枷の解放
朝食を統吾親子と食べ終え、開店準備を始めた。
統吾親子も開店準備のため帰った。
朝から色々あったが、今日もいい日和だ。
「う〜ん。・・・よし! 今日はお祭りだから張り切ろう!」
瑠璃は大きく伸びをしたあと、『浴衣貸し出します』という貼り紙を店先に出す。
今日はこの町最大のお祭りがある。
商店街も総力をあげて、集客をする。
狐雪堂も例に漏れず張り切っている。ただし、瑠璃だけ。御子神はというと朝食を済ませてすぐに地下室に行った。
なんのために地下に行ったのかを瑠璃は知らない。
ただ、少し怖い表情をしていた。
今までの御子神からは想像できない表情だった。
いつも優しく微笑んでいる御子神が怖い表情をしている。それだけで、不安が生まれる。
瑠璃は早く鼓動を打つ心臓を抑えるように深呼吸する。
「大丈夫・・・」
自分に言い聞かせるように小さく呟く。
瑠璃は御子神の部屋の方を見る。
まだ御子神が帰ってくる気配はない。
一抹の不安は残るものの、店のことを気にかけなければならない。
朝なのにいつも以上に通りを人が行き交う。
半被を着ている人もいれば、浴衣を着ている人もいる。
普通のお祭りは夕方から始まる。
しかし、この町の祭りは朝から始まる。
この町の祭りに行き慣れているものであれば、朝早くに祭り会場に行く。
でなければ損をする。
朝早くに行けば、いろいろな特典があるからだ。
だから、朝から人が多い。
気を抜いていては、お客をほかの店にとられかねない。
瑠璃は気を引き締めて、集客をする。
「御子神さんが戻ってくるまで、がんばろう!」
瑠璃は気合を入れるようにガッツポーズをとる。
その時、若い女の子二人が暖簾をくぐってきた。
「いらっしゃいませ!」
瑠璃は笑顔で迎え入れた。
「・・・」
上の店で瑠璃が明るく接客している頃、御子神は地下室の奥の部屋にいた。
部屋の中心で御子神は静かに目を閉じていた。
部屋には何もない。
土壁とむき出しの土のみ。
明かりの類は一切ない。
壁と地面しかないその部屋で御子神は呼吸も感じられぬ程に静かに佇んでいた。
「・・・」
小さく息を吐く音が聞こえた。
すると、部屋に青白い光が少しずつ広がっていく。
部屋が青白い光に包まれたあと、御子神はゆっくりと目を開けた。
「・・・」
御子神の視界に無機質なモノが広がっている。
床には所狭しと御子神の守護者たちが使っていた私物が広がり、壁には血痕が鮮やかに広がっている。
そして、空中には鎖でがんじがらめになって、うなだれている御子神がいる。
御子神は鎖でがんじがらめになっている御子神を見る。
すると、うなだれていた顔をゆっくりと上げ、虚ろな表情で御子神と目を合わせる。
『また来たのか』
虚ろな表情のまま、口を開かずに言う。
「また来てしまったよ」
御子神は宙に浮かぶ御子神から視線を逸らさずに言う。
『何の用だ』
「力を・・・」
『貸せとでも?』
「・・・」
『クハッ』
虚ろな表情の口角をあげて、宙に浮かぶ御子神は御子神を見下ろす。
『一体何回力を解き放つつもりだ? 力を解放するたびにお前の親しい者の命が失くなっているというのに』
「・・・」
『一体何回親しい者を殺すつもりだ!』
「・・・」
『どれだけ失くせば気が済むんだ! 見てみろ!』
宙に浮く御子神は床と壁を見る。
『どれだけ親しい者の血を流す! どれだけ親しい者の命を奪うつもりだ!!』
それに御子神は何も言えない。
宙に浮いていた御子神はゆっくりと降りてきて、御子神に耳打ちする。
『お前では何も護れない』
その言葉に宙に戻っていく御子神をキッと睨む。
「・・・そんなことはわかっている。だが、今度は絶対に護りたいんだ。命をかけても。そのために力がいる」
宙に浮かんで、嘲笑を浮かべている御子神を見る。
「力を貸してくれ」
『・・・』
御子神と御子神は静かにお互いを見る。
『・・・俺の力を使ってでも護りたい相手なのか?』
「・・・ああ」
『俺の力を使い続ければどうなるかわかっているだろう。それでもか?』
「ああ」
『・・・。お前は俺だ。お前が護りたいと言うのなら、そいつは俺にとっても護りたいやつだ』
宙に浮かんでいる御子神は静かに目を閉じる。
「・・・」
『しかし、俺はお前の護りたいやつを知らない。でも、お前の表情を見ればわかる。・・・優しいやつなんだな』
「ああ。優しくて弱くて可愛い子だよ」
御子神が優しく微笑みながら答える。
『もしかして女か?』
「ああ」
『お前もやっと女に興味を持ったか』
宙に浮かぶ御子神は面白そうな表情で御子神を見下ろす。
「そんなんじゃない。娘みたいなものだ」
『娘・・・ね』
なおも宙に浮かぶ御子神は面白そうにしている。
「・・・なんだ」
『別に。いずれわかることだ』
「何が・・・」
『力、だったな』
「・・・。ああ」
納得していない表情で御子神はうなずく。
『貸すさ。お前は俺で、俺はお前だ。自分の力を自分の好きなように使え。あとは、お前が受け入れるか否かだけだ』
「・・・力を貸してくれ。もし・・・いや、あの子を護れるならそれでさえも本望だ」
御子神は悲しそうに笑った。
『・・・一体誰が俺を、俺たちを作ったんだろうな』
「・・・」
御子神は諦めたような表情を浮かべる。
『枷を、外してくれ』
「ああ」
御子神はすっと手を掲げる。
すると、宙に浮いていた御子神を拘束していた鎖が弾け飛んだ。
鎖から解放された御子神はゆっくりと降りてきて、御子神と重なるようにして消えた。
御子神は自分の中にある力を感じる。
「これで、元の俺に戻った」
御子神は不敵な笑みを浮かべる。
そして、部屋から出ていく頃にはいつもの表情に戻っていた。
「あ、おかえりなさい」
お茶を飲んでいた瑠璃が御子神に気づいて声をかける。
「ただいま。お客さん来たかい?」
御子神は瑠璃の向かいに座り、店先を見る。
「はい。女の子が来ましたよ」
御子神にお茶を出しながら、答える。
「浴衣かい?」
「はい。浴衣だけじゃなく、他にも小物を買って行きましたよ」
瑠璃は嬉しそうに笑っていた。
それに御子神も自分のことのように嬉しそうに笑っていた。
「今日は浴衣の貸出が多いだろうね」
「そうですね。桜華屋の奥さんに着付けの特訓してもらってよかった」
「?」
お茶を口に含みながら、御子神は首をかしげる。
「最近の子って着付けができない子が多いんです。だから、着付けすることになるだろうなと思って、奥さんに教えてもらっていたんです」
「なるほど。確かにそうだね。最近の子は洋服ばかり着るから着物とかの着付けはできないだろうね」
「はい。元々そうだった私が言えた義理ではないんですけど」
瑠璃は恥ずかしそうに苦笑する。
「そうかい? 基本はきちんと押さえてたからそうは思わなかったけど」
「基本ってなんですか? 奥さんも言ってたんですけど」
「たとえば、右前左前とか。左前にしたら死人になるのは知っているだろう?」
「そんなの当然じゃないですか!」
瑠璃が勢いよく座卓を叩く。
「それがわかっていれば十分なんだよ。基本は」
「まさか、左前のことが基本なんですか?」
「そうだよ。最近の子はそれさえも知らないから」
悲しいことにね、と御子神は付け足して小さく笑う。
「そんなの常識じゃないですか」
「あはは。すねちゃった」
頬を膨らませて、顔を背ける瑠璃を見て御子神は面白そうに笑う。
「・・・」
瑠璃は一層頬を膨らませて、顔を背ける。
それを御子神は優しく微笑みながら見ていた。




