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祭 後編

瑠璃は武器を構えて影に向かっていった。

本当なら瑠璃を引き止めて、自分で戦わなければならない。

だけど、身体が動かない。

どんなに念じても動かない。

瑠璃を命を賭けても護るって決めたのに動かない。

この身体は失うことに恐怖を抱いている。

目の前で瑠璃は必死に自分を護るために戦っている。

実戦経験はまったくないはずなのに。

本当は怖いはずなのに。

それでも瑠璃は戦う。

その姿が目の前で失った守護者たちに重なる。

また失ってしまう。

力の枷を外したのに、また失ってしまう。

もう何も失いたくはない。

この両手の届く範囲の者は皆守りたい。

それを相手が嫌がったとしても。

「・・・こんな楽しいはずの日に、失ってたまるか」

身体に力を込める。

恐怖に竦んでいる身体を無理矢理動かす。

この街の人たちを、この街に住む妖怪たちを、瑠璃を護るためなら、この身など滅ぼしてしまってもいい。

護れるなら力なんか失ってもいい。

「・・・こんなんじゃ、もう一人の俺に笑われる」

身体を一歩動かす。

身体は鉛のように重い。

だけど、そんなことに構ってられない。

今はまだ瑠璃と影の力は拮抗している。

しかし、時間の問題だ。

取り替えがきくと言っても、所詮は人間の身体だ。

妖怪の体力に適うはずがない。

瑠璃に限界が訪れるまでに助けに入らなければ。

護ると決意したんだから。

『どうした? あの子はお前の大切な子なんだろ? だったら、全力で護れよ。力なら貸してやるからさ』

もう一人の声が聞こえる。

それに御子神は小さく笑った。

「護ってみせるさ。今までの俺とは違うんだ」

いつの間にか身体の重さは無くなっていた。

いつもよりも身体が軽い。

御子神が前を見た瞬間、瑠璃が吹き飛ばされた。

それを見るや御子神は駆ける。

吹き飛ばされている瑠璃は宙で体勢を直しながら、影を睨む。

その時、ふわりと抱きかかえられて、飛ばされた勢いが弱まった。

視線を上に向けると、御子神の顔があった。

「御子神さん! 何やってるんですか!?」

御子神は瑠璃を降ろす。

「少し頑張ろうと思ってね。いつまでも、守護者に戦わせて自分が戦わないわけにはいかないからね」

そう言って、御子神は瑠璃を護るように前に立つ。

「だから、少しここで動かないで待っていてくれるかな」

振り返って御子神は微笑みを浮かべる。

「でも・・・」

「大丈夫。すぐに終わらせるから」

御子神がそう言うと、辺りに冷気が漂い始めた。

夜とはいえ夏なのに、顎が震えるくらい寒い。

冷気の中心にいる御子神に白い冷気がまとわりついていく。

冷気が完全に御子神を隠すと、急に冷気が吹き飛ぶように消え去った。

冷気から現れた御子神はいつもと姿が違っていた。

頭には耳が生え、尻尾も生えていた。

「御子神さん?」

御子神は振り返った。

顔は好戦的な笑みを浮かべていた。

瑠璃が戸惑った表情を浮かべていると、御子神が尻尾を揺らした。

「心配はいらないよ。これが本来の姿というわけではないけど。それでも、あの影を退けることはできる」

御子神と影が対峙する。

相手が瑠璃じゃなくなったことで、影は不服そうだった。

「残念だが、瑠璃を喰わせるわけにはいかない。ここで消されたくなくば立ち去れ」

影を睨みながら御子神は言う。

それに影は面白そうに笑った。

「立ち去るつもりはない、か」

呆れたように御子神は溜息を吐いた。

御子神が影をまた見る。

その次の瞬間には、御子神の纏う雰囲気が変わった。

「だったら、消してやるよ」

目は好戦的に輝いている。

口調もいつもとは違う。

いつのまにか御子神の手には長い刀が握られていた。

「こいつも久しぶりに出したな。こいつで切られるんだ。光栄に思えよ」

刀を影に向ける。

すると、影はにぃと笑った。

御子神は消えるように影に向かって駆ける。

御子神と影は戦闘を開始した。

それを瑠璃は呆然と見ていた。

「ははっ! こんなクソみたいなやつ、なんで早く消さなかったんだろうな?」

影を切りながら、御子神は楽しそうに笑う。

「ああそうか。俺が腑抜けだったせいか。だが、俺が出てきた以上お前には生き残る術はどこにもない!」

そう言った瞬間、御子神は影を両断する。

影の動きが止まる。

切られた場所が煮え立つようにぶくぶくと音を立てている。

「残念だったな。そう簡単には回復できねえぜ」

御子神は刀を肩に担いで、両断された影を見る。

「この刀な。銘はないんだが、妖怪を切るのに特化した刀なんだよ。だから、そう簡単には回復なんかできやしない。普通ならとっくに燃えてるんだけどな。お前は強いんだろう。俺ほどではないけどな」

御子神の言う通り、影は回復しようとしているようだ。

しかし刀に切られたところはうまく回復できず、ぶくぶくと音を立てるのみだ。

「あと何回切れば、お前消えるかな」

御子神は無邪気に首を傾げながら言う。

「うーん。あと・・・六回くらいかな~?」

楽しそうに、面白いおもちゃで遊んでいるように言う。

「じゃあ、まずは一回目・・・」

御子神は刀を振り上げた。

その時、視界の端で瑠璃が首を絞められているのが見えた。

御子神はすぐに瑠璃の元へと駆ける。

「・・・かはっ・・・っぐ」

瑠璃は苦しそうに首を絞める女の腕をつかむ。

思いのほか、瑠璃との距離があったらしい。

瑠璃のもとに辿り着くまでに数瞬かかってしまった。

御子神が瑠璃に手を伸ばしたとき、瑠璃の首を絞めていた女がにぃと笑った。

御子神の手が瑠璃に届く寸前、瑠璃が消えた。

いや、瞬時に空に移動した。

目を空に向けると、女は瑠璃の首を掴んで笑っていた。

そして、瑠璃を地に向かって落とした。

呼吸のできないのどを押さえて苦しむ瑠璃は、体勢を整えることができない。

御子神はまた駆ける。

しかし踏み出した足はそれ以上進むことができなかった。

御子神の足を影の片割れが掴んで離さなかった。

それを振り払うように刀を振るうが効果はあってないようなものだった。

瑠璃はなおも落下し続けている。

また、影を引きはがすようにする。

しかし、もう片方の影ががっちりと御子神の両足を掴んで動かないようにした。

足が動かない。

手を伸ばしても、届かない。

尻尾を使おうにも、影の影響なのか力が使えない。

瑠璃が落下している。

このままでは瑠璃は地面に体を打ちつけ、女の餌食になってしまう。

手を伸ばす。

しかしその手は、

「瑠璃!」

届くことはなかった。

瑠璃の体は地面へと打ちつけられ、波打つ。

四肢はあり得ない方向へと曲がり、瑠璃色の目は生気を失った。

伸ばした手は届くことなく、目の前で大切な者は消えかかる。

動かなくなった瑠璃の体。

それを御子神は目を見開いたまま見ていた。

だが次の瞬間、御子神自身から黒い霧がぶわっと広がった。

影は弾き飛ばされるように四散した。

黒い霧の中心で御子神は少しずつ姿を変えていく。

狐色だった耳と尻尾は黒く、一尾だった尻尾は九尾に。

いつも瑠璃を見守っていた優しい瞳は狐色から黒へと。

姿が変わる。

存在自体が変わるように、御子神は変わっていく。

全身が黒くなっていく。

そして、御子神は黒い霧をまとったまま、まだ空に居続ける女を見る。

御子神の姿を見ても女は怖気つくどころか面白そうに笑った。

「ああ。やはり、その力・・・欲しい」

恍惚に笑う女は舌なめずりする。

それを御子神は無表情に見続ける。

なんの感情も宿っていない瞳は虚無を写しているようだった。

「・・・」

御子神は態度を変えないまま、尻尾を動かす。

九本ある尻尾は女と影に向かっていく。

しかし、その尻尾は女にも影にもかすめることはなかった。

女も影も笑いながら去っていった。

残されたのは壊れた瑠璃の器と黒い御子神だけだった。

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