3・夢から醒めた王国
あっ!
今まさに、えーいっ、と真実の鏡を振りかぶっていたわたくしです。
鏡の悪魔に映ったのは、慌てた様子のピョンスロット様でした。
『ひめ! おまちください! かがみでかがみをたたいてはいけません! われてしまいます!』
わたくしを前に、真っ青になった鏡の悪魔のお腹から、ウサギの騎士様の声が聞こえてきます。
なるほどです。
確かに、鏡でものを叩いたら割れてしまう気がします。
わたくし、うっかりしていました!
「チュー……。とびらのまものをたたいても、こわれなかったのは運がよかったぜ……」
わたくしの胸元で、パーシハムさんがやれやれと汗を拭います。
これを見て、ピョンスロット様が鏡の向こう側でぴょいーんと飛び上がりました。
『こらーっ! パーシハムきょう、ひめのそこはのりものではないぞー! おりるのだー!』
「チュチューイ!」
パーシハムさんが、ピョンスロット様におしりペンペンしていらっしゃいます。
ハムスターの騎士さんは、とっても自由な方みたいです!
『ホッホウ!』
『むっ! そ、そうだった! すっかりパーシハムきょうのペースにまきこまれるところだった。ひめ、よくきいてください! 私とひめとで、どうじにこのかがみのあくまをこわすのです!』
「同時にですね! ふーん!」
『しんじつのかがみでたたいてはいけません! われる、われる! そう、ちょうどひめのむなもとでくつろいでいる、ちゃいろいもこもこをにぎりしめて……』
「チュッ!?」
わたくしの手が、パーシハムさんを捉えます。
「い、いまのひめさまの手がみえなかったぜ……!? ええい、俺をどんきにされてたまるかあ」
パーシハムさんが、ピョンスロット様からのオーダーの意味を理解して、じたばた暴れ始めました。
「いけませんパーシハムさん! 優しくしますからお静かにです!」
「うおおー! も、もふもふのわざ!! チュゥ~」
『おそるべきもふもふのわざ……!! あのパーシハムきょうですらのがれられんとは! ……おっほん! ではまいりますぞ、ひめ!』
「はい!」
わたくしたちの話を聞いて、鏡の悪魔があわわわわ、という顔になりました。
一見して、悪魔の彫像が鏡を抱いているような形をしているのですが、とっても表情豊かです。
『ひめ、かがみのあくまが、あわれっぽいしぐさをしても、だまされてはいけませんぞ! それに、このかがみのあくまがボンボン王国をゆめのせかいにつつみこんでいるのです!』
「はい! ショコラ、心を鬼にします! 今から鬼ですよー! がおー!!」
『そのいきですぞ! ではいきましょう! いち!』
「にい!」
『「さん!」』
タイミングを合わせて、わたくしとピョンスロット様が、鏡の悪魔を叩きました!
甲高い音が響き渡ります。
パーシハムさんのお尻が炸裂した鏡面に、ヒビが入りました。
向こうでは、きっとニンジンさんが鏡の悪魔を割っていることでしょう。
その時です!
鏡の悪魔が割れたのと同じタイミングで、世界中から、何かが砕けるような高い音が聞こえてきました。
「姫様、窓の外が!! 町が……! 空が、割れます……!!」
イングリドが驚きの声をもらします。
わたくしも窓から外を覗いてみましたら、今まさに、空に亀裂が入って砕け散るところでした!
それはまるで、現実の世界と夢の世界が混じり合ってしまったかのよう。
家々の軒先で、カボチャのランタンが現れたり消えたり。
今まではいなかった、国民の皆さんがびっくりした顔で、往来に立っています。
見上げれば、星と極彩色が半々の夜空。
「これはきっと……魔女が王国にかけた魔法が解けようとしているのです……!」
イングリドの言葉に、わたくしはうなずきました。
ええ。
きっと、その通りです。
ボンボン王国はずうっと夢を見ていました。
その夢が今、覚めようとしています。
魔女が見せた悪い夢から、現実へと戻るのです。
その時、振り返ったイングリドが目を丸くしました。
「シ、ショコラーデ姫様! お姿が……薄く……!」
「えっ!? あら、まあ!」
わたくしの手が、足が、段々と輪郭をおぼろげにしていきます。
割れた鏡の悪魔に映る姿も、どんどん色を失っていくみたいです。
「イングリド、わたくしも夢から覚めるみたい。今度は堂々と門から来るから、またね」
わたくしは、この口うるさいけれど優しい侍従長に手を振りました。
パーシハムさんも、お尻を押さえながら手を振ります。
「はい……! お待ち申し上げております!」
ちょっと泣きそうなイングリドの顔を最後に、わたくしの意識は、ふわーっと浮かび上がっていきました。
ぱっと目覚めます!
爽やかな目覚めです。
「おはようございます!」
いつもの習慣で元気に声を出して、わたくしハッとしました。
なんだか、おでこの辺りがふんわり温かいです。
慌てて体を離す、オマール王子がおられました。
「ショコラーデ姫! 良かった……!」
「オマール王子様……。あれ? わたくし、さっきまでお城の中に……」
「うん。マーチン殿が、姫がピカピカ光り始めたら、その、おでことかにキスをしたら、君が目覚めると……」
「なるほどー」
「チュッチュッ」
パーシハムさんが、わたくしの顔を登っていきます。
おでこの辺りをぺたぺた触りました。
「キスされてるな」
「キス……おでこにキス……。ひゃっ」
わたくし、カッと顔が熱くなりました。
ひゃあー。
なんでしょう。とっても恥ずかしいです!
それはオマール王子も同じみたいで、顔を赤くしてそっぽを見ていらっしゃいます。
ああ、もう。
なんだか胸がドキドキします。
ですけれど、このまったりした時間はすぐに終わってしまうのです。
「おおおお! お前たちがあああ! 妾の王国を、こんなにしてええええ! 許さないよおおお!」
凄い声が、国中に響き渡りました。
とってもおどろおどろしい声です。
これは、魔女シュネーケの怒った声。
「こうなれば、国なんていらない! 何もかも壊して、妾は次の国に行くだけよ!! だけど、ショコラーデ!! そしてウサギ! お前たちだけはこのままにしておかないからね!! いでよ、猫魔法の魔神!!」
シュネーケの姿を探すと、彼女はお城の大広間から突き出した、ベランダに立っていました。
魔女が、手にした猫の杖を掲げます。
すると、杖がむくむくと動き出し……まるで風船のようにぷくーっと膨らんでいくのです!
どんどん、どんどん大きくなる。
見上げるほど大きな、お城ほどもある、それは大きな大きな猫。
金色毛並みのトラ猫が、未だに夢と現実が入り交じる王都の空に、
『ぶにゃあああああああ!!』
と吠えたのです!




