見習いの二人章
温暖季も、そろそろ終わりを迎える頃。
少し前まで湿り気を含んでいた空気が、日に日に乾いていく。
吹き抜ける風も、乾き始めた。
季節が、ゆっくりと移り変わろうとしている。
次に訪れるのは――乾季。
雨がほとんど降らなくなる季節。
植物たちにとっては、つらい季節だ。
地面は乾き、草木は水を求めて根を伸ばす。
動物たちも同じ。
水を求めて草原から川辺へと集まり始める。
だから乾季は、油断のできない季節でもある。
だけど。
雨が降らないということは、道が安定するということでもある。
ぬかるみはなくなり、川の増水も減る。
天気も、ほとんどが晴れ。
大型の動物たちも水を求めて川や水場へ集まるため、道中での動きもある程度は読みやすくなる。
だから――。
乾季は、キャラバン隊の季節だ。
ある日の朝。
いつものように家族みんなで朝ご飯を食べていると、じいちゃんがふいに口を開いた。
「見習いハンターの二人は、どうだ?」
「ん?」
箸を止める。
「たぶん、大丈夫かなぁ」
わたしが答えると、じいちゃんは今度は籐吾を見る。
「籐吾はどうだ?」
「まあまあ、ですかね」
籐吾は少し考えてから答えた。
「防護林の中なら、もう問題ないと思います。外域は……まだ防護林のそばくらいまでかと」
「うん」
わたしも頷く。
技術は身についてきた。
何を見ればいいのか。
どこに注意を向ければいいのか。
危険を感じたとき、どう動けばいいのか。
最初の頃みたいに、一つ一つ指示しなくても動けるようになった。
だけど。
「……大丈夫?」
つい口から出る。
籐吾がこっちを見る。
「おれらなしじゃ何もできないようには、教えてないはずだろ?」
「そうだけども……」
そうなんだけど。
心配なものは心配なのだ。
じいちゃんはそんなわたしを見ていたけれど、それ以上は何も言わなかった。
「そうか」
一言。
それから、いつもの調子で続けた。
「おまえら、次のキャラバン隊についてみるか?」
「ほんと?!」
思わず身を乗り出す。
籐吾も目を丸くしていた。
じいちゃんは、そんなわたし達を見ても顔色一つ変えない。
「また見習いに戻って、やり直して来い」
「うん!」
嬉しい。
村の外へ行ける。
隣り村までのおつかいなんかじゃない。
キャラバン隊と一緒に、もっと遠くへ。
まだ見たことのない場所へ。
知らない土地。
知らない人。
知らない動物。
知らない植物。
知らないことが、たくさんある。
――でも。
「あの二人、大丈夫かなぁ……」
「またそれかよ」
籐吾が呆れたように笑う。
「だってさぁ」
「今日、本人達に聞いてみるか?」
「……そうだね」
わたし達がいない間。
村を守るのは、あの二人になる。
わたし達が育てた、二人の見習いハンター。
今度は村を二人に任せて。
わたし達自身が、もう一度。
見習いになる。
朝。
いつものように正門へ向かう。
乾いた風が、村の中を抜けていく。
まだ温暖季。
だけど、その風の中には確かに次の季節の匂いがあった。
正門が見えてくる。
いつもの衛兵さん達。
「おはようございます!」
「おはようございます!」
「おう、おはよう!」
「今日もよろしくな!」
いつもの朝。
いつもの挨拶。
その先には、もう二人の姿がある。
わたし達より先に来て、装備を確認していた。
「おはようございます!」
「はい、おはよう」
挨拶を返す。
籐吾が二人へ近づいた。
「どうだ? もうずいぶん慣れたろう?」
二人は顔を見合わせる。
「そうですね。とりあえず、何をするか聞かなくても動けるようにはなりました!」
「そうだな。最近は自分達で動けるな」
「はい! まあ、知識はまだまだですけど」
「それは仕方ない」
籐吾が頷く。
「経験することだ。時間をかけて覚えるしかない」
「はい!」
うん。
しっかりしてきた。
最初は正門を出るだけで、あんなに緊張してたのに。
今じゃ装備の確認だって自分達でする。
歩くときの位置も。
周囲の見方も。
休憩を取る判断も。
ずいぶん変わった。
……大丈夫。
たぶん。
「ほんとに大丈夫?」
「はい?」
二人がこっちを見る。
「なんでです?」
「いや……」
「なんか、めっちゃ心配されてません? 僕ら」
「だって……」
「御形さん?」
「わからないことは、ちゃんとわからないって言うんだよ?」
「言いますけど……」
「勝手に判断しないで、衛兵さん達にもちゃんと相談して」
「はい」
「危ないと思ったら無理しないで」
「はい」
「それから――」
「御形さん」
「なに?」
「なんなんですか? 今日なんか変ですよ?」
「え?」
変かな。
いつも通りだと思うけど。
隣で籐吾が「あー」と声を出した。
「あー、次の乾季なんだが」
二人が籐吾を見る。
「俺らに、キャラバン参加の話があってな」
「えっ!」
二人の顔が明るくなる。
「おめでとうございます!」
「あ、それで!」
もう一人が、ぽんと手を打った。
「だから御形さん、こんなに心配してくれてるんだ」
「……こんなにってなに」
二人が笑う。
籐吾も笑ってる。
もう。
わたしだけ?
こんなに心配してるの。
そのとき。
二人が、わたしへ向き直った。
さっきまで笑っていた顔が、少しだけ真面目になる。
「御形さん」
「うん?」
「僕らは――」
「うん」
一人が、ちらりと籐吾を見る。
そして。
「籐吾さんから教わりました!」
「そこは、わたしから! じゃないの?!」
「あははは!」
「もう!」
衛兵さん達まで笑ってる。
せっかく真面目な顔してたのに。
「すみません、すみません」
笑いながら謝って。
一度、息を整える。
それから二人は、もう一度わたし達を見た。
今度こそ。
真面目な顔で。
「僕らは、籐吾さんから知識を教わりました」
籐吾が黙って聞いている。
「そして、御形さんから心がけを教わりました」
「……うん」
「お二人は」
少し言葉を探して。
続ける。
「武器も」
籐吾の大剣。
わたしの長剣。
「戦いのスタイルも」
力で押し切る籐吾。
速さで動くわたし。
「性格も」
……そこは、まあ。
「何もかも違われる」
二人が、わたし達を見る。
「なのに」
風が吹く。
正門を抜けて。
村の中へ。
少し乾いた風。
「向いている方向は、同じなんです」
「……」
「歩いて行かれる方向が、一緒なんです」
わたしは、隣を見る。
籐吾も、わたしを見る。
「やり方も、教え方も、全部違うのに」
二人は続ける。
「目的はおんなじなんだってことを、教わりました」
胸の奥が。
少しだけ、熱くなる。
「まだまだ、心配されても仕方がないと思います」
「僕ら、まだ見習いですから」
「でも」
二人が、まっすぐわたし達を見る。
「そんな二人に教えてもらった僕らです」
「だから」
「しっかり、お二人がお留守の間――」
一度、村の中を見る。
朝の村。
今日もみんなが動き始めている。
農家さん達が畑へ向かっている。
大工さんが道具を担いで歩いている。
子供達の声が聞こえる。
いつもの村。
わたし達の村。
「お二人が戻るところ、この村は僕らが守ります」
「……」
「まだ頼りないですけど」
「安心して、任せてください」
そして。
二人揃って。
少し照れくさそうに笑った。
「あなた方お二人の、後輩に」
「……」
なんだろう。
おかしいな。
風かな。
目にゴミでも入ったかな。
「おい」
籐吾が声をかける。
「なに」
「泣いてるぞ」
「泣いてないよ」
「そうか」
大きな手が伸びてくる。
籐吾の太い指が、わたしの頬をなぞった。
涙を拭ってくれる。
「……」
「泣いてないんだろ?」
「泣いてない」
「そうか」
「うん」
二人の見習いが笑ってる。
衛兵さん達も笑ってる。
もう。
なんなんだよ。
こんな朝も。
たまには、いい。
「よし!」
両手で頬を叩く。
「仕事しよう!」
「はい!」
「はい!」
「おう」
いつもの一日が始まる。
正門の向こうには、防護林。
そのもっと向こうには、外界。
そして。
その先には。
わたし達の知らない世界がある。
穏やかな風が。
少しずつ。
乾いた風を運んでくる。
もうじき、乾季。
動物達にも。
植物達にも。
厳しい季節。
だけど。
わたし達にとっては――。
旅立ちの季節。
わたし達のキャラバン隊への参加が。
今朝、決まった。




