Day 4
午前9時20分。控室の床に、直哉はうずくまっていた。
腰は、もう“違和感”ではない。明確な痛み。
首は、振るたびに鈍い痺れが走る。
昨日の湿布は、すでに効かなくなっていた。
「今日、無理かもしれない」
そう思った瞬間、スタッフが声をかけてきた。
「昨日の子、また来てますよ。ヒーローに会いたいって」
直哉は、ゆっくりと顔を上げた。
“俺が出なきゃ、あの子はがっかりする”
その思いだけで、着ぐるみに手を伸ばした。
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ステージ。
気温36度。風は止み、空気は重い。
着ぐるみの中は、昨日よりも早く蒸し風呂になる。
汗が目に入り、視界が曇る。
だが、直哉の動きは、昨日よりも“芯”がある。
悪役との戦闘。
ジャンプの着地で腰が悲鳴を上げる。
回転の途中で首が引っ張られる。
それでも、直哉はポーズを決める。
拳を高く掲げ、胸元に当てる。
“俺はヒーローだ”
その意志が、動きを支えていた。
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ファンサービス。
昨日の女の子が、母親と一緒にやってきた。
「ヒーロー、今日も来てくれてありがとう」
直哉は、ゆっくりと膝をつき、手を差し出す。
女の子は、そっと手を握りながら言った。
「ヒーロー、ちょっと汗くさいけど…がんばってるの、わかるよ」
母親が笑いながら言った。
「この子、昨日から“ヒーローは本物だ”って言ってて」
直哉は、着ぐるみの中で目を閉じた。
汗が流れ、痛みが走る。
でも、心は少しだけ軽くなった。
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閉園時間。
最後の子どもが手を振る。
直哉は、笑顔のポーズで応える。
腰は限界。首は回らない。
でも、ヒーローは最後までヒーローでいなければならない。
控室に戻り、着ぐるみを脱ぐ。
汗が床に滴り落ちる。
直哉は、無言で天井を見上げた。
「あと3日…か」
その声は、誰にも聞こえなかった。
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この日、直哉は“痛みの中にある誇り”を知った。
ヒーローは、強いから立つのではない。
誰かのために、立ち続けるからヒーローなのだ。




