2・抜け道でポン!
夢の世界でなければ、何度も通ったことがある道です。
でも、夢の世界ですからなんだか勝手が違うようです。
抜け道の足元はふわふわしていて、まるでスポンジケーキの上を歩いているよう。
「どうしてこんなに、足元がしっかりしてないんでしょう?」
「まじょのやつは、ぬけみちのことなんか知らなかったんだろうぜ。だから、つくりがあいまいなんだ」
パーシハムさんの鋭い分析です!
なるほど、こちらの世界は、シュネーケが作った世界なのかもしれません。
知らないものや、無いはずのものを作ることはできないのでしょう。
「ひめさまがぬけみちに入っちまったから、このせかいにぬけみちができたんだろうな。つまり、ここはひめさまが作ってるってことだ」
「なんと、わたくしが!!」
それはとてもびっくりです!
わたくしが作っているなら、足元がふわふわしているのも納得です。
よく空想する、お菓子の家やスイーツの森。足元はゼリーだったり、プリンだったり。
「チューッ!? あしもとがぽよぽよしたものにかわった!」
あっ、いけません。
どうやら、本当にわたくしの想像に反応してるみたいです。
床が緑色のゼリーになってしまいました。
この香りはメロンゼリーです!
プルプルとする中を、わたくし転ばないように歩いていきます。
「よーし、抜け道が開いたぞ! 追え、追えー!」
「うわー!? 足元が変になってる! 足が埋まって……!」
「ゼリーだー!!」
後ろからは、魔女の兵隊たちの声が聞こえます。
追いつかれたら大変です!
「ゆかがやわらかいぜ。きをつけるんだひめさま!」
「大丈夫、任せてください! ふわふわした感じのところを歩くのは、慣れてるんです! いっつも夢や空想の中で歩いていますから!」
わたくし、不敵に笑います。
いつも、お城のみんなからもふわふわしてると言われているわたくしです。
ふわふわプルプルはわたくしの専売特許なのです!
猛烈な速度で、ゼリーの回廊を駆け抜けました。
途中、出口が見えてきます。
ここは、抜け道から今は使われていない部屋の一つに出る所で……。
「扉を開けます! パーシハムさん、そっちを押してください!」
「まかせろ! チュチュチュー!」
パーシハムさんが、わたくしの肩から飛び降りました。
眼の前には四角く切れ込みが入った壁。
わたくしは体全体でこれを押します。
パーシハムさんは、壁の下の方。
二人で、よいしょ! と押すと、くるりと壁が裏返りました。
長いこと使われていない抜け道ですが、ちゃんと今も動くのです。
「ととと……!」
勢い余って、抜け道の外へよろけるわたくしです。
そうしましたら、部屋の中に座っていた人物にぶつかってしまいました。
「きゃっ!」
「あいた!」
後ろの悲鳴がわたくしです。
ぶつかった相手の方は、床に直接座っていらっしゃったみたいで、わたくしに押し倒される姿勢になっていました。
……あら?
なんだか、見覚えがあるような。
きつめの印象の美人さんで、茶色の髪を後ろでまとめています。
この、いつもビシッと特製の侍従長の服を着ているのは……。
「!? ショ、ショコラーデ姫様!?」
「ひえー、イ、イングリド!?」
なんということでしょう!
侍従長のイングリドです!
しかもよりによって、彼女を押し倒してしまいました!
これは大きな雷が落ちてきますよ。
「ひえー」
わたくし、また悲鳴を上げながら、すごい勢いで飛び上がりました。
ぴゅっとイングリドから離れます。
そうしましたら、侍従長はカーっと怒るでもなく、呆然としてわたくしを見つめています。
そして、ゆるゆると体を起こしました。
わたくし、思わず駆け寄って手を貸します。
イングリドが弱っているように見えたからです。
恐るべき侍従長と言えど、弱っている時は手を差し伸べる。それがわたくしです!
「だから雷を落とすのは優しい感じにしてください……!」
「姫様、打算が透けて見えています……」
イングリドが苦笑しました。
彼女はようやく立ち上がると、スカートの裾をパンパンと払います。
そして、その上でわたくしに向かって手を広げました。
ひええ、恐怖のほっぺを引っぱるお仕置きがやって来ます!!
わたくし、戦慄しました。
ところが。
イングリドは正面から、わたくしをぎゅっと抱きしめたのです。
「姫様……! よくぞ、ご無事で……!」
「まあ」
「ひめさまがなんで、そんなにみがまえてるか分からんが、そっちのねえさんはよろこんでるようだぜ」
わたくしたちの足元で、パーシハムさんがおヒゲを撫でています。
突然殿方の声がしたので、イングリドがギョッとして顔を上げました。
「だ、誰っ!?」
「イングリド、今の声はパーシハムさんです。わたくしの騎士さんなんですよ。パーシハムさん、おいでー」
わたくしが手をのばすと、「チュチューイ」と声を上げて、パーシハムさんが飛びついてきます。
たちまち腕を駆け上がり、肩の上にちょこんと座りました。
「俺がパーシハムだ。あんたがひめさまのはなしていた、おっかねえイングリドか。ぶじでよかったぜ」
「ハ、ハ、ハムスターが喋った! しかも渋い殿方の声で!!」
あっ!
イングリドが仰天する顔を初めて見ました!
これはなかなか楽しいです。
「イングリド、びっくりしましたか? びっくりしたでしょう!」
「びっくりしました……。ですが、彼は姫様の騎士なのですね? 姫様は、外の世界から新しい供を引き連れてやって来られた。ご無事であられた……。それが、私には何よりも嬉しいのです……!」
またぎゅうっと抱きしめられました。
な、なんでしょう。
わたくしが知るイングリドと違います。優しい。
これはもしや、シュネーケの罠でしょうか。
「いや、どうやら、ゆめのせかいにとじこめられてたみたいだぜ。そこにひめさまがきて、きんちょうがゆるんだんだろう。今はそのままでいさせてやんな」
姿は可愛いのに、いつも渋いパーシハムさんが優しい声を出しました。
イングリドがいつもよりも小さく感じます。
わたくしは、彼女の背中をなでてあげました。
そうしますと、イングリドは肩を震わせて泣き出します。
わたくし、大混乱です。
こういう時、どうすればいいのでしょうか!?
「そのまま、そのまま」
そのまま!!
わたくしはしばらく、イングリドが泣き止むまで待つことになったのです。




