後悔
目の前に瑠璃の体がある。
動かなくなってしまった瑠璃の体。
護ると言いながら護ることができなかった。
瑠璃を護るために力の枷を外したのに意味がなかった。
もう一人の御子神が言うとおり、御子神には何も護ることができない。
御子神はゆっくりと瑠璃に近づく。
瑠璃の魂はまだ器の中にいる。
それに安堵するが、このままでは回収者が来てしまう。
回収者が来てしまえば、もうこの世に戻ってくることはない。
それはそれでいいのかもしれない。
影に食われ、永遠に苦しみ続けるよりもいいのかもしれない。
瑠璃の体に触れることに躊躇していると、
「なんで・・・! どういうことこれ!」
綾の驚いた声が聞こえた。
綾が駆け寄ってきて、動かない瑠璃を揺さぶる。
「瑠璃ちゃん? 瑠璃ちゃん!」
必死に揺さぶるが、意味はない。
「やめろ。その器はもう死んでる」
御子神は揺さぶり続ける綾を止める。
「じゃあ、瑠璃ちゃんは・・・」
「器は、と言っているだろうが。魂はまだここにいる」
「じゃあお前は何をやってるんだ」
後ろから声をかけられる。
「器はもう壊れて動かない。だけど、瑠璃ちゃんの魂はまだここにある。やることは決まっているだろう」
統吾がいさめるように言う。
「まさか、このまま天に召された方が瑠璃ちゃんのためだとでも思ってるんじゃないだろうな?」
「・・・」
それに御子神は返す言葉が見つからない。
「お前は何のためにその姿になった!」
統吾は御子神に掴みかかる。
「その子を、瑠璃ちゃんを護るためだろうが! 違うのか!」
意気消沈してしまっている御子神に怒鳴りつける。
「・・・」
統吾は乱暴に御子神を突き飛ばすと、瑠璃ちゃんの体に触れる。
「お父さん・・・」
「まだ、大丈夫。すぐに器を取り換えれば助かる。だが・・・」
二人が御子神を見る。
突き飛ばされた体勢のまま、顔を俯かせていた。
「こいつがこのままだと、もう・・・」
統吾が悔しそうに顔を歪める。
すると、綾が御子神に近づいていく。
パァン!
綾が御子神を平手打ちしていた。
「・・・ここにはまだ瑠璃ちゃんがいるんでしょ? 私には見ることも聞くこともできない。けど、あんたは違う。見えるし聞こえるんでしょ。なら、瑠璃ちゃんの声をきちんと聞きなよ。いつまでもそうやって後悔してたって始まらないんだから・・・」
綾が泣きそうな表情で言う。
それを御子神は変わらず無表情で聞いていた。
その時、かすかに瑠璃の声が聞こえた。
声が小さすぎて、気を付けていなければ掻き消えてしまいそうなか細い声が聞こえた。
『御子神さん』
御子神の名を呼ぶ瑠璃の声。
はっきりと聞こえた、瑠璃の声。
「瑠璃・・・」
悲痛の表情で瑠璃の名を呼ぶ。
「聞こえたんでしょう? だったら・・・」
「やることは一つだ」
御子神は瑠璃に近づく。
瑠璃の体はもう冷たくなっている。
「統吾・・・」
「ああ。後は任せろ」
「すまん」
御子神は瑠璃の体を抱きかかえると、跳ぶように帰っていった。
「手のかかるやつだ」
「本当だよ。誰かが背中を押さないと動かないなんて」
綾がため息を吐きながら言う。
「仕方がないだろう。あいつにとっては千年ぶりくらいに大切な女ができたんだから」
御子神が去っていった方向を見ながら言う。
「千年ぶり? 前にもいたってこと?」
「ああ。親父から聞いた話だけどな」
「ふうん」
興味なさそうに綾は軽く返事をしたのみだった。
「さて、神主に報告してくるか」
「そうだね。鎮守の森でこんなことがあったんだもん。詳細を知りたいよね」
「ああ」
二人はため息を吐きながらその場を離れて行った。
店に戻ると、すぐに瑠璃の体を取り換える。
魂がいなくなる前に瑠璃をまたあの機械に入れる。
今、瑠璃は新しい体に定着するために機械の中で眠っている。
その機械の前で、御子神は祈るようにしていた。
もし、瑠璃がこのまま目を覚まさなかったらどうしよう。
もし、このまま魂が定着せず逝ってしまったらどうしよう。
不安が御子神の中で巡る。
姿を元に戻すことも忘れ、御子神は祈り続ける。
無事瑠璃が目覚めることを。
耳と尻尾はしゅんと落ち込んでいる。
どんなに後悔してもしつくせない。
自分が無力だと思い知った。
「何が国を滅ぼす力があるだ。女の子一人護れやしないじゃないか。護れもしないならこんな力になんの意味があるんだ。俺が力を貸しても意味がなかったじゃないか・・・」
御子神は悔しそうに拳を握りしめる。
「どうすればいいんだ・・・。教えてくれ、琥珀・・・」
涙を流しながら御子神は誰かの名を呼んだ。




