12、宿屋を探して
12話です
俺とネリーは、とりあえず宿を探すべくアプテットの街を歩き回っていた。
石畳は夕日に赤く染まり、家々の影が長く伸びている。人通りは相変わらず多く、荷車に樽を積んだ商人、路地を駆け抜ける子ども、香辛料を量り売りする露店――ごちゃごちゃと賑やかな音の層が、耳にやさしくも騒がしい。
「ネリー、宿どこにあるかな?」
「すみません、私も初めて来ましたので……。でも、きっとすぐ見つかりますよ」
ネリーは俺の手を自然に握ったまま、ニコニコと歩く。
相変わらず視線が刺さる。いや、正確に言うとネリーに視線が刺さっている。銀髪ツインテールの破壊力はすごい。目立つ。とんでもなく。
このままでは、俺がただのネリー付属の謎のちび獣人だ。否定はできない。
(とりあえず、宿。ベッド。風呂。飯。全部ほしい。全部欲張りセット)
そんな俺の煩悩を背後から切り裂くように、落ち着いた男の声がかかった。
「やあ――無事に着いたみたいだね」
振り返ると、白いスーツのイケメン。港で見かけた彼――ジンだ。横顔まで整っているのは犯罪だと思う。
しかも耳が少し尖っている。エルフの血が入っているのか、あるいは純血か。どちらにせよ万能感がすごい。
「あ、イケメンさん」
「あっはは。イケメンって呼ばれるのは嫌いじゃないけど、僕はジンだよ。覚えてくれると嬉しいな。……あれ、服が変わってる。しかも仲間が増えてるね」
さらっと名乗りつつ状況を見抜く。観察眼もイケメン。完璧か。
ネリーはスッと俺の腕に絡み、ほんの少しだけ顎を上げて、ジンを真っ直ぐに見た。
「ミツキさん、どなたですか?」
「エンフィールドでギルドへ向かう途中にぶつかった人。友達……というよりは、知人かな」
ジンは「よろしく」と軽く手を振るが、ネリーは無表情で視線だけをそらした。
おい、ネリー。愛想、愛想。(けっこう露骨に冷たいよ!)
「そうだ、ジンさん。宿屋ってこの辺にあります?探してるんですが、見つからなくて」
「ここらには宿はないね。宿街は反対側だ。でも……今年は満室だと思うよ。入学試験は十日以上前から受け付けているし、今年は特に受験者が多いから」
満室。
嫌な言葉を聞いた。野宿は流石にダメだ。ネリーもいるし、俺だって冬眠するクマじゃない。
(どうする……? 藁にもすがる、いや、イケメンにもすがるしか――)
と、ジンが小さく何かを確かめるように呟いた。
「……雰囲気が……やっぱり……似てるんだよな。気配、あるのか?」
風に紛れて聞き取れなかったが、次の瞬間、彼は胸ポケットから一枚の紙を取り出す。
「内緒にしてね。これを持って**《太陽の光》**って宿に行くと、部屋が取れるはずだ。少女二人を野宿にさせるのは、さすがに見過ごせないから」
ウインク。
くっ、ホスト力たっか……!
俺は深く頭を下げて紙を受け取る。ネリーも「ありがとうございます」と丁寧に礼を述べた。
「助かった。恩に着る」
「どういたしまして。――じゃあ、また」
ジンは手を軽く振り、そのまま通りの人混みに溶けていった。
(今の、宿の紹介状か。コネがあるのか、彼が“ただ者じゃない”のか。……両方だろうな)
俺たちは紙に書かれた地図を頼りに、道行く人にも道を聞きながら宿へ向かう。
目印の噴水を右、古本屋を左。街角の花屋の匂いが不意に甘く、夕焼けの赤が刻一刻と群青へ変わり始める。
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やがて辿り着いた《太陽の光》は、五階建ての堂々たる洋館だった。
玄関前に吊られた金色の看板には、太陽を模した意匠と宿の名。外壁は白い石で、窓枠は濃い木色で縁取られている。場違いなほど高級に見える。俺の財布が震え始めた。
中に入れば、一階は広い食堂兼酒場。その半分以上が受験生らしき年頃の子たちで、わいわいと賑わっている。焼いた肉の匂い、煮込みの湯気、パンの香り。胃袋が「俺にもよこせ」と鳴いた。
――が、まずは部屋だ。席が埋まる前に確保しなければ。
カウンターへ行くと、白髪の老人が帳面を眺めていた。
「すみません、泊まりたいんですけど」
「すまないね、お嬢さん。今日は満室でね。部屋は――」
そこで俺は慌てて、ジンからもらった紙を差し出す。
老人の目が丸くなり、次の瞬間、態度が一変した。
「……承りました。五階、501号室をご用意できます。こちら、鍵です」
鍵を受け取る俺。隣でネリーがにこり。
――え、ちょっと待って。五階?この建物の一番上?なんか、やけに丁重じゃない?
階段を上る。二階、三階、四階――息は切れない。魔神ボディは階段如きでは疲れない。だが、五階の空気だけ明らかに違った。
床には赤い厚手のカーペット。壁には油絵、磨かれた真鍮のランプ。廊下が静かで、靴音がやさしく吸い込まれていく。
(……うん。これは高いやつだ)
鍵穴を回し、501号室の扉を開く。
瞬間、ふわりと上質な香りが鼻をくすぐった。
部屋は広い。赤い絨毯に、艶やかな木目の机と椅子。壁際には暖炉。そして奥――天蓋付きの大きなベッドが一台、どっしりと構えていた。
その隣の扉を開けると、小綺麗な洗面台、個室トイレ、そして――湯船。湯は張られていないが、これはもう間違いなく当たりの宿だ。
「すご……!」
「私の部屋と似ていますね」
ぽつり、とネリー。
(おや、やっぱり育ちが良いのは確定ですかお嬢様?)
「もしかして、ネリーって貴族?」
「ええ。元は、ですけど。今は追い出された身ですから」
またサラッと重いこと言った。返答に困るから!
でも、ネリーは笑っている。彼女なりに、この状況をもう前に進めているのかもしれない。
「ベッド、一つしかないね。ネリーが使っていいよ」
「何を言ってるんですか。一緒に寝ればいいじゃないですか」
「いや、でも……」
「私と一緒に寝るのは嫌ですか?」
うっ。その目は反則。
「い、いや、嫌じゃないけど……ネリーは嫌じゃないの?」
「嫌なわけないじゃないですか。むしろ――一緒に寝たいです」
勝ち誇るように、でも嬉しそうに、ネリーがにこっと笑った。
(うん、これは友情。きっと友情。ええ、友情!)
心の中で強引にラベリングしながら、俺は荷物……といってもドラぐらいだが……をベッドの端に置く。
「とりあえず、先に風呂? それとも食事?」
「ミツキさんはお腹が空いている顔をしてます」
「バレた?」
俺たちは一度鍵を確認し、食堂へ戻った。
夕餉の時間、広間はさらに賑やかになっていて、焼けた肉の音がジュウジュウと響く。
おすすめを聞いて、肉のローストと野菜のスープ、焼きたてのパン、それからスライミージュースを頼む。ドラにもパンをちぎって分け、頭に乗せると「ピー」と満足げに跳ねた。
――うまい。肉は柔らかく、塩と香草の香りが鼻に抜ける。スープは体を温め、パンは外がカリッと中がふわふわ。スライミージュースは、今日も清々しい泡の幸福を運んでくれる。
「明日、十時からでしたね」
「うん。試験って、やっぱりコロシアムかな?」
「多分。ここ、そういう街並みですから」
ネリーと軽く作戦会議。魔神っぽさは出しすぎない。氷魔法は控えめに。でも、弱くも見せない。バランスが難しい。
食事を終え、五階へ戻る。部屋着に着替え、順番に湯を使い、髪を拭き合い――天蓋ベッドへ。
寝床に入った瞬間、ふわっと沈む。
隣から小さく「えへへ」という笑い声。猫か。いや、俺の方に頭を寄せるのは反則だって――。
(寝ろ。今は寝る。明日に備えて)
自分に言い聞かせ、ゆっくりと目を閉じる。
波の音は遠く、街のざわめきも階下でくぐもっている。静かな夜だった。
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ドラを忘れてしまってる書いてるものとして失格だな俺は




