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10/22

長い夏の始まり

狐雪堂の改革は良い方向に向かっていった。

桜華屋の奥さんの尽力により、まばらにではあるが、お客が入るようになった。

それに瑠璃は満足そうに笑っているが、御子神は困惑混じりの笑みを浮かべる。

お客が入ることは喜ばしいが、それと同様に喜ばしくない事も起きるようになる。

例えば、強盗が来るようになったり、万引きされるようになったり。でも、御子神にとってそれはさほど憂慮すべきことじゃない。本当に憂慮すべきなのは、夏の騒ぎに乗じてやってくる敵だ。

この店の人の出入りが激しくなればなるほど、敵の侵入を許すことになる。

それだけじゃない。一般人がいるという状況の中、敵との戦闘になった場合、一般人が巻き込まれるかもしれない。

そうなれば、この店だけじゃなく通りの店全部に影響が出る。

今のところは、特に問題も起きてはいないが、いつかは起きるだろう。

敵は確実にくる。

新たに部下ができた今、敵は潰しに来るだろう。

そうして、御子神に悲しみを与えて、弱っている隙に御子神の力を奪い取るのだ。

御子神は今まで苦しく思ったことはあっても、悲しく思ったことはない。

自分が弱ってしまえば、自分を護るために散った者たちに申し訳が立たない。

だが、今回はわからない。

何故だか、御子神は瑠璃に執着している節が見受けられる。

それに御子神が気付いているのかはわからない。

御子神は今までと違い、瑠璃の突飛な提案を拒否することはない。

自分の都合の良いように動かすことをしてきた御子神だが、それを瑠璃に対してはできていない。

御子神がそんな自分に気付くのも時間の問題。いや、近いうちに気付くだろう。

季節は夏なのだから。

イベントはたくさんある。

それが楽しいものか辛いものかは、御子神と瑠璃の行動次第だ。


御子神は店の奥で煙管をふかしている。

瑠璃は店の中で、ふんわりとした雰囲気の女子高生の相手をしている。

なんとなくだが、来る客の年齢層が若い気がする。

はるかに年齢の高い御子神では接客が難しい。

瑠璃相手の接客の時は、瑠璃だからよかったのだ。

普通の女子高生ではジェネレーションギャップがあって、話が通じない。

その点で瑠璃には感謝をしている。

御子神自身は店長然としていればいいだけだ。

店の売り上げは徐々に上がっている。

それは瑠璃の手腕が成せる業績だ。

御子神が物思いに更けていると、女の子たちの笑い声が聞こえた。

「御子神さん」

「ん?」

名を呼ばれ、御子神はそっちの方を見る。

「どうしたんだい?」

「あの子達が、浴衣を買いたいと言っているんですけど・・・」

「だったら、桜華屋に行ったらどうだい?」

その返答に瑠璃が困ったように下を向く。

「それが・・・桜華屋の浴衣では手が届かないと・・・」

「ああ、なるほどね。うちで安いものがあったらってことだね?」

「はい・・・」

「ふむ。瑠璃ちゃん」

御子神は煙管を置く。

「一旦店を閉めようか」

「え?」

戸惑ったような表情を浮かべる。

「あの子たちと一緒に桜華屋に行こう」

「まさか、買ってあげるんですか?」

瑠璃は意味がわからないまま、立ち上がる御子神を見る。

「違うよ」

「じゃあ・・・」

「浴衣の貸し出しをするのさ」

ニコッと御子神が笑う。

「貸し出し・・・だったら、桜華屋でやってるんじゃ・・・」

「確かにやってるけど、高校生じゃまだ手が届かないと思うよ。桜華屋は高級品の一点物だから」

御子神は瑠璃の隣に立って、女子高生たちを見る。

「だから、うちで安く貸し出すんだよ」

「でも元はとれませんよ?」

「長い目で見れば元以上の稼ぎだよ。だって買い取っちゃうんだから」

御子神は子供のような笑みを瑠璃に向ける。

納得したように瑠璃がうなずく。

「でも、私が選んでも若い子の趣味はわかんないし。かといって瑠璃ちゃん一人で選んでも意味はない。瑠璃ちゃんの趣味になっちゃうからね」

「だから、あの子たちも一緒に?」

「そうだよ」

御子神はうなずいたあと、女子高生に近づいていった。

女子高生となにごとか話すと、女子高生は嬉しそうに顔を綻ばせた。

「瑠璃ちゃん、行くよ?」

「あ、はい!」

御子神は女子高生を伴って、店を出ていく。それを瑠璃は急いで追った。



「・・・たくさん買いましたね」

「そうだねぇ」

今、御子神と瑠璃の前には浴衣や着物の入った箱が高々と積まれている。

そのうちの数箱は女子高生に貸し出したため空だが、まだまだある。

元々は男物も合わせて六着を買うつもりだった。

しかし、桜華屋の奥さんに色々勧められ、そのうち流れるように買っていた。

「・・・どこにしまいましょう」

「蔵、かな」

考えるように御子神が顎に手を添える。

「蔵なんてあるんですか?」

「あるよ。庭の隅に」

御子神が瑠璃を伴って、庭に出る。

庭に出ただけでは蔵はどこにも見当たらない。

「どこにあるんですか?」

「こっちこっち」

御子神はにやりと笑って、庭を歩いていく。

それに瑠璃はついていく。

家から見た庭よりも広いらしい。

歩いていくにつれて、庭のような景色ではなくなってくる。

今、二人が歩いているのは庭というより林だ。

家の裏の奥に林がある。

その林の中に蔵があるようだ。

少し歩いて御子神が歩みを止めた。

その隣に瑠璃は並ぶ。

「これが蔵、ですか?」

「そうだよ」

二人の目の前にそびえ立つ蔵は思った以上に大きかった。

黒塗りの壁に黒瓦。

蔵は真っ黒だった。

夜だったら気付かないかもしれないほどに黒かった。黒いからこそ威圧感もある。

しかも、この蔵は蔵という大きさではない。

この蔵は屋敷だと言われても遜色ないほどに大きかった。

「蔵、にしては大きすぎませんか?」

「そうだねぇ。元々は蔵じゃなかったからね」

「元々はなんだったんですか?」

首を傾げながら御子神を見る。

「牢屋」

口角を上げ不気味に笑う。

その言葉に瑠璃が息を飲む。

「この蔵、貰い物なんだよ」

「も、貰い物?」

びくびくとしながら御子神に聞く。

御子神はそんな瑠璃を小さく笑い、蔵の錠に手をかける。

「そう。江戸時代のちょっと前だったかな。知り合いの妖怪が幕府に仕えてて、牢屋を新築するからいるか? って聞かれたから欲しいって答えて、丸ごと貰った。丸ごと運べたのは妖怪だからだよ」

言い終わると同時に錠が開いた。

重い鉄製の扉をぎぃと引いて開ける。

蔵の中は思った以上にきれいだった。

ほこりが舞うことはなく、湿度も丁度よく、少しひんやりした空気に満ちている。

外は暑いのに、中は涼しい。

とても心地よい空間だ。

暗さをのぞけば。

「きれいですね」

「そりゃあね。埃を食べる妖怪が住み着いてるし、湿度を吸収する妖怪もいるから、とてもいい具合なんだよ」

御子神は蔵の窓を開けて、太陽の光をいれる。

蔵の中が明るくなっていくにつれて、蔵の中がわかる。

元が牢屋というだけあって個々に部屋が分かれていた形跡がある。

だが今は壁をすべて取っ払い、一つの部屋になっている。

「広いですね〜」

あまりの広さに呆気にとられていると、御子神がどこかに行っていた。

「御子神さん? どこですか~!」

大声で御子神を呼ぶ。

すると、奥の方からガタという音が聞こえた。

その音にビクッと瑠璃は怯える。

「み、御子神さん?」

瑠璃は入り口近くでビクビクと震えて、音のした方を見つめる。

名を呼んでも返事はない。

瑠璃は怖くなり、徐々に涙目になる。

瑠璃の中で過去の記憶が蘇る。

死にたくなるほど辛かった記憶。

御子神と出会ってからは思い出していなかった記憶。

暗い空間と自分一人しかいないというこの状況。

あの時と酷似している。

部活終わりの帰りに公園で起きた出来事。

それが脳裏に鮮明に蘇る。

「み、御子神・・・さ・・・」

指先がカタカタと震え、あごも震えてうまく言葉がでない。

全身が震え、涙が流れ始める。

恐怖に耐えきれず瑠璃はしゃがみ込み、耳を塞ぐ。

目からはとめどなく涙が流れ続ける。

その涙を拭う気力もなく、ただ恐怖に蹲るだけ。

泣きながら蹲っていると、頭を優しく撫でられた。

瑠璃がゆっくりと顔を上げると、御子神がやさしく微笑んでいた。

その姿に瑠璃は安心して、一層泣いた。

嗚咽を漏らして泣く瑠璃を御子神はやさしく抱きしめる。

宥めるように背中を撫で、大丈夫と耳元で小さく何度も言う。

瑠璃は御子神の服をギュッと掴み、御子神の胸で泣く。

御子神は瑠璃が落ち着くまで背中を撫で続け、優しく声をかけ続けた。



しばらくして、落ち着いたのか瑠璃が涙を拭いながら顔をあげる。

「・・・落ち着いた?」

御子神が微笑みながら聞く。

「はい・・・。すみません」

「何がだい?」

「その・・・色々と」

顔をそらして、もごもごと答える。

「構わないよ。だって、私たちは家族のようなものだろう?」

御子神は微笑む。

慈しむように、愛しそうな笑みを瑠璃に向ける。

「なんだか・・・」

「うん?」

「私、御子神さんに助けてもらってばっかりですね」

瑠璃は苦笑を浮かべる。

「それが普通だよ。君は女の子なんだから。男は女を守るのが役目だからね。助けるのもそのうちさ」

そう言って、瑠璃の頭を撫でる。

瑠璃は目を閉じて、頭を撫でる優しい手のあたたかさに安心していた。

「・・・ごめんね。一人にしてしまって」

「そんな! 御子神さんが謝る必要はないです!」

目を下向けてしまっている御子神の手を握る。

それに驚いたように、御子神が目線を上げる。

「でも・・・暗い空間に一人で残してしまったし・・・」

「御子神さんはちゃんと来てくれたでしょう? 私が動けなくなっているときに優しく撫でてくれた。私は嬉しかったんです。今まで、いじめられこそすれ優しくされたことなんてあれ以来なかった。私に優しく接してくれる御子神さんが謝ることなんてないんです! 絶対に!」

手を強く握り、瞬きもせずに御子神の目を見る。

それに御子神はふにゃりと笑った。

「わかったよ。さあ、立って。蔵の中を整理して、浴衣を入れる隙間をつくろう」

瑠璃の手を掴んで、立ち上がらせる。

「ちょっと待ってください」

「うん?」

「この蔵、微妙に遠くないですか?」

「?」

「お店から遠い気がします。これじゃあ、お客さんを待たせることになってしまいます」

ここまで来る道程を思い出す。

見ただけでも広いとわかる庭を抜けて、林の奥まで歩いてきた。

店からは遠い。しかも、林の中を通るから迷う可能性もある。

「じゃあ、庭に商品用の蔵を作ろうか。そうすれば、店からも近いしね」

御子神は蔵の中を見回す。

「・・・それにここにはあまり来ない方がいいかもしれない」

小さく御子神は呟く。

「なんですか?」

御子神の呟きは瑠璃には聞こえなかったらしい。

それに御子神は内心安堵すると、指をぱちんと鳴らした。

すると、蔵の中の窓が次々と閉まっていく。

「閉めることができるなら、開けることも出来たんじゃないですか?」

「出来なかったんだよ。みんな寝てたから」

「みんな?」

「この蔵を管理してもらっている妖怪。今、閉めてもらった」

そういうと、蔵をあとにする。

御子神と瑠璃が蔵から出ると、重厚な扉が一人でに閉まった。

それを瑠璃は見守る。

隣で御子神は周りを見回す。

葉がざわざわと揺れている。

何か危険を知らせているように。

御子神は見回していた目をある一点で止める。

その視線の先には影がいた。

不気味に笑う影。

自分の守護者を何人も屠ってきた妖。

視線が鋭くなり、その影を睨みつける。

「また、屠りにきたか・・・」

低く小さく呟く。

「・・・御子神さん、行きましょう。まだ、攻撃するつもりはないようです。挑発しにきたんでしょう」

御子神が瑠璃を見ると、自分と影の間に立ち、影を見ていた。

瑠璃も気付いていたらしい。

「・・・そうだね。あいつはこの林には入れない。今のうちに行こう」

御子神は影を一睨みし、歩き去る。

それに数秒遅れて瑠璃もついていく。

影は歩いていく二人を不気味な笑みを浮かべたまま見る。

その影の背後から不敵に笑う女が出てきた。

『見ぃつけた』

女は舌なめずりをしたあと心底おもしろそうに笑い、影とともに消えた。



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