真夜中の行進
国を訪れていたショコラーデ姫が、実は魔物だったということは、口が裂けても言えるものではない。
……と、言うことで、入国した本物のショコラーデ姫一行は、こっそりとお城に向かうことになった。
「ミルクレープさんを隠すのですか?」
「で、殿下、どうぞご理解下さい。骨の馬が歩いていたら、普通にパニックになります。怖い」
緊張した口ぶりで姫と話し合うのは、兵士長のオキアミス。
大ファンであったショコラーデがすぐ目の前にいて、しかも一対一で言葉を交わしている。
緊張しないほうがおかしい。
骨の馬ミルクレープには布が掛けられ、馬のような形に見えるオブジェとして扱うことになった。
もっとも、このオブジェは自分で歩くのだけれど。
「カタカタカタ」
「あら、ミルクレープさんはこれでいいのですか? 優しいお馬さんなのですね」
ショコラーデ姫がなでなですると、骨の馬ミルクレープは嬉しそうに頭をあちこちの骨を鳴らす。
時間は真夜中。
国の民は家の扉を閉じ、寝静まっている時間。
ふと、戸締まり前に外を覗いた者がいる。
年端もいかない少女だ。
彼女は、兵隊たちを伴った、この奇妙な一行に気づいた。
「ママ。なんだか、不思議な人たちがあるいてる」
「不思議なひとたちって?」
母親も外を覗きに来る。
シュリンプ王国は豊かな国で、治安もいい。
だから、みんなこんな風にのんびりしているのだ。
二人が縦に並んで、扉の隙間から外を覗く。
それは、布を被った大きな馬。
だけれど、布が届かない足元は、真っ白な骨の足が丸見えだ。
歩く度に、カタッ、カタッ、と乾いた音がする。
馬の頭の上には、ふくろう。
白っぽくて、灰色のようで、青くも見える不思議な羽の色をしている。
ふくろうと少女の目が合った。
「ホッホウ」
「あら、どうなさったのですか、ヴィヴィアンさん?」
後からやって来た、質素な服装の娘が、手を伸ばしてふくろうを撫でた。
彼女はふくろうが見つめる先を振り返るのだが、少女の視線には気づかない。
だが、少女は一瞬、心臓が止まるかと思った。
「お……お姫様だ……!」
なぜかそう思ってしまった。
服装は、綺麗なドレスを着ているわけでもない。
豪華な冠も被っていないし、装飾品だってない。
なのに、そこに現れた彼女は、紛うことなきお姫様だった。
きらきらと、内から放たれる輝きが眩しい。
一つ一つの仕草に気品があり、発する言葉は優しく耳を撫で、心地よい。
少女は昼間、ボンボン王国から来たという王女様を見ていたが、あんなものは偽物だと思う。
美しいドレスを着飾って、きらびやかな装飾品に身を包んで、確かに見た目は綺麗だったのだけれど。
それは、今眼の前を歩く娘に比べたら、ガラス玉の美しさだ。
本当の宝石は、飾り立てなくても光り輝くのだ。
少女はそう思った。
そして最後に。
ぽてぽてと、白くて小さいものが歩いてくる。
背中にはオレンジ色の物を背負っていて……あれは、ニンジンだ。
ウサギがニンジンを背負って、兵隊たちを従えて歩いてくる。
それはまるで、おとぎ話の中の光景だった。
兵隊たちは、見たことも無いくらい、ピンと背中を伸ばして、ウサギに従っている。
ウサギは時々、鼻をくんくん鳴らし、片手に持ったパプリカをちょっと齧る。
それからすぐに、ハッとした感じで顔を上げ、
「またウサギのほんのうにまけてしまった……!」
なんて言うのだ。
「あら、ウサギさんね。可愛い。兵隊さんは、ウサギさんを厩舎に返そうとしてるのかしらね」
少女は、ママは分かってない、と思った。
あのウサギさんは、ただのウサギさんではない。
兵隊たちは、本当に本気で、ウサギに従っている。
いつも門でだらけている人たちと、一緒だとは思えない。
「いいんですよ、ピョンスロットさん! 歩きながらパプリカ食べても!」
「そうですよ、ピョンスロットさん! あなたウサギなんですから!」
「兵隊さんが、ウサギさんにおべっか使ってる……!」
少女が見たところ、それも本気の追従だ。
兵隊たちがウサギに向ける眼差しは、尊敬のそれだった。
だが、それはそれとして……。
もっこもこの白い毛皮。
ぴこぴこ動く長い耳。
歩く度に、可愛らしくふりふりと揺れるお尻。
「かわいい……」
少女は、己の中の衝動を抑え込むのに必死だ。
今すぐ駆け寄って、あのウサギさんをもふもふ、なでなでしたい。
だけれど、あれはきっと、特別なウサギさんなのだ。
それに、ウサギさんを従えたお姫様までいる。
「あのウサギさんとお姫様は、どうしていっしょに歩いてるのかな」
彼女は自分なりに考えてみる。
「もしかして、ウサギさんは、お姫様を守る騎士様だったりするのかな」
それは、子供ながらに非現実的な発想だと思えた。
だけれど、彼女にとってそれは、とても素敵な考えにも思えた。
「ウサギの騎士様、がんばって。お姫様を守ってね」
「もう遅いから、戸締まりをして寝なくちゃね」
母の声がかかった。
家の奥からは、なかなか戻ってこない妻と娘を心配して、父親がやってくる。
もう時間だ。
「ねえママ。お姫様と、骨のお馬さんと、フクロウさんと、それからウサギの騎士様がね」
「あらあら。何のお話かしら。ベッドの中で、ママに聞かせてちょうだい」
扉が閉まる。
「ふむ」
「どうなさったのです、ピョンスロット様?」
「いえ、おきになさらず。しょうじょが私たちをみていました」
ウサギの騎士が、鼻をひくひくさせる。
ショコラーデ姫は、ぱちんと手を打ち合わせて微笑む。
「あらあら、どうしましょう! ピョンスロット様の素敵さが、また新たに伝わってしまいました!」
「このピョンスロットはショコラーデひめさまのきし。わがみがえた栄光は、すべてひめのものですよ」
いつも通りの無表情で、しかしサラリと告げるウサギの騎士。
姫は思わず、彼を抱き上げた。
「あーっ、ひめ、またもーっ」
「このままお城まで、もふもふさせてくださいな!」
こうして、シュリンプ王国に、ショコラーデ姫の一行がやって来た。




