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私の体が動かなくなって、目も見えなくなって、誰かが私の名前を呼んでいるのだけ聞こえていた。

泣きそうな声だった。

声をかけたいのに声が出ない。

心配させたくはないのにどうすることも出来ない。

それどころか、聞こえていた声すらどんどん遠くなってきている。

どこか恐ろしくなって、手を伸ばそうとしたけれど体は動かない。

もう、声は聞こえない。

今がどんな状況なのかわからない。

御子神さんは無事だろうか。

結局護ることができなかった。

私は・・・守護者失格だ。

後悔と無力感が私を苛む。

そんな時、声が聞こえた。

辛そうな泣きそうな小さな、御子神さんの声。

私を呼ぶ御子神さんの声。

良かった、無事だった。

そのことに安堵していると意識が薄れていく。



夢を見た。

私があの影に追われている夢。

あと、御子神さんと知らない女の人の夢。

慈しむような愛おしそうな表情を浮かべた御子神さんと嬉しそうに笑っている女の人。

私は御子神さんのあんな表情は知らない。

あんな御子神さんは知らない。

私の知っている御子神さんじゃない。

それでも、目を離すことができない。

見ちゃいけないものだってわかるのに、目が離せない。

私の知らない御子神さんを知っているだろうあの女の人は一体誰なのだろうか。

着ている服から今の人じゃないことはわかる。

女の人が御子神さんと手を繋いでいる。

二人は幸せそうだった。

これは、私が知ってはいけないことだ。

あの二人は、御子神さんとあの女の人はきっと恋人なんだ。

私が知ってはいけない境界だ。

私はもう見ないように目を閉じる。

すると、徐々に意識が浮上していく。


目を開けると瑠璃はまたあの機械に入っていた。

機械の前ではいつもの姿じゃない御子神が椅子に座って眠っていた。

瑠璃が機械から出ても御子神は起きない。

「・・・相当疲れてるんですね」

近くにあった布を体に巻きつけると、御子神のもとに近づく。

御子神の頬には泣いたような跡があった。

「・・・」

瑠璃は複雑そうな表情で御子神の頬を撫でる。

「・・・・・・ごめんなさい」

瑠璃は小さく謝ると、機械の部屋を出た。

素早く服を着替えると、外を見る。

「一体どれくらい寝てたんだろう・・・」

外は明るい。

あの夜が明けただけなのか、数日経ったのかわからない。

「統吾さんたち、いるかな」

瑠璃は店を出た。

通りの雰囲気は変わらない。

統吾の店へと向かう。

店は開いていた。

「いらっしゃいませ・・・って、瑠璃ちゃんじゃないか」

統吾さんが奥のところで本を読んでいた。

「え、瑠璃ちゃん!?」

奥の部屋から綾が飛び出してくる。

「綾さん」

綾が瑠璃に抱き着いてくる。

「私、心配したんだからね!」

「ごめんなさい」

少し叱るように言う綾に瑠璃は笑う。

「あの、統吾さん」

「なんだ?」

統吾は微笑んでいた。

「私はどのくらい寝ていましたか?」

「? 御子神には会わなかったのか?」

驚いたように統吾が聞き返す。

「はい。眠っていて・・・疲れていたようなのでそのまま起こさずこちらに来たのですが」

「そうか」

「瑠璃ちゃんはね、一週間くらい眠っていたんだよ」

綾が答える。

「一週間・・・」

眠っていた御子神を思い出す。

ずっと眠らずにいたのだろうか。

瑠璃は少しうつむく。

それに統吾は瑠璃の頭をぽんと撫でた。

「御子神は大丈夫だ。あいつに会ってやれ」

「・・・はい」

瑠璃は心が温かくなるのを感じた。


「・・・」

御子神は不意に目を覚ました。

目線を上げると、空の機械。

中に入っていたはずの瑠璃がいない。

勢いよく立ち上がる。

周囲を見回しても瑠璃の姿はない。

御子神は部屋を飛び出した。

嫌な汗が頬を伝う。

御子神が居間の襖を勢いよく開ける。

「きゃっ」

聞き慣れた声の小さな悲鳴が聞こえた。

御子神は居間の中を見る。

瑠璃が驚いたように御子神を見ていた。

瑠璃がいつものように料理を並べていた。

「もう・・・御子神さん! 襖は静かに開けてください!」

しばらく御子神は動かなかった。

これは夢ではないか。

それが頭を巡る。

瑠璃は動かない御子神に首をひねる。

「御子神さん?」

御子神に近寄るが、やはり反応はない。

「・・・」

瑠璃は少し考えるようにすると、御子神の頬をつねった。

「いった!」

御子神はつねられた頬を押さえてしゃがみこむ。

「目が覚めましたか?」

瑠璃は笑顔で御子神に聞く。

御子神はそんな瑠璃を驚いたような表情で見ていた。

やっとこれが現実だと認識することができた。

「・・・瑠璃」

「はい?」

「いつ、目が覚めた?」

「一時間くらい前です」

「そうか・・・」

御子神は安心したように細く息を吐いた。

「ところで御子神さん」

「なんだ?」

「いや、御子神さんと言っていいのかわかりませんが。とりあえず、尻尾と耳触っていいですか?」

瑠璃がキラキラした目で返答を待つ。

「・・・」

「・・・」

「・・・・・・好きなように」

御子神は折れた。

その瞬間、瑠璃は顔をパアッと輝かせて、御子神の尻尾を触る。

「もっふもふだあ!」

瑠璃は幸せそうに御子神の尻尾を触り続ける。

「もういいだろう?」

「もうちょっと・・・」

「はい終了」

御子神は姿を元に戻した。

「ああ・・・」

瑠璃は落胆したように元の姿の御子神を見る。

落胆した状態のまま、また料理を並べ始めた。

それを御子神は見ていた。

いつもと変わらない瑠璃。

しかし、今の御子神の知らない人物でもある。

「・・・おい」

「はい?」

瑠璃は料理を並べ終えたのか、御子神の向かいに座る。

「お前、俺を変だと思わないのか」

「変というと?」

瑠璃は小さくいただきますというと、ご飯に手を付け始める。

「俺がいつもの、お前の知っている御子神じゃないことはわかるだろ?」

「はい。それがどうしたんですか?」

「それがどうしたって・・・聞かないのか?」

困惑気味で御子神は気にせずご飯を食べている瑠璃を見る。

「聞いて答えてくれるようなら、御子神さんが自分から話しているはずです。自分から話さないということはまだ私に知られたくはない理由があるということでしょう? だったら聞きません。聞いたところで私には何かが変わるというわけでもありませんしね」

瑠璃は御子神に笑いかける。

すると、御子神は溜息を吐いて、

「お前、変わってるな」

「そうですか? どちらかといえば、あなたの方が変わっていると思いますよ」

「あ?」

御子神は瑠璃を睨んだ。

「それより、私はあなたをなんとお呼びすればいいですか?」

瑠璃は箸を置いて、御子神を見る。

「俺もあいつも同じ御子神だ」

「あなたを御子神さんとは呼びたくありません」

御子神のこめかみがびきという音を立てた。

「この小娘・・・!」

「ふむ・・・。じゃあ、分かりました」

怒りを流されたことで御子神は疲れたように溜息を吐いた。

「何がだ」

「いつもの御子神さんもあなたも同じ御子神さんなんですよね」

「ああ」

ぶっきらぼうに御子神は答える。

「しかも、あなたは別の名前で呼ばれたくない」

「そりゃ当然だろ」

「仕方がないので、あなたも御子神さんとお呼びすることにします」

瑠璃は呆れたように言った。

「そうか。そうしてくれ」

「はい。御子神さん」

「なんだ」

まだあるのかというような表情で瑠璃を見る。

「早くご飯食べちゃってください」

瑠璃が少し怖い笑みを浮かべて御子神を見る。

「お、おう」

御子神はその笑みに引きつった表情を浮かべた。


瑠璃は店を開店することなく、御子神の向かいで本を読みながらお茶を飲んでいた。

「・・・」

「・・・」

二人は話すこともなく、居間で和んでいた。

「・・・なあ」

「はい?」

「店を開けなくていいのか?」

「お店を気にするなんて・・・そんな口調なのに、結構真面目なんですね」

本から視線を外さず、瑠璃はそう返す。

「・・・」

「・・・冗談ですよ。それより」

「?」

御子神が首を傾げていると、瑠璃は本を閉じ、顔を上げた。

「私が眠っているとき、変な夢を見ました」

「変な夢?」

「はい。私が夜に通りに立っていて、でも周りには誰もいなくて、振り返ると敵の影がいるんです。神社の森で見た影が私を見て笑っているんです。影は私を追ってきて、私は必死に逃げるけれど、どんなに必死に走っても影との距離は変わらないんです。離れも縮みもしない。しかも、ずっと走っているのに通りを抜けないんです。そこまで長くはない通りのはずなのに。それからもずっと私は影に追われ続ける夢でした」

少し顔を青ざめさせながら瑠璃は語った。

御子神は話し終えた瑠璃の頭を撫でると、瑠璃に聞いた。

「・・・。瑠璃と影と他には誰かいなかったのか?」

「誰も。御子神さんもいませんでした」

瑠璃は首を振る。

考えるように御子神は顎に手を添える。

「そうか。また同じような夢を見たら教えてくれ」

「はい」

瑠璃はそれ以上話すことはないというようにまた本を開いた。

瑠璃は話さなかった。

もう一つ見た夢のことを。

瑠璃は話してはいけないことだと、自分の心の奥底にあの夢のことを追いやった。

御子神はそれに気づかず、ずっと考えるようにしていた。

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