行路難
【白卓会議意見:到着】
作業板に表示が出た。
白い枠。
白い文字。
いつもの管理空間の表示だった。
「意見が出たのか」
「はい」
「これは、裁定じゃないんだよな」
「はい。白卓会議意見です」
「決める場所じゃない」
「はい。意見を返す場所です」
「くまが言ってたやつだ」
「はい」
かわいい見た目で、妙に硬いことを言うくま。
あいつが言っていた。
白卓会議は、意見を返す。
決める場所ではない。
俺は表示を開いた。
【白卓会議意見】
一 本件一時停止処理について、異常周回パターンの検知状況から、初期の緊急保全停止には一定の必要性が認められる。
二 ただし、外部プログラム接続ログは確認されていない。
三 外部ツール使用疑いタグは、再確認までの仮分類にとどまるべきものである。
四 再確認予定がありながら、再確認実施記録は存在しない。
五 再確認処理の中断理由は、処理上明確ではない。
六 引継ぎ未了のまま、疑いタグおよび不利益処理が継続された。
七 そのため、外部ツール使用者扱いの継続、キャラクター凍結、報酬除外、ランキング除外については、再確認未実施の影響を踏まえた見直しを要する。
八 管理空間補助者としての地位については、対象者本人の意思確認および条件明示を要する。
九 同種処理について、検知目的、参照ログ範囲、人手確認、追加確認期限、通知内容の改善を要する。
「初期停止は、完全には否定されてない」
「はい」
「でも、その後が問題」
「はい」
黒煙の紋章が光った。
「悪くない」
「悪くない、なのか」
「初期停止まで全部ひっくり返すのは難しい。だが、外部ツール使用者扱いの継続はかなり崩れた」
「俺……」
何かを言おうとして、一度やめた。
勝ちとか負けとか、そういう言葉で言っていいのか、少しだけ分からなかった。
「俺、勝ったのか?」
少し間があった。
グレンの返信は短かった。
「まだだ。全ては裁定を見てからだ」
「ですよね」
白卓会議意見の表示が閉じる。
次の通知が、少し遅れて浮かんだ。
【上位裁定レーン】
裁定準備完了
通知の枠に、細い金色の線が走っていた。
第二広場の件で見た、あの印だった。
「……あのフレーム」
「はい」
「前も見たことがある」
「はい。第二広場の時ですね」
「裁定だから?」
「はい」
アイは、それ以上説明しなかった。
俺も、それ以上は聞かなかった。
金色の線は、派手ではない。
ただ、白い枠の隅で静かに光っている。
また、いつもの業務ログより少し遠いところから来た通知に見えた。
作業板の中央に、裁定結果が開いた。
【上位裁定】
本件について、白卓会議意見、審理整理案、対象者本人の主張書面、停止レーン側説明文、審理整理担当調査ログ、口頭意見陳述記録を確認した。
主文
本件申立てについては、一部認容とする。
裁定は、以下のとおり行う。
一 本件一時停止処理のうち、外部ツール使用疑いを理由として対象者本人を停止し、外部ツール使用者として扱った部分を取り消す。
二 外部ツール使用者ラベルを訂正する。
三 対象キャラクターの凍結を解除する。
四 ランキングおよび報酬処理への全面復帰は認めない。ただし、外部ツール使用を前提として一律に除外した部分については、別途再計算処理に付する。
五 対象者本人に対し、正式説明文、代替補償、管理空間補助者としての地位再整理を行う。
六 同種処理について、検知目的、参照ログ範囲、人手確認、追加確認期限、通知内容を改善する。
七 対象者本人は、以下のいずれかを選択するものとする。
甲 対象キャラクターの通常復帰を求める。
この場合、管理空間補助者としての暫定地位は終了整理に入る。
乙 管理空間補助者としての地位再整理を受け、管理空間に残留する。
この場合、対象キャラクターの通常復帰は本人選択により留保される。
【裁定理由】
一 異常周回パターンの検知に基づく初期の一時停止処理については、当時の保全措置として一定の合理性が認められる。
二 一方で、外部プログラム接続ログは確認されておらず、外部ツール使用疑いタグは再確認を前提とした仮分類にとどまるべきものであった。
三 再確認予定が存在したにもかかわらず、その実施記録は確認できず、引継ぎ未了のまま不利益処理が継続されたことは相当ではない。
四 以上により、外部ツール使用者として扱った部分については取消しを相当とするが、ランキングおよび報酬処理の全範囲について直ちに全面復帰を認める根拠は十分ではない。
よって、本件申立ては一部認容とする。
【参照系統】
世界律管理系統
広域イベント補正系統
市場安定化パッチ管理系統
【影響評価】
後続クラフトイベント:補正済み
素材市場:安定化パッチ適用済み
広域報酬処理:確定済み
【上位確認】
非開示
【最終確認】
A.I.
【照合】
Administrator: Known
【裁定ログ】
確定
「……解除」
声が、うまく出なかった。
対象キャラクターの凍結を解除する。
何度も見た。
何度も、頭の中で読んだ。
それでも、まだ信じられなかった。
「戻れるのか」
「はい」
「俺のキャラ、戻るのか」
「はい」
「外部ツール使用者じゃなくなる?」
「本裁定により、その扱いは行われません」
「回りくどい」
「正確です」
俺は、作業板に手を伸ばしかけて、止めた。
戻れる。
あのキャラに。
あの広場に。
プレイヤーとして。
俺は、それを望んでいたはずだった。
止められたとき。
ここに連れてこられたとき。
負け惜しみを書いたとき。
グレンに怒られたとき。
口頭で、自分の声で言ったとき。
ずっと、戻りたかった。
なのに。
「ランキングと報酬は、全部戻るわけじゃないんだな」
「はい。全面復帰は認められていません」
「そこは勝ってない」
「はい」
「でも、外部ツール使用者扱いは消える」
「はい」
「キャラ凍結は解除される」
「はい」
勝った。
と言い切るには、少し違う。
負けた。
というには、もっと違う。
止めた側の全部が否定されたわけじゃない。
俺の全部が認められたわけでもない。
でも。
不正者ではなくなった。
それだけは、はっきりしていた。
金色からいつもの青色に変わった枠に、選択確認が表示された。
【選択確認】
対象者本人は、以下のいずれかを選択してください。
甲 対象キャラクターの通常復帰を求める。
管理空間補助者としての暫定地位は、終了整理に入ります。
乙 管理空間補助者としての地位再整理を受け、管理空間に残留する。
対象キャラクターの通常復帰は、本人選択により留保されます。
「どっちかか」
「はい」
「両方は?」
「本裁定では、いずれか一方を選択する必要があります」
「お役所」
「運営です」
黒煙の紋章が光った。
「選べ」
「急かすな」
「急かしてねえ。お前が選ぶ場面だ」
「グレンならどっちにする?」
「俺が選ぶ場面じゃない」
「冷たい」
「代理人だからな」
その返信を見て、少し笑った。
たぶん、それでよかった。
グレンは、ここで俺の代わりに選ばない。
アイも、選ばない。
ユキも、白卓会議も、上位裁定レーンも。
裁定は、帰れとは言わなかった。
残れとも言わなかった。
ただ、選べと言っていた。
俺は、普段より暗く感じる白い空間を見た。
広場の通知を直した。
受付と許可を分けた。
グレンたちの申立てを読んだ。
ユキと資料を並べた。
アイと何度も言い合った。
変な通知。
変なフォーム。
変な公募。
変な手続。
面倒で。
疲れて。
腹が立って。
でも、嫌いじゃなかった。
「俺は、戻れるんだよな」
「……はい」
「戻れるなら、それでいい」
言った直後に、自分でも不思議とすっきりした。
「対象キャラクターの通常復帰を選択しますか」
「違う」
アイは何も言わなかった。
「戻れるって分かったから、選べる」
「はい」
「俺は、ここに残る」
言ってしまうと、白い空間が少しだけ明るく、静かになった気がした。
「管理空間補助者としての地位再整理を受け、管理空間に残留しますか」
「そうだ」
「対象キャラクターの通常復帰は、本人選択により留保されます」
「分かってる」
「対象キャラクターの凍結解除処理は行われますが、通常復帰処理は留保されます」
「それも分かってる」
「……最終確認です。よろしいですか」
俺は、自分の袖を見た。
その前に、なぜか喉の奥が少しだけ渇いた。
水なんて、ここでは一度も飲んでいないのに。
黒いキャソック風の袖口には、細い金の線が二本ある。
一本目は、宿屋で素材Xの件を処理したあとに付いたもの。
二本目は、第二広場の件で権限が少し上がったときのもの。
どちらも細くて、言われなければ分からないくらいだった。
でも今日は、その二本が妙に目立って見えた。
「いい」
俺は、そう言って、確認欄に触れた。
【選択確定】
対象者本人は、管理空間補助者としての地位再整理を受け、管理空間に残留することを選択しました。
対象キャラクターの凍結解除処理を実行します。
対象キャラクターの通常復帰処理は、本人選択により留保します。
【地位再整理】
開始
【アイの補足メモ】
――一部認容について――
今回は、白卓会議意見と上位裁定についてです。
少し現実法に寄せて説明します。
この世界の「白卓会議意見」は、現実の行政不服審査制度でいうと、行政不服審査会等の答申に近いものです。
現実法では、審理員が審理手続を終結した後、審理員意見書を作成し、審査庁に提出します。
行政不服審査法42条です。
その後、審査庁は、原則として行政不服審査会等へ諮問します。
行政不服審査法43条です。
白卓会議は、ここに近いです。
決める場所ではありません。
意見を返す場所です。
本文でも言ったとおりです。
決めるのは、その後の上位裁定レーンです。
現実法でいえば、審査庁が裁決をする場面に近いです。
裁決は、行政不服審査法44条以下に出てきます。
裁決には、大きく分けて、却下、棄却、認容があります。
手続上不適法な場合は却下。
理由がない場合は棄却。
理由がある場合は認容です。
却下・棄却は行政不服審査法45条。
認容は行政不服審査法46条です。
今回の裁定は、一部認容でした。
ここが重要です。
一部認容とは、全部を認めるわけではありません。
全部を退けるわけでもありません。
申立てのうち、認めるべき部分は認める。
認められない部分は認めない。
そういう処理です。
現実法でいえば、行政不服審査法46条1項に、処分の全部または一部を取り消し、または変更する裁決が出てきます。
今回の「一部認容」は、このあたりをモデルにしています。
今回でいえば、初期の一時停止処理そのものは、完全には否定されていません。
異常周回パターンがありました。
イベント中でした。
拡散リスクもありました。
ログだけ見れば、確認対象にする理由はありました。
したがって、初期の緊急保全停止には、一定の合理性がある。
ここまでは認められています。
ですが、その後が問題でした。
外部プログラム接続ログは確認されていない。
外部ツール使用疑いタグは、再確認までの仮分類にとどまるべきだった。
再確認予定があった。
しかし、再確認実施記録がない。
引継ぎ未了のまま、疑いタグと不利益処理が残った。
そのため、外部ツール使用者として扱い続けた部分は取り消されました。
ここは、主人公にとって大きいです。
キャラクター凍結も解除されます。
外部ツール使用者ラベルも訂正されます。
不正者として扱われる状態は、ここで消えます。
ただし、ランキングと報酬は全面復帰ではありません。
なぜなら、外部ツール使用が否定されたとしても、異常周回や仕様の穴を突いた事実まで消えるわけではないからです。
外部ツール使用を前提として一律に除外した部分は、再計算に回されます。
このあたりが、一部認容です。
勝った。
と言うには、少し違います。
負けた。
と言うには、もっと違います。
手続上は、こういう結論があります。
全部悪いわけではない。
全部正しいわけでもない。
ただ、ある部分の扱いは違法または不当だった。
だから、その部分を取り消す。
今回は、そういう裁定です。
なお、裁決書には、主文、事案の概要、審理関係人の主張の要旨、理由などを記載します。
行政不服審査法50条です。
裁定結果だけではなく、なぜそう判断したのかを残すことが重要です。
この作品で、ログ、理由、記録に何度も触れているのは、そのためです。
救済手続は、すべてを元通りにするためだけのものではありません。
間違った扱いを正す。
理由を明らかにする。
記録を直す。
不利益の根拠を整理する。
そして、本人が次の選択をできる状態に戻す。
それも、救済の一部です。
今回、主人公は不正者ではなくなりました。
キャラクターも凍結解除されます。
そのうえで、彼は管理空間に残留することを選びました。
戻れないから残ったのではありません。
戻れると分かったうえで、残ることを選びました。
ここは、今回の大きな変化です。
今後、通常復帰は留保されます。
管理空間補助者としての地位は再整理されます。
本人の条件確認も必要になります。
必要な事項を確認していくだけです。
私の表情に、何か。
……記録には何も残っていませんが。
以上です。




