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祭 前編

あのあと、数組のお客が来て浴衣をかりていった。

「やっぱり、浴衣の貸出が多かったですね」

瑠璃は積み上げられた空の箱を見る。

「そうだね」

瑠璃と御子神は空き箱をかたし始める。

御子神がほとんどの空き箱を持ち、瑠璃は余った数箱の空き箱を持った。

御子神は先導するような形で蔵に向かって歩いていく。

それに付いていく瑠璃は御子神を見続けた。

蔵の中に空き箱をしまうと、瑠璃は意を決して話し掛けた。

「御子神さん」

「ん?」

振り向きながら首を傾げる。

「御子神さん・・・ですよね?」

確信がないのか尻すぼみになっていった。

「そうだよ。どうしてだい?」

「なんだか、いつもの御子神さんじゃないみたいで・・・」

俯きながら小さく言う。

御子神はその言葉にハッとした。

確かに今の御子神はいつもとは違う。

「・・・どうしてそう思うんだい?」

御子神は動揺を表情に出さないようにしながら問い返す。

すると、瑠璃はまっすぐ御子神を見つめ、

「今の御子神さんは少し怖いです。いつもの御子神さんは優しくて怖くなんかないのに」

と、言った。

怖いと言った。

御子神の指先が震えている。

「私が、怖いかい?」

「・・・はい」

「・・・・・・そうか」

御子神は自分の顔を手で覆い、深いため息を吐いた。

「・・・」

その姿を瑠璃は申し訳なさそうに見ていた。

御子神は顔から手を外し、瑠璃を見た。瑠璃の表情を見て、御子神はふにゃりと笑った。

「・・・ごめんね」

そう言って瑠璃の頭をぽんぽんと撫でる。

「敵が来たから、ちょっとピリピリしていたのかもしれないね。今日はお祭りだし、敵のことは忘れることにするよ」

そう言うと、いつもの御子神に戻った。

瑠璃は変わらず申し訳なさそうな顔で御子神を見る。

「そんな顔をしない」

御子神は軽く瑠璃の額をぺしんと叩く。

瑠璃は叩かれた額を押さえながら、コクリと頷いた。

それに微笑むと、御子神は何かを思い出したように蔵の中に戻っていった。

「・・・御子神さん?」

訝しげに蔵の中を見ていると、御子神が小さな箱を持って出てきた。

「それはなんですか?」

「これを瑠璃ちゃんにあげようと思ってね」

そう言いながら、箱を開けて中身を瑠璃に見せる。

箱の中を見てみると、きれいなガラスの付いた首飾りが入っていた。

「どうだい? きれいだろう」

箱から取り出して、瑠璃の首につける。

「こんな、頂けません!」

瑠璃は自分の首にかけられた首飾りを優しく握りながら言う。

「瑠璃ちゃん。男からの贈り物は素直に受け取るものだよ」

少し諫めるような表情で言う。

それに瑠璃は反論できず、口をつぐむ。

瑠璃の悔しそうなその表情に御子神は小さく笑う。

「さあ、店に戻ろう」

「・・・はい」

瑠璃はいまだ悔しそうな表情のまま御子神についていく。


二人が蔵に行っている間に、ほとんどの人が祭り会場に集まっていた。

「もうお客さん来なさそうですね」

「そうだね。そろそろ、本当のお祭りも始まるし、みんな急いで向かうだろうね」

祭り会場に向かう人たちを二人は店先で見ていた。

「そういえば、昔はお祭りは無かったって聞いたんですけど、なんで今はあるんですか?」

瑠璃は思い出したように御子神に話しかける。

「ああ。それは二十年前神社の神主がお祭りやりたいって言い出してね。でも、神主には資金がなかった。だから、私が援助してお祭りをやることになったんだよ。まあ、お祭りをやったおかげで神社も栄えたからよかったけどね」

「そうだったんですか。もしかして、主催って御子神さんですか?」

「そうだよ。でも主催って言っても、資金援助してるだけで他には何もやってないんだけどね」

御子神は苦笑する。

「へえ。いつもの御子神さんからは想像できませんね」

「ん? 瑠璃ちゃんどういうことかな?」

御子神が固まった笑顔を瑠璃に向ける。

「何でもありませんよ」

瑠璃はそれをするりとかわした。

「みんながお祭り会場に向かうんじゃ、お店開いてても意味ないですね。じゃあ・・・お祭りに行きましょう!」

瑠璃は目をキラキラさせて御子神を見る。

「・・・そ、そうだ・・・」

「じゃあ、私準備してきます!」

瑠璃は御子神の台詞を遮って言うと、自分の部屋に駆けて行った。

「・・・」

残された御子神は呆然と立っていたが、自分の服装に気付いて自分も部屋に向かった。


「さあ、行きますよ御子神さん!」

瑠璃は店先で早く行きたそうな表情で祭り会場と店の中を見比べる。

御子神はのっそのっそと気だるそうに部屋から出てきた。

「んもう!! 先行きますからね!」

瑠璃は堪えきれず、先に祭り会場に向かった。

「あ、ちょ・・・あ~あ。行っちゃった。でも、首飾りしてたから良かった」

御子神は急いで店を出るわけでもなく、やはりのっそのっそと店を出る。

そして、何かを思い出したように顔を引き締めると、走った。

向かうのは祭り会場。

「まったく・・・あの子は一体どこに・・・」

見回しても瑠璃の姿はない。

その時、近所に住む面識のあるおばさんを見つけた。

「あ、あの・・・」

「おや、御子神さんじゃないかい。どうしたんだい?」

「瑠璃ちゃ・・・うちの瑠璃を見ませんでしたか?」

「瑠璃ちゃん? ああ、屋台のほうに向かったよ?」

おばさんは何事かと思いながらも答えた。

「ありがとうございます!」

御子神はおばさんの言った通り、屋台の立ち並ぶ方に向かう。


瑠璃は屋台群を歩きながら、背後を警戒していた。

(ど、どうしよう・・・)

瑠璃はちらりと背後を見る。

そこには、高校の男子の同級生が一塊でいた。

姿が変わったため、瑠璃に気付くことはないが、別の意味で瑠璃の後をついてきている。

男たちの視線は瑠璃に向けられており、ほかの人物や屋台に見向きもしない。

どうやらターゲットは瑠璃一人のようだ。

瑠璃は人波をかき分けて早足で境内に向かう。

神社の境内にはこの数か月で出会った御子神の知り合いがいるはずだ。

その知り合いに助けを求めるべく向かう。

しかし、境内に向かう途中で男たちにつかまり、人目のつかないところに引き込まれた。

その瞬間、瑠璃の脳裏に嫌な記憶がよみがえる。

「へへっ、こいつ、泣いてやがるぜ」

男たちの一人が瑠璃の顔を撫でる。

瑠璃の全身に寒気が走った。

体が震え、助けを呼ぶ声すらあげられない。

目の前の男たちを見ているのも怖くなり、目をぎゅっと瞑る。

「なんだよ。抵抗しないのか?」

「なら、遠慮なく・・・」

男の一人が瑠璃に手を伸ばす。

「・・・おい」

男が伸ばそうとした手はぎりぎりとひねりあげられた。

瑠璃が小さく目を開けると、そこには怒っている御子神がいた。

「・・・・・・御子・・・神・・・さ」

小さく声を出すことしかできなかった。

御子神は瑠璃に優しく微笑むと、

「ちょっと耳を塞いで、目を瞑っててくれるかい?」

と言った。瑠璃は言われるがまま耳を塞ぎ、目を瞑る。

いつもなら恐怖にかられてそんなことはできないが、今は近くに御子神がいると考えただけで恐怖はなぜか消え去っていた。


しばらくして、肩を誰かに叩かれた。

目を開けてみると、御子神がいつもよりも一層優しい表情で微笑んでいた。

「大丈夫だったかい?」

コクリと瑠璃は頷く。

「はあ・・・良かった。まったく、一人で先走らない! 女の子なんだからちゃんと注意しないと駄目だろう」

御子神は軽く瑠璃の頭を叩く。

「・・・ごめんなさい」

「まあ、いいよ。ちゃんと間に合ったし、でも、久々に走ったから疲れたよ」

御子神は袖を捲し上げる。

それを見て瑠璃が、

「そういえば、御子神さん着物じゃなくて浴衣着てきたんですね」

「まあね。祭りのときは着物より浴衣だろう?」

「はい!」

瑠璃に調子が戻ったようだ。

瑠璃は荷物の中からうちわを出すと、御子神に渡した。

それを受け取ると、暑そうに仰ぐ。

御子神は邪魔そうに髪を後ろに流す。

「髪、結ってあげましょうか?」

「・・・変な風にしたりしないというのなら頼めるかな」

「はい!」

瑠璃は御子神の長髪を高い位置で一つに縛った。

「はい。ポニーテールです」

「ポニーテール? ああ、この髪型のことか」

縛られた場所を手で触って確かめる。

「うん。変な風になっていないね。よかった」

「どういう意味ですか」

「いや。昔、綾に髪で遊ばれたことがあってね。女性のような髪型にされたんだよ。・・・もうあの時のことはあまり思い出したくはないんだけど・・・」

あの時とは、綾が十歳の時に御子神の髪をリボンを使って、いろいろな髪型にされたあげく、リボン尽くしにして綾が帰ったという時の話だ。

「そうだったんですか」

瑠璃は小さく笑いながら、御子神と共に屋台群に戻る。

「あ、そういえば、さっきの人たちは?」

「うん~? 瑠璃ちゃんは知らなくていいことだよ」

御子神は笑顔で話をはぐらかす。

瑠璃は首を傾げると、興味を無くしたように屋台を見る。

瑠璃は楽しそうに屋台を見て回った。御子神はそんな瑠璃を守るようにしながら見守った。


「じゃあ、ちょっと神主さんと会ってきますね」

「うん。行ってらっしゃい」

御子神は走っていく瑠璃に手を振る。

瑠璃がいなくなると、脱力したようにする。

「はあ・・・」

「かっこよかったぞ。御子神さん」

バッと振り返ると、にやにやしている統吾と綾がいた。

「お前ら・・・いつから・・・!」

「ずっといたぞ。お前が気付かないとはな」

「お父さん。ほら、御子神さんあんなに頑張ってたから」

綾が御子神を見て、笑いながら答える。

それに統吾は頷いた。

「そうだな。会場中走り回って瑠璃ちゃん探して。で、やっと見つけたら瑠璃ちゃんが襲われそうになってて、怒りの形相で近づいて行って・・・」

「・・・おい」

綾が実演する。

「それから瑠璃ちゃんに微笑むと・・・」

「ちょっと耳を塞いで、目を瞑っててくれるかい?」

綾は手をひねっているような形のまま、どこかに向かって言う。

「で、瑠璃ちゃんが耳を塞いで目を瞑ったのを確認すると一気に鬼の形相になって・・・」

「おい、クソ餓鬼。今、この子に何しようとした?」

誰かに掴みかかっているような演技をする綾。

「いや、別に、その」

「突然のことに戸惑う男たち」

「ああ?」

「なおも鬼の形相で男に掴みかかる御子神」

「・・・」

「その態度ににイラッときたのであろう御子神は、掴みかかっていた男の頭をわしづかみにすると、御子神自身の膝に叩きつけた!」

「・・・ゴッ」

「頭を強打した男は気を失い、倒れる」

「・・・おい」

「それを見た男たちは逃げようとするが、御子神が元の姿に戻り、尾を伸ばす」

綾が尾を出した素振りをする。

「・・・おい」

「伸ばした尾は男たちに絡みつき、縛り上げ、宙に浮かす」

御子神のこめかみがピクピクとし始めている。

「男たちは驚いて暴れるが、まったく意味はなくギチギチと締め上げられる。限界に達したのか、男たちは気を失う。それを見るやいなや御子神は舌打ちして遠くに放り投げた」

満足したように統吾と綾は笑みを浮かべる。

「・・・」

御子神は呆れたように溜め息を吐いた。

「どうした?」

統吾は首を傾げて、御子神を見る。

「・・・お前ら楽しいか?」

「おう」

「うん」

とてもいい返事が統吾と綾から帰ってきた。

それにまた御子神は深いため息を吐いた。

「それで一体何の用だ?」

「用なんてないぞ? ただ綾と祭りにきたらお前を見かけたから尾行しただけだ」

「尾行すんなよ」

「楽しいんだから仕方がないじゃない」

綾が開き直って言う。

それに御子神は綾を睨む。

綾はどこ吹く風で飄々としている。

「あ、統吾さんと綾さん」

御子神が見ると、瑠璃が驚いたようにしていた。

綾は瑠璃を見るやいなや、抱き着いていた。

統吾も瑠璃のほうに歩いていく。

御子神はすっかり蚊帳の外になった。

三人が楽しそうに話している。

御子神は近くにあった木に寄りかかってそれを見ていた。

その時、背後から何かの気配を感じた。

ばっと木から離れて、その気配の方を見る。

暗い上に木が茂っていてよくは見えないが、木々の隙間からあの忌まわしき影が見える。

「・・・御子神さん」

瑠璃が御子神の前に立つ。

「来た、ようだね」

「ですね。私丸腰ですよ」

「そうだろうと思ったよ」

ちらと振り返ると、統吾が布に包まれた何かを持っていた。

「・・・それは?」

「ああ。持ってきてくれたのか。家に忘れてたんだ」

御子神がそれを受け取り、布を取る。

布に包まれていたものは小刀が二本。片方には鎖が付いていた。

「これは瑠璃ちゃんに。使い方はその体が知っているはずだから」

瑠璃は受け取る。

瞬間、今まで来ていた浴衣から忍者のような服装に変わった。

「これは?」

「その小刀を扱いやすい格好に変わるようになっているんだよ」

御子神が瑠璃の隣に立ちながら言う。

「まるで変身みたいね」

綾が呆れたように言う。

「そうですね。でも、確かに動きやすいです」

瑠璃は腕を振ったりしている。

「・・・行けそうかい?」

準備運動の終えた瑠璃が頷く。

前を見れば、影は徐々に近づいてきている。

これ以上、近づかせるわけにはいかない。

今、この場所には何千人という人たちが集まっているのだ。

「統吾」

「わかってる」

「頼んだ」

そう言うと、統吾は綾を伴って歩いて行った。

影はゆっくりと近づいてくる。

瑠璃は目を閉じ、深呼吸をすると目をゆっくりと開いた。

「御子神さんはここから動かないでください」

瑠璃はそう言うと、影に突進していった。

影はにぃと笑って瑠璃を見ていた。

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