2、初めての魔物
2話目のせておきます。
洞窟の奥。
青白く輝く巨大な結晶の中に、ひとりの少女が眠るように浮かんでいた。
透きとおる水色の髪が宙に広がり、まるで水面の中に漂っているかのようだ。狼の耳と尾を持つその姿は神秘的ですらあり、外から見ているなら息を呑むほど美しい光景だったろう。
だが、当の本人である俺にとってはそんな余裕はなかった。
「……こ、ここは一体……?」
意識を取り戻した俺は、体が動かないことに気づく。全身がガラスの中に閉じ込められているような圧迫感。呼吸はできるのに、まるで透明な檻に囚われているみたいだ。
(ここが……女神が言ってた魔神が殺されたやつか? でも、このままじゃ一生展示物コースだぞ……!)
俺はとにかく力を込めてみた。
「……割れろッ!」
ピシッ。
細いヒビが目の前に走った。
「……いける!」
さらに力を込める。
ピシピシピシ……メキメキッ……。
やがて結晶全体に亀裂が広がり――
パリーーーンッ!
鋭い破片と共に結晶が砕け散った。
俺の体は宙に放り出され、重力に引きずられる。
「うわっ!?」
反射的に手足をばたつかせ、どうにか着地……いや、膝から崩れ、四つん這いになってしまった。
「はぁっ……はぁっ……よ、よかった……出られた……」
全身に力を込めすぎたせいで呼吸が乱れる。
だが、まずは自由を取り戻したことに安堵した。
――と、そのとき。
「……ん? なんだこれ、髪……長っ!」
肩を越えて腰まで届く水色の髪が、地面にべったりついて鬱陶しい。
しかも服装は――
「……白いワンピース? は? なんで俺がこんな……」
裾は足首まであるのに裸足。下着らしきものもない。
涼しいを通り越してスースーして仕方ない。
「……え、ちょっと待て。俺が白ワンピとか……完全に事案だろ!」
動揺しながら、反射板代わりに床に落ちていた結晶の破片を拾い上げる。
そこに映ったのは――
「……だ、誰だこのロリっ子!?」
尖った獣耳、水色の髪と同じ色の尾。
目つきは少しきりっとしていて、顔はどう見ても可愛らしい少女。
そして、その子が俺と同じように破片をのぞき込み、同じ動作をしている。
「……ま、まさか……これ、俺……?」
恐る恐る頬をつねってみる。
「いだだだっ! ……やっぱり俺だあああ!」
信じがたい事実に悲鳴をあげる。
まさか転生したら女の子にされるなんて、聞いてないぞ神様!
さらに追い討ちをかけるように、胸元に目をやった俺は凍りついた。
ワンピースの左胸に大きな赤黒い染み。
恐る恐る首元を広げて覗き込むと――
「うっ……五センチくらいの傷跡……。めっちゃ痛々しい……」
女神が言っていた。「氷の魔神は殺された」と。
その証拠が、この体に刻まれている。
「……ちょ、ちょっと待て。これ俺の体じゃないからな? だから見てもセーフだよな? うん、健康診断、健康診断……!」
必死に言い訳しながらも、頬は熱くなるばかりだった。
――気を取り直して周囲を観察する。
洞窟は鍾乳石が天井から突き出し、床には水たまり。
静かなはずなのに、水滴が落ちる「ポタン……ポタン……」という音がやけに大きく響く。
天井には不自然なほど綺麗な穴が開いており、そこから差し込む光が周囲を照らしていた。
壁には巨大な力で叩きつけられたような傷跡。
(……ここで戦闘があって、この体の持ち主は殺されたってことか)
道は一つしかない。進むしかないだろう。
俺は慎重に歩き始めた。
奥へ行くほど、空気はひんやりと冷たく、暗さも増していく。
ただの静けさではない。何かが息を潜め、こちらをうかがっているような緊張感。
「……嫌な予感しかしねぇ」
そんなとき、女神の言葉を思い出す。
「魔神には想像魔法がある」と。
使えるなら試してみたい。
「よし……《ステータスオープン》!」
声が洞窟に木霊した。
……何も起きない。
「……っだあああああ! くっそ恥ずかしい!!」
両手で顔を覆う。もし誰かに見られていたら、完全に痛いやつだ。
……幸い誰もいないが。
「だよな。ゲームじゃないんだから、そんな便利な表示あるわけねぇか」
落ち込んで歩みを進める。
その時だった。
――バサバサッ!
不意に羽音。
上を見上げると、黒い影が音を立てて飛んでくる。
「……コウモリ?」
いや違う。その頭上には文字が浮かんでいた。
【バット】
「……おいおいおい! 名前出てんじゃねーか!! ステータスは出ないくせに、なんで名前は出るんだよ!!」
思わず叫ぶ俺に構わず、バットは牙を剥いて急降下してきた。
「うわっ!?」
横っ飛びで回避。
すぐ目の前を鋭い牙が掠めていく。
「こ、怖っ! ただのコウモリじゃねーだろ!」
手を伸ばし、冷気を思い描く。
空気が一瞬ひやりと震え、手のひらに白い霧が立ちのぼった。
「……行け! 《アイスニードル》!」
キィィンッ!
三本の氷の矢が形成され、バットめがけて放たれる。
だがバットは翼を翻して回避。
氷柱は洞窟の壁に突き刺さり、そこから白い霜がじわりと広がった。
「外した……!? くそっ、やるじゃねーか!」
バットは耳障りな鳴き声をあげ、再び急降下してくる。
俺は身を伏せてかわし、すぐさま第二射を放った。
一本がかすめ、羽に霜が張りつく。
バットは体勢を崩し、低く旋回する。
「よしっ……!」
しかし、敵も粘る。
突進してきたバットの爪が俺の肩を掠め、鋭い痛みが走った。
「いってぇぇぇ!! マジでシャレにならん!!」
反射的に手を振り抜く。氷の針が至近距離で炸裂し、バットの体を貫いた。
バサッ……。
黒い体が地面に落ち、ピクリとも動かなくなる。
「……はぁ、はぁ……やった……倒せた……!」
全身から力が抜け、その場にへたり込んだ。
額から汗が滴り、冷えた空気にすぐ冷やされていく。
(……これが、想像魔法……。マジで発現するんだな……)
洞窟の奥に向かう道は、なおも暗闇に続いている。
不安と恐怖と、少しの高揚を胸に、俺は再び立ち上がった。
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