ダンジョン修繕と、手伝ってくれる人たち
結局、俺たちは三番を選んだ。
仮封鎖と同時に、協力依頼を流す。
【協力依頼:古坑道・第一層 危険箇所の調査】
現在、初心者向けダンジョン《古坑道・第一層》で地形不具合が確認されています。
本番ダンジョンでは、危険箇所周辺を一時的に封鎖しています。
安全な調査用インスタンスにて、再現条件の特定にご協力いただける方を募集します。
参加は任意です。
調査用インスタンス内では、落下時の自動救出およびダメージ軽減処理が行われます。
ご協力いただいた方には、薄謝として報酬をお送りします。
「薄謝って書くあたりが、ほんとそれっぽいな……」
「“豪華報酬!”と書くと、本来の趣旨がずれますから」
「そういう問題か?」
「そういう問題です。報酬目当てで無茶をされると、調査ログが荒れます」
「それはそう」
「善意と称号欲しさが、ちょうどよく混ざる程度が理想です」
「その設計、ちょっと腹黒くない?」
「運営ですので」
「開き直るな」
*
協力依頼を出してから三十分もしないうちに、反応は思った以上に集まった。
【反応ログ】
・うわ、あそこマジで危ないよな。
・昨日フレンドが落ちた場所これじゃん。
・報酬なくても直したほうがいいやつ。
・坑道保全協力員、ちょっと欲しい。
・薄謝って言葉、ゲームで初めて見た。
・安全インスタンスなら参加する。
・初心者が落ちる場所なら早めに直した方がいい。
・手伝うから、あとで場所教えて。
「いるなあ……物好き」
「善意と称号欲しさは、時に強力です」
アイが冷静に言う。
「でも、思ったより優しいな」
「はい」
アイは、淡々とログを見ていた。
「この世界のプレイヤーは、騒がしいです。勝手ですし、無茶もします。ですが、困っている初心者がいると分かれば、手を貸す人もいます」
「なんか、普通にいい話じゃん」
「普通にいい話です」
「そこは淡々と言うんだな」
「照れるところではありませんので」
調査用インスタンスが開かれると、実地報告が次々に積み上がっていった。
【協力者報告】
「左壁にこすりながら走ると落ちやすいです」
「敵の体当たりを受けた瞬間だけ、床判定が抜ける感じがあります」
「二人で通ると、後ろの人が押されて落ちました」
「普通に歩くだけなら落ちません。ダッシュ停止直後が危ないです」
「穴に落ちた後、上の敵から攻撃だけ通ります。こっちの攻撃は届きません」
「初心者だと帰還アイテムの使い方、分からないかもです」
「穴の前に注意看板があっても、戦闘中だと読めないと思います」
「これ、思ったより細かいな」
「はい。単なる穴ではなく、壁際移動、ノックバック、ダッシュ停止、敵の攻撃範囲が重なっているようです」
「ログだけじゃ無理だった理由、分かってきた」
「ありがとうございます。そう言っていただけると、少し救われます」
「なんでお前が救われるんだよ」
「説明しても、“難しいこと言って誤魔化してる”と思われることが多いので」
「うわ、ありそう……」
「あります」
「あるのかよ」
調査に参加したプレイヤーたちは、思ったより真面目だった。
もちろん、変な動きをして遊ぶやつもいる。
落下しながらポーズを決めるやつ。
穴の底で記念撮影するやつ。
「ここが俺の家」と言い出すやつ。
この世界の民度は、だいたい想像を裏切らない。
しかし、その中に有用な報告もちゃんと混ざっていた。
「最後の二つ、ありがたいな」
「はい。単なる不具合条件だけでなく、初心者の行動を前提にした報告です」
「こういうの、運営側だけだと見落としそうだな」
「見落とします」
「即答するな」
「だから、助かっています」
その言い方は、いつものアイにしては少しだけ素直だった。
集まった報告を整理し、アイが再現手順の骨子を組み立てていく。
【再現条件・暫定】
1.西側通路の壁際を一定速度以上で移動
2.小型モンスターからノックバックを受ける
3.ダッシュ停止直後、座標X:118 Y:44付近で地形判定を逸脱
4.脱出不能領域へ落下
5.上部モンスターから攻撃のみ継続して到達
【追加観察】
・初心者は帰還アイテムをショートカット登録していないことがある
・戦闘中は注意表示を読めない可能性が高い
・穴付近の鉱石表示が、壁際移動を誘導している可能性あり
「おお……」
思わず声が出た。
ただの苦情が、協力者の報告になり、再現条件になっていく。
さっきまで「変な穴に落ちます」だったものが、「この条件でこの不具合が起きます」に変わっている。
「これなら、工事モジュールに通せます」
アイが言う。
「“穴が危ない”ではなく、“この条件でこの不具合が再現し、安全性を著しく損なっている”という形にまで落とせましたから」
「プレイヤーに手伝ってもらったおかげだな」
「ええ。運営だけで完結しない案件、ということです」
そこでふと、ひとつの疑問が湧いた。
「なあ、こういうのってさ」
「はい」
「運営が“ちょっと危ないけどまあいけるだろ”って放置してたら、どうなってたんだ?」
アイは少しだけ目を伏せた。
「たぶん、誰かが大きく損をするまで、後回しにされていたでしょうね」
「うわあ……」
「ですから、早い段階で声が上がり、しかもそれを拾えるだけのログと協力が集まったのは、かなり幸運です」
いつもより少しだけ、アイの声はやわらかかった。
「苦情って、面倒だけどさ」
「はい」
「こういうのを見ると、ないと困るんだな」
「はい。静かな不具合ほど、声が上がらなければ埋もれます」
「穴だけに?」
「今のは記録しません」
「助かる」
数時間後。
工事モジュールから、修繕完了の通知が返ってきた。
【修繕完了】
《古坑道・第一層》危険箇所の地形欠損を補修しました。
あわせて、周辺モンスターのノックバック処理を一部調整しました。
脱出不能領域に落下した場合の救出判定を追加しました。
鉱石表示の位置を一部調整しました。
初心者向け帰還アイテム案内を再表示する処理を追加しました。
「お、通った」
思わず身を乗り出す。
「思ったより早かったな」
「緊急修繕扱いですから。再現条件がきちんと揃っていれば、工事モジュールは早いんです」
「逆に言えば、そこが揃わないと延々止まるんだな」
「はい」
嫌になるほど、筋が通っていた。
そのあと、協力してくれたプレイヤーたちに報酬が送られた。
簡易回復薬。
少額の通貨。
そして、小さな称号。
【称号を獲得しました】
坑道保全協力員
ログ帯には、思ったより前向きな反応が流れる。
【反応ログ】
・なんか地味にうれしい。
・こういうの嫌いじゃない。
・直るなら全然手伝うわ。
・称号が地味すぎて逆に好き。
・坑道保全協力員、職歴に書けますか?
・書くな。
・初心者さん助かるならよかった。
・次から落ちないで済むなら十分。
「意外と、悪くないな」
俺が呟くと、アイは静かに頷いた。
「はい。文句を言う人と、手を貸してくれる人は、案外同じだったりします」
「え?」
「本当にこの世界を見捨てている人は、最初から何も言いません。苦情を送る人も、調査に協力する人も、根っこのところでは“まだ良くなる余地がある”と思っているんです」
その言い方は、少しだけ好きだと思った。
「お前、たまにいいこと言うよな」
「常に言っています」
「それは言いすぎ」
「では、記録上は“たまに”にしておきます」
「そこは正直だな」
*
もっとも、全部がきれいに終わったわけじゃない。
未処理件数の赤いバッジは、相変わらずしぶとく残っている。
【未処理ログ】
・採掘ダンジョンの資源不足:要検討
・休憩ポイント増設要望:保留
・人気配信者のバグ利用疑惑:精査中
・古坑道全体の導線改善:改修案件候補
・初心者向け救出チュートリアル:検討中
「終わんねえな」
「終わりませんね」
アイはきっぱり言った。
「修繕はできても、改修はまた別です。壊れた穴を塞ぐのと、ダンジョン全体の設計を見直すのとでは、必要なプログラムも、調整の重さも違いますから」
「つまり今日は、“穴を埋めた”だけか」
「その“だけ”が、とても重要なんです」
アイはそう言って、今日の対応ログを保存した。
【対応記録】
・《古坑道・第一層》危険箇所を仮封鎖
・調査用安全インスタンスを作成
・プレイヤー協力型調査を実施
・再現条件を特定
・工事モジュールへ緊急修繕要求を提出
・地形欠損、ノックバック処理、救出判定を修繕
・鉱石表示と帰還アイテム案内を一部調整
・協力者へ報酬と称号を付与
・古坑道全体の改修要否を検討メモ化
「安全を回復すること。利用者に“直る”と示すこと。そして、運営だけでは届かない場所に、プレイヤーの協力で手を伸ばすこと。今日は、その三つができました」
「今日は、助けてもらったな」
「はい」
「苦情を言われて、調査も手伝ってもらって、最後に初心者のことまで心配してもらった」
「はい」
「プレイヤーって、面倒だけど」
「はい」
「悪くないな」
アイは少しだけ間を置いた。
「その認識は、大事だと思います」
俺は修繕完了のログと、協力プレイヤーの一覧を見返しながら、ひとつ息をついた。
ダンジョンの穴を埋めるだけで、こんなに手間がかかる。
しかもそれを、運営だけでは最後までやり切れない。
ただ、今日のログには、通報だけではなく、協力の記録も残っている。
文句。
報告。
調査。
修繕。
称号。
たぶん、この世界は、運営だけで動いているわけじゃない。
プレイヤーだけで好き勝手に回っているわけでもない。
その間に、面倒くさいやり取りがあって、ようやく少しずつ直っていく。
運営ってやつは、思っていたよりずっと広くて、ずっと不器用な仕事らしい。
そんなことを考えたところで、保存先の選択画面が開いた。
【保存先を選択してください】
・現役ダンジョン管理
・修繕ログ
・改修案件候補
・旧ダンジョン案件
「旧ダンジョン案件?」
俺は、何気なくそのフォルダに触れた。
古い記録が、ずらりと並ぶ。
使われなくなった鉱山跡。
閉鎖された訓練場。
イベント終了後に残された仮設迷宮。
その中に、一つだけ妙に目立つ名前があった。
【レムナント・ラボ】
「……懐かしい名前だな」
思わず声が出た。
レムナント・ラボ。
たしか、俺がまだ普通にプレイヤーだったころに実装されていた、研究施設型のダンジョンだ。
薄暗い実験室。
割れた培養槽。
意味ありげな警告ログ。
やたら硬い警備ゴーレム。
雰囲気は好きだった。
ただ、通常ルートから外れた場所にあって、初心者がふらっと行くような場所ではなかったはずだ。
「レムナント・ラボって、もう閉じたんじゃなかったか?」
「はい。現在は通常利用を終了しています」
「だよな。じゃあ、今は関係ないだろ」
「関係があるようです」
アイが、さらに奥の申請ログを開いた。
【レムナント・ラボ長期利用申請】
申請者:ギルド《灰色の工房》
代表:シグレ
状態:確認中
経過:標準処理目安を大幅超過
「……確認中?」
「はい」
「標準処理目安を、大幅超過?」
「はい」
「これ、もう煙出てるだろ」
「はい」
アイは、いつも通り淡々と答えた。
「燃える前の匂いがします」
「匂いで済んでるか?」
俺が表示を見ていると、申請ログの端に小さなメモが添付されているのに気づいた。
【前任者メモ】
あとでやる(本気)
「前任者あああああ!」
「本気だったようです」
「本気で放置するな!」
俺は、さっきまで開いていた古坑道の修繕ログを見た。
壊れた穴は、埋まった。
プレイヤーたちは、文句を言いながらも手を貸してくれた。
この世界は、まだ良くなる余地がある。
そんなふうに思った直後に、フォルダの奥から、別の穴が見つかった。
地形の穴ではない。
処理の穴だ。
そして、それはたぶん、前任者が「あとでやる」と書いたまま、誰にも埋められなかった穴だった。
【アイの補足メモ】
前回は、お願いと命令の違いについて説明しました。
今回は、「苦情」についてです。
現実でも、行政には毎日たくさんの意見や苦情が届きます。
もちろん、中には勘違いや無茶なものもあります。
ですが、その中に本当に危険な情報や、制度を改善するきっかけが混ざっていることも少なくありません。
だから、内容を確認します。
必要なら調査します。
そして、改善につなげます。
今回の穴も、最初は「変な穴があります」という一件の報告でした。
でも、協力者から情報が集まり、
「どんな条件で」
「なぜ起きるのか」
が分かりました。
苦情は、面倒な仕事を増やすものではありません。
改善の入口になることもあります。
なお、「あとでやります」とメモを残す場合は、
本当にあとでやりましょう。
未来の自分も、だいたい他人です。




