第一の章 キャラバンの季節
乾季。
遠くの山から乾いた風が吹く季節。
雲一つない空からは、水の一滴さえ降らない。
乾いた風が、太陽の恵みをたっぷりとはらんでやってくる。
熱い風。
しかし、夜ともなれば、
さえぎる物のない空気は反対に熱を奪って去っていく。
地面が乾き、固まり、
川の幅はせせらぎに。
だから、
キャラバンの季節。
離れた村から村へ、
人が渡り、
荷物が、品物が渡る。
交易の季節。
交易者が商品を運んでくる。
それを村々で受け付けるのが、
担当者。
つまり、
わたし。
「だから! この品物はこんなに引き取れません! 他に持って行ってください!」
これはいらない。
「これは、もっと有りませんか? まだまだ引き取れますよ!」
これは欲しい。
「なんですか? これ?」
見たことのない物。
「へえー、なんかおもしろいですね! もらいます!」
なんてことを、
ずーーーーっと。
キャラバン隊が来る度にやる。
ふうーーーー。
みんな、段取り悪すぎて話になんない。
それに、なぜかよく聞かれることがある。
え? 定期便ですか?
「はい、やってますよ」
「隣りの村と、次の中継宿泊地へですね」
え? 期間ですか?
「半月毎と満月毎です」
大変か?
「最初だけですね」
お偉いさん達ですか?
「反対する理由がないし、させないし」
あ、はい。
「頑張って下さい」
定期便のこと、よく聞かれる。
なんで?
そんなある日。
役場の受付で机に突っ伏していた。
暇じゃない。
むしろ忙しい。
忙しすぎて、
もう、こうしてる。
「こんちわー」
ん?
聞いたことのある声に、
じとーっと目だけを上げる。
「あ、菖蒲じゃん。何してんの?」
藜さんかな?
まあいいか。
「ん、キャラバンの受付」
「ありゃ、それは大変だな」
「うん、めっちゃ大変」
「そういえばこの村、めっちゃキャラバン来るな」
「なんか、今回ものすごく多い」
「へえ、なんかあったのかね」
「さあー?」
なんでだろう。
まあ、いいや。
「で? なにしに?」
「あ、そうそう。じいちゃんのな、足の件」
「お弟子さんは大変だね。老ハンターさんはまだまだ歩けないの?」
「家の中はなんとかね。外がさ」
「あー、だよねー」
「それで、なんか外に少しは自由に出られる何かないかなーってさ」
んー。
「籐吾兄さんに運んでもらう?」
「ずーっと一緒ってわけにも」
「あちこちに椅子置こうか?」
「椅子から椅子に渡りながら?」
「椅子ごと動かす?」
「えー、引っ張るのかよ」
んー。
…………。
「荷車みたいに車を付ける?」
「椅子に?」
「一人用の荷車」
「荷物じゃあないけど……でも、それなら動かせるな」
「大工さんだね!」
「え? いいのか? そんなの頼んで」
「いいよ、わたしが頼んでくる」
「え? 大丈夫か?」
「ここにいるの、もう飽きたから」
「飽きたって」
立ち上がる。
「すみませーん! ちょっと出て来まーす! 後は待たせといてくださーい!」
「…………」
「さあ! 行こ!」
「いいのかよ?」
「いいの、いいの」
大工さんのところへ。
「こんにちはー!」
「はーい、いらっしゃい」
「あれ? 棟梁さんは?」
「今、食堂じゃないかな」
「え? またさぼってんの?」
「交流会だそうです」
「なんなのそれ」
「さあ?」
わたしと藜は食堂へ。
「こんにちはー」
「あら、菖蒲いらっしゃい。忙しいんだろ」
「もう、ものすごくですよ」
「だろうねえ」
食堂の向かい。
村の中央広場には、
いくつもの荷車。
複数のキャラバンが停泊している。
人が行き交い、
荷物が積まれ、
あちこちから知らない声が聞こえてくる。
「わあ、街みたい」
「ああ、棟梁や親方達が水場を作ってるよ」
「あ、働いてるんだ」
広場を見渡す。
奥の方で作業をしている人達がいた。
「ちょいと行ってきますね」
「はいよ」
「棟梁さーん!」
「ん? 菖蒲か。どうした?」
「親方さんも」
「ん?」
「あ、藜ね、これ」
「これって。よろしくお願いします」
「あー、老ハンターのとこのな」
「はい」
「大変だろ、あいつの世話は」
「そうでもないですよ」
「へえー、大人しくしてるんだ、あれが」
「え? そんななんですか?」
「そりゃ、あの年まで一人なんだ。相当捻くれ者だよ」
「あー、まあ、ですよね」
「で? どうした?」
あ、そうだった。
「椅子に車付けたくて」
「は? 車?」
「椅子ごとゴロゴロ、荷車のように」
「はあー、まあ次から次に変なことを」
「親方さんも、考えてくださいよ」
「老ハンターを運ぶのか?」
「家の中ばかりじゃ退屈だろうなって」
「優しい弟子だなー」
「車をねえ」
「出来んのか?」
「付けるだけなら簡単だろうが」
「まあな」
「しかし、自分で動き回るだろうな、あれ」
「そうだな。大人しくしてるわけがないな」
「車は大きくだな」
「軽くしないと動かんぞ」
「枠だけでくり抜くか」
「じいさん一人だから大丈夫か」
「おもしろそうだな」
「こっち終わったら作ってみるか」
「よし、早いとこここ終わらすぞ」
…………。
もう、わたし達いらないんじゃないかな。
「……なんか勝手に出来そうだな、菖蒲」
「いつものことですよ」
「おまえ、親父達の扱いうまいな」
「単純ですから」
「そっか」
「はい」
翌日。
また受付。
「はい、今日は出荷の方ですね」
「はい、ご希望の品物を出しますから運んでくださいねー」
倉庫へ移動。
さあ。
ここはわたしの場所。
「指示するので運んでくださいねー」
「はい、一列の一番から、はい」
「二列は三番と五番です」
「三列は……あ、そちらはないですね」
「四列に行きましょう」
案の定、
ぽかん。
ふふん。
どーだ、まいったか。
…………。
これくらいしか楽しみがないなあ。
「菖蒲!」
ん?
「あ、棟梁さんと親方さん!」
「試作品だ」
「もう作ったんですか?」
「ちょちょいのちょいよ」
二人が持ってきたのは、
椅子。
大きな車が付いた椅子。
「へえー。座っていいですか?」
「そのために持ってきた」
「おじゃましまーす」
座る。
「へえ、座ると普通ですね」
横を見る。
大きな車。
「車大きい。手が当たりますよ?」
「手で車を動かすんだよ」
「…………手で回す…………」
車に手をかける。
ぐっ。
ゴロ。
「あ」
もう一度。
ゴロゴロ。
ゴロゴロゴロゴロ。
「あは! 動かせる!」
自分で動く。
椅子に座ったまま。
おもしろい!
「でも、手が痛いです」
「そうか?」
「はい。もっと柔らかく出来ません?」
「どうよ? 鍛冶屋に何かあるか?」
「そうだな、防具屋から革もらうか」
「周りに巻いて」
「いけそうだな」
「菖蒲、降りろ。手直ししてくるわ」
「はーい」
降りると、
二人は椅子を持って、
ばたばたと帰っていった。
…………。
「あの?」
「はい?」
さっきまで荷物を運んでいたキャラバンの人。
「さっきのあれは?」
「あー、足を怪我した老人の椅子ですね」
「怪我した時の椅子……自分で動けるんだ」
「みたいですね」
「…………」
「?」
「あの!」
「はい?」
「あれ、紹介してください!」
「はい、いいですよ」
「ありがとうございます!」
そんなに珍しいのかな。
その日の広場。
荷物の積み込みに立ち会う。
今日は二組のキャラバン。
「そっちは、こう積んだ方が後で降ろし易いですよ」
「はあー」
「あちこちに積まないで、降ろすところごとに分けた方がいいですよ」
「なるほどー」
「あ、そこは箱に入れてからの方が」
「ほうー」
積み方まで教える。
「はあー」
「なるほどー」
「ほうー」
…………。
めっちゃ気持ちいい!
そうそう。
これこれ。
引き取りの時は厳しく査定した。
いらない物はいらない。
欲しい物はもっと欲しい。
おもしろい物なら試してみる。
それでも、
荷物を積み終えたみんなは、
ほくほくしながら帰っていく。
広場を出ていく荷車。
荷物を載せて、
品物を載せて、
人を載せて。
いろいろな物を一緒に運ぶ。
次の村へ、自分達の村へ。
乾いた風と共に渡っていく。
うん。
キャラバンは、
こうでなくっちゃね。




