↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

PR
7/9

第7話 群れの夜

柵が倒れる少し前。


ダニエルは、借りた家の屋根に腹ばいになって、暗視ゴーグル越しに森を見ていた。


マーカスが、隣で弾倉を確かめながら言った。


「隊長。昼間の石、見たか」


「見ていた」


「あの石を見た時の、アイシャの顔もだ」


「それも、見ていた」


マーカスは、それ以上は言わなかった。


アイシャは何かを知っている。そして、それを言わない。今は、それだけが確かだった。


森の縁で、光が増えていく。二つずつ並んだ、緑色の光。


ダニエルは、それを数えるのをやめた。


この数を、一匹ずつ撃っていたら、弾が足りない。最初の一発を撃つ前から、それは分かっていた。



柵が倒れた。


めきり、という音と同時に、黒い影が村の中へなだれ込んできた。


一匹、二匹ではない。倒れた柵の隙間から、川の水があふれるように、次々と。


村のあちこちで、悲鳴が上がった。家畜小屋で羊が鳴き叫ぶ。どこかの家の扉が、体当たりでたわむ音がする。


「全員、聞け」


ダニエルは、屋根から身を起こしながら無線に言った。


「屋根の上から撃つのは終わりだ。下に降りる。マーカス、村の西の路地。家を守れ。アダム、エヴァン、東の家畜小屋。サム、ミナトたちを連れて、村の真ん中の石の倉へ行け。逃げてくる者は、誰でも中に入れろ。ノア」


「分かってる。頭だろ」


「村の真ん中の見張り台に上がれ。一番高い」


「了解」


「単発で撃て。一匹ずつ、確実に。頭を見つけるまで、持ちこたえろ」


返事は、もう誰からもなかった。全員が、動き出していた。



村は、混乱していた。


閂をかけた家の扉を、魔狼が体当たりで揺らしている。中から悲鳴が上がる。耐えきれずに裏口から飛び出した家族が、暗い路地を、どこへ逃げればいいのかも分からずに走り回っている。


村の真ん中に、石を積んだ倉があった。村でただ一つ、石でできた建物だ。厚い壁と、重い木の扉。


ダニエルは、その倉の前に立った。


路地から、母親が子どもを二人抱えて飛び出してきた。その後ろに、魔狼が迫っていた。


ダニエルは撃った。獣が崩れ落ちる。


母親は、立ち止まって、ダニエルを見た。


昼間、子どもを家の中に引っ込めた、あの女だった。


その目に、怯えがあった。目の前の獣より、目の前の異界の男に向けた怯えだった。


ダニエルは、倉の扉を指さした。


「中へ」


女は、動かなかった。


そのとき、倉の扉の陰から、しわがれた声が飛んだ。


「倉へ入れ! 石の壁なら、魔狼は破れん!」


ニクスだった。サムたちと一緒に来ていた。小さな体で倉の扉を押し開け、村の言葉で、何度も叫んでいた。


「入れ! 子どもからじゃ!」


女は、ニクスを見た。それから、ダニエルを見た。ダニエルの足元に転がる、さっき自分たちを追っていた獣を見た。


女は、子どもを抱えたまま、倉の中へ駆け込んだ。


それが、最初の一人だった。


路地のあちこちから、村人たちが顔を出し始めた。異界の男たちが、獣を一匹ずつ撃ち倒していくのを見て。ゴブリンの叫び声を聞いて。


一人、また一人と、村人たちが倉へ走ってくる。サムとピッパが、扉の前で村人たちを中へ押し込んでいく。ミナトが、泣いている子どもの手を引いて、中へ連れていく。アイシャが、倉の入り口で杖を構えている。


それでも、全員ではなかった。


閂をかけた家から出てこない者もいた。異界の化け物の言うことも、ゴブリンの言うことも、最後まで聞かずに。


ダニエルは、それ以上、待たなかった。


「サム、倉を閉めろ。中にいる者を守れ。出てこない家は、俺たちが外から守る」



◇


マーカスは、西の路地に飛び降りた。


細い路地だった。両側に、低い家が並んでいる。人が二人並んで歩けるかどうかの幅。


その一番奥の家の前で、魔狼が三匹、扉に飛びかかっていた。


扉の向こうから、子どもの泣き声がした。


マーカスは、走りながら撃った。一匹目が横倒しになる。二匹目がこちらを振り向き、低く身を沈めた。


飛びかかってくる。


マーカスは、半歩だけ横にずれた。


獣の牙が、さっきまで自分の首があった空気を噛んだ。すれ違いざまに、至近距離で二発。獣は路地の壁に叩きつけられて、動かなくなった。


三匹目は、扉の前で唸っていた。マーカスと扉の間に、立ちはだかるように。


マーカスは、扉の前に、自分の体を割り込ませた。三匹目は、牙をむいたまま後ずさり、路地の闇へ消えた。


背中で、扉の木の感触がした。その向こうで、誰かが息を殺している。


「動くな」


聞こえているかどうか分からない言葉を、扉の向こうに言った。


路地の入り口から、新しい影が二つ、三つと入ってきた。


狭い路地だ。獣は一度に一匹ずつしか来られない。そして、こちらは背中に扉がある。下がる場所はない。


それで、十分だった。


一匹が飛びかかってくる。撃つ。次が来る。撃つ。弾倉が空になる。替える暇はない。銃床で、飛び込んできた鼻面を殴りつけ、怯んだところに拳銃を抜いて撃ち込む。


息を吸う。弾倉を替える。


次の影が、路地の入り口に現れた。


マーカスは、扉の前から、一歩も動かなかった。



◇


東の家畜小屋では、アダムが走り回っていた。


「エヴァン、援護!」


「目的を言え」


「見てりゃ分かるって!」


家畜小屋には、魔狼が何匹も入り込んでいた。逃げ遅れた羊を追って、木の柵を壊し、中で暴れている。


アダムは、小屋の脇に積まれた樽を一つ転がした。中で、液体が揺れる音がした。


ランプの油だった。昼間、村を歩いた時に、目をつけていた。


「油か。燃やす気だな」とエヴァン。


「爆薬、あと二つしかねえじゃん。こんなとこで使えるかよ」


アダムは、樽の栓を抜いて、小屋の入り口に油をまいた。それから、小屋の裏手の板を、ナイフでこじ開けた。


逃げ遅れていた羊が、裏の隙間から転がり出てくる。その後ろから、羊を追って、魔狼が一匹、また一匹と、小屋の奥へ入っていく。


「エヴァン、裏から出てくるやつだけ撃て。表は俺がやる」


小屋の中で、魔狼たちが唸り合っている。何匹いるのか、もう分からない。


アダムは、ポケットからライターを出した。


「悪いな、おっさん」


誰に言ったのかは、自分でも分からなかった。たぶん、この小屋の持ち主に。


火が、油を走った。


小屋の入り口が、一瞬で炎に包まれた。中から、獣たちの悲鳴が上がる。裏の隙間から飛び出してきた何匹かを、エヴァンが一匹ずつ撃ち落としていく。


炎が、夜空を赤く染めた。


その光の中で、アダムは、いつもの軽い顔ではなかった。燃える小屋を、黙って見ていた。


「……昼間さ、あの小屋で、腹の出たひげの親父が羊にエサやってたんだよ」


エヴァンは、燃える小屋から目をそらして、裏の隙間へ銃口を戻した。



◇


サムは、石の倉の扉の前にいた。


背中の倉の中には、逃げてきた村人たちと、子どもたちと、アイシャと、ミナトと、ピッパと、ニクスがいる。


目の前の広場を、魔狼が走り回っていた。


その広場の真ん中に、男が一人、倒れていた。


村の男だった。逃げ遅れたのか、家族を探して出てきたのか。太ももを噛まれて、地面に血が広がっている。その男に、魔狼が一匹、鼻を近づけていた。


サムは、扉の前を離れた。


「サムさん!」


背中から、ミナトの声がした。


走りながら、片手で拳銃を構え、男に鼻を近づけていた魔狼を撃つ。一発、二発。獣が跳ね退く。


男の脇にしゃがみ込み、太ももを見た。噛み傷が深い。血が、脈を打つように噴き出している。


太い血管をやられていた。


止めなければ、数分ももたない。


サムは、男の襟首をつかんで、近くの家の壁際まで引きずった。男が悲鳴を上げる。かまっていられなかった。


壁を背にして、男を座らせる。止血帯を取り出し、傷より上を巻く。締め上げる。男がまた叫んだ。


その間にも、広場の向こうから、魔狼がこちらを見ていた。


サムは、左手で止血帯の棒をひねりながら、右手で拳銃を構えた。


飛びかかってきた獣に、続けざまに撃ち込む。


獣が、足元に転がった。


止血帯が、締まりきった。血の勢いが、止まった。


「大丈夫だ。死なせないからな」


言葉が通じているかどうかは、関係なかった。男の目を見て、サムは言った。



◇


石の倉の前に、魔狼が集まり始めていた。


扉から離れたサムに気づいたのか、それとも、倉の中の子どもたちの匂いに引き寄せられたのか。五匹、六匹と、低く唸りながら、扉を取り囲んでいく。


一匹が、扉に飛びかかった。


扉の内側では、アイシャが、倉に入った時からずっと唱え続けていた。その長い詠唱が、ちょうど終わったところだった。


その瞬間、倉全体が、淡く光った。


光の膜だった。アイシャの防護の魔法が、倉をまるごと包んでいた。


魔狼の牙が、膜に弾かれる。爪が、膜の表面を滑る。何匹が同時に体当たりしても、膜は波打つだけで、破れなかった。


ダニエルは、広場の端からそれを見ていた。


あの膜は、無限じゃない。隊商を守った時と同じだ。彼女の魔力が続く間だけ。そしてあの時、彼女は、隊商を守っただけでふらついていた。


長くはもたない。


ダニエルは、膜の周りの獣を撃ち始めた。だが、撃てば撃つほど、村のあちこちから、新しい獣が音に引き寄せられてくる。



「隊長」


無線に、エヴァンの声が入った。少し息が上がっていた。


「家畜小屋は片づいた。問題は倉だ。若いのが、ほぼ全部あの石の倉に集まり始めてる」


「分かってる」


「それと」


エヴァンの声に、別の声が重なった。


ミナトだった。


石の倉の、明かり取りの小窓から、無線を持たないミナトが、外に向かって叫んでいた。その声を、近くにいたエヴァンの無線が拾っていた。


「エヴァンさん! ドローン! ドローンを飛ばしてください!」


「何だと」


「音と光です! あの機体、緊急用の強いライトと警告音がついてるんです! 狼が音と光に反応するなら、あれで引きつけて村の外まで誘導できるはずです! つまり、囮ですよ!」


「電池は残り半分だ」エヴァンの声が、硬くなった。「これを使えば、偵察に回せる分はほぼ残らない。帰る手がかりを探す目が、なくなる」


「でも、このままじゃアイシャの魔法がもちません!」


ミナトの声が、裏返っていた。


「中に、子どもが十人いるんです!」


無線が、一瞬静かになった。


ダニエルは、石の倉を見た。光の膜が、さっきより薄くなっていた。揺らぎ方が、大きくなっている。


帰る手がかり。十人の子ども。


考えるまでもなかった。


「エヴァン、飛ばせ」


「……了解」


「操縦は」


ダニエルは、少しだけ間を置いた。


「ミナトにやらせろ。あの機体を一番知っているのは、あいつだ」



倉の裏の小窓から、ミナトが転がるように這い出してきた。エヴァンが駆け寄って、端末と機体を押しつける。


ドローンが、夜空に舞い上がった。


小さな機体だった。だが、次の瞬間、その機体の下から、白い光が地面を照らした。目がくらむほどの光。同時に、甲高い警告音が、夜を裂いた。


石の倉を取り囲んでいた魔狼たちが、一斉に顔を上げた。


光が、ゆっくりと動き出す。広場から、倒れた柵の方へ。村の外へ。


一匹が、それを追った。


二匹、三匹。若い魔狼たちが、光と音に釣られて、走り出す。


ドローンは、高すぎず、低すぎず、獣が飛びかかっても届かない高さを保って、ふらふらと、まるで手負いの鳥のように飛んでいった。わざと、追いつけそうで追いつけない速さで。


エヴァンの隣で、端末を握っているミナトの顔を、ダニエルは遠目に見た。


さっきまで、泣いている子どもの手を引きながら青い顔で震えていた男の顔ではなかった。画面だけを見て、指先だけを動かして、唇を噛んでいた。


技術者の顔だった。


石の倉の前から、獣の数が減っていく。光の膜が、ふっと消えた。倉の中で、誰かが崩れ落ちる音がした。アイシャの魔力が、尽きたのだ。


だが、膜が消えた時には、もう、扉の前に獣はいなかった。



「隊長」


ノアの声だった。


「頭を探してる。遠吠えだけはずっと元気だな。見張り台からじゃ、森の木が邪魔で撃てる角度がない」


「エヴァン」


「待て」


エヴァンは、目を閉じた。ドローンの操縦はミナトに任せ、耳だけに集中していた。


森の奥から、遠吠えが上がった。


「北東。距離、百五十前後」


また、遠吠え。


「位置が変わった。百二十。近づいてる」


三度目の遠吠えは、さっきよりはっきりと聞こえた。


「隊長、頭が動いた。森から出てくる。若いのが散り始めたから、自分で追い立てに来る。理屈は合う」


ノアの声が重なった。


「見えた。倒れた柵のところだ。でかいな」


ダニエルは、倒れた柵の方を見た。


燃える家畜小屋の炎に照らされて、そこに、一匹の獣が立っていた。


他の魔狼より、ひと回りもふた回りも大きかった。肩の高さが、人間の胸ほどもある。黒い毛の中に、銀色の筋が何本も走っていた。古い傷痕が、顔を斜めに横切っている。


獣は、頭を上げて、長く吠えた。


散りかけていた若い魔狼たちが、その声に足を止めた。振り返り、また村の方へ向き直る。


「ノア」


「撃ってる」


ノアの一発が、獣の肩をかすめた。獣は身を沈め、燃える小屋の煙の陰に入る。煙と炎が、ノアの照準を遮っていた。


「くそ、煙かよ」


獣が、煙の中から飛び出した。


まっすぐ、村の中へ。広場へ。ダニエルの方へ。



ダニエルは、撃った。


一発。二発。当たった。獣の体が揺れる。だが、止まらない。


さらに撃ち込む。


止まらない。


「マーカス、広場だ」


「行く!」


西の路地から、マーカスが飛び出してきた。広場の反対側から、ダニエルと挟むように。


獣は、ダニエルの数歩手前で、低く身を沈めた。


飛びかかってくる。


その瞬間、マーカスの弾が、横から獣の脇腹に入った。


獣の跳躍が、わずかに逸れた。


ダニエルの肩を、獣の爪がかすめる。装備が裂ける音がした。痛みは、後から来た。


ダニエルは、倒れながら撃った。


至近距離。獣の喉元。


二発。


獣が、ダニエルのすぐ横の地面に、重い音を立てて倒れ込んだ。


まだ、息があった。銀色の筋の入った体が、大きく上下している。緑色の目が、ダニエルを見ていた。


ダニエルは、立ち上がった。


最後の一発を、静かに撃った。



群れの頭が倒れた瞬間、村の空気が変わった。


あちこちで唸っていた若い魔狼たちが、一斉に動きを止めた。耳を立て、森の方を振り返る。誰かが、か細く鳴いた。


それから、群れは、来た時と同じように音もなく、倒れた柵を越えて、森の闇へと散っていった。


ドローンの光だけが、まだ村の外の草地の上を、ふらふらと飛んでいた。


「ミナト、戻せ」


エヴァンが言った。ミナトは、うなずいて、震える指で機体を呼び戻した。



夜が、静かになった。


家畜小屋は、まだ燃えていた。広場には、魔狼の体がいくつも転がっていた。どこかの家から、すすり泣く声が聞こえていた。


ダニエルは、肩の傷を押さえながら、無線に言った。


「全員、報告」


「マーカス、無事」


「アダム、無事。家畜小屋はまあ、見ての通りってことで」


「エヴァン、無事」


「ノア、無事。……頭を撃てなかった。すまない」


「お前のせいじゃない。煙だ」


「サム。村の男が一人、太ももをやられた。止血はしたし、脈もしっかりしてる。助かるだろう。それと隊長、あんたの肩も後で見せてくれよ」


ダニエルは、少しだけ笑った。


「残弾確認」


報告が上がり、エヴァンが端末に打ち込む。その指が、途中で一度止まった。


「……小銃弾、六百四十三。拳銃弾、百九十八」


誰も、何も言わなかった。


たった一晩だった。


転移してから、まだ一週間も経っていない。それなのに、弾薬の袋は、もう目に見えて軽くなっていた。


「ドローンのバッテリーは」とダニエル。


「二十九パーセント」とエヴァン。


帰る手がかりを探すための目も、もう長くは開けていられない。


それでも、ダニエルは、あの判断を間違いだとは思わなかった。



石の倉の扉が開いた。


母親たちが、子どもを抱えて、恐る恐る出てくる。倉に逃げ込んだ者は、一人も欠けていなかった。


その後ろから、ピッパに肩を貸されて、アイシャが出てきた。顔が真っ白だった。魔力を使い果たしたのだ。それでも、ダニエルと目が合うと、力なく笑ってみせた。


ミナトが、その横に立っていた。ドローンを、両手で胸に抱えていた。


ダニエルは、ミナトの前に立った。


ミナトは、何か言われると思ったのか、肩をすくめた。


「いい判断だった」


ダニエルは、それだけ言った。


ミナトは、しばらく口を開けたまま固まっていた。それから、何度も、何度もうなずいた。


声は、出ていなかった。



広場に、村人たちが集まってきた。


燃える小屋を見て、転がる獣を見て、それから、村人たちの視線が、一点に集まった。


広場の隅に立つ、小さな緑色の背中に。


昼間、魔物だと叫んで逃げていった人たちだった。倉へ入れと叫んだのも、群れには頭がいると見抜いたのも、あのゴブリンだったことを、倉に逃げ込んだ村人たちが、もう村中に話していた。倉の中で、ピッパが何度もそう言って回ったらしい。


村人たちは、互いの顔をうかがうばかりだった。


やがて、腰の曲がった老婆が一人、ニクスの前まで歩いていった。昼間、ピッパと塩の値段でもめていた、あの老婆だった。


老婆は、ニクスの前で、深く頭を下げた。


ニクスは、少しだけ驚いたように目を見開いた。それから、フードを目深にかぶり直した。


村長が、ダニエルの前に来た。白いひげが、燃える小屋の炎で赤く染まっていた。


村長は、しばらく言葉を探していた。それから、短く頭を下げた。


「……すまなかった」


昼間、マーカスがゴブリンに言ったのと、同じ言葉だった。


その横で、ピッパが、地面にしゃがみ込んでいた。


「ねえ、ちょっと待って待って」


彼女の手には、金色の筒が、いくつも握られていた。


「これ全部ぴかぴかの筒じゃん。こんなにいっぱい、一個いくらで売れると思う? 宝の山だよ!」


広場中に、空薬莢が散らばっていた。


ピッパは、目を輝かせて、両手で拾い集め始めた。


ニクスが、無言でその襟首をつかんで、引きずっていった。



夜明け前。


見張りを交代したダニエルは、荷車のそばで、ニクスが一人で座っているのを見つけた。


膝の上に、あの黒い石があった。ニクスは、それを、何枚もの布で、丁寧にくるみ直していた。


「礼を言う」とダニエルは言った。


言葉は、もう通じなかった。アイシャの魔法は、夜中に切れていた。


それでも、ニクスは顔を上げて、ダニエルを見た。


ニクスは、布でくるんだ石を、軽く持ち上げてみせた。それから、森を指さし、自分の耳を指さした。


石が、魔物を呼んだ。


そう言っているのだと、ダニエルには分かった。


最後に、ニクスは、遠くの丘を指さした。


ダニエルは、その指の先を見た。


丘の上に、小さな火が、いくつも並んでいた。


松明だった。


一つ、二つ、三つ。並んで、ゆっくりと、こちらへ動いている。


ニクスは、何か短く言った。言葉は分からなかった。


でも、意味は、なんとなく分かった。


この石を持ってから、ずっと、誰かに追われている。



残弾 小銃弾643/拳銃弾198

爆薬 二個

戦闘糧食 残り十食(ほかに干し肉、パン、塩、豆など数日分)

ドローンのバッテリー 29%



(第7話 了)

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。