Day 5
午前9時15分。控室の空気は、静かだった。
直哉は、着ぐるみの頭部を膝に乗せ、じっと見つめていた。
「あと3回。あと3回“変身”すれば終わる」
そう言い聞かせながら、腰にテーピングを巻く。
首には冷却ジェル。
痛みは、もう“前提”になっていた。
田所さんが控室に入ってくる。
「今日、動き変えてみようか。昨日の回転、ちょっと危なかった」
直哉はうなずく。
「受け身、少し早めに取ってもらえますか。俺、着地がもう…」
「了解。ヒーローの動きに合わせるのが悪役の仕事だからな」
その言葉に、直哉は少しだけ笑った。
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ステージ。
気温37度。風はない。空気は重い。
着ぐるみの中は、開始5分で限界に達する。
だが、直哉の動きは、昨日までとは違っていた。
ジャンプの角度を変える。
回転を半分に抑え、ポーズで魅せる。
敵役との距離を調整し、無理な接触を避ける。
“技術”が、痛みを凌駕し始めていた。
田所さんとの連携も冴える。
直哉の動きに合わせて、敵役が吹き飛ぶ。
観客の歓声が、ステージを包む。
「ヒーロー、かっこいい!」
「今日の戦い、すごかった!」
その声が、直哉の背中を押す。
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ファンサービス。
今日は、初めて来たという兄弟が並んでいた。
弟が言った。
「ヒーロー、動きが本物みたいだった!」
兄が続ける。
「テレビよりすごい!生で見ると、ほんとに守ってくれてる感じがする!」
直哉は、拳を高く掲げて応える。
“守る”という意志が、動きに宿っていた。
その後ろで、スタッフが小声で言った。
「今日の動き、完璧でしたよ。さすが演劇部出身ですね」
直哉は、着ぐるみの中で小さく笑った。
“俺は、ヒーローになってる”
そう思えた瞬間だった。
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閉園時間。
最後の子どもが手を振る。
直哉は、笑顔のポーズで応える。
痛みはある。汗も止まらない。
でも、動きには“誇り”があった。
控室に戻り、着ぐるみを脱ぐ。
汗が床に滴り落ちる。
田所さんが缶コーヒーを差し出す。
「あと2回。いけるな」
直哉は、缶を受け取りながら笑った。
「はい。いけます」
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この日、直哉は“技と意志の融合”を果たした。
ヒーローは、ただ立つだけではない。
“どう立つか”が、すべてを決めるのだ。




