Day 3
午前9時30分。控室の床に、直哉は寝転んでいた。
タオルを首に巻き、腰に湿布を貼り、目を閉じる。
昨日の疲労が、筋肉の奥に根を張っている。
特に腰と首。寝返りを打つたびに、鈍い痛みが走る。
「おはようございます」
控室のドアが開き、悪役役者の“ガイア”が入ってきた。
本名は田所さん。30代半ば、元舞台俳優。
昨日は、直哉の動きに合わせて、絶妙に受け身を取ってくれた。
「腰、やばいでしょ」
田所さんが笑いながら、湿布を差し出す。
「俺も最初の年、ぎっくり腰やったからさ。これ、効くよ」
直哉は、思わず笑ってしまった。
「ありがとうございます…ほんと、昨日は死ぬかと思いました」
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ステージ直前。
スタッフの女性が、直哉の背中に保冷剤を差し込んでくれる。
「今日は昨日より風があるから、まだマシかも」
そう言いながら、彼女は直哉の手に麦茶を渡す。
「水分、こまめにね。ヒーロー倒れたら、子ども泣いちゃうから」
直哉は、うなずいた。
“ヒーローは一人じゃない”
その言葉が、胸の奥に静かに灯る。
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ショーが始まる。
今日は風がある分、昨日よりは動きやすい。
だが、痛みは変わらない。
腰に響く着地。
首にのしかかるヘルメットの重さ。
それでも、田所さんの動きが支えてくれる。
直哉のタイミングに合わせて、敵役が吹き飛ぶ。
「ナイス!」
小声で聞こえたその一言が、何よりの支えだった。
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ファンサービス。
今日は、昨日よりも子どもが多い。
夏休み中盤、家族連れが増えている。
直哉の前に、男の子が駆け寄ってきた。
「ヒーロー、昨日より強かったね!」
その言葉に、直哉は拳を高く掲げて応える。
“ありがとう”のポーズ。
その隣で、母親がぽつりと呟いた。
「中の人、ほんと大変だろうな…」
その声は、直哉の耳にしっかり届いた。
“見てくれている人も、いるんだ”
それだけで、少しだけ足取りが軽くなった。
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控室に戻ると、田所さんが缶コーヒーを差し出してくれた。
「3日目クリア、おめでとう」
直哉は、缶を受け取りながら笑った。
「あと4日…ですね」
「いや、あと4回“変身”するだけさ」
その言葉に、直哉は小さくうなずいた。
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この日、直哉は知った。
ヒーローは、孤独じゃない。
裏方の支え、仲間の気遣い、観客のまなざし――
すべてが、彼を立たせていた。




