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狐雪堂の朝

瑠璃が目覚めた翌日。

御子神がいつものように店を開ける。

狐と雪の模様と『狐雪堂』という文字の描かれた暖簾を出す。

昇ったばかりの太陽の光が店の前の通りを明るく照らす。

右隣の古本屋、向かいの呉服屋が同じように店を開けている。

この二つの店は御子神の馴染みの店だ。

御子神の着ている着物のほとんどは向かいの呉服屋で買ったもの。

御子神の部屋にある本のほとんどは右隣の古本屋で買ったもの。

御子神は古本屋の店主と呉服屋の奥さんに会釈をする。

「おはようございます」

それに答えるように、二人も会釈をする。

御子神は大きく伸びをした。

「うーん。今日もいい日和だ」

その時、店の中から瑠璃の声が聞こえた。

「御子神さん!」

「ん?」

御子神は暖簾をくぐりながら、呑気に笑いながら瑠璃の声のした台所を見る。

「どうしたの?」

「なんで、冷蔵庫に何も入ってないんですか!」

「なんでって、今までとくに食べる意義も感じなかったし、食べなくても生きていけるし。あ、でも酒はないと悲しいかな」

「そういうことを言ってるんじゃありません! 人間だろうと妖怪だろうと規則正しく、三食をきちんと食べないと生活習慣が乱れるんですよ!」

瑠璃が御子神に怒鳴りつける。

それに御子神は困ったように眉尻を下げながら、瑠璃をなだめようとする。

「まあまあ」

「まあまあじゃありません! まったく、これから買い出しに行かなくちゃいけないじゃないですか。あ、でもお金ない!」

瑠璃がご乱心だ。

「・・・」

御子神は黙って、瑠璃を見ていたが、そそくさと台所から出て行こうとした。

「・・・触らぬ神に崇りなし」

と、御子神は出ていき間際に呟いた。

その言葉が聞こえたらしい、瑠璃が御子神の肩を掴む。

「・・・御子神さん?」

「・・・」

「さっきのはどういう意味ですか?」

御子神はギギギという音が聞こえそうなほどゆっくりと振り返った。

すると、そこには怒りの炎を纏って笑っている瑠璃がいた。

御子神の額に嫌な汗が流れた。

「え、えっと・・・」

「どういう意味ですか」

瑠璃が一字ずつ切って、強調して聞く。

御子神は観念して、袖から財布を取り出した。

「これで、どうか許してください!」

御子神はカツアゲにあったように財布を瑠璃に差し出した。

その行動がまた瑠璃の癪にさわったらしい。

瑠璃は御子神を居間に連れていき、正座させる。

「御子神さん。私はそういうことを言ってるわけじゃありません」

「はい・・・」

「今まで、御子神さんがどういう風に生活してきたかは知りません。でも、私が来たからには規則正しく生活してもらいます。私はただ、三食をきちんと食べて、きちんと寝るということしか言っていません。ほかのことは好きにしてもらって結構です。お酒を好きなだけ飲んでもいいです。でも、三食はきちんと食べてください。商売人として最低限はきちんとやってください。わかりましたか?」

「・・・はい」

御子神がしゅんと小さく縮こまる。

それを見た瑠璃が小さく溜息を吐く。

「はあ・・・今日は見逃しますけど、よっぽど体調が悪くない限り、これから三食きちんと食べてもらいますからね!」

「はい・・・。あ、でも私は料理できないよ?」

「え? 御子神さんて何百年も生きてるんですよね?」

「正確には何千年だけど、そうだよ」

「料理を覚えようとは思わなかったんですか?」

「うん。さっきも言ったけど、食べることに意義を感じていなかったからね。人間と違って、妖怪は食べなくても生きていける。ただ、妖怪は人以上に酒を飲むけど」

御子神が懐から煙管を取り出して、吸い始める。

「へえ。妖怪ってみんな怖いものと思ってました」

「人間て妖怪を怖がるよね。まあ、本とかだとそういう描写が多いから仕方ないのかもしれないけど」

「実際の妖怪って怖くないんですか?」

瑠璃が興味津々の目で御子神を見る。

「君の目の前にいる妖怪は怖いかい?」

「いいえ、全然」

瑠璃が首を横に振る。

それに御子神は微笑む。

「じゃあ、妖怪は怖くないさ。それに元々妖怪ってのは自然の化身だ。確かに悪さをする妖怪もいるが、足を引っかけたり、怪我をさせたかと思うと治したり、きゅうりが好物だったり、他人の家に忍び込んで飯を食ったりするだけだよ。悪さというより悪戯かな」

御子神は宙を見る。

「それに私がここにいる限り、妖怪は悪さをできない」

「なんでですか?」

「私は妖怪たちにとっては怖い存在のようでね。大妖だったら普通に接してくるけど、低級な妖怪だったら近寄りもしない」

「・・・御子神さんて一体なんの妖怪なんですか?」

「ふふふ。一体なんでしょう?」

御子神が曖昧に答える。

「はぐらかさないで・・・って本当にはぐらかされるところでした! 朝食の買い出しに行かないと!」

「・・・」

「御子神さん、呑気に煙管を吸ってないで買い物に行きますよ!」

「瑠璃ちゃん一人で行ってきてよ」

めんどくさそうに御子神は視線をそらす。

「私はお金を持っていません」

「お金を渡すからさ。ね?」

「駄目です。そのお金は御子神さんのものです。私が自由に使っていいお金じゃない」

瑠璃が真剣な目で御子神を見る。

「・・・」

「・・・」

御子神と瑠璃の間に沈黙が流れる。

すると、突然御子神が両手を挙げた。

「わかったよ。負けた」

御子神が堪忍したようだ。

「じゃあ行きましょう」

「あ、ちょっと待って。その前に、瑠璃ちゃんの服の仕立てをしちゃおう。その着物男物だからさ。女物の仕立ては女の人の方がいいと思って、用意してなかったんだ」

御子神が煙管を置いて、店の方に歩いていく。

そして、御子神はどこかに行った。

しばらくして、御子神が戻ってきた。

「ちゃっちゃっと仕立てちゃおう。じゃあ、お願いします」

「はい」

御子神の後ろに着物のよく似合う女性と、たくさんの木箱を持った男の人が数人いた。

「あなたが瑠璃ちゃんね」

「は、はい!」

「ふふふ。そんなかたくならなくても大丈夫よ。私たちは向かいの桜華屋という呉服屋よ。御子神さんは何百年も前から常連なのよ」

桜華屋の奥さんが瑠璃の仕立てをしながら話しかける。

「え? 何百年も前からって・・・」

「ふふ。そうなの。私も妖怪なのよ。この子たちは私の息子」

奥さんの目線の先で木箱を開けている男の人たちは年代がバラバラだ。

そのすべての男の人が奥さんの息子だという。

「・・・そうだったんですか」

「ええ。御子神さんのおかげで商売繁盛よ」

嬉しそうに口元を袖で隠して、奥さんが笑う。

瑠璃が呆気にとられていると、部屋の隅で煙管を吸ってた御子神が小さく笑う。

「桜華屋の奥さんは桜の精霊なんだよ。店の前の通りの広場に大きな桜の木があるだろう? あれは奥さんの本体さ」

「そうなんですか・・・」

「驚いたかい?」

「はい」

「人間が知らないだけで、結構妖怪は多いんだよ」

瑠璃が驚いたように自分の着物を仕立てている奥さんを見る。

その姿を御子神は微笑んでみていた。


それから一時間後に仕立てが終わった。

「これでいかがでしょう?」

奥さんが仕立てた着物を鏡で確認する。

思った以上にきれいな柄に瑠璃の口からため息が漏れる。

「すっごくきれいです・・・!」

瑠璃が自分の来ている着物をまじまじと見る。

「御子神さん。こんなかわいい子どこで捕まえてきたんです?」

「捕まえてきたとはひどい言いようじゃないか。まあ、そのようなものかもしれないけど」

奥さんと御子神がにこやかに会話をしている。

「瑠璃様。こちら履物になります」

奥さんの息子の一人が、履物を足元に置く。

「あ、ありがとうございます」

瑠璃が恐る恐るその履物を履く。

着物にあった淡い色遣いの草履だった。

履き心地もとてもいい。

瑠璃の表情が嬉しそうに柔らかくなる。

それを御子神はちらと見た。

「・・・これで機嫌を直してくれたかな」

「なんです。妖に恐れられる大妖の御子神さんもあの子には敵わないんですか?」

「敵わないよ。朝から怒られっぱなしだからね」

「まあ」

御子神が煙を吐き出しながらいう。

それに奥さんが笑う。

「御子神さんからしたら、あの子は赤子同然でしょう。そんな子に敵わないとは面白いことですね」

「・・・奥さん」

「あら失礼」

奥さんが楽しそうに笑う。

「それより、瑠璃ちゃんの仕立てどうです? 結構自信ありますよ」

奥さんが嬉しそうにしている瑠璃を見る。

奥さんの視線を追うように御子神も瑠璃を見る。

御子神の手から煙管が落ちた。

「あっつ・・・」

「あらあらまあまあ」

ふふふと奥さんが御子神の動揺した姿を笑う。

御子神は煙管の灰が落ちた足をさする。

「御子神さん! 足、火傷したんですか!?」

瑠璃が御子神に駆け寄る。

「だ、大丈夫だよ」

「大丈夫じゃありません! 冷やさないと」

瑠璃が台所から氷嚢を持ってきて、御子神の足にあてる。

心配そうな瑠璃の姿が間近にある。

御子神はふいっと瑠璃から視線をそらした。

それに奥さんがふふふと笑っていた。

「狐雪堂」は「こせつどう」と読みます。




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