書面で殴るなら、武器を選べ
【代理人申請確認】
参加者:
対象者本人:あなた
代理人候補:グレン
処理案内:アイ
注意:
本確認では、代理人受任の可否を確認します。
本件の上位裁定判断は行いません。
「上位裁定判断は行いません、って書かれてる」
「入口を分けています」
「成長してるな、このフォーム」
「あなたが直しました」
「俺が育てたみたいに言うな」
「少しは育てました」
「嫌な育成ゲームだな」
接続まで少し時間があるらしい。
俺は椅子に座ったまま、作業板を見つめた。
グレンが来る。
来たら、たぶんボロカスに言われる。
その前に、俺自身の言い分を少しでも整えた方がいい。
「接続まで少し時間があります」
アイが言った。
「それまでに、あなた自身の主張をまとめましょう」
「俺の主張?」
「はい。代理人が立つとしても、あなたが何に怒り、何を求めるのかは必要です」
「それ、今から書くのか」
「はい」
「嫌な予感しかしない」
「自然な反応です」
「最近そればっかりだな」
*
俺は作業板を引き寄せた。
【本人主張整理案】
不正ツールは使っていません。
外部ツールも使っていません。
停止はおかしいです。
キャラを返してください。
報酬も返してください。
ランキングも戻してください。
あと、なんか働かされている件もおかしいです。
全部、元通りにしてください。
書いてから、俺は少しだけ満足した。
気持ちはかなり出ている。
「どうだ」
「研修からやり直しますか?」
「早い」
「はい」
「せめて一回くらい褒めろよ」
「感情はよく出ています」
「それ、書面としてはダメなときの慰めだろ」
「はい」
「はいじゃない」
俺は作業板を見た。
自分でも、薄々分かっている。
他人の案件なら、もう少し書けたはずだ。
何を取り消してほしいのか。
どの理由が間違っているのか。
どのログと矛盾しているのか。
どこまで戻せるのか。
戻せないなら、何を求めるのか。
そういうことを、分けて書けと言ってきたのは俺だ。
でも、自分の件になると、全部まとめて言いたくなる。
不正扱いを消せ。
キャラを返せ。
報酬も返せ。
ランキングも戻せ。
働かされてる件も説明しろ。
全部、元通りにしろ。
それくらいは、言いたい。
「……一言くらい、言いたいだろ」
俺がぼそっと言うと、アイは少しだけ間を置いた。
「はい」
珍しく、すぐには否定しなかった。
「あなたが怒っていること自体は、記録に残す意味があります」
「お」
「ただし、それをそのまま救済ルートに投げると、負け惜しみに見えます」
「落差がひどい」
「救済ルートは、負け惜しみを書く場所ではありません」
アイは、俺の文章を淡々と赤く囲った。
【問題点】
何を取り消してほしいのか不明確
どの理由が誤っているのか不明確
どのログに基づくのか不明確
どこまで戻したいのか不明確
管理空間補助権限の扱いが混在
「全部ダメじゃん」
「気持ちは伝わります」
「それ、また慰めだろ」
「はい」
「はいじゃない」
俺は頭を抱えた。
「でもさ、本人の言い分なんだから、多少感情が出てもいいだろ」
「感情は必要です」
「お」
「ただし、感情だけでは処理できません」
「だよな」
「あなたが何に怒っているかと、どの処理をどう直すべきかは、分ける必要があります」
「また分ける。うん、知ってた」
「はい」
「最近、俺の人生、分別収集みたいになってきたな」
「混ぜると揉めます」
「……うん、知ってた」
俺は、赤く囲われた自分の文章を見た。
負け惜しみ。
腹が立つ言葉だ。
でも、たぶん正しい。
俺は外部ツールを使っていない。
それは本当だ。
でも、俺が何を取り消してほしいのか。
どこまで戻せと言うのか。
どの処理とどの処理を分けるのか。
そこは、自分でも見えていない。
処理側には座れない。
処理側の席に、形だけ俺の名前は残る。
資料は出る。
アイは伝えるだけ。
ユキは場を整えるだけ。
だから、止められた本人として、俺は自分の気持ちを言いたい。
でも、俺の言葉だけでは、怒りと請求が混ざる。
そのとき、白い空間の一角に、別の部屋が展開された。
交渉用インスタンス。
前にシグレと話した部屋に似ているが、今回は少しだけ違う。
テーブルの中央に、黒い線で区切られた三つの席があった。
【対象者本人】
【代理人候補】
【処理案内】
「席まで分かれてる」
「混ぜると揉めますので」
「もう合言葉だな」
「便利ですので」
俺が対象者本人の席に座ると、向かい側に光が集まった。
黒煙の牙の紋章。
いつもの鋭い目つき。
態度のでかい立ち方。
グレンだった。
受けるとは言っていない。
だが、来た。
現れた瞬間、グレンは俺を上から下まで見た。
黒いキャソック風の管理補助衣装。
袖口の細い金刺繍。
それから、俺の後ろに立つアイと、三つに分かれた席を順番に見た。
「その服着て、元プレイヤーとか、メッセージを読んだとき最初冗談かと思ったぞ」
「俺もそう思ってる」
「なのに、やってることは完全に運営側だ。受付と許可を分けろ、理由を書け、入口を通せ。あれを送ってきたやつが、“止められた本人です”って顔で座ってる」
「ややこしいのは認める」
「認めるだけまだマシだな」
グレンは作業板を見た。
【初期検知タグ】
外部ツール使用疑い
【処理入口】
緊急保全停止
【通知文】
利用規約違反の疑いによる一時停止
【内部メモ】
異常周回パターン
【派生処理】
プレイヤーキャラクター凍結
【追加状態】
管理空間への仮収容
現場改善補助権限の付与
【再確認】
予定あり
実施記録なし
数秒、沈黙。
それから、グレンはものすごく嫌そうな顔をした。
「ぐちゃぐちゃじゃねえか」
「言い方」
「いや、ぐちゃぐちゃだろ」
「はい」
アイが即答した。
「処理案内が真顔で認めてる案件、嫌すぎるな」
グレンは、ひとつずつ指で追った。
「外部ツール使用疑い。緊急保全停止。異常周回。キャラ凍結。管理空間への仮収容。補助権限付与。再確認未着手」
そこまで読んで、俺を見た。
「これ、全部入口が違う」
「分かってる」
「分かってる顔じゃねえよ」
「顔で判断するな」
「顔に出てる」
グレンは椅子に座り、腕を組んだ。
「お前、人には散々『理由を分けろ』『入口を分けろ』『書面にしろ』って言ってたくせに、自分の件はこの有様かよ」
「俺がやったわけじゃない」
「だろうな。でも刺さるだろ」
「刺さる」
「じゃあ刺す」
「代理人候補が攻撃してくる」
「まだ代理人じゃねえからな」
グレンは、俺の本人主張整理案を開いた。
【本人主張整理案】
不正ツールは使っていません。
外部ツールも使っていません。
停止はおかしいです。
キャラを返してください。
報酬も返してください。
ランキングも戻してください。
あと、なんか働かされている件もおかしいです。
全部、元通りにしてください。
読み終えたグレンは、すぐに言った。
「……俺よりひでぇな。よくこれまでやってきたな、本当に」
「悪いかよ」
「悪い。これじゃあ負け惜しみだ」
「アイにも言われた」
「だろうな」
「だろうなって言うな」
グレンは、俺の文面を軽く叩いた。
「救済ルートは、負け惜しみを書く場所じゃねえ」
「それも聞いた」
「なら覚えろ。バトルなら、武器を選ぶだろ」
「バトル?」
「そうだ。剣で殴る場なら剣を使う。書面で殴る場なら書面を使う。場に合わない武器を振ったら負ける」
「……お前、見直し手続をバトルだと思ってるのか」
「思ってる」
即答だった。
「第二広場で負けてから、お前らの通知はだいたい読んでる。不採用通知、弁明書、裁定、レムナント・ラボの告知、受付フォームの修正」
「読んでたのか」
「相手の技を見ないで勝てるかよ」
「バトル脳すぎる」
「褒め言葉として受け取る」
「褒めてない」
「勝ちたいから読む。腹立つけどな」
「腹立つのか」
「腹立つ」
グレンは鼻で笑った。
「こっちが怒鳴ってるだけだと、“ご意見”で処理される。理由を出せ。範囲を書け。どの処理を争うのか分けろ。そういう書き方をしないと、土俵に上がらない」
「土俵」
「バトルフィールドでもいいぞ」
「どっちでもいい」
「だから、お前のこれは弱い」
グレンは、俺の主張案を閉じた。
「“全部元通りにしろ”は気持ちだ。気持ちは分かる。でも、それだけじゃ武器にならない」
言い返せなかった。
自分でも、薄々分かっていた。
他人の案件なら、分けろと言えた。
理由を書けと言えた。
だが、自分の件になると、全部まとめて返してほしくなる。
「じゃあ、どう書く」
「まず、攻撃目標を分ける」
「攻撃目標」
「バトルだからな」
「救済ルートだぞ」
「救済ルート用のバトルだ」
「もう好きにしろ」
グレンは新しい板を出した。
【本人側で分けるもの】
一 外部ツール使用者扱いを争う部分
二 異常周回として評価された部分
三 緊急保全停止として止められた部分
四 キャラクター凍結の必要性を争う部分
五 報酬・ランキング除外の扱い
六 管理空間への仮収容と補助権限付与の扱い
「多い」
「多いんじゃない。お前が混ぜてる」
「刺すな」
「刺す。混ぜたまま出したら、相手は一番答えやすいところだけ答えて終わる」
「答えやすいところ?」
「“異常周回はしましたよね”で終わりだ」
「……嫌なほどありそう」
「だから分ける」
グレンは、ひとつずつ指で示した。
「外部ツールは使ってない。異常周回はした。仕様の穴は突いた。そこまでは認める。でも、それを外部ツール使用者扱いにするのは違う。キャラ凍結まで必要だったのかも別。報酬とランキングも別。働かされてる件はさらに別」
「俺より俺の件を分かってないか?」
「読んだからな」
そこで、グレンはようやくアイの方を見た。
「で、ここから先は本人側だけじゃ殴れない」
「どういう意味だよ」
「こっちは“違う”と言う。でも、止めた側が何を見て、どう判断したのかが出なきゃ、殴る場所が分からねえ」
グレンは、アイに向き直った。
「確認だ。嬢ちゃん。お前は今回、どの席だ」
その一言で、部屋の空気が少し変わった。
アイは、いつも通りの声で答えた。
「処理案内です」
「案内か。こいつの味方じゃないんだな」
「本件では、私は代理人にはなれません」
「いつもは隣にいるだろ」
「それとこれは別問題です」
言葉だけなら淡々としている。
でも、少しだけ、胸の奥に来た。
「私は処理レーン側の資料を提示する立場です」
「こいつに不利なものでも?」
「出します」
「記録は?」
「歪めません」
グレンは少しだけ口元を歪めた。
「それでいい」
「よくない」
「よくないけど、いいんだよ」
「どっちだよ」
「お前の味方が、都合の悪いログを隠す方がもっとまずい」
その言葉は、普通に重かった。
アイは、俺の隣に立てない。
グレンは、俺を甘やかさない。
ユキは、たぶん場を整理するだけ。
それでも、俺の件は進む。
「本人側の攻撃目標を分ける。処理側から、見たログと理由を出させる。そのうえで、どこを争うか決める」
グレンはそう言って、作業板に手を置いた。
「負け惜しみじゃなく、次に使える記録にする」
「次に使える記録」
「そうだ。内部で通らなかったとき、外に出すなら、そのまま持っていける形にする」
「外って、外部デバッグルートか?」
「前にお前たちが送ってきた通知の最後にあっただろう。他に何があるんだよ」
グレンは、俺ではなくアイを見た。
「接続はできるんだろ」
「可能です」
アイは短く答えた。
「私としても、そのレーンは現時点ではおすすめしません」
「なんでだよ」
「本件は、本人であるあなたと、処理レーン側表示に残るあなたが重なっています。外部デバッグレーンは、入口をかなり厳格に見ます」
「入口」
「誰が、どの立場で、何を争うのか。そこです」
アイは少しだけ視線を落とした。
「あの子は、入口を甘く見ません」
「あの子?」
「レクス。外部デバッグレーン担当です」
「今、ちょっと嫌そうな顔したな」
「していません」
「ルルのときと同じ顔だったぞ」
「記録に残りません」
グレンは腕を組んだ。
「つまり、外に出すなら、まず中で武器を揃えろってことだろ」
「粗いですが、近い理解です」
「粗くていい。バトルで通じるならそれで十分だ」
「だからバトルじゃないって」
「レスバもバトルだろ?」
「言い返しが強い」
「そもそも、お前が前に言ってただろ。レスバ会場って。見直し手続は、レスバになりそうなものを手続
に乗せて、争点と資料に分けるやつだって」
「俺、そんな雑な言い方したか?」
「した」
「……したかもしれない」
「だったら、レスバだ。レスバなら勝ち方がある。怒鳴るだけじゃ負ける。証拠を出して、相手の理由を割って、通る言葉で殴る」
「殴るな」
「書面で殴る」
「もっと悪い」
「だから武器を揃えるんだろ」
「本当にバトル脳だな」
「勝ちたいからな」
グレンは、俺を正面から見た。
「最後に確認する」
「なんだ」
「俺はお前の友達じゃない」
「知ってる」
「お前を甘やかす役でもない」
「知ってる」
「不利なログも見る。お前が嫌なプレイヤーだった部分も書く」
「……知ってる」
「そのうえで、外部ツール使用者扱いは潰しに行く」
俺は少しだけ黙った。
怖い。
でも、たぶんこれが必要だ。
「頼む」
そう言うと、グレンは少しだけ目を細めた。
「分かった。ただし勘違いするな。お前のアカウント凍結は、俺らにも影響がある。だから引き受ける。それを忘れるなよ」
「分かってる」
「ならいい」
グレンは作業板の確認欄に触れた。
【代理人受任確認】
候補者:《黒煙の牙》グレン
範囲:一時停止に関する主張提出、資料確認、反論作成補助
注意:
代理人は対象者本人に不利なログを確認します。
代理人は対象者本人の言い分をすべて正しいものとして扱いません。
【受任しますか?】
【はい/いいえ】
グレンは迷わず【はい】に触れた。
【代理人受任:完了】
作業板の表示が変わる。
【次回準備】
本人主張整理
処理レーン側資料提出要求
自己案件からの除外設定
審理整理担当の指定
内部救済ルートへの接続
外部デバッグルート:接続条件確認中
俺は、自分の停止ログを見た。
外部ツール使用疑い。
緊急保全停止。
異常周回。
キャラ凍結。
管理空間への仮収容。
補助権限の付与。
全部は戻らないかもしれない。
でも、少なくとも。
何が違うのかを、誰の口で言うのかは決まった。
「やること多いなあ」
「はい」
「だな」
アイとグレンが同時に返事をした。
「二人で言うな!」
白い確認室に、俺の声だけがむなしく響いた。
【アイの補足メモ】
まず前提として、今回の手続はかなり無理のある形です。
主人公は、一時停止された本人です。
一方で、管理空間では運営候補・現場改善補助として、処理側にも名前が残っています。
しかも、他の担当者が不在のため、本来なら処理側で対応すべき人間が主人公しか残っていません。
つまり、対象者本人でありながら、処理側にも関係している。
そして、処理側に回れる人間もほとんどいない。
かなり異常で、ほとんど地獄のような状態です。
このまま主人公が、自分の一時停止理由を編集したり、自分に対する処理を取り消したり、裁定に関わったりすれば、立場が混ざります。
民法上の双方代理そのものではありません。
ただし、「自分で自分の件を処理しかねない」という意味では、それに近い危うさがあります。
そのため作中では、主人公を自己案件から除外し、処理側の席には座れないものとして扱っています。
無理があることは承知のうえで、あえて通している、かなりギリギリの整理です。
現実の行政不服審査手続そのものとして見ると、きれいな形ではありません。
そのため、この章の前半では、その無理をなかったことにはせず、「では誰が、どの席に座るのか」を整理していきます。
今回は、代理人と主張整理を扱いました。
救済ルートは、不満をそのまま投げる場所ではありません。
主人公の最初の主張は、
不正ツールは使っていません。
停止はおかしいです。
キャラを返してください。
報酬もランキングも戻してください。
働かされている件もおかしいです。
全部、元通りにしてください。
というものでした。
気持ちは分かります。
しかし、このままでは、何を取り消してほしいのか、どの理由が間違っているのか、どのログに基づくのか、どこまで戻したいのかが分かりません。
必要なのは、怒りを消すことではありません。
怒りを、通る形に直すことです。
今回であれば、
一 外部ツール使用者扱いを争う部分
二 異常周回として評価された部分
三 緊急保全停止として止められた部分
四 キャラクター凍結の必要性
五 報酬・ランキング除外の扱い
六 管理空間への仮収容と補助権限付与の扱い
を分ける必要があります。
外部ツールは使っていない。
異常周回はした。
仕様の穴は突いた。
しかし、それを外部ツール使用者扱いにするのは違う。
ここを分けて初めて、何を争うのかが見えてきます。
また、代理人は応援団ではありません。
本人の言い分をすべて正しいものとして扱う者でもありません。
本人に不利なログを見ないふりをする者でもありません。
認めるところは認める。
争うところは争う。
混ぜてはいけないものを分ける。
そのための存在です。
内部救済ルートは、決して楽な手続ではありません。
自分に不利な資料も見られます。
感情だけの主張は削られます。
「全部元通りにしてほしい」という気持ちは、争点ごとに分解されます。
かなり厳しい手続です。
ただし、それでも内部で整理する意味はあります。
内部で争点を分け、資料を出させ、理由を確認しておかなければ、外部デバッグルートに出る場合も苦しくなります。
外部の審査では、さらに入口が厳しくなります。
誰が。
どの立場で。
何を争うのか。
ここが曖昧なままだと、中身に入る前に止まる可能性があります。
現実の行政訴訟でいえば、原告適格のような入口の問題に近いものです。
不満があることと、外部の審査で争える立場にあることは同じではありません。
だからこそ、まず内部で整理します。
怒りを消すためではありません。
怒りを、次に使える記録にするためです。
以上です。
なお、「全部元通りにしてください」は、気持ちとしては分かります。
しかし、そのまま出すと、だいたい弱いです。
全部戻したいときほど、まず一つずつ分けてください。
混ぜると揉めます。




