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BANされた俺、なぜか運営の仕事を手伝わされる 〜ゲーム世界の裏側は、思ったよりお役所でした〜  作者: Altis
第1章 管理空間編 運営の仕事は思ったよりお役所でした

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15/35

初心者ダンジョンに穴が空いていたので、頭を抱えました

《古坑道・第一層》は、「ここを越えれば一人前」と言われる場所だ。


 もちろん、本当に一人前になれるわけではない。


 だが、初めての採掘。

 初めての小型モンスター。

 初めての分かれ道。

 初めて「奥に進むか、戻るか」で少し迷う感じ。


 そういうものが、ちょうどよく詰まっている。


 少なくとも、そういう場所だと聞いていた。

 三つ目の角で、いつもと少しだけ違う選択をした。

 壁際の鉱石が、淡く光っているのが見えた。

 つい、そちら側の端をぎりぎりに走ってしまう。


「あ、あれ採れるかな」


 アバターを壁沿いに寄せる。


 その瞬間、小型モンスターが一匹、角から飛び出してきた。


 盾を構える前に、小さな体当たりが入る。

 視界が揺れた。


 足元の石畳が、すっと消えた。


「え?」


 身体が、ゆっくりと落ちていく。

 胃がふわりと浮くような感覚。

 落下ダメージの鈍い衝撃。


 暗い底。


 そこは、細長い縦穴のような場所だった。

 四方の壁はつるつるしている。

 ジャンプしても届かない。

 登るコマンドもない。

 帰還アイテムは、初心者用の説明を読み飛ばしていて、まだ手元のショートカットに入れていなかった。

 穴の上の方から、小型モンスターが覗き込んでいる。


 ときどき、石ころを落としてくる。

 地味に痛い。


「……初心者用、だよね?」


 坑道の底で、ひとりごとが漏れた。

 視界端のメニューを呼び出し、浮かび上がった【不具合報告】の項目に指を伸ばす。


 クレームを入れるほどのことなのか。

 自分の動きが悪かっただけなのか。


 少し迷った。

 けれど、アバターは今も縦穴の底で石ころを食らっている。


「これ、本当に初心者用なの?」


 短い報告文を打ち込んで、送信した。


 挿絵(By みてみん)

 

 ついさっきまで、俺は「お願い」と「必須確認」の違いで頭を抱えていた。

 低刺激席はお願い。

 途中退出導線は必須確認。

 断れるものはお願い。

 断ったら止まるものは、もはやお願いではない。

 ようやくその線引きをひとつ片付けたと思ったところで、今度は別の種類のログが積み上がった。


【新規要望・不具合報告】

・初心者ダンジョンの第一層で、変な穴に落ちると戻れません。

・壁際に寄ると、敵だけ一方的に殴ってきます。

・採掘ダンジョンの鉱石が湧かなすぎて生活できません。

・休憩ポイントが少なくて、子どもが途中で疲れます。

・配信者がバグ芸してました。あれ放置でいいんですか?


「見ないふりはできないよな」

 俺は思わず頭を抱えた。

「はい」

「これ、お願いで済む話?」

「案件によります」

「一番嫌な答えだな」

「正確ですので。内容を確認してください」


【緊急度:高】

初心者向けダンジョン《古坑道・第一層》にて、地形の欠損を確認。

特定座標に落下したプレイヤーが脱出不能となり、継続湧きするモンスターによって再行動不能に陥る事例が複数発生。

新規離脱率、上昇傾向あり。


「うわ」

 声が漏れた。

「これ、普通にヤバいやつじゃん」

「はい。かなり優先度の高い案件です」

 アイがウィンドウを拡大する。

「《古坑道・第一層》は、初心者向けとして一般開放されているダンジョンです。そこで“落ちたら戻れない穴”が発生し、さらに敵が継続して湧いている。みんなが使う場所としての安全性に問題があります」

「みんなが使う場所、ねえ」

「多数のプレイヤーが利用することを前提に、運営が管理し、開放している場所です。そういう意味では、広場も、初心者ダンジョンも、どちらも“みんなが使う場所”です」

「要するに、みんなが使う道に穴が空いてるみたいなもんか」

「そう考えていただいて構いません」

「それ、放置したら普通に怒られるやつでは?」

「怒られるだけで済めばよいですね」

「急に怖いこと言うな」

「安全性の問題ですから」

 俺は、さっきまで開いていたお願い文チェックリストを思い出した。

 お願いなら、断れる。

 必須なら、理由がいる。

 では、これはどうか。

 落ちたら戻れない穴。

 初心者向けダンジョン。

 継続湧きする敵。

 これは、お願いでは済まない。

「今回は、“注意してください”じゃ足りないよな」

「はい」

「通らないでください、でも弱い?」

「今回は、仮封鎖が適切です」

「仮封鎖」

「はい。安全性が回復するまで、危険箇所周辺を一時的に使えない状態にします」

「命令寄りだな」

「はい」

 アイは、淡々と頷いた。

「ですので、根拠と手順が必要です」

「根拠?」

「世界律に基づく、ダンジョン管理規定です」

「前にルルが言ってた、“世界律が大きな道を置いて、運営がその中で細かい案内を作る”やつ?」

「構造としては同じです」

「じゃあ、その道の中なら止められる?」

「はい。ただし、かなり狭い道です」

「狭い道」

 アイが、古い規定を開いた。


【ダンジョン管理規定:危険箇所の仮封鎖】

一 対象となる危険箇所を、座標または区画で特定すること。

二 通常利用者に現実の危険があること。

三 注意表示では危険を回避できないこと。

四 封鎖範囲を必要最小限にすること。

五 封鎖期間または再確認時期を示すこと。

六 迂回ルートまたは代替手段を案内すること。

七 修繕要求または調査要求を同時に行うこと。

八 封鎖理由を記録すること。


「多い!」

「命令寄りの措置ですので」

「世界律から委ねられてるのに、これ絞りすぎて大変になるやつじゃない?」

「世界律に基づくからこそ、絞っています」

「でも、大変にはなるだろ」

「なります」

「そこは否定してくれ」

「否定すると、あとで困ります」

「前任者も、こういうので困ったんじゃないのか……?」

「かもしれません」

「含みを持たせるな」

「今は、本件を進めましょう」

「逃げたな」

「優先順位を整理しました」

 俺は規定をもう一度見た。

 対象を特定する。

 危険がある。

 注意表示では足りない。

 封鎖範囲は最小限。

 期間か再確認時期。

 迂回ルート。

 修繕要求。

 理由記録。

「お願いじゃ足りないときは止められる。でも、止めるなら理由と範囲と期限を出せ」

「よい理解です」

「今のは、俺が言ったぞ」

「はい。記録しておきます」

「それはしなくていい」

 俺は、規定に従って対応案を組むことにした。


   *


 まずは本番ダンジョン側の危険座標周辺を仮封鎖する。


【仮封鎖通知】

初心者向けダンジョン《古坑道・第一層》の一部区画において、地形不具合による脱出不能事例が確認されています。

安全確認および修繕対応のため、次の区画を一時的に封鎖します。


対象区画:

西側通路・第三分岐付近


封鎖理由:

落下後に脱出できず、周辺モンスターから継続して攻撃を受ける事例が複数確認されたため。


期間:

修繕完了および安全確認が終了するまで。


代替ルート:

東側通路を利用してください。


「足元にご注意ください、じゃなくていいのか?」

「今回は脱出不能が発生しています。“注意して通ってください”ではなく、“通らないでください”が適切です」

「危なさの段階が違うのか」

「はい。注意表示と仮封鎖は、似ていますが違います」

「さっきのお願いと必須の話に、ちょっと似てるな」

「似ています。相手に任せられる段階なのか、こちらで止めるべき段階なのか。その線引きです」

「結局、線引きばっかりだな」

「運営の仕事は、かなりの部分が線引きです」

「地味すぎる」

「でも、線を引かないと人が落ちます」

「今回は文字通りだな」

 仮封鎖はできた。

 だが、それだけでは穴は塞がらない。

 問題は、修繕要求に必要な情報だった。

「座標も、落下ログも、被害報告も出てるんだろ? それで足りないのか?」

 俺が聞くと、アイは少しだけ指を止めた。

「足りません」

「マジで?」

「今回の穴は、特定の進入角度と移動速度が重なったときにだけ発生しているようです。落下そのものはログで拾えますが、“どういう動きで嵌まったか”が再現しきれません」

「つまり、“穴がある”のは分かるけど、どう踏んだらそうなるのかが曖昧ってことか」

「はい。そして、再現条件が曖昧なままでは、工事モジュールに修繕要求を通しても、“再現性不十分”で差し戻される可能性があります」

「めんどくさ……」

 あまりにも現場っぽい言葉が、口からそのまま出た。

「そんなことまでしないといけないのか?」

「しないと、直りません」

 アイはまったく容赦がない。

「修繕というのは、“壊れていそうだからたぶんこの辺を埋めておく”では済まないんです。どこが、どう壊れていて、どう直せば危険が除去されるのか。そこまで確定して、はじめてプログラムが動きます」

「うわあ……」

「お気持ちは分かります」

「分かるなら、もうちょっと優しく言ってくれ」

「優しく言うと、“なんとなく直ります”になります」

「それは嫌だな」

「でしょう」

 アイは、すぐに対応案を出した。


【対応案】

1.現状のログだけで修繕要求を送る

2.仮封鎖したまま、通常ログの蓄積を待つ

3.安全な調査用インスタンスを作成し、プレイヤー協力型の危険箇所調査を実施


「一番は?」

「差し戻しの可能性が高いです」

「二番は?」

「被害拡大は抑えられます。ただし、条件の特定には時間がかかります」

「三番」

「安全な複製空間で、プレイヤーに動きを試してもらいます」

「要するに“ユーザーに仕事振る”ってことだろ」

「言い方としては、そうなります」

 アイは否定せず、むしろ正面から頷いた。

「ただし、本番の危険箇所へ送り込むわけではありません。本番側は仮封鎖したまま、落下しても自動救出される調査用空間を使います」

「ああ、それならまだ分かる」

「協力は任意です。報酬を提示し、同意した方だけに参加していただきます」

「初心者ダンジョンの穴にプレイヤーを突き落として“調査です”とは言わないわけだな」

「言いません」

「言わない運営でよかった」

 アイは、少しだけ目を細めた。

「過去に言いかけた部署はあります」

「あるのかよ」

「止めました」

「そこは偉い」

 俺は対応案を見た。

 本番ダンジョンの仮封鎖。

 調査用インスタンス。

 任意協力。

 報酬。

 やることが多い。

 ダンジョンの穴ひとつ塞ぐのに、なんでこんなに手間がかかるのか。

 それでも、危ない場所に人を入れないためには。

 直すための情報を集めるには。

 そして、手伝ってくれる人を、ただの作業員扱いしないためには。

 この面倒くさい手順がいる。

「……これ、頼み方を間違えたら燃えるやつだよな」

「はい」

「今日、そういうの多くない?」

「運営ですので」

「便利な言葉にするな」

 俺は頭を抱えながら、三番目の対応案に指を伸ばした。



【アイの補足メモ】


前回は、お願いと命令の境界について説明しました。

今回は、もう少し場所の話です。


現実の行政法では、道路、公園、河川など、みんなが使うために行政が管理しているものを「公物」と呼びます。この世界でいえば、広場、転送門、初心者ダンジョンなどが近いです。

誰でも使える場所だからこそ、運営は安全を確認しなければなりません。


穴があれば、塞ぎます。

危ない通路があれば、止めます。

敵が一方的に石を落としてくるなら、まずその敵に教育的指導をしたくなります。


ですが、通常は地形の方を直します。

ただし、危ないからといって何でも止めてよいわけではありません。

どこが危ないのか。

なぜ止めるのか。

どこまで止めるのか。

いつ見直すのか。

代わりの道はあるのか。


こういう説明が必要になります。

面倒ですが、必要です。なお、「初心者向け」と「絶対安全」は同じ意味ではありません。

でも、「落ちたら戻れない穴」は初心者教育ではありません。


ただの穴です

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