第一節 わたししかいない
穏やかな日差し。
澄み渡る青空には、雲ひとつない。
吹く風も、少しずつ乾いてきた。
もうすぐ乾季。
今日は、その乾いた風がいつもより強く吹いている。
店先に並べた野菜たちが悲鳴を上げているように見えた。
「んー……」
水を吹くくらいじゃ、あんまり変わらないかな。
青菜は奥に入れようかな?
そんなことを考えていた昼下がり。
「菖蒲さん!」
「あ、いらっしゃいませ!」
やって来たお客さんが、店先で足を止めた。
「役場に来てほしいって」
「え?」
「用事があって行ったらね、帰りに菖蒲さんを呼んできてくれって頼まれて」
「はあ……なんの件とか聞いてます?」
「さあ? なにも聞いてないのよね」
「そうですか。わざわざありがとうございます」
お客さんを見送る。
この八百屋は村の直営だから、役場に呼ばれること自体は不思議じゃない。
――なんだろ?
それより。
――お店、どうしよう。
閉めていくほどでもないし。
なんて考えていると。
のし、のし、のし。
道の反対側を歩いていく巨漢が目に入った。
――あ。
「籐吾さーん!」
大声で呼ぶ。
籐吾さんが立ち止まった。
こちらを向いて。
右。
左。
きょろきょろ。
そして最後に、自分の顔を指差した。
「そうです! ここらで籐吾さんはあなただけですよ!」
ようやく自分だと分かったらしい。
のしのしと道を渡ってくる。
「ちょっと出かけるんで、お店番お願いしまーす!」
籐吾さんが右手を上げた。
――オッケーだよね、あれ。
返事も聞かず、わたしは店の奥へ引っ込む。
日除けの上着を羽織って、すぐに戻ってきた。
「じゃあ、すみ――」
「ぶはははっ!」
思わず吹き出してしまった。
だって。
籐吾さん。
カウンターの後ろ。
狭いところに、巨体がすっぽりはまっている。
ただ座っているだけ。
ただ座っているだけなんだけど。
なんていうか。
すごくシュール。
「……それじゃ、籐吾さん。よろしくお願いします」
なんとか笑いを堪えて言えた。
籐吾さんは、また右手を上げた。
――お願いしますよー。
さてさて。
なんだろう?
なんの用事だろう?
……どれがバレたんだろう?
役場へ着き、正面から入る。
引き戸を開けて――
「……」
お偉いさん。
和尚さん。
鍛冶屋の親方さん。
それから。
御形さんのお爺さん。
「……」
――なに、この面子。
こわっ!
「あ、失礼します忘れた! こんにちは!」
「おー、来たか嬢ちゃん」
御形さんのお爺さんだ。
わたしは御形さんのファンなので、お爺さんとも普通に仲がいい。
「あ、こんにちは」
「元気してたか?」
「はい、おかげさまで元気してます」
「そうかそうか」
「……」
――いや。
――だからなに? この面子!
――やっぱり、先に謝るべきよね!
「ごめんなさい!」
深々と頭を下げる。
ぺこり。
――完璧。
「お店の天井に穴を開けて、籐吾さんに内緒で修理させた件ですね!」
「え?」
――違った?!
「なんで天井に穴が?」
「あの、上に登って……」
「なんで上に?」
「その……なんとなく」
「……」
――あ!
「あ! 壁に穴を開けて、御形さんに内緒で直してもらった件?」
「は?」
――え?
――これも違った?!
「なんで壁に穴を?」
「あのー、スパイクの練習してて、つい」
「……」
――あ!
「親方さん!」
「ん?」
「この前、わたしが蹴っ飛ばして壊した入り口の修理の件!」
親方さんを見る。
「親方さん! 内緒って頼んだのに! 喋ったんですか?!」
「おれはなにも言っとらんぞ!」
「ならなんで?」
「……菖蒲さん」
お偉いさんが額を押さえている。
「それらの件は、後でゆっくり聞きましょう」
「それらは事実無根です!」
「今、自分で言ったでしょう」
「今出て来た人に聞いても、なにも、誰も答えません!」
「……」
なぜか、みんな黙った。
「あの」
わたしは恐る恐る聞いてみる。
「なんで、わたし呼ばれたんですか?」
ようやく。
本題が始まった。
御形さんのお爺さんが、わたしを見る。
「お前さん、次のキャラバン隊に参加せんか?」
「?」
なんの話だろう。
「わたしがですか?」
「お前さんがだ」
「なんで?」
「和尚の推薦だ」
和尚さんの顔を見る。
和尚さんは、うむ、と頷いた。
「お前さん、若手では一番数字に強いじゃろ」
「まあ、八百屋さんですから」
――計算はする。
「その八百屋も一人で回しておる」
「まあ、そうですね」
今日、何が何個売れたか。
明日は何を何個仕入れるか。
余りそうなら減らす。
足りなさそうなら増やす。
いつ、どれだけ入ってきて、どれだけ出ていくのか。
毎日考える。
それがわたしの仕事だ。
「それがなにか?」
「だからじゃ」
――だからなんで?
「と言う訳だ」
――だからもう!
――なんなの!
どうやら、みんなの中では話が終わっているらしい。
わたしだけ分かってない。
でも。
キャラバン。
村の外へ出て、遠くまで行く。
知らない土地。
知らない村。
知らない人たち。
興味はある。
行ってみたい。
外の世界を見てみたい。
でも。
やっぱり、不安。
「あの」
少しだけ声が小さくなった。
「怖くないですか?」
「怖いだろうな」
「えー……」
即答された。
怖いんだ。
やっぱり怖いんだ。
どうしよう。
「今回は御形も行くぞ!」
お爺さんの一言。
「わたしが行きます!」
「……」
「わたししかいないでしょう! 若手で一番! はい!」
「決まりじゃな」
みんなが頷いた。
こうして。
わたしのキャラバン隊参加が、今、決まった。




