第8話 エルフの森
異世界ものの主人公が村を救ったら、どうなるか。
だいたい、宴が開かれる。村一番の酒が出てきて、村長が涙を流して感謝して、村の娘がはにかみながら花冠をくれる。
俺たちの朝は、怒鳴り声で始まった。
「うちの小屋を燃やしやがったのは、てめえかあっ!」
声の主は、樽みたいな腹をした、ひげ面の親父だった。手に、薪割りの斧を持っている。
その親父が、アダムを追いかけ回していた。
「ちょ、待って待って、落ち着けって! あれ、作戦なんだって!」
「作戦で人の小屋を燃やすやつがあるか!」
「狼ごと燃やしたんだって! 狼が中にいたんだって!」
アイシャが、朝一番で翻訳の魔法をかけ直してくれたせいで、二人の言い合いは全部分かった。分かりたくなかった。
アイシャは、魔法をかけ終わると、その場にしゃがみ込んだ。昨夜、魔力を使い果たしたばかりだ。サムが「アイシャ、今日は一日、何もするな」と怖い顔で言い、アイシャは素直にうなずいた。
「爆薬使わなかっただけ、むしろ感謝してほしいくらいなんだけど!」
アダムが、俺の後ろに回り込みながら叫んだ。
なぜ俺の後ろなのか。盾にされている。
「ばくやく、ってのは何だ!」
「もっとでかく燃えるやつ!」
「なお悪いわ!」
親父の斧が、俺の鼻先をかすめた。
俺は、悲鳴を上げた。アダムは、俺の肩をつかんで、親父の方へ押し出した。
「キーボード、通訳しろ! 平和的に!」
「翻訳の魔法が効いてるんだから、全部伝わってますよ!」
「じゃあ代わりに謝っといて! な、頼むって!」
「なんで俺なんですか!」
そこへ、ピッパさんが割って入った。
「はいはーい、おじさん、ちょっと待って」
手に、布袋を一つぶら下げていた。昨夜、ニクスに襟首をつかまれる前に拾い集めた、あの空薬莢だ。
ピッパさんは、袋の口を開けて、中の金色の筒を、朝日にきらきらと光らせた。
「これ見て、異界の戦士の金色の筒だよ。こんなの作れる職人、この世界に一人もいないんだから。町の細工師に持ってったら、目の色変えて買うよ。小屋三つ分くらいの値段でさ」
親父の斧が、止まった。
「……小屋、三つ分?」
「三つ分。うまくいけば、もっとかもね」
親父の目が、明らかに輝き始めた。
その横から、ニクスが黙って手を伸ばした。ピッパさんが袋に付けていた値札を外して、新しい値札に書き直す。
小屋一つ分。
「ちょっと、ニクス!」
ニクスは、何も言わずに、親父に袋を差し出した。
親父は、袋とニクスの顔を交互に見た。それから、むすっとした顔で、袋を受け取った。
「ゴブリンの方が、よっぽど正直じゃねえか」
「でしょ!」
なぜかピッパさんが、一番嬉しそうに胸を張った。
ピッパさんと親父がまだ何か言い合っている間に、アダムが、俺の横に戻ってきた。さっきまでの騒ぎが嘘みたいに、静かな顔をしていた。
「悪かったな、盾にしちまって」
「本当ですよ」
「あの親父、本気で斧を当てる気なんかなかったよ。振り方で分かる」
アダムは、焼け落ちた家畜小屋の方を見た。
「怒鳴れる相手がいるだけ、まだましなんだよ。何も言えないまま全部なくした奴も、いっぱい見てきたからな」
そのとき、ようやく気づいた。
アダムの逃げ方は、妙に大げさだった。本気で避ければ、あんな斧、簡単にかわせたはずだ。昨夜、ランプの油で、家畜小屋ごと魔狼を焼いた人なのだから。
わざと、怒鳴らせていたのだ。
しばらくして、アダムの姿が見えなくなった。探しに行くと、焼け落ちた小屋の跡で、一人で黙々と、焦げた梁を運び出していた。誰にも、何も言わずに。
俺は、声をかけなかった。たぶん、かけてほしくないだろうと思ったから。
小屋の件が片づくと、今度は、別の村人たちが押し寄せてきた。
両手に、干し肉の束や、焼きたてのパンや、干した果物を抱えていた。
「昨夜は、ありがとうよ」
「うちの子を、倉に入れてくれて」
「これ、持っていっておくれ」
あっという間に、俺たちの腕の中は、食べ物でいっぱいになった。ノアが、パンの山の向こうで、涙ぐんでいた。
「これでやっと、虫とはお別れってわけだ」
「まだ分かんないじゃん」とアダム。
「分かるだろ。今度こそな」
村人たちは、口々に礼を言った。そして、礼を言い終わると、全員が、同じ方向を指さした。
丘の上だった。
昨夜から並んでいた松明は、朝になって消えていた。代わりに、丘の稜線に、人影が小さく並んでいるのが見えた。
「で、あれも、あんたたちの連れかい」
「……違う」と隊長。
村人たちは、顔を見合わせた。それから、一番年かさの男が、申し訳なさそうに、でもはっきりと言った。
「あの石を持って、できれば今日のうちに出てってくれると、助かるんだが」
感謝と、厄介払いが、同時に来た。
結局、俺たちは、パンと干し肉を抱えたまま、村人総出で見送られて――というより、門の外へ、ぐいぐいと押し出されて――村を出ることになった。
異世界ものの英雄って、もっとこう、宴とか開いてもらうもんじゃないのかよ。
心の中でつぶやいた俺の背中を、さっきの親父が、斧の柄で軽く押した。
「達者でな、ひょろいの」
……ひょろいの、って。
村を出たところで、隊長が足を止めた。
「どこへ向かう」
丘の人影は、まだこちらを見ている。石を追ってきた連中だ。数は、ノアの見立てで二十から三十。こちらの弾は、減る一方だ。正面からやり合う相手ではなかった。
答えたのは、ニクスだった。
「エルフの森じゃ」
しわがれた声で、短く言った。
「あそこには、人間の傭兵は入れん。エルフが入れん」
「俺たちも人間だが」とマーカス。
「わしが話す。エルフとは、若い頃から、取引をしとる」
ピッパさんが、得意げにうなずいた。
「ニクスはね、エルフの長老とも顔なじみなんだよ。森の薬草の買い付けで、しょっちゅう通ってるんだから」
エヴァンが、地図を広げた。ニクスが、指でその上をなぞる。
エヴァンの眉が、ぴくりと動いた。
「待て。この方角は」
「何だ」と隊長。
「俺たちが目を覚ました、あの森の方角と一致する」
全員が、一瞬、黙った。
俺は、思わずアイシャを見た。
アイシャは、地図の一点を、じっと見つめていた。
「エルフの森の奥には」
彼女は、ほとんど独り言のように言った。
「ルメリアの遺跡が、ひとつあるの。エルフたちが、誰も近づけないように守ってるんだって」
エヴァンが、俺の方をちらりと見た。
昨日、俺が言った仮説。俺たちが落ちてきた場所と、遺跡の場所。
重なっている、かもしれない。
「行くぞ」と隊長が言った。
こうして、俺たちの旅に、商人とゴブリンが加わった。
エルフの森は、それまで歩いてきた森とは、まるで違っていた。
木が、高い。見上げても、てっぺんが見えない。幹は、大人が五人で手をつないでも囲めないほど太く、表面に、銀色の苔がうっすらと光っている。
足元の草が、歩くたびに、かすかに鈴のような音を立てた。
空気が、甘かった。
「マジかよ、すげえ」
アダムが、珍しく小声で言った。
俺は、声も出なかった。
画面の中で、飽きるほど見てきた景色だった。ゲームの、一番美しいマップ。一番最後に行ける、選ばれた者だけの場所。
それが、目の前にあった。
その景色に見とれていた、次の瞬間。
俺の足元の地面に、矢が、深々と突き刺さった。
「止まれ」
頭上から、声が降ってきた。
見上げると、枝の上に、人影がいくつもあった。全員が、弓を引き絞っている。矢の先が、まっすぐ、俺たちに向いていた。
デルタの六人の銃口が、一斉に上を向いた。
「撃つな!」とニクスが叫んだ。
「撃つな」と隊長も言った。
枝の上から、一人が、ふわりと飛び降りてきた。
音もなく、俺たちの目の前に着地した。
女の人だった。
背が高い。俺より、たぶん頭半分は高い。緑がかった銀色の長い髪を、高い位置で一つにまとめている。そして、その髪の間から、細く長い耳が、すっと横に伸びていた。
切れ長の目は、森の葉と同じ色をしていた。顔立ちは、怖いくらいに整っていて、表情は、氷みたいに冷たかった。
エルフだ。
本物の、エルフだ。
俺の口から、勝手に、声が漏れていた。
「……本物のエルフだ。しかも、クール系の弓使い」
エルフの女の人の、緑の目が、ゆっくりと俺を見た。
「何だ、その目は」
氷みたいな声だった。
「人を、見世物のように見るな」
「す、すみません!」
俺は、反射的に頭を下げた。アイシャが、隣で小さくため息をついた。ピッパさんが、肩を震わせて笑いをこらえていた。
――――――――――
シルヴィア(たぶん)
弓:測定不能(たぶんノアと同じくらいヤバい)
愛想:E(俺にだけ、マイナス)
見た目:S(言ったら殺されそう)
備考:エルフは本当に耳が長い。そして本当に、人間に冷たい。
――――――――――
「シルヴィア。この森の、警備隊の長だ」
エルフの女の人――シルヴィアは、短く名乗った。それから、ニクスを見た。
「ニクス。お前が人間を連れてくるとは、珍しいこともあるものだ」
「この連中は、ただの人間とは違うんじゃ」
「見れば分かる。妙な服に、妙な武器だ」
シルヴィアは、ニクスから俺たちへ、視線を移した。
「それで。人間が、この森に何の用だ」
ニクスが口を開きかけた。でも、シルヴィアはそれを待たなかった。
「いや、聞くまでもない。いかなる用であれ、人間を森に入れる理由にはならない」
周りの枝の上で、弓を引く音が、一斉に強くなった。
「帰れ。ここは、人間の来る場所ではない」
空気が、張りつめた。
デルタの銃口は、まだ上を向いている。エルフの矢は、まだこちらを向いている。
その真ん中で、口を開いたのは、アダムだった。
「なあ、隊長さん。いや、隊長のお姉さん」
シルヴィアが、アダムを見た。
「俺さ、今まで何回も撃たれたことあるんだけど、こんな美人に狙われたのは初めてだわ。光栄っつうか」
一瞬、森が静まり返った。
シルヴィアは、まばたき一つしなかった。
それから、無言で、弓を構え直した。矢の先が、ぴたりとアダムの眉間に向いた。
「あ、ごめん。今のなしで」
「アダム、黙れ」と、マーカスとノアが同時に言った。
最悪の、第一印象だった。
たぶん、この二人の相性は、これから先もずっと最悪だ。俺の、オタクとしての勘が、そう言っていた。
結局、間に入ったのは、ニクスだった。
ニクスは、一歩前に出た。
「長老に、会わせてくれ。見せにゃならんものがある。人間どもに追われとる、厄介なもんじゃ」
それから、シルヴィアに向かって、何かを差し出した。
あの、角のすり切れた帳簿だった。
「四十年分の、取引の記録じゃ。わしは、お前たちとの約束を、一度も破っとらん」
シルヴィアは、帳簿をしばらく見ていた。それから、ニクスの顔を見た。それから、デルタの六人を、一人ずつ見た。
「……長老のところへ連れていく」
ようやく、彼女は言った。
「だが、武器は預かる」
「それは、できない」と隊長が言った。
シルヴィアの目と、隊長の目が、まっすぐぶつかった。
長い沈黙だった。
「なら、背中に矢を向けたまま、歩いてもらう」
「それでいい」
隊長は、あっさりと言った。
長老は、エルフたちの暮らす場所の一番奥、巨大な木の洞の中にいた。
白い髪を床まで垂らした、年老いたエルフだった。顔のしわが深く、目は半分閉じているように見えた。どれだけ長く生きているのか、見当もつかなかった。
長老は、俺たちの話を、黙って聞いていた。異界から来たこと。魔狼の群れのこと。石を追ってくる傭兵のこと。
話の最後に、ニクスが、ピッパさんの荷物から布の包みを取り出した。長老の前に置き、布をほどく。
黒く濁った石が、木の洞の薄明かりの中に現れた。
その瞬間、長老の、半分閉じているような目が、大きく見開かれた。
洞の中の空気が、変わった。シルヴィアが、思わず一歩下がった。周りに控えていたエルフたちが、息をのむ。
長老は、長い間、身じろぎもせずに石を見つめていた。それから、かすれた声で言った。
「……まだ、残っておったか」
「長老、これは一体」とシルヴィア。
長老は、石から目を離さずに言った。
「魔石ではない。これは、この世界の負の遺産じゃ」
負の遺産。
俺は、思わずアイシャを見た。アイシャは、唇を噛んで、床の一点を見つめていた。顔色が、紙のように白かった。
「負の遺産って、何ですか」
気がついたら、聞いていた。
長老は、俺を見たまま、長く息を吐いた。それから、低い声で言った。
「遠い昔、魔神族という者たちがおった。この世を、己がものにせんとした。その王は封じられ、石となったのじゃ」
長老は、そこで言葉を切った。
「それ以上は、人間に話すわけにはいかぬ」
魔神族。その王が、石になった。
じゃあ、その石が、なぜかけらになって、ここにあるんだ。
聞きたいことは山ほどあった。でも、長老の口は、もう開かなかった。
その先を知っているのは、たぶん、俺たちの中ではアイシャだけだ。白い顔で床を見つめる彼女の横顔が、そう言っていた。
長老は、わずかに震える手で、布を石にかぶせ直した。そして、ゆっくりと首を横に振った。
「人間を、森に置くことはできぬ」
穏やかな、でも、揺るがない声だった。
「人間は、いつも、森に災いを連れてくる。三百年前も、そうだった」
昔話のような言い方だった。でも、昔話をする声ではなかった。
アイシャの肩が、かすかに震えたのを、俺は見た。
「ニクス。お前の頼みでも、これは聞けぬ。そのかけらと一緒に、今日のうちに森を出ていってもらわねばならぬ」
ニクスは、何も言わなかった。ただ、深く頭を下げた。長い付き合いでも、どうにもならないことがあるのだと、その背中が言っていた。
隊長は、口を固く結んだまま、長老を見ていた。言い返す言葉が、なかったのだと思う。
そのとき、洞の外から、悲鳴のような声が聞こえた。
洞の外から、エルフの女が、子どもを抱えて駆け込んできた。
小さな女の子だった。五つか六つくらい。顔が真っ赤で、ぐったりしている。腕に、汚れた布が巻かれていた。
「長老さま、リィナが、また熱が」
長老の顔が、曇った。
「三日前、森の外れで、魔獣に噛まれた子だ」と、シルヴィアが低い声で言った。「傷は薬草で手当てした。だが、熱が引かない。傷が、腐り始めている」
女の子の腕の布の端から、赤黒く腫れた肌が見えていた。
サムが、一歩、前に出た。
「見せてくれ」
エルフたちが、一斉にサムを見た。
髭面で、腕はタトゥーだらけで、どう見ても、町で目を合わせちゃいけない人。その人が、子どもに手を伸ばそうとしている。
女の子の母親が、子どもを抱えたまま、一歩下がった。シルヴィアが、弓に手をかけた。
「近づくな」
「この子は、このままだと死ぬ」
サムは、静かに言った。
「傷から入った毒が、血に回りかけてる。この熱はそのせいだ。薬草じゃ、もう間に合わない。でも大丈夫だ、俺にはそれを止める薬がある」
シルヴィアの手が、弓の上で止まった。
母親が、長老を見た。長老は、しばらく目を閉じていた。
それから、小さく、うなずいた。
サムは、女の子の前に、ゆっくりとしゃがみ込んだ。
女の子は、目を開けて、サムの顔を見た。
そして、泣き出した。
当然だと思う。熱にうなされて目を開けたら、知らない、髭だらけの、大きな男の顔が、すぐ目の前にあったのだから。
母親の胸にしがみついて、女の子は、声を上げて泣いた。
サムは、困ったように眉を下げた。
それから、腰のポーチを探って、何かを取り出した。
小さな、包み紙だった。今朝、村でもらった、干した果物を、一つだけ取っておいたらしい。
サムは、それを、自分の手のひらに乗せて、女の子の前に差し出した。何も言わずに。ただ、手のひらを差し出したまま、じっと待った。
女の子の泣き声が、少しずつ小さくなった。
涙でぐしゃぐしゃの顔で、女の子は、サムの手のひらと、サムの顔を、交互に見た。
それから、おそるおそる、小さな手を伸ばした。
サムは、笑った。
髭の奥で、目尻にしわを寄せて、本当に優しく笑った。
あんな顔で笑う人だったのか、と、俺は思った。
それから先の手際は、見事だった。
サムは、女の子の腕の布をほどき、腫れた傷を見て、短く息を吐いた。それから、ポーチから小さな注射器と薬の瓶を出し、傷を洗い、腐った部分を手早く取り除き、薬を打ち、新しい包帯を巻いた。
その間、女の子は、干した果物をしゃぶりながら、サムの手元をじっと見ていた。もう、泣いていなかった。
「熱は、明日には下がり始めるはずだ。下がらなかったら、もう一度打つからな。大丈夫だ」
サムは、母親にそう言った。
それから、俺の方を見て、小声で付け足した。
「今の薬で、残りは二人分だな」
もう、ほとんど残っていない。
弾と同じだ。この人の薬も、二度と戻ってこない。
サムは、それを、この子に使った。迷いもせずに。
――――――――――
サミュエル・オルティス
医療:S
腕力:たぶんS
見た目の怖さ:S
備考:見た目の怖さと、中身の優しさが、一番かけ離れている人。子どもは、最初は泣く。最後は、膝に乗る。
――――――――――
その日の夕方、俺は、その備考欄が正しかったことを知った。
木の洞の前で、サムが、包帯を巻き直していた。
その膝の上に、リィナが、ちょこんと座っていた。熱で赤かった顔は、少しだけ色が戻っていた。サムの髭を、小さな手で引っ張って、きゃっきゃと笑っていた。
サムは、痛いとも言わずに、されるがままになっていた。
それを見ていた長老が、静かに口を開いた。
「七日じゃ」
隊長が、長老を見た。
「その間だけ、この森におることを許そう。リィナの熱が下がるのを、見届けてもらう。かけらは、祠の結界の中に納めておく」
それから長老は、ニクスの方を向いて、静かに言った。
「この森を抜けたら、その石は遺跡に返すのじゃ。それが掘り出された、東の古い遺跡にな。あれは、人の手に置いてはならぬものじゃ」
ニクスは、黙ってうなずいた。
隊長は、深く頭を下げた。
長老は、それ以上何も言わずに、洞の奥へ戻っていった。
シルヴィアが、隊長の横に立った。腕を組んで、冷たい目で、俺たちを見回した。
「勘違いするな。長老が許しただけだ。私は、お前たちを信用していない」
それから、ちらりと、アダムを見た。
「特に、お前だ」
「なんで俺だけ!?」
「森の奥には、近づくな」
シルヴィアは、アダムを無視して、全員に言った。
「あそこは、古くから何人たりとも入ってはならない場所だ。一歩でも踏み入れば、長老が何と言おうと、私が射る」
隣で、アイシャが、ぎゅっと杖を握りしめたのが分かった。
その夜。
森の木々の間に、小さな焚き火が灯った。エルフたちが、特別に許してくれた火だった。
俺は、なかなか寝つけなくて、焚き火から少し離れた木の根元に座っていた。
見張りに立っていたノアが、ふと、森の外の方を見た。
暗視ゴーグルを下ろして、しばらく、黙って見ていた。
「隊長」
低い声で、無線に言った。
「森の外、入り口のあたり。にぎやかになってきやがった。火が、増えてる」
俺は、ノアの視線の先を見た。
木々の隙間から、ずっと遠くに、小さな光が見えた。
松明だった。
昨夜、丘の上に並んでいたのと同じ光。でも、数が違った。
一つ、二つ、ではなかった。
森の縁に沿って、横一列に、ずらりと並んでいた。
あの石は、今は森の中にある。エルフの祠の、結界の中に。
そして、それを追ってきた連中が、森の外で、何かを待っていた。
残弾 小銃弾643/拳銃弾198
爆薬 二個
戦闘糧食 残り十食(ほかに村からもらった干し肉、パン、干し果物など一週間分ほど)
ドローンのバッテリー 29%
抗生物質 残り二人分
(第8話 了)




