


 でも、俺はすぐには戻らない。


 戻るための裁定だったはずなのに。


 俺は、ここで次の作業板を開くことを選んだ。


 袖には、二本の金線から広がった模様が残っている。


 白い空間の奥で、作業板が静かに開いている。



【アイの補足メモ】


――行政不服審査手続の流れについて――


 今回は、ここまでの手続のまとめです。


 少し現実法に寄せて説明します。


 主人公の一時停止見直しは、作中では「上位裁定ルート」として処理されました。


 現実法でいうと、行政不服審査法上の審査請求手続に近い構造です。


 もちろん、この作品はゲーム運営世界への翻訳です。


 現実法そのものではありません。


 ただし、流れはかなり寄せています。


 まず、入口です。


 処分に不服がある者は、審査請求をすることができます。


 作中でいえば、主人公が自分の一時停止処理について、見直しを求めた場面です。


 現実法では、審査請求書の記載事項などが行政不服審査法19条に出てきます。


 何を争うのか。


 どの処分について争うのか。


 どのような理由で不服なのか。


 ここが曖昧だと、手続は進みにくくなります。


 次に、審理員です。


 審査請求がされると、原則として、審査庁は審理員を指名します。


 行政不服審査法9条です。


 作中では、ユキが審理整理担当として出てきました。


 審理員の役割は、どちらか一方の味方をすることではありません。


 争点を整理し、資料を集め、双方の主張を並べ、判断の材料を整えることです。


 その次に、処分庁側の説明があります。


 現実法では、審理員は処分庁等に弁明書の提出を求めます。


 行政不服審査法29条です。


 作中でいうと、処理レーン側回答書です。


 なぜ一時停止したのか。


 どのログを見たのか。


 外部ツール使用疑いとした根拠は何か。


 再確認はどうなっていたのか。


 止めた側が、自分たちの処理理由を説明する段階です。


 これに対して、請求人側は反論書を出すことができます。


 行政不服審査法30条です。


 作中では、主人公側再反論書も含めて、書面の応酬として描きました。


 ここで大事なのは、怒りをそのまま書くことではありません。


 何を認めるのか。


 何を争うのか。


 どの事実が違うのか。


 どの評価が違うのか。


 どの不利益処理を見直してほしいのか。


 怒りを、争点に直す必要があります。


 さらに、口頭意見陳述の機会もあります。


 行政不服審査法31条です。


 作中では、主人公が自分の声で意見を述べました。


 ただし、これは演説会ではありません。


 新しい不満を無制限に追加する場でもありません。


 関係のない事項や、相当でない陳述は制限されます。


 行政不服審査法31条4項です。


 だから主人公は、外部ツールは使っていないこと、仕様の穴を突いたことは認めること、しかし外部ツール使用者扱いを続けるのは違うことを、争点に沿って述べました。


 ここで、審理員はただ待っているだけではありません。


 審理関係人は、証拠書類や証拠物を提出できます。


 行政不服審査法32条です。


 また、審理員は、必要があると認めるときは、物件の提出を求めることができます。


 行政不服審査法33条です。


 さらに、参考人に陳述を求めたり、鑑定を求めたりすることもできます。


 行政不服審査法34条です。


 検証もあります。


 行政不服審査法35条です。


 審理関係人への質問もあります。


 行政不服審査法36条です。


 作中でユキが調査ログを確認し、関係資料を並べ、再確認予定や引継ぎ未了を拾っていった部分は、このあたりをゲーム運営世界へ翻訳したものです。


 審理員は、片方の言い分をそのまま信じる係ではありません。


 必要な資料を出させる。


 必要な事実を確認する。


 争点に関係するログを並べる。


 そのための調査権限を持っています。


 また、審理を計画的に進めるための手続もあります。


 行政不服審査法37条です。


 争点が増えすぎると、何を判断すればよいのか分からなくなります。


 そのため、どこを争点にするのか、どの資料を出すのか、どの段階で手続を終えるのかが重要になります。


 資料が出そろると、審理員は審理手続を終結します。


 行政不服審査法41条です。


 作中で、ユキが「ここまで」と整理した場面です。


 審理が終わると、審理員は審理員意見書を作成し、審査庁に提出します。


 行政不服審査法42条です。


 作中では、審理整理担当意見に近いものです。


 ここで、審理員は自分なりの意見を出します。


 ただし、審理員が最終決定をするわけではありません。


 その後、審査庁は、原則として行政不服審査会等に諮問します。


 行政不服審査法43条です。


 作中の白卓会議は、ここに近いです。


 白卓会議は、決める場所ではありません。


 意見を返す場所です。


 そして、最後に裁決です。


 裁決は、行政不服審査法44条以下に出てきます。


 処分についての審査請求では、不適法であれば却下、理由がなければ棄却、理由があれば認容となります。


 却下・棄却は行政不服審査法45条。


 認容は行政不服審査法46条です。


 今回の裁定は、一部認容でした。


 初期の一時停止処理そのものは、完全には否定されませんでした。


 異常周回パターンがあり、イベント中で、拡散リスクもあったからです。


 ですが、外部ツール使用者として扱い続けた部分は取り消されました。


 外部プログラム接続ログは確認されていない。


 再確認予定があった。


 しかし、再確認実施記録がない。


 引継ぎ未了のまま、疑いタグと不利益処理が残った。


 そのため、外部ツール使用者ラベルの訂正、キャラクター凍結解除、報酬・ランキングの再計算が必要になりました。


 裁決書には、主文、事案の概要、審理関係人の主張の要旨、理由などを記載します。


 行政不服審査法50条です。


 結論だけでは足りません。


 なぜそう判断したのか。


 どの部分を取り消すのか。


 どの部分は残るのか。


 どの理由で、どこまで救済するのか。


 それを記録として残す必要があります。


 また、裁決には拘束力があります。


 行政不服審査法52条です。


 裁決が出た以上、関係する側は、その内容を無視して処理を続けることはできません。


 外部ツール使用者扱いを取り消す裁定が出たのに、同じラベルを残したままにすることはできません。


 凍結解除が必要なら、解除処理に進む必要があります。


 再計算が必要なら、再計算に回す必要があります。


 ここまで来て、ようやく救済は現実の処理に反映されます。


 まとめます。


 審査請求。


 弁明書。


 反論書。


 口頭意見陳述。


 証拠・資料の整理。


 審理員による調査。


 審理手続の終結。


 審理員意見書。


 行政不服審査会等への諮問。


 答申。


 裁決。


 裁決後の処理。


 これが、今回の主人公の一時停止見直しで通ってきた流れです。


 そして、ここで重要なのは、内部手続にも意味がある、ということです。


 内部であっても、記録を出すことはできます。


 内部であっても、理由を確認することはできます。


 内部であっても、誤った不利益処理を直すことはできます。


 今回、主人公は不正者として扱われる状態から外れました。


 ここは軽く見るべきではありません。


 ですが、内部手続は、内部手続です。


 止めたのも、調べたのも、聞いたのも、意見を返したのも、決めたのも、全部この塔の中です。


 内部で丁寧にやることと、外から見て十分かどうかは、別の問題です。


 だから、外部確認のルートが必要になります。


 外から見る人が必要になります。


 中に残る者は、中の限界を知る必要があります。


 以上が、ここまでの行政不服審査手続のまとめです。


 条文番号がかなり増えました。


 逃げても大丈夫です。

 ただし、記録には残ります。


 以上です。

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