月下の誓い
瑠璃が夢の話をしてから、二人は特に話すこともなく、夕飯の時間となった。
「・・・・・・」
「食べないんですか?」
料理に一向に手を付けようとしない御子神を見ながら瑠璃は言う。
「・・・」
「食べないなら片しますよ」
返答もなにもないことに呆れたように溜息を吐く。
「・・・食べる。食べるが、俺はこのピーマンとかいうやつは嫌いだ」
「ピーマン嫌いなんですか? いつもは普通に食べてるのに」
「あいつと俺は違うんだよ! 趣味嗜好がまるでな!」
恥ずかしさを隠すように御子神さんは怒鳴る。
「趣味嗜好が違うとしてもちゃんとピーマンは食べないと駄目ですよ。栄養が偏ってしまいますからね」
「・・・絶対か」
「絶対です。ほら、早く食べちゃってください」
瑠璃は手を合わせて小さく、ごちそうさまでしたと言うと自分の皿を片し始める。
「・・・」
御子神はまだピーマンを睨んでいた。
それを横目で見ながら、瑠璃はくすりと笑った。
瑠璃が皿を片しに台所へ向かおうとする背後で、うえっという小さな声が聞こえた。
ちらと振り返ってみてみると、御子神が苦そうな顔をしていた。
それに瑠璃は笑いを堪えながら、台所に向かう。
自分の皿を洗っていると、眉間に皺を寄せた御子神が皿を持って入ってきた。
「ちゃんと食べましたか?」
「・・・・・・食った」
苦さを耐えるような表情で重々しく答える。
「なら良かった。口の中が苦いでしょう。冷蔵庫の中にプリンがありますから、それでも食べて口直ししてください」
微笑んで言えば、御子神は素早い動きで冷蔵庫を漁り、プリンを見つけるとスプーンを持って出て行った。
いつもの御子神ではありえないことだった。
いつもの御子神は甘いものを好まない。どちらかといえば嫌っていた方だ。
しかし、今の御子神は苦いものを嫌い、甘いものを好むようだ。
それ以外にも違いはある。
御子神は暇さえあれば煙管を咥えていたが、今の御子神は煙管に見向きもせずごろごろとしていた。
本当にいつもの御子神と趣味嗜好が違う。
今の御子神はどこか子供のような印象を受ける。
口調は荒いが根は素直なガキ大将のようだった。
それでも体は大人だし、力も男の人のそれだ。
そのギャップに瑠璃は内心、かわいいと思った。
洗い物を終え、居間に来ると御子神がすうすうと寝息を立てていた。
その寝顔はまさに子供で、無垢な表情だった。
それに慈しむような感情を覚えた瑠璃は毛布を持ってくると、そっと御子神の体にかけた。
「・・・おやすみなさい」
瑠璃は小さくそう言うと、電気を消した。
瑠璃の気配が遠ざかっていく。
おそらく自室に戻ったのだろう。
御子神がゆっくりと目を開けると、周りは静寂に包まれていた。
「・・・」
出来る限り物音を立てないように立ち上がる。
すると、ぱさりと自分にかかっていた毛布が落ちた。
その毛布を掴み、優しい笑みを浮かべるとまた床に落とした。
ゆっくりと歩いて庭に出る。
月はどこか物憂げに淡く光っている。
その月を見上げて、目を細める。
きちんと表に出てきたのは久しぶりだった。
あいつは俺を解放してはすぐに封印した。
まともに月を見たこともなければ、飯を食ったこともない。
初めてだった。
いつまでもあいつが俺に体を貸しているのは。
あいつは俺に体を貸すことをひどく厭う。
理由は自分でもわかっているし、それが最善だということもわかっている。
しかし、今回に限ってあいつは俺に主導権を渡したまま何もしない。
いや、体の中で何かをしていることはわかる。
その何かが表にでないだけだ。
あいつが何を企んでいるかはわからない。
俺はあいつほど難しいことを考えられる頭を持っていないから。
俺とあいつは正反対だ。
あいつは俺にないものを持っている。
俺はあいつにないものを持っている。
同一の存在であるはずが、こうも違う。
これが狙いなのかなんなのかあいつは自分自身の力に自分とはまったく別の人格を与えた。
それは偏った判断を下さないためか、それとも、もし自分が消えてしまった時の保険か。
あいつはどこか危うい。
強大すぎる力を持つ故か、長い時を生きた故か。
あいつはすべてに対して臆病になっている。
それの発端はやはりあれだろう。
今でも強く覚えている。
あの時の虚しさ、悲しみ、後悔。
すべて覚えている。
あれ以来、あいつは俺という人格を与えた。
ある意味、その行為は逃げだ。
俺という人格を作り上げて、責任をなすりつける。
あの時戦ったのは自分じゃない、あいつだ。自分は悪くない。
そう言い訳するように。
それに俺は気付いている。
それでも俺はあいつに従う。
あいつが俺の元の存在だからとか、あいつがいなければ俺が存在できないからとかではなく、俺はあいつの力になりたいだけだ。
なんとなくそれにも語弊はあるが、ほとんどそういうことだ。
今、この体には本来の力が戻っている。
あいつはこの状態でなければできないことをやろうとしているのだろう。
ならば、俺はあいつが戻るまで、戦うだけだ。
一度護れなかったものを今度こそ護るために。
ゆっくりと深呼吸をする。
気持ちを入れ替える。
いつまでも物思いに耽ってはいられない。
今はまだ、影は襲ってはこない。
だが、夢が始まり、終わりが近いことを示している。
おそらく今回も同じ結末の夢を見ることだろう。
だが、その夢の通りにするつもりは毛頭ない。
その為に俺は、ここにいるのだから。




