第五章 それぞれの
おそらく明日は、温暖季最後の満月。
晩御飯のあとの、お茶の時間。
「菖蒲、明日はあっちに行くんだろ」
御形姉さんが湯呑みを片手に聞いてくる。
「うん。もう温暖季もおしまいだもんね。蓼さんもだしね」
「でも無理はだめ」
「そうだね。ちゃんとお話ししてからだね」
迎えに行くからって、連れて帰ると決まっているわけじゃない。
蓼さんがどうしたいのか。
まずは、ちゃんと聞いてから。
その日の寝台。
「夜は涼しくなったねー」
「そうだなあ」
温暖季の夜とは思えないくらい、入ってくる風が少し冷たい。
「もうすぐキャラバンの季節」
「菖蒲は行くのか?」
「そのつもり。でも決めるのはわたしじゃないから」
「そうだよなぁ」
「……おまえ達、普通にここか?」
籐吾兄さんを挟んで、御形姉さんとおしゃべり。
「ここ暖かいからな」
「そうですよ、兄さん」
「はあ……」
籐吾兄さんのため息が聞こえた。
でも、暖かいんだから仕方ない。
翌朝。
朝御飯を食べながら、おじいちゃんに声をかける。
「おじいちゃん、今日、宿泊地まで先導お願いできますか?」
「おう、構わんよ」
「じいちゃんが行くの?」
御形姉さんが顔を上げる。
「老ハンターの代わりな」
「ああ……」
「菖蒲、いつも行ってるのは?」
「キャラバン前の偵察を兼ねて、今回はお願いしようかと」
「いいなあ」
「わしと御形達まで行くと、村が不安がるからの」
「いいなあ」
御形姉さんがもう一度言った。
行きたいんだろうなあ。
正門前。
「おはようございます!」
「あい、おはよう」
「おはようございます!」
「あ、菖蒲さん、おはようございます!」
――うん、気持ちいいね。
「今日は満月便ですね。お気をつけて」
「はい、ありがとうございます!」
荷物を確認して、馬さん達の様子も確認する。
「菖蒲、気をつけてな」
「はい、姉さん。待っててください」
「食堂で待ってるから」
「はい、行ってきます」
正門を抜けて、防護林をくぐる。
外界へ。
馬さん達が走り出す。
ガタン。
ガタン。
ガタン。
ガタン。
今日も順調に景色が流れる。
青い空。
高い雲。
澄み渡る景色。
もうすぐ乾季かあ。
ガタン。
ガタン。
ガタン。
ガタン。
馬さんも速いけど、この荷車もすごいなあ。
馬さんの走りについてくる。
何度も走った道。
何度も見た景色。
やがて、道の先にもう見慣れてきた外壁が見えてきた。
宿泊地だ。
正門前で馬さん達を止めようとすると、衛兵さん達がこちらへ手を振っている。
そのまま来いってことらしい。
荷車につけた満月便の旗が、風になびいていた。
「お疲れ様でした!」
「こんにちは!」
「お久しぶりですね」
「今回もお世話になります」
「どうぞ、ごゆっくり」
「ありがとうございます!」
正門を抜け、そのまま中央広場へ荷車が入っていく。
通る人達から声が飛んでくる。
「いらっしゃい」
「待ってたよ」
「今日は何を持ってきたの?」
なんだか、もう普通になったんだなあ。
満月の日に、わたし達が来ることが。
「菖蒲さーん!」
道の向こう。
食堂の前から手を振っている人がいる。
「あ、蓼さん! お元気そうで」
「菖蒲さんも、元気でしたか?」
「わたしはいっつも元気です」
「よかった」
「えへへ」
おしゃべりしながら、そのまま食堂へ。
「女将さん! お世話になります!」
「はい、いらっしゃい」
――今日は役場は後回しでいいや。
半分の月便のこと。
魚さんのこと。
狩のこと。
そして、感謝祭のこと。
いっぱいお話しする。
考えてみれば、わたしのことばっかり。
「うん、うん」
それでも蓼さんは、笑顔で聞いてくれる。
――優しい笑顔になってる。
「萱さんは?」
「裏で鍋を擦ってるよ」
女将さんが裏口の方へ顔を向ける。
「どんなですか?」
「ん? ああ、いい旦那してるんじゃないか? なあ、蓼」
「はい」
「よかった。さぼってたら、またお尻を蹴っとばさなきゃって思ってましたよ」
「あはは、あんたらしいな」
蓼さんも笑う。
――よかったー。
心配事がひとつ片付いたので、やっと役場へ顔を出しておこう。
役場へ入る。
「あ、菖蒲さん! お待ちしてました」
「ご無沙汰してます。って、待たれてたんですか? わたし」
「あ、まずはいらっしゃい」
「あ、こんにちは。お世話になります」
お互い、顔を見合わせて笑う。
「で? 定期便で何か問題でも?」
「いえいえ。そっちは大変好評で、まったく問題はありません」
「よかった。え? なら……」
担当者さんの顔が、少し真面目になる。
「確認できてない、噂程度の情報なんで。直接、菖蒲さんじゃないとと思ってですね」
「はい」
「今回の温暖季の始め頃に来たキャラバンの話なんです」
「温暖季にキャラバン!」
「ええ。途中で怪我をして、意識のない人を拾ったと」
「それ、老人ですか?」
担当者さんは首を振った。
「見たわけでもなく、酒を飲んでるキャラバン隊の隊員が話してたっていうくらいです」
「なんて、なんて話なんです?」
「ただ、例の拾われた人が気がついたそうだとだけ」
「……それだけ?」
「はい。あまりにも不確かなので、そちら側には伝えてませんでした」
「そんな……わたしが毎回来ていれば、会えたかも」
「それは結果ですから。菖蒲さんが責任を感じる必要はないかと」
「そうですか……ありがとうございます。そのキャラバンはどこの?」
「海の人達のキャラバンです」
「海の人?」
「はい。前回、菖蒲さん達は南に下って城塞都市へと行かれた」
「はい」
「このわたし達の地から西へ向かうと、海へと続きます」
「海……」
――和尚さんが話してた。
大きな、塩っぱい水の平原。
「はい。そこの方々は、雨季以外はずっとキャラバン隊を出してますから」
海の人。
「その人達に会うには? 次はいつ頃来ますか? いや――」
担当者さんが笑った。
「その顔は、もう行く気ですね」
「あ、そんな顔してました?」
「もう、待てないって」
「あはは。でも許可取らないと」
「菖蒲さん?」
「はい」
「なぜ、しばらく来れなかったんです?」
「え? あー、倉庫の片付けとか、別の定期便とか」
「菖蒲さん、もう担当者してますね」
「え? わたしが担当者?」
「はい。わたしも担当者になってから、キャラバンで出られなくなったんですよ」
「あ……来る人達のお相手」
担当者さんがうなずく。
キャラバンの季節に、村から出られない。
「あーーーーーー」
そういうことかあ。
「あの……次はいつ来ますかね?」
「さあ?」
「え? わからないんですか?」
「ずっと動いている人達なので。逆に、いつ来るかはわからないんです。乾季にすぐ来るかもしれないし、次の温暖季かもしれない」
「そんな……」
「次にうちへ来た時には、しっかりと確認して、そちらに話を持って行きますから」
「はい……お願いします……」
とぼとぼと食堂へ戻る。
「ただいまー」
「あら、おかえり。元気ないね」
「菖蒲さん、おかえりなさい。どうしました?」
「え? あ、いや……わたし、次のキャラバン隊で出られそうもなくて」
「あら、菖蒲さんが行けない?」
「はい。わたし、倉庫の仕事も始めちゃったんで」
「あー、村に残って、来る人達のお相手」
「はい」
「確かに、菖蒲さんが適任ですね」
「うちの村、乾季以外はキャラバン出せないから」
「そっか……」
その日の晩御飯。
食堂で、蓼さんと萱さんと一緒にご飯を食べる。
「萱さん、こっちの生活には慣れました?」
「なんとかですね」
「大変だったでしょう?」
「まあ、はい」
萱さんが少し考えてから、隣の蓼さんを見る。
「蓼もうちの村に来た時から、苦労したのかなって」
蓼さんの顔を見つめる萱さん。
「萱……」
蓼さんが、そっと萱さんの手の上に自分の手を重ねた。
――ほんと、いい雰囲気な二人。
「菖蒲さん?」
「はい、なんでしょう?」
「明日の定期便、席空いてますか?」
「蓼さん……」
「帰ろうと思います。わたしの村に」
「わたしの村ですね」
「はい。わたしの村です」
「はい、ちゃんと空けてますよ」
「ありがとうございます。また乗せてください」
「はい!」
蓼さんがカウンターへ振り返る。
「お母さん! わたし戻ります」
「はいよ。また気が向いたらおいで」
「はい! ほんとにお世話になりました」
「娘にそんなこと言われたくないよ」
「ふふふ」
よかった!
ほんと、よかった。
蓼さん、しっかりと立てそう。
翌朝。
荷物を交換して、帰りの準備を整える。
役場の担当者さんにも挨拶をする。
「では、また次の機会に」
「はい、来れたらですけど」
お互い笑う。
「例の件は、わたしが直接確認しますから」
「はい。よろしくお願いします」
荷車の後ろでは、蓼さんが女将さんと別れをしている。
二人とも笑顔。
「あんたも母親なんだから」
「わかってるって」
「旦那を大切にするんだよ」
「もう、しつこいよ母さん」
萱さんが、その横で困ったように笑っている。
荷物は積んだ。
馬さん達も準備できた。
満月便の旗も、いつもの場所にある。
さあ、出発しよう。
わたし達の村へ。
風が吹く。
乾いた風が、
旗をなびかせている。
もうすぐ、
緩やかな季節が終わる。




