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BANされた俺、なぜかゲーム運営側で働く ~VRMMORPGにクソ真面目に行政法をぶち込んでみました~  作者: Altis
第2章 内部救済 第1部 線上の申立人 ―Standing on the Line―

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予定は、予定のままでは済まない




【書面審理を開始します】




 作業板に表示が出た。


「本当に書面で来た」


「はい」


「線の上に座らなくていいのは助かるけど、文字で殴られるのも嫌だな」


「本件は、まず書面による応酬で進みます」


 アイが淡々と言った。


「口頭での意見陳述は、請求人側が希望した場合、または審理整理担当が必要と判断した場合に行われます」


「つまり、今日はレスバで殴り合い」


「表現は粗いですが、近いです」


 横から、黒煙の紋章つきのメッセージが飛んできた。


「バトルだ。ただし、全部紙に残る」


「残るの嫌だな」


「だから代理人がいる」


「便利だな、代理人」


「便利に使うな」


 少し笑いそうになって、やめた。

 作業板の表示は、別に待ってくれない。



【本日の書面確認】

一、処理レーン側回答書

二、請求人側反論書

三、処理レーン側再回答

四、審理整理担当による調査書

五、争点整理



「多くない?」


「書面上は圧縮されています」


「圧縮されてこれか」


「はい」


「お役所」


「運営です」


 最初の書面が開いた。



【処理レーン側回答書 一通目】

一、対象者には、短時間内の高密度周回および報酬取得効率の異常値が確認された。

二、初期段階において、当該異常周回パターンを外部ツール使用疑いとして仮分類したことには合理性がある。

三、報酬およびランキングへの影響拡大を防止するため、緊急保全停止を行った。

四、当該停止に連動し、キャラクター凍結、報酬除外、ランキング除外を行った。

五、再確認手続は継続中として扱われていた。

六、ただし、現時点で再確認完了記録は確認できない。

七、管理空間への仮収容および補助権限付与については、本人説明および承諾記録があり、停止見直しとは別系統の処理として整理されている。



「再確認完了記録は確認できない、ってそこ、おかしくない?」


 すぐに、黒煙の紋章が点滅した。


「そこが本体だな」


「だよな」


 その下の七番目も、俺は見逃せなかった。


挿絵(By みてみん)


「承諾記録って、あれか。話だけは聞くって言ったやつ」



 俺はアイを見た。



 アイは、何も聞こえていないみたいな顔で、表示欄の余白を直していた。

 ただ、余白を直す指だけが、少し速かった。


「記録上は、承諾です」


「その言い方」


 黒煙の紋章が、短く点滅した。


「そこは今やらねえ」


「やらないのか」


「箱が違う。今この紙で殴る場所じゃねえ」


「箱」


「停止見直しだ。働かされてる件まで――」


 そこで一度、文面が止まった。


「混ぜるな」


「働かされてるって言った」


「お前が言ったんだろうが」


 アイは表示欄の余白を直し終えた顔で、何も言わなかった。

 腹立つくらい、整っていた。


「処理レーン側は、初期停止の合理性を主張しています」


「でも、終わった記録がない」


「そこを刺す。ただ、まだ“やってない”とは言うな。まずはこっちの反論を見ろ」


 次の書面が開いた。



【請求人側反論書 一通目】

一、異常周回パターンと外部ツール使用は別問題である。

二、外部プログラム接続ログは確認されていない。

三、初期段階の仮分類が許されるとしても、再確認完了記録がないまま外部ツール使用疑いタグを維持する根拠は薄い。

四、緊急保全停止から、キャラクター凍結、報酬除外、ランキング除外へ当然に広げる理由が不足している。

五、再確認手続が継続中として扱われていた以上、その完了を確認しないまま不利益状態を維持した点が問題である。



「これ、俺が言いたかったことか」


「怒りをそのまま出したら負け惜しみだ。争える形にした」


 俺は、表示されている文章の端を指でなぞった。


「納得したとは言ってないぞ」


「表現は整理されています」


「アイが褒めた」


「評価ではなく確認です」


「褒めてないのか」


「はい」


 次の書面が開く。


【処理レーン側再回答】

一、外部プログラム接続ログは確認されていない。

二、ただし、対象者の異常周回値は高く、報酬およびランキングへの影響が大きかった。

三、そのため、利用規約および世界律上の「運営が不適切と判断する行為」に該当する可能性があるものとして、再確認完了まで外部ツール使用疑いタグを維持した。

四、再確認は担当処理の中断により、完了確認に至っていない。

五、引継ぎ記録には一部不完全な箇所がある。

六、派生処理は、当時の停止タグに連動する処理として継続された。


「外部プログラム接続ログ、ないんじゃん」


「そこは強い。ただ、向こうも一枚置いてきた。逃げ道つきでな」


「運営が不適切と判断する行為?」


 俺は、その一文を見た。


「これ、前からこんなに前に出てたか?」


 しばらく、黒煙の紋章は光らなかった。


 少し待った。


「……いや」


 それだけで、少し間があった。


「今、出してきた」


「じゃあ、そこを叩く?」


「太い。だが、撒き餌だ」


「撒き餌?」


「食いつけば、向こうは異常周回、報酬影響、ランキング影響、公平性維持を並べてくる。たぶん山ほどな」


「物量で来るのか」


「そうだ。そこは相手の得意な戦場だ」


「勝てないのか」


「勝ち負けの前に、殴る場所が増えすぎる」


「じゃあ、放置?」


「放置じゃねえ。拾う。だが、今は食いつかねえ」


「拾うけど、食いつかない」


「記録には残す。その箱を出してきたことは拾う。だが、今食う場所じゃねえ」


「どこだよ」


「再確認だ。継続中扱い。完了記録なし。引継ぎも怪しい。なのに疑いタグと、凍結と除外だけ残ってる」


「そこを先に叩くのか」


「そうだ。撒き餌に飛びつく前に、崩れてる足場を落とす」


「言い方、最悪だな」


「最悪な場所ほど、だいたい刺さる」


 アイが、処理レーン側再回答の四行目を淡く光らせた。


「処理レーン側再回答には、その記載があります」


「アイ、そこ淡々としてるな」


「私は書類を提示しています」


「そうだな。なら、その書類で殴る」


「紙で殴るな」


「紙で殴れるようにしたんだろ」


「した覚えがない」


「あなたが広場の件で整えた形式です」


「俺が育てた紙の暴力」


「表現は粗いです」


 黒煙の紋章が、また光る。


「だいたい合ってるだろ」


 アイは、少しだけ黙った。


「……近いです」


「そこは近いのかよ」


 作業板が、書面の往復をまとめて表示した。



【書面応酬経過】

処理レーン側回答

請求人側反論

処理レーン側再回答

請求人側再反論



【争点整理】

一、異常周回を外部ツール使用疑いとして扱い続けた根拠

二、利用規約上および世界律上の「運営が不適切と判断する行為」による仮分類の範囲

三、再確認手続が継続中として扱われていながら、完了記録が確認できないこと

四、再確認未了のまま凍結・除外処理を維持したこと


 少し間を置いて、グレンから短い返信が来た。


「だいぶ絞れたな」


「俺の話なのに、どんどん書類の話になっていくな」


「そういう場所だ」


「雑にまとめるな」


「雑なくらいでちょうどいい」


「その理屈、アイみたいになってきたぞ」


「共有されています」


「嫌な共有だな」


 そのとき、作業板の端に、別の表示が出た。



【審理整理担当による調査書】

審理整理担当は、本件の争点整理に必要な範囲で、旧担当処理に関する記録照会を行った。


その回答として、以下の聞き取りログが提出された。



「記録照会?」


「本件で必要な範囲の調査資料です」


 黒煙の紋章が、短く点滅した。


「出せ」


 アイは一拍置いてから、表示を開いた。




【旧担当処理聞き取りログ:抜粋】


問:再確認は予定されていたか。

答:予定されていた。


問:再確認は実施されたか。

答:実施記録なし。


問:再確認処理は、なぜ中断したのか。

答:白い部屋で、外を見ていた。


問:引継ぎは行われたか。

答:引継ぎ未了。


問:外部ツール使用疑いタグは解除されたか。

答:解除記録なし。タグ維持。


問:キャラクター凍結および報酬除外は見直されたか。

答:個別再評価記録なし。停止タグに連動して継続。


【署名】

白色ノード




「白い部屋で、外を見ていた?」


 俺は、その一文から目を離せなかった。


 それは、理由の欄に入っていた。


 再確認処理が、なぜ中断したのか。


 その問いへの答えとして、そこに置かれていた。



 白い部屋で、外を見ていた。



 理由にしては、変だった。


 業務上の理由じゃない。

 処理上の理由にも見えない。


 怠慢なのか。

 故障なのか。

 逃げたのか。


 そこで考えるのをやめた。

 嫌な方向にしか伸びなかった。


 黒煙の紋章が、少し遅れて点滅した。


 すぐには来なかった。


「飲まれるな」


「でも、これ」


「……気にはなる」


 また少し間があった。


「だが、今追う場所じゃねえ」


「場所?」


「そうだ。なんで“白い部屋で、外を見ていた”のかは、今は置く」


 グレンの指示で、作業板の表示が切り替わった。



【再確認手続:継続中扱い】

【再確認完了記録:なし】

【再確認実施記録:なし】

【中断理由:白い部屋で、外を見ていた】

【引継ぎ:未了】

【外部ツール使用疑いタグ:維持】

【凍結・除外処理:継続】



「継続中扱いだった。完了記録はない。調査書を見れば、実施記録もない。中断理由は、少なくとも処理上の理由としては曖昧だ。引継ぎもできてない。なのに疑いタグは残して、凍結と除外は続けた」


「あ」


「こっちから見れば、かなり強い」


「強いのか」


「強い。気味が悪い記録だから強いんじゃねえ。継続中扱いだった処理が、実際には止まってた。そこを処理側自身の記録が示してるから強い」


 グレンの目は、もう次を見ていた。


 白い部屋ではない。

 外を見ていた誰かでもない。

 止まった処理と、残ったタグを見ていた。


 その距離が、少しだけ寒かった。


「やってないことを問題にする。少なくとも、再確認しないまま、疑いタグと凍結、除外を残したって攻められる」


 グレンは、そう言って次の欄を開いた。


 俺の目は、まだ、白い部屋の方に残っていた。


「遠いな」


 黒煙の紋章が、短く点滅した。


「何がだ」


「いや」


 俺は首を振った。


「続けてくれ」


 アイが、表示欄を整えた。


「“継続中扱いだったのに、実施記録がない”という整理は、強いです」


「違うのか」


「違いません。ただし、私は処理レーン側資料と調査資料を提示しています」


「答えになってねえな」


「判断ではありません。資料提示です」


「お役所」


「運営です」


 少し間を置いて、グレンの返信が来た。


「十分だ。資料が出てるなら、こっちはそれで書く」


「提出された資料を、確認可能な形で表示します」


「なら、それでいい」


 作業板に、次の反論構成が表示された。



【請求人側再反論:構成案】

一、外部プログラム接続ログがないことを確認する。

二、「運営が不適切と判断する行為」による仮分類の範囲を確認する。

三、外部ツール使用疑いタグは、再確認までの仮分類にすぎないことを確認する。

四、再確認手続が継続中として扱われていながら、完了記録および実施記録が確認できないことを指摘する。

五、再確認処理の中断理由は、処理上明確ではないことを指摘する。

六、引継ぎ未了または不完全なまま、疑いタグおよび不利益処理が維持されたことを問題とする。

七、少なくとも、外部ツール使用者扱いの継続、キャラクター凍結、報酬除外、ランキング除外について、再確認未実施の影響を争う。



「これ、かなり攻めてないか?」


「攻めるために呼ばれたんだろうが」


「そうだけど」


「ただし、盛るな」


「またそれか」


「“外部ツールを使っていない”は言える。“何も悪くない”は言うな」


「仕様の穴を突いたから?」


「そうだ。そこを消すと弱くなる」


「弱くなるのか」


「弱くなる。都合の悪いことを隠してるように見えるからな」


 グレンは、俺の異常周回メモを開いた。



【対象者本人メモ:抜粋】

配布ブーストの発生条件を観察した。

周回可能な境界を試した。

報酬効率が高い手順を繰り返した。

外部ツールは使用していない。

自動操作はしていない。

外部プログラム接続はしていない。



「お前が嫌なプレイヤーだったことと、外部ツール使用者だったことは違う。そこを分ける」


「嫌なプレイヤーって言うな」


「嫌なプレイヤーだろ」


「否定しきれない」


 グレンは少しだけ黙った。


 何か言いかけて、やめた。


「そこは否定しなくていい」


「いいのかよ」


「外部ツール使用者ではない、と言え」


 その言葉で、少し息ができた。


 肩の力が抜けたはずなのに、奥歯だけは噛んだままだった。


 俺は完璧な被害者ではない。

 自分で言うのも嫌だが、かなり嫌な角度から仕様を読んだ。

 でも、それと外部ツール使用者扱いは違う。

 そこだけは、混ぜられたくなかった。


「分けるんだな」


「分ける」


「ズルかったことも?」


「書く」


「嫌なんだけど」


「嫌でも書く」


「でも、外部ツールは使ってない」


「そこを通す」


 アイが、請求人側再反論の欄を固定した。


【書面審理整理結果】

一、外部プログラム接続ログは確認されていない。

二、処理レーン側は、「運営が不適切と判断する行為」に該当する可能性を根拠として、外部ツール使用疑いタグを維持した。

三、再確認手続は継続中として扱われていたが、完了記録および実施記録が確認できない。

四、再確認処理の中断理由は、処理上明確ではない。

五、引継ぎ未了または不完全なまま、疑いタグと不利益処理が継続した。


【次回】

請求人側再反論書:

再確認が終わった記録のないまま、外部ツール使用疑いタグを維持した点を中心に構成する。



「結局、次も書面か」


「そうだ」


「俺の話なのに、俺の声がどんどん紙になっていく」


「その紙で殴るんだよ」


「紙で殴るな」


「表現は粗いですが、近いです」


「そこは近いんだ」


「負け惜しみのまま出すなよ」


 俺は頷いた。


 白い部屋。


 外を見ていた誰か。


 気にはなる。

 かなり。


 でも、今はそこじゃない。


 止まった処理。

 残った疑い。


 それを先にやる。


 予定は、予定のままでは済まない。





 それでも、白い部屋の一文だけは、まだ画面の端に残っている気がした。





【アイの補足メモ】


 今回は、書面審理についてです。


 救済ルートでは、怒りをそのまま出しても、あまり強くありません。


「おかしいです」

「納得できません」

「全部戻してください」


 気持ちは分かります。


 ですが、そのままでは、何を争うのか、どの理由が間違っているのか、どの処理を見直してほしいのかが分かりません。


 必要なのは、怒りを消すことではありません。


 怒りを、通る形に直すことです。


 今回の中心は、次の点です。


 外部プログラム接続ログは確認されていない。

 再確認手続は継続中として扱われていた。

 しかし、再確認完了記録も実施記録も確認できない。

 それなのに、外部ツール使用疑いタグ、キャラクター凍結、報酬除外、ランキング除外が残っていた。


 つまり、


「最初に疑ったことが全部間違いだったのか」


 ではなく、


「疑った後、確認しないまま疑いだけ残してよかったのか」


 を先に見ています。


 ここを分けることが大事です。


 主人公は、外部ツールを使っていないと主張しています。


 ただし、異常周回はしています。

 仕様の穴も突いています。

 報酬効率の高い手順を繰り返しています。


 そのため、代理人は「全部悪くない」とは言いません。


 認めるところは認める。

 争うところは争う。

 混ぜてはいけないものを分ける。


 代理人は応援団ではありません。


 かなり不親切に見えることもあります。


 なお、管理空間への仮収容および補助権限付与については、停止見直しとは別系統の処理として整理されています。


 本人説明および承諾記録もあります。


 本人は「話だけは聞くと言っただけ」と思っているようです。


 記録上は、承諾です。


 ……記録上は。


 以上です。


 混ぜていません。

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